私は21歳以上です。



 『くの一忍法修行(哀愁編)』 2
                        作:Biscuit


  翌日、十衛門は家人から話を聞いて驚いた。娘達が一乃新を嬲りものにしたとい
うのだ。一乃新が娘達に手を出したというのならまだわかる。しかし、逆だ。しかも、
騒ぎを聞きつけて止めに入ったはずの女中達までいっしょになって一乃新を弄んだ
という。

(なんとうらやましい・・・じゃなかった、けしからん)

「さて、どうしたものか」

 十衛門は悩んだ。それもそのはず、同じように話を聞いて激怒した妻までもが娘
達に次のように言ったという。

「このようなことするなんて、前川家の恥です。次にこのようなことをしたら勘当です。
わかりましたね」

 数秒ほど置いて、

「で、一乃新の身体はどうだったの?」

 十衛門は悩んだ末ある結論に達した。一乃新を前川家が持っている山荘に移す。
一乃新もいつ犯されるかわからない屋敷に居たくはないだろう。自室にこもっている
一乃新に告げると一乃新も喜んで受け入れた。

 あらから半年、山荘での一人暮しは誰にも遠慮しないで済むので気楽であった。
もっとも身の回りの世話をする家人はいたが。ところが、その家人が急用で数日留
守をすることになった。

 そんな時、偶然、沙恵に出会ったのである。若い女子に恐怖すら感じるまでになっ
ていた一乃新だったが、沙恵の怪我をした一乃新を気遣う優しさ、清楚で控えめな
振舞いを見てどこか心惹かれるものがあったのかもしれない、家に泊める事にした
のである。


 沙恵が一乃新の山荘に来て数日が経った。沙恵が夕食の準備に取りかかろうと
した時だった。

「な、何者だ!」

 居間の方から一乃新の叫び声がした。沙恵が急いで居間に入ると、黒装束の者
が十人程おり、一乃新を押さえ付けていた。そして沙霧が立っていた。

「沙恵、夫婦ごっことはいい気なものだな」
「姉様・・・」
「姉様?」

 一乃新はその言葉に驚いた。
(どういうことなんだ、この者達はいったい誰なんだ?)

「沙恵、この男がどういう者か知っておるのか?」
「えっ」
 今度は沙恵が驚いた。

「尾山城はこの男の父親が考えたものなのだ」
「えっ」

 尾山城が建てられている場所には昔から城があった。しかし、難攻不落の今の尾
山城は、城砦の知識が豊富だった一乃新の父の案をもとに三条隆盛が建て直した
ものだったのだ。築城には一乃新の父も立ち会った。まだ幼なかった一乃新を連れ
て。そう、一乃新は抜け穴を知っているのだ。

 沙恵とは違い尾山町で探りを入れていた沙霧はたった数日でそこまで調べ上げて
いた。さすがに伊賀くの一随一と言われるだけのことはある。しかし、沙霧は他のこ
とも掴んでいた。

「一乃新とやら、お前、尾山城の抜け穴を知っているな、どこにある?」
 沙霧は単刀直入に訊いた。

「そ、そんなもの知らない」

 一乃新は即座に否定したが、一瞬目が泳いだ。百戦錬磨の沙霧にはそれだけで
十分だった。

(こやつ、やはり知っている・・・それにいい男だ・・・これはいい・・・)
「ほうぉ、そうか、それじゃ身体に訊くしかないの」

 沙霧は明らかにうれしそうだ。声が弾んでいる。そんな沙霧を見て沙恵は青くなっ
た。この後どうなるかは明らかだ。沙恵は何度も見ている。

「ね、姉様、待ってください」
「何を待つと言うのだ」
「ですから、その・・・」
「このうつけ者!」

 バシィッ!

 沙霧の右手が沙恵の頬を叩く。
「お役目を忘れ、男といちゃついておって、そこで見ておれ」
「姉様っ」
 なおも沙霧に詰め寄ろうとする沙恵をくの一達が押さえ込む。

「沙恵、お前は・・・」
 一乃新のその質問には沙霧が答えた。
「沙恵は我が妹、そしてくの一じゃ」

「えっ」
 一乃新は驚き沙恵を見る。沙恵は一乃新を見ることは出来なかった。

「それよりも、一乃新、先ほどの質問じゃ」
「知らぬものは知らぬ」
「そうか、やれ」

 沙霧が命じると、くの一達は一乃新に群がった。
「うわぁ、な、何をするんだ、やめろ」

 一乃新は瞬く間に全裸にされた。しかもくの一達は畳に四本の小刀を刺し、それ
に一乃新の手足を縛りつけた。一乃新は全裸で大の字にされてしまったのである。

(ほう、きれいな身体じゃ・・・)
 沙霧はほれぼれと一乃新の裸身を見つめた。他のくの一達も。
「や、やめろ、やめてくれ」
 一乃新は必死に叫ぶ。

「一乃新、安心しろ、痛い思いはさせない、うふふ」
 沙霧の言葉に一乃新の表情が凍りついた。何をされるかわかったのである。半年
前、前川家でされたことと同じことをされるのだ。

「お願いだ、やめてくれ、頼む」
「そんなに嫌がらなくてもいいではないか、弄ばれるのは初めてではないのだろう」 
「!」

 一乃新の全身が硬直した。
「えっ」
 沙恵も驚いて顔を上げた。そんな沙恵に沙霧は言った。

「沙恵、この男はな、三人の従姉妹と二人の女中に散々嬲りものにされたそうだ。そ
れでこんな山の中に逃げてきてるんだよ」

「い、言うなぁ」
 一乃新は恥ずかしさのあまり真っ赤になりながら叫んだ。
「情けない男だねぇ、十二の小娘にまで犯されたんだってね」
 沙霧は笑うように言う。

「ううううぅぅぅ」
 一乃新は恥ずかしさと悔しさに呻き声を上げた。

(一乃新様・・・)

 沙恵はなんとも言えない気分だった。

「それでだ、一乃新、城の抜け穴だが、そう簡単にしゃべらなくていいぞ。それじゃ、
つまらぬからのぉ」
 沙霧は跪きやんわりと一乃新の男根を握った。

「さ、触るな」
 沙霧はゆっくりと揉む。
「ああ、やめろ」

 一乃新は悶える。一乃新の男根は本人の意思に反し、勃ちはじめている。
「ほら、一乃新、勃ってきてるぞ、弄ばれるのが好きなのだな」
 すぐに一乃新の男根はそそり立ってしまった。

「顔に似合わず立派なものを持ってるんだな」
 沙霧はしごき出した。「筒しぼり」である。
「ああぁぁ、やめろ、ああぁぁ、あぅぅ」
 一乃新は喘ぎ声を抑えきれない。美樹に握られたのとは全く違う。

「ほぉら、気持ちいいのだろう、気持ちいいと言いな」
 沙霧は男根に顔を近づけ、先端を舌で舐める。

「うわぁぁぁ」

 一乃新の腰が跳ね上げる。沙霧は男根全体を舐めまわす。これは「筒しぼり」の
舌版とでもいうべき「筒からめ」である。「筒しぼり」より多少高度な性技である。
「ああ、ああ、ひひぃぃ、や、やめろ、ああぁぁ、あああ」

 沙霧は他のくの一達に合図を送った。二人のくの一が黒装束を脱ぎ全裸になると
一乃新の傍らにしゃがみ、その乳首を口にふくんだ。

「あぅ、や、やめ、ろ、ああぅぅ」

 一乃新は体を揺すり逃れようとするが手足を縛られている為、体をくねらすだけだ
った。

(いい男が悶えるのはいつ見てもいいものだ・・・)
 沙霧は男根を完全に咥えた。そして軽く噛む。

「ああっ、い、痛い、あああぁぁ、あう、あああ、ひぃぃぃ」
 一乃新は喚くが、快感を得ていることは間違いない。
(この男は嬲られるのを悦ぶ体質だ・・・)
 そう思った沙霧はより強く男根を噛む。

「い、いや、ああ、あああぁぁ、や、やめてぇぇ」
 突然、一乃新の腰が震え出した。沙霧は口を離し、「筒しぼり」で激しくしごき、沙
恵に言う。
「沙恵、見るんだ、一乃新が気をやるぞ」

 それまで顔をそむけ一乃新の方を見ないようにしていた沙恵はそう言われ一乃新
を見てしまった。その時だった。

「ああ、で、出ちゃう、ああぁぁ、ああああぁぁぁ」
 一乃新の男根から樹液が迸った。しかもすごい量である。飛翔は何度も続いた。
「こんなに早く気をやる男も珍しいな」
 沙霧は半ばあきれ半ば感心した。

「姉様、もうやめてください、お願いです」
 沙恵はいつしか恋心を抱くようになっていた一乃新が弄ばれるのを見ていられな
かった。
「沙恵、これからが本番ではないか。それに見よ、この男根を」
 
 一乃新の男根は精を出したにもかかわらず全く力を失っていない。沙恵は一度男
根を見てから恥ずかしそうに目を逸らした。

「よし、やれ」
 沙霧は全裸になっている二人のくの一に命じた。一人は一乃新に跨ると男根を自
分の膣に入れ、もう一人は一乃新の顔を跨ぎ女陰を顔に押し付けた。
「うううぅぅ、うわぁ、あああ、苦しい、うう」

 一乃新は甘美な女陰に口を塞がれ呼吸ができず、下半身からは強烈な快感がせ
り上がって身体がばらばらになってしまうのではないかと思うほどだった。 

「遠慮はいらぬ。存分に楽しめ」
「はっ」
 通常、くの一が男と交わる時は自分は快楽を得ずに相手に快楽―というより苦痛
―をあたえるだけだが沙霧達は違った。自らも快楽を楽しむのだ。

「ああぁぁ、お頭、この男、ああぁぁっ、いいです」
 一乃新の腰に跨ったくの一は猛然と尻を振り締めつけた。
「ああぁぁ、い、いやぁぁ、あああぁぁ」
 あまりの締め付けに一乃新は悲鳴を上げる。美鈴の締めつけも強烈だったが、く
の一の締めつけに較べれば子供のお遊びのようなものだ。

「ああぁぁぁ」
「うううぅぅぅ」

一乃新はあっという間に絶頂に達した。くの一も。気をやったくの一が一乃新の腰か
ら下りると、今度は顔に跨っていたくの一が腰に跨った。そして別のくの一がすばや
く黒装束を脱ぐと顔に跨り、先ほどと同じことが繰り返された。

 三人目のくの一が一乃新の腰に跨ろうとした時、さすがに一乃新の男根は力を失
いつつあった。
「も、もう、無理です。お願いです、やめてください」

 泣きながら一乃新は哀願した。 

「安心しろ、我らはくの一だ、ふふ」

 そのくの一はすかさず男根を握り「筒しぼり」を行い男根は力を取り戻した。そして
淫行は続いた。くの一達は順番に一乃新に跨っていった。射精しては「筒しぼり」で
勃たされ、勃たされては射精する。一乃新は何度射精したのかわからくなっていた。

 それでもようやく残るは沙霧だけとなった。一乃新の顔は青ざめ、息も絶え絶えに
なり、身体は死んだようにぐったりとしている。さすがに「筒しぼり」でも一乃新の男
根を勃たせるのは無理だろうと思われた。しかし・・・

 沙霧は黒装束を脱ぎ捨て、微笑みながら右手の中指を一乃新の菊門に挿入
した。

「ああぅぅっ」

 一乃新の身体が反る。沙霧は指をゆっくりと動かす。すると、一乃新の男根が瞬く
間にそそり勃った。これは身体の内側から男根の神経を刺激し勃起させるくの一の
性技である。その名は「筒おこし」。

 もう一度、精を出したら死ぬ・・・一乃新にもそれがわかったのだろう。

「い、言います・・・ぬ、抜け穴は・・・尾・・・山・・神社・・・の・・・床・・・下・・です・・・」

 沙霧は尾山城付近の地図と自分が見てきた情景を思い浮かべた。尾山神社は尾
山城から半里ほど離れた森の中に建つ小さな社である。
(なるほど、抜け穴の出口としては申し分ないな)
「ほう、それはありがとう、だがな一乃新、我はまだ楽しんでおらんのじゃ」

 沙霧は一乃新を跨ぎ男根を自分の膣に導いた。
「おおぉ、これはいい一物だ、ああぁぁ、ああああ」

 沙霧はうっとりと目を閉じ快楽を楽しむ。しかし、次の瞬間、目を開き叫んだ。
「さあぁ、一乃新、参るぞ」
 沙霧は猛烈に尻を振る。尻を振りながら締めつける。

「・・・・・・・・・・・・!!」
 
 もはや苦痛になっている強烈な快楽に一乃新は呻き声を上げることすらできない。
「あああぁぁ、いい、いいぞ、一乃新、ああぁぁ、もっと、もっとだぁぁ」
 狂ったように尻を振る沙霧。するとその時、一乃新の身体が小刻みに震え出した。
震えはだんだん大きくなっていく。

「ああぁぁぁ、い、一乃新、ああぅぅ、い、今、楽にしてあげるぞ、あああ」
 沙霧のその言葉に、沙恵は唖然とした。
(姉様はあれをやる気だ・・・)
「ね、姉様、やめてください。お願いです!」

 沙恵は叫んだ。沙霧は今「筒がらし」をしている。それもただの「筒がらし」ではな
い。自分の絶頂時の膣の締めつけを利用した強力な「筒がらし」だ。沙霧はこれまで
その「筒がらし」で幾人もの男をあの世に送っている。

「沙恵、ああぁぁ、そこで見ておれ、ああ」
(このままでは、一乃新様は・・・)
「いやぁぁ、やめて、やめてください、姉様ぁ」

 沙恵は泣きながら叫ぶ。沙霧は美しい髪を振り乱し、なおも尻を振り続ける。一乃
新の身体の震えはますます大きくなっている。
「ああぁぁ、ほら、もう、もうすぐだ、ああ、いいぞ、さぁ、いくぞ」
 沙霧が膣に力を入れ止めを刺そうとした時だった、沙恵が身体を押さえているくの
一を振り払い、沙霧に体当たりをした。

「うわぁ!」

 絶頂を目前にし無防備だった沙霧は沙恵を防ぎきれず弾き飛ばされてしまった。
「ああああぁぁぁぁっ」
 しかも倒れた際、畳に乳首を強く擦ってしまい不覚にも絶頂に達してしまった。沙
霧は荒く息をしながら起き上がると、沙恵の頬を打った。

 バシィッ!

 沙霧は怒りで顔を真っ赤にしてる。それもそのはず、絶頂の寸前で邪魔され、しか
も配下のくの一達の前で情けない姿をさらしてしまったのである。沙恵は頬を打たれ
倒れたが、それでも一乃新をかばおうと一乃新に覆い被さった。

「このうつけ者が!」
 沙霧は吐き捨てるように言い、黒装束を身にまとった。
「沙恵、我らはこれより尾山神社に行く。お前は一乃新を始末してから追って来い」
 沙霧達は山荘から出て行った。沙恵は一乃新に覆い被さったまま何も言わなかっ
た。



 沙霧達は尾山神社に到着した。尾山神社は森の中にひっそりと建っている。戸を
開け中に入り、辺りを見回す。そして床を軽く叩く。微妙に音が異なる場所があった。
床を手でなぞる。ほんのわずかだが、指が掛かる隙間がある。

 沙霧は床板に指を掛けゆっくりと上げた。階段が地下に続いている。沙霧は配下
のくの一の人数を考えた。十名か。城主を殺すか、火を放つ、できれば両方やりた
い。なんとかなる人数だ。

 沙霧はくの一達に静かではあるが力強く告げた。
「これより尾山城に潜入する」
「はっ」
 くの一達も静かに、しかし力強く応じた。



 尾山城からかなり離れた山の中の街道を歩く旅姿の二人連れがいる。沙恵と一
乃新である。昨日、沙恵は沙霧に一乃新を殺すよう言われたが、できる訳がなかっ
た。とすれば逃げるしかない。一乃新も同じだ。いずれ誰が城の抜け穴を教えたの
かわかるだろう。さすれば命はない。

 沙恵と一乃新はあの後、急いで旅支度をすると山荘を後にした。沙霧はすぐに尾
山城に向かったに違いない。そして城の者が寝静まるのを待って行動を起こす。だ
から夜のうちにできるだけ遠くに行く。途中、尾山城を遠くに見た。尾山城は闇の中、
赤々と輝いていた。

「沙恵、どういうつもりだ」
 突然、林の中から声がした。沙恵と一乃新は立ち竦んだ。ゆっくりと沙霧が現れた。

「姉様・・・」
「こんなことだろうとは思ったよ。我が妹ながらなんと愚かな」

「姉様、見逃してください」
「沙恵、本気で言ってるのか?我らはくの一だ。そんなことが許される訳がなかろう」
「お願いです。私は一乃新様と二人で静かに暮らしたいだけです」
「お願いです、見逃してください」

 一乃新も頼み込む。
「えぇぇい、沙恵、頭領として命ずる、この場にて一乃新を斬れ」
「ね、姉様!」

「出来なければ、私を斬って行け!」
 そう言うと沙霧は剣を抜いた。沙恵は動けず固まっている。
「どうした、早くどちらか選べ」
「そうですか・・・」

 沙恵は小さく呟くと懐に手を入れ短刀を出し、沙霧に向かって構えた。
「沙恵、おまえ・・・」
「姉様、申し訳ありません」

 そう言うや否や、沙恵は猛烈な速さで沙霧に斬りかかった。沙霧も応じる。沙恵の
剣技はすばらしいものだった。伊賀くの一随一といわれる沙霧と互角だった。

(これが沙恵の本当の力か・・・それとも、一乃新といっしょになりたいという気持ち
のせいか・・・男への気持ちなど!)

 沙霧は沙恵に向かって突進する。沙恵も沙霧に向かって突進する。剣だけではな
く、二人の身体も激しく衝突した。二人とも地面に投げ出され、沙恵の懐から赤い櫛
が落ちた。二人ともすぐに起き上がり、剣を、短刀を構える。

 沙恵はなおも沙霧を斬ろうと間合いを詰めて来る。

(それ程まで一乃新と・・・)  

 そう思った時、沙霧の身体から力が抜け、剣を持つ腕が下がった。

「も、もう、よいわ!」
「姉様?」

 沙霧はなぜか急に目頭が熱くなってきた。今にも涙がこぼれそうだ。沙霧はさっと
振り向き沙恵に背を向けた。沙恵に涙など見せたくなかった。

「おまえのようなやつに姉様と呼ばれる筋合いはない。沙恵は、沙恵は死んだんだ」
「姉様・・・」
「おまえは沙恵なんかではない!どこへでも行け!」
「ね、姉様、ありがとう、本当にありがとう」

 沙恵は涙ながらに言うと、一乃新に寄り添った。一乃新も、
「ありがとうございます、本当にありがとうございます」
何度も頭を下げた。
「姉様、さようなら、さようならぁ」
 沙恵は、沙霧の背に向かって叫んだ。

 沙霧の耳に二人の駆けて行く音が聞こえた。どのくらいそのままでいただろうか、
振り返り街道を見渡したが、もう二人の姿はなかった。足元に赤い櫛が落ちていた。

 拾い上げると、堪えていた気持ちが溢れてきた。目からは大粒の涙が止めどなく
流れる。膝を付き、声を出して泣いた。伊賀の里に来てから十五年、初めてのこと
だった・・・



 ― それから、数え切れぬほどの月日が流れ去った。平穏な日々もあれば、戦乱
の日々もあった。それでも、人々は逞しく生きていた。侍も農民も商人も、そして忍
びも ―

 伊賀のとある里。ある昼下がり、里の中心にある一軒の家に入って行く娘がいた。
庭に目を向けると、相手は縁台に座っている。

「お婆様、今夜の夜戦の訓練ですが・・・」

 楓はお婆が持ち主に似合わないきれいな赤い櫛を持っていることに気付いた。
「きれいな櫛ですね」
「わしの妹の形見じゃ」
「妹様でございますか?」

「うむ、遠い昔、お役目で死んだのじゃがな」
「そうでございましたか」
 お婆は櫛を見つめながらも遠くを見るような目をしていた・・・

― あれ以来、二度と沙恵に会うことはなかった。今ではもう生きてはいないだろう。
でも、きっと一乃新と幸せに暮らしたに違いない、そうに決まっている ― 


 (終)


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