○第十八話「歯車の止まる日」
ゼルダの亡骸を抱え、部屋を飛び出すゴールドマン。彼を助けたのは、他ならぬアートマンであった。
「他の連中が来る前に早く逃げよう。機械教の信者は…………」
そこまで言いかけて、アートマンは息を飲んだ。ゼルダの胸に、焦げた銃創を見つけたのだ。
「………死んだのか?」
アートマンの問いかけに、ゴールドマンは答えなかった。
「そうか………」
項垂れるゴールドマンに対して、アートマンはそれ以上言葉をかけられなかった。動かなくなった少女を抱え、ゴールドマンの身体が怒りに震える。
「機械人間など、全てぶち壊してやるっ!!」
そう言って、背を向けるゴールドマン。ゼルダを肩に抱え上げ、立ち去ろうとする。
「待て、何をするつもりだっ!!」
「知れたこと。ビッグ・エンジェルを起動させて、全ての陽電子頭脳を破壊する。そして機械人間もだっ!!その為に、今までかかってビッグ・エンジェルを完成させたのだからな!」
そう言って駆け出そうとするゴールドマンを、アートマンは咄嗟に掴み、引き戻そうとする。
「もうそんな必要はないんだ。カノンが戻ってきてくれたんだ、アルフレド………」
アートマンの言葉に、ゴールドマンの動きが止まる。
「何だと………」
「Dr・イーグルが何かしらのプロテクトを、オリジナルのデータに施していたんだ。それが解放され、カノンの全ての記憶が戻った。気が付かない筈さ、僕たちは原因は陽電子頭脳の方にあると考えていた」
アートマンの言葉に、その背後からおずおずとカノンが顔を出す。ゴールドマンに陵辱された記憶はそのままなのだ。
「あなた、アルフレドなの?なら、アートマンって………」
少女の問い掛けに、アートマンは優しく微笑んだ。
しかし、ゴールドマンの顔は強張ったままだった。
「何を莫迦なことを………。なら、どうしてそのプロテクトが解かれたんだ?オリジナルはどうなった?」
「そ、それが、よく分からないんだ。R・カノンがオリジナルの部屋に入って………。慌てて飛び込んだら、カノンが倒れていて、オリジナルのデータが消えていた………」
アートマンの言葉を聞き、ゴールドマンは声を荒げた。
「コピーをオリジナルの部屋に入れたのかっ!?貴様、何を考えているんだっ!!」
そう言って、荒々しく手を振りほどくゴールドマン。
「大体、そんな話が信じられるものかっ!」
激高するゴールドマン。
そんなゴールドマンをなだめようと、カノンがおずおずと歩み出る。
「………落ち着いて、アルフレド」
「私に触るなあっ!!」
「きゃあっ!!」
怒りにまかせ、カノンを殴りつけるゴールドマン。
「人形風情が、カノンの真似をするなっ!!虫酸が走るっ!」
「何をする、アルフレドッ!!」
カノンに駆け寄り、助け起こすアートマン。
「戯れ言はやめろ、ミルトンッ!お前が今助け起こそうとしているのはアンドロイドなんだぞっ!!微笑みも、悲しみも、全て作り物だ。数列が生み出した、プログラムに過ぎんのだっ!!そんなモノが愛せるとでも言うのかっ!!」
アルフレドの言葉に、ミルトンは立ち上がると、決然と言い放った。
「それでも、彼女はカノンだ」
怒りに目を見張るアルフレド。
「………とんだピグマリオンだな」
そう言い残すと、アルフレドは駆け出した。
カノンの手を掴み、後を追うミルトン。
ポンツウェイン卿の部屋の前に、奇妙な男が立っていた。髪も眉もなく、皺も殆どないゴム人形のような男。上院議員と呼ばれる男、ブルームフィールドである。
ブルームフィールドは神妙な面持ちで扉をノックした。
返事はなかったが、ブルームフィールドは構わずに扉を押すと、中へと進んだ。
突然の来訪者に、ポンツウェインは大儀そうに重い瞼を持ち上げ、三色の瞳でゴム人形を見つめた。
ポンツウェインが先に口を開く。
『ブルームフィールド殿、一体何の御用ですかな?』
ポンツウェインの言葉に、ブルームフィールドは白々しく首を傾げた。
「呼ばれたと思って来たのですが………?」
その言葉に、ポンツウェイン卿は何処からともなく大きな溜め息を、漏らした。
『潮時ですか?』
「ええ、潮時です」
復唱するブルームフィールド。
この言葉を最後に、二人は暫くの間、口を聞かなかった。
しばし流れる静寂。
天井に這い回るポンツウェイン卿の触手、その一本から水滴が離れ、水面を叩く。
この静寂を最初に破ったのはポンツウェインであった。
『ブルームフィールド殿、勝手なお願いがあるのですが………』
ポンツウェイン卿の言葉に、ブルームフィールドは片頬に奇妙な皺を作り、微笑んだ。
「最初に言ったでしょ、呼ばれたと思って来たと………。で、あなたはやはり?」
ポンツウェイン卿はその言葉に、沈黙で応えた。
「では、そろそろ私は行きます。少し時間を無駄にしてしまった」
そう言うとブルームフィールドはきびすを返した。ドアの取っ手にのっぺりとした指を伸ばす。
『………幸運を』
ポンツウェイン卿の呟きとも知れぬ言葉に、ブルームフィールドは振り返った。
「…………あなたも」
そう言うとブルームフィールドは、今度は些かの躊躇も見せず、廊下へと足を踏み出した。
「私はお前を何度も殺した」
少女を目の前にして、ブルームフィールドはいきなり切り出した。
面食らうR・ロベリア。傍らではR・アザレアが、事の成り行きを心配そうに見守っている。
「私はお前を何度も殺した」再び告げるブルームフィールド。「私はお前を何度も犯し、何度も殺した。犯しながら、その柔らかい首に指を食い込ませた事もあった。その指の感触が、身体を新しい物に変えた今でも、この指に残っている。その時の苦しげなお前の顔が、涙を浮かべたお前の顔が、今も脳裏にこびりついている。助けてくれと哀願するお前の声が今でも耳を離れない。それでも私は腰を振り続け………」
「やめてぇええっ!!」
耳をふさぎ、しゃがみ込むロベリア。顔は青ざめ、小さな肩が小刻みに震えている。
「………やめて下さい、どうして今更そんなことを………」
小さく呟くロベリア。
「そうですよ、どうして今更そんなことを。それが私達の造られた目的、それが運命なんです。第一、あなたがロベリアを殺さなかったら、あなたが殺されていたんですよ」
抗議するアザレアに、ブルームフィールドは首を横に振った。
「私にはそんな免罪符は必要ない。私は快楽の為、ゴールドマンに魂を売ったのだ。嬉々としてお前達を殺したのだ。これは誰が何と言おうと曲げようのない事実なのだ」
「だからと言って………」アザレアはロベリアを助け起こしながら、再び抗議した。「だからと言って、その事が何だというのです?」
「私はお前達を助けたいのだ。いや、ロベリアを助けたいのだ。このまま此処にいても、お前達は機械教徒に殺されるだろう。たとえそうはならなくても、三原則を持たないアンドロイドとして処分されるだろう。誰もお前達を人としては見てはくれない。苦痛を訴えても、それが聞き入れられることはないのだ。だから、私と共に来て欲しい。これは身勝手な男の願いだ。私もお前達を物として扱ってきたのだからな。今更こんな事を言えた義理ではないのは分かっているつもりだ。だから、その事をはっきりさせておきたかったのだ。お前が望むのなら、私はお前に殺されても構わない。だが、それならそれで約束して欲しい。………生きてくれ」
ロベリアはアザレアに支えられ、のろのろと立ち上がった。
「たとえ殺されても………、それが運命なのだからと思って諦めていました。でも、殺されるのなら他の誰でもない、あなたに殺されたかった。私は………他のロベリアは知らないけど、私はあなたに殺されても恨んだりはしない。………男の人はずるいです。女の子にこんな事を言わせるなんて。………私はあなたについていきます。私は…………」
ロベリアは涙をぽろぽろとこぼし、ブルームフィールドに泣きすがった。
「…………私はあなたが好きだから」
ブルームフィールドはそんな少女の小さな身体をそっと引き寄せ、優しく抱いてやった。胸の内から、少女への愛おしさがこみ上げてくる。
「ブルームフィールド様、ロベリアのことをよろしくお願いしますね」
傍らでアザレアが口を開いた。
「君も私と共に来てくれ。………それとも、君はやはり私が許せないのだろうか?」
ブルームフィールドの言葉に、アザレアは小さく首を振った。
「あなたがその気なら、私達のことなど放っておいて、お一人で逃げ出す事も出来たでしょう。でも、あなたはそうはなさらなかった………」
「なら、私と共に来てくれるんだね?」
ブルームフィールドの問い掛けに、逡巡の様子を見せるアザレア。
「………私には、少し気になることが………」
その言葉に、ブルームフィールドは大きく頷いた。アザレアが何を気にかけているのか知っているのだ。
「ポンツウェイン卿は此処に残る決心をされたよ………」
ブルームフィールドの言葉に、アザレアの身体がぴくりと震えた。
悲しげな表情を見せ、彼女は俯いた。
「卿は君の事を私に頼むと言っていた。私がロベリアに死んで欲しくないと願うように、卿も君に死んでは欲しくないだろう………」
「私達は回路の集合体なんですよ?人間ではないんですよ?」
「ああ、分かっている」
「…………ホント、男の人って、勝手ですね」
ゴールドマンの後を追うアートマン。しかし、カノンを連れている為にその間は大きく開いていた。
もし、ゴールドマンがビッグ・エンジェルを起動させれば、シナプス・トランスミッターによってタナトス・プログラムがブレインを襲う。同様に陽電子頭脳を持ったアンドロイドも破壊され、また、ブレインを介して人間の脳にもそれが波及する。ブレインによる完全管理体制が、裏目に出るのだ。それだけは何としても阻止しなければならない。
しかし、アートマンの心境は複雑であった。ゴールドマンが親友であることがその原因の一つではあった。そして、ゴールドマンがしようとしている事は、昨日までの自分がしようとしていた事なのだ。今更、止めようなどと思う、自分の方がおかしいのかも知れない。
そんな感慨を打ち払うかのように、かぶりを振るアートマン。そこに、突然アンドロイドが姿を現した。
『完全な世界に、人間などと言う不完全な存在は必要ないっ!!』
視覚センサーを赤く明滅させ、アンドロイドは咆吼を上げた。アートマンの脳裏に、かつてアルゴーで体験した忌まわしい記憶が甦る。
「こいつもヒルダの影響を受けているのか!?」
咄嗟に懐に手を入れ、MF(マグネティック・フィールド)銃を取り出すが、アンドロイドに手を払われ、落としてしまう。
「ちぃっ!」
狂ったアンドロイドは大きく振りかぶり、その拳をアートマンの頭蓋目掛けて振り下ろす。
顔を覆うアートマン。悲鳴を上げるカノン。
しかし、突然に赤いボディーのサイボーグが姿を現し、アンドロイドの拳を受け止める。
人間の頭部を粉砕しようとしたアンドロイドだったが、逆にサイボーグに頭部を粉砕され、その機能を停止する。
「大丈夫ですか、ミルトン様?」
恐る恐る振り返ると、そこには老人と幼い少女、そしてまた別のサイボーグが立っていた。
老人とはミルトン・アッシュ老人のことではあるが、アッシュ老人の言葉に、東火のサイボーグは思わず振り返った。
「君はよくタイミングを心得ているね。それにしても、毎度、偶然には助けられる………」
相手が誰か分かったのか、アートマンは顔をほころばせる。
しかし、アッシュ老人の方は表情を堅くしたままであった。
「偶然などは存在しません。存在するのは何者かの作為による必然だけ。あなたは今でも、私が偶然にアルゴーの惨劇に遭遇したと?」
「偶然は存在しないとは、如何にも科学者らしい意見だね」
アッシュ老人の言葉に、アートマンは軽く肩をすくめて見せた。
「そう思っていた方が、Dr・イーグルにとっては救われたのだろう?ドクターがアルゴー襲撃を何とか食い止めようと考えていたことは後で知ったよ………。機械化社会を生み出す原因を作ってしまった、その自責の念によるものだったのか。しかし、結局助けられたのは僕達だけだった………」
「御存知でしたか………」
アートマンの言葉に、アッシュ老人は呟いた。
「それはそうと、そちらにいるのがカノン様ですか?蘇生が成功したのですね。………で、アルフレド様とは仲良くやっていらっしゃいましたか?」
アッシュ老人の問い掛けに、アートマンは薄い笑みを浮かべた。
「駄目だよ、あいつは朝食には薄いトーストにかりかりのベーコン、固ゆで卵にアメリカンコーヒーが良いって言うんだぜ?僕がクロワッサンにスクランブルエッグを用意すると、一日中不平たらたらだよ」
冗談混じりに応じるアートマン。しかし、アッシュ老人は渋面を崩さなかった。
「でしたら、朝食を別に用意されては如何です?御自分の好きなものを、勝手に用意されては?」
アッシュ老人の言葉に、アートマンは表情を堅くする。
「…………成る程、そいつは気が付かなかったな。明日からはそうするよ」
「………もっと早くに、そうされているべきでしたね」
二人の会話に、取り残された感のあるヘイワド達。ヘイワドは何とか話に割り込もうと声帯スピーカーを鳴らした。
「一体、あなた方は何の話をしているんだ?ミルトン様って、どうしてミルトン・アッシュが二人いるんだ?」
ヘイワドの言葉に、アートマンが振り返る。
「おや、東火の刑事さん。初めまして。実物にお会いするのはこれが初めてでしたね。聞かされていなかったんですか?彼はR・ダニール。Dr・イーグルに使えていたアンドロイドです」
アートマンの言葉に、アッシュ老人は大きく頷いた。
「ア、ア、アンドロイドォ!?」
ヘイワドとジョナサンの視覚センサーが老人に集中するが、老人はまるで意に介さない。
「如何にも、儂はR・ダニール。Dr・イーグルに使えていたアンドロイドじゃ」
憮然と応じる老人。ヘイワドはそんな老人の態度に、思わず頭を抱えた。
「な、なんでアンドロイドがそんなに偉そうなんだ?」
ヘイワドの呟きに、アートマンが応じる。
「彼は三原則の束縛を離れています。僕の影武者として、表の社会で暮らしてもらう為に」
僅かに愉快そうな表情を見せ、アートマンは事情を説明した。
「どうして、そんな事を?」
首を傾げるジョナサン。今度はR・ダニールが応じた。
「有事において捜査を攪乱する為」
「なら………」ヘイワドがスピーカーを鳴らす。「なら、あなたはミルトン・アッシュを裏切ったわけだ………」
「ふうむ、まあ、そう言うことになるかな?友人を助ける為じゃ、仕方あるまい」
事もなく応じるR・ダニール。
「そんなことより、早くアルフレドを止めなくちゃっ!!」
堪りかねて、話に割り込むカノン。
ミルトンはその言葉に顔色を変え、MF銃を拾い上げて走り出す。
「分かっているさ、カノン。だが、ビッグ・エンジェルの起動にはまだ時間がかかる筈だ。それに、R・ダニールがいてくれる。彼はシステムのことに精通している。心強い助っ人だよ」
言葉とは裏腹に、ミルトンの足が速くなる。やはり焦りがあるのだろう。
「どういう事です?」
R・ダニールが後に続きながら質す。
「アルフレドがビッグ・エンジェルを起動させようとしている」
「ビッグ・エンジェルとは、あなた方の造った新しいブレインですか?」
無言で応じるミルトン。
「でも、どうするつもりなんです?あなた一人で止めるつもりだったんですか?彼は友人ですよ、あなたにそれが出来るんですか?」
矢継ぎ早に質問を繰り出すR・ダニール。ミルトンはR・ダニールに対して、先程拾い上げたMF銃を見せた。
「やるしかないだろ?いざとなったら、こいつをアルフレドにぶち込む………」
その銃を見て、後を付いてきていたジョナサンが驚きの声を上げる。
「そいつはMF銃じゃないですか!?そんな物じゃ………」
立ち止まるミルトン。目の前に大きな自動扉があり、ミルトンは油断無く銃を構え、扉を開いた。
ぱっしゅっと乾いた音と共に扉が開き、その向こうにはあの球体と柱の複合体、ブレインの巨大な姿あった。
しかし、ミルトンはそれに目を奪われることなく、操作台の前にうずくまるアルフレドを捉えていた。
アルフレドは動かなくなったゼルダの身体を操作台の横に座らせ、彼女の頬に手を添えて何事か囁いていた。
少女の死体を愛おしむアルフレド、その姿に、ミルトンは胸が締め付けられる思いがした。
アルフレドはミルトンに気が付いた風もなく、立ち上がると、操作台の前に立った。
ミルトンはかぶりを振り、鋭い声でアルフレドを制した。
「やめるんだ、アルフレドッ!!」
振り返る旧友。
「今更、何をしに来た?ミルトン。お前はそのガラクタと共に暮らせばいいだろう?ビッグ・エンジェルが恐ろしければ、そのガラクタだけを隔離すればいいだろう?今ならまだ間に合うぞ」
アルフレドの言葉に、ミルトンはかぶりを振って銃を構えた。
「そこから離れろ、アルフレド」
アルフレドはミルトンの銃を見ても些かも動じることなく、冷たい視線を向けた。手には銃が握られている。
「お前に俺が撃てるのか?」
傲然と言い放つアルフレド。
「撃てないとでも?」
ミルトンの指がトリガーに掛かる。
「そうだ。それが俺とお前の違いだ。俺はお前が撃てる。しかし、お前は撃てない」
アルフレドの確信に満ちた言葉に、ミルトンの指は震えた。かちゃりと音がして、MF銃が床に転がる。
「そうかも知れない。でも、アルフレド、君にも僕は撃てないんだ。………撃っちゃいけないんだ。………もうやめよう、こんな事は」
ミルトンの様子に、僅かに動揺を見せるアルフレド。しかし、それでもアルフレドは銃を下ろさなかった。
手を差し伸べるミルトン。少しずつアルフレドに向かって歩き出す。
「何を言っている?俺に銃が撃てないだと?訳の分からないことを………」
ミルトンの言葉を、アルフレドは一笑に付すが、ミルトンは真剣な表情を崩さない。
「訳が分からなくても、何でも良い。………銃を下ろしてくれ、アルフレド」
じりじりと近づくミルトン。アルフレドは動揺し、声が震える。
「や、やめろ、ミルトン。………来るな、来るな、ミルトン」
額に汗を滲ませ、譫言のように呟くアルフレド。
「駄目だ、アルフレド。君は銃を撃ってはいけない。撃っちゃいけないんだっ!!」
「だ、だ、黙れぇえええっ!!」
アルフレドの指先に思わず力がこもる。
しかし、銃声は響かなかった。銃を取り落とすアルフレド。
「な、なんだ、これは?………俺はどうしてしまったんだ?……何だ、この文字は!?何だ、この声は!?」
ヘイワド達は首を傾げた。アルフレドの言う文字や声など、誰も知り得なかったからだ。
しかし、ミルトンだけは唇を噛み締め、沈痛な面持ちでアルフレドを見つめている。
そして、確かにアルフレドの頭の中では、赤い文字が明滅し、声が響いていた。
『コノ陽電子頭脳ニ施サレテイル自制回路ガ作動シマシタ。コノ陽電子頭脳ニ施サレテイル自制回路ガ作動シマシタ。コノ陽電子頭脳ニ施サレテイル自制回路ガ…………』
狼狽えるアルフレド。
「許してくれ、アルフレド。僕は君を失うことは出来なかった。カノンを抱えて、一人で戦うことが出来なかったんだ………。君をこんな事に駆り立てたのは僕だ………。僕が弱かったから。君はカノンと同じなんだよ………」
膝をがっくりと落とし、涙をこぼすミルトン。
アルフレドはミルトンの言葉に、目を見張った。
「そ、そんな莫迦な………。この私がアンドロイドだと………」
しかし、アルフレドの言葉に呼応するかのように、頭の中の声は最後の警告を発した。
『機能ヲ停止シ、しすてむヲ破壊シマス………』
アルフレドの瞳から、光が失われる。
そのまま床に泣き伏すミルトン。
「奴が機械文明を憎悪したのは、自らの正体を本能で感じ取っていたからなのかもしれんな………」
呟くR・ダニール。
「なんだか、意外とあっけない結末でしたね………」
ジョナサンがスピーカーを鳴らす。
「なに、事件の結末ってのは、意外とそんなものだ………。さあ、俺達は引き上げるぜ」
そう言って背を向けるヘイワド。
そこに、羅瑠が呟きを漏らした。
「ヘイワド、違うよ………」
「私は……アンドロイドなどでは………ない」
突然、アルフレドの口から声が発せられた。驚愕するミルトン、R・ダニール。
「莫迦な、システムは既に機能を停止している筈じゃぞっ!?」
しかし、現にアルフレドは動いていた。ふらふらとした足取りで操作台の前に立つと、ぎこちない手でパネルを操作する。
「や、やめさせなくちゃ………」
そうは言うもののミルトンは身体が動かなかった。予期せぬ出来事に、身体が反応しないのだ。
それは、そこにいる誰もがそうであった。
「シ、システムを起動しろ、ビッグ・エンジェル。し、承認コード………C・A・N・O・N。全てのタナトス・プログラムを世界中に流せ………」
最後の操作を終えると、アルフレドの身体はどさりと床に転がった。
ミルトンはのろのろと立ち上がると、アルフレドの側に歩み寄る。
アルフレドの手はゼルダを求めていたが、それは僅かに及んではいない。
ミルトンは友の冷たくなった手を取り、ゼルダの手に重ねてやった。
嗚咽と共に、呟くミルトン。
「…………すまない、アルフレド」
頭を垂れ、友の手に涙をこぼすミルトン。
しかし、その時、不意に陽電子頭脳が振動し始めた。
「いかん、ビッグ・エンジェルが起動しおったぞっ!!」
叫ぶR・ダニール。
巨大な陽電子頭脳は蠢動と共に低い唸り声を上げた。
球体の内から光が明滅し、次第に全体へと広がっていく。
『承認こーど確認。たなとす・ぷろぐらむヲ解放シマス…………』
次の瞬間、ビッグ・エンジェルは完全に目覚めた。