第十七話「老博士の依頼」

 

 その時ミルトン・アッシュ老は、ヘイワドの向かいに座り渋面を作っていた。膝の上には猫耳帽子を被った羅瑠が、興味深げな表情でアッシュ老の顔を観察している。

 アッシュ老は平静を装いつつ、羅瑠の肩越しにヘイワドを見つめる。

「………おほん、んっ、んっ」

 わざとらしく咳払いをするアッシュ老。

「………おほん、んっ、んっ♪」

 アッシュ老の動作を繰り返す羅瑠。老博士は思わず鼻白む。

「今日は一体何の用事じゃ?」

 羅瑠の肩越しにヘイワドを見据え、アッシュ老が質す。

「それはあなたがよく御存知の筈なのではありませんか?」

 ヘイワドが答える。

「ほへひゃ、ほうひふ………」

 アッシュ博士が口を開こうとした瞬間、羅瑠は老人の口元をぐにぐにと引っ張った。羅瑠の手を振りほどくアッシュ老。

「………おほん、んっ、んっ」

 あらためて咳払いするアッシュ老。

「………おほん、んっ、んっ♪」

 羅瑠もそれに続く。

「…………………」

 羅瑠のやんちゃぶりに、ヘイワドは回路の中で喜んだ。ざまあみろ、偏屈爺ぃ。

「今日はもう一人の方はおらんのかね?」

 アッシュ博士の問いかけに、ヘイワドはかぶりを振った。ヘイワドにしても新入り(子守り)がいてくれた方が大いに助かるのだが。

「残念ながら、今は本署にいます」

 ヘイワドの言葉に、アッシュ博士は顔を曇らせる。ジョナサンに子守りを押し付けたいのは、この老人も同じなのだろう。

「そうか、それは残念じゃのぅ。………そうじゃ、お嬢ちゃんは甘い物は好きかね?」

 突然、何かをひらめいたのか、アッシュ博士は少女に尋ねた。甘い物と聞き、羅瑠は目を輝かせる。

「シスタス、このお嬢ちゃんに紅茶とケーキを」

 メイドを呼ばわって、老人はそう言いつけた。程なく、R・シスタスは紅茶といくつかのケーキを運び込み、羅瑠はアッシュ博士の膝の上から飛び降りた。

 当分、邪魔をされることはないだろう。

「儂のところに来た理由じゃが………?」

 ヘイワドは軽く頷いて応じる。勿体を付けたところで話は進まない。

「あなたがアルゴーの生き残りであることが分かりました。また、Dr・イーグルに養われていたことも。あなたが犯人とは思っていませんが、今回の事件、あなたが大きく関わっている事は間違いありません。アッシュ博士、あなたは犯人を御存知なのではありませんか?」

 ヘイワドの言葉に、老人は顎を指で顎をしごきながら、僅かに考え込んだ。

「ふうむ、…………儂が犯人ではないと、何故そう思うのじゃ?」

「………事件に一番近いところにいるのはあなただ。しかし、あなたの言動には首を傾げる部分が多い」

 ヘイワドの言葉に、老人は興味を引かれた様子で、腕を組み、腰を浮かしてソファーに座り直した。

「例えば、最初にお話をお伺いしに来た時の事です。あなたは私達に歴史の見直しをさせる事で事件の背景にあるものを伝えようとしたのではないのですか?そしてこの間のブレイン殺害時のお話です。ハスラー氏はDr・イーグルの意志を受け継ぐ者に対してある意味懐疑的であった。しかし、あなたは私達に事件とDr・イーグルの繋がりをほのめかし、興味を引くようにし向けた。これらはあなたが犯人であった場合、自分を追い詰める結果となる」

 ヘイワドはそう言うと、相手の様子を伺った。しかし、老人は特に何の反応も示さなかった。

「儂が犯人ではないのなら、何が目的でそんな迂遠な事をしたと?」

「それは分かりません。しかし、あなたは今回の一連の事件に対して、手遅れにならない内に手を打っておきたかった。或いは、私達を犯人のすぐ側にまで近づけることによって、犯人に警告を出したかったか………」

 ヘイワドの言葉に、老人は僅かに自嘲的な笑みを浮かべた。

「まあ、多分お前さんの言う通りなのじゃろうて………」

 ヘイワドは小さく首を縦に振る。

「あなたは犯人を知っているのですね?………もしかしてその犯人とは」

 ヘイワドがスピーカーを鳴らした瞬間、部屋の扉が勢いよく開き、ジョナサンが姿を現した。

「その犯人とはマイケル・ゴールドマン。CRCの会長ですねっ!!」

 ジョナサンの言葉に、老人は大きく目を見開いた。ヘイワドも思わず腰を浮かす。

「私が本署に戻った時、何者かの通報によって、その情報がもたらされました。そして、その事情を伺う為に遣わされた刑事が二人………」

 ジョナサンのスピーカーの音量が僅かに落ちる。

「刑事が二人、殺害されました。…………ゴールドマンは二人の首を切断し、警察に送り返してきたのです」

 ジョナサンの報告に、ヘイワドとアッシュ老は言葉を失った。

「恐らく………」

 アッシュ老が沈痛な面もちで口を開いた。

「恐らく、もはや隠し立てする必要がなくなったという事じゃろう………」

 ヘイワドが質す。

「それはつまり、計画していた事が動き出したと言うことなのですか?」

 老人は返事をする代わりに大きく溜め息をついた。

「ゴールドマンは一体何をしでかそうというのです?」

 質すヘイワド。アッシュ老人は沈痛な面もちでそれに答える。

「ブレインの一人が殺されているんじゃ、その目的は自ずと分かるじゃろ。ゴールドマンの目的はブレインを通して機械化人間、アンドロイド、そしてブレインそのものを破壊する事」

「それは、やはり復讐の為ですか?アルゴーの惨劇は機械化によるものだと、機械文明に対して復讐しようと?」

 ヘイワドの言葉に、老人はすぐには答えなかった。暫く考え込み、そしてその重い口をゆっくりと開いた。

「復讐の為………、なのじゃろうな。いや、………初恋の為と言った方がよいかも知れん」

「…………初恋の為?」

 首を傾げるヘイワド。しかし、ヘイワドの言葉に老人は応えなかった。

「ところで、お前さん。儂の頼みを聞いてはくれんかの?」

 いきなり切り出され、困惑するヘイワド。

「頼み、と申しますと?」

「うむ、これから儂と共に機械教の本部に行ってはくれんかの?」

 その言葉を聞き、ジョナサンは首を傾げた。

「博士、どうして機械教なんかに?」

 ジョナサンの言葉に、アッシュ博士はじろりと視線を向けた。

「ふむ、機械教が人間同盟の本部なんじゃよ」

 老博士の言葉に、ヘイワドとジョナサンは言葉を失った。

「そ、それじゃあ………、ツィロンは狂言で機械教徒を殺したわけですか?そんな無茶な」

 ジョナサンは辛うじて言葉をスピーカーから押し出した。老博士の言うことは冗談と思いたいが、その言葉を疑う理由がない。

「うむ、一般の機械教徒には関係の無い事じゃからな」

「そんな簡単に片づけないで下さいよ。大体、人間同盟は機械教徒を敵視していたんじゃないんですか?」

 ジョナサンは興奮してスピーカーの音量を跳ね上げる。ヘイワドはジョナサンの頭から湯気が上がるのが見えた。

「儂に怒鳴ってもどうにもならんじゃろ。ゴールドマンは表の社会からは機械教を利用し、裏の社会では人間同盟を台頭させ、エモーション・ソフトを世に流した。相反する二つの組織をして、社会の両面で力を得ようとした訳じゃ………」

 溜め息に混じりにそう告げると、アッシュ博士はシスタスの用意した紅茶のカップに口をつける。

「それでは、このテランはゴールドマンの思うがままと言うことではないですか?それほど巨大な組織なら、国家権力にも顔が利くでしょう」

 ヘイワドの言葉に、アッシュ博士は首を振る。

「そうかも知れんが、この星を管理しているのはブレインじゃ。いくら人間社会で力を得ようと、テランを思うがままというわけにはならないじゃろ。勿論、それも今日明日中の事かも知れないがの………」

 老人の言葉に、ヘイワドは立ち上がった。

「それでは、早く機械教の本部に出向くとしますか………」

 ヘイワドの言葉に、慌てふためくジョナサン。

「ち、ちょっと待って下さい………。僕達だけで何とかなるもんでもないでしょう!?あそこには化け物みたいなサイボーグがいるんですよ?どうするんですか?」

 ジョナサンは勢い込んで詰め寄るが、アッシュ博士は動じることもなく言葉を挟む。

「化け物とはまた随分な言い草だな。向こうもお前さん方をそう思っとるかも知れんぞ?それに、あやつらの技術は航宙艦のものを応用したに過ぎない。重力制御ができなければ、外宇宙移民船などは造れないからな。尤も、あそこまでの小型化には相応の技術力が必要じゃがな………」

「だからと言って………」

 尚も食い下がろうとするジョナサンを、ヘイワドは静かに制した。

「何も死にに行く訳じゃないだろう?それに、これまでの会話はブレインの知るところだ、刑事が二人殺されてもいることだし、ブレインも重い腰を上げざるを得んだろう。なに、物見遊山だ、アルゴーの生き残り、その行く末を見定めるのも一興だろ?」

 ヘイワドの言葉に、ジョナサンは肯うことは出来なかった。沈黙するジョナサンに、ヘイワドは肩をすくめる。

「分かったよ。大体お前さんについてきてくれと頼んだ訳でもないからな。好きにすればいいさ」

 そう言うと、ヘイワドはさっさと部屋を出る。アッシュ老もそれに続き、それまでケーキに舌鼓を打っていた羅瑠も慌てて続いた。

 

 機械教の本部、今日はゼルダとの謁見がないのか、ひっそりと静まり返っている。

 ヘイワド達は敷地の外からその建物を臨んでいた。特に意識して距離をあけているわけではないが、やはり、立ち止まって辺りを窺ってしまう。

 傍らに立つジョナサンに、ヘイワドは質した。

「………お前、確かついてこないって言ってなかったか?」

「言いませんよ。ただ、例のサイボーグ達が現れたらどうするんだって事を言っただけで………」

 憮然と応えるジョナサン。そこへ、アッシュ老が口を挟む。

「で、どうするんじゃ?」

「どうするんじゃって、此処まで来たら中に入るしかないでしょう」

 ジョナサンが開き直って答える。

「ツィロン達が現れたらどうするんだと言っておったのじゃろ?今、出てきおったからどうするんじゃと聞いておるんじゃ」

 アッシュ老の言葉に、ジョナサンは飛び上がった。成る程、確かに重装甲のサイボーグが、得物を片手に悠然と構えている。

「どうするも何も」ヘイワドが答える「あいつを何とかしなきゃ、機械教の本部には入れないんだろ?だったら何とかするしかねぇじゃねえか」

 そう言って歩みだそうとするヘイワドを、ジョナサンが引き止める。

「待って下さい、警部。何か変ですよ」

「変て、何が?」

「ツィロンの周囲をよく見て下さい。後ろの景色が歪んでいるでしょ?ツィロン自体も少し歪んで見えます」

 ジョナサンの言葉を、アッシュ博士が受ける。

「成る程、あれは重力異常じゃな。多分、やっこさんは重力壁を周囲に張り巡らせているんじゃろ。まともに飛び込んだのでは、ぺっしゃんこじゃ………」

 しかし、聞いているのかいないのか、ヘイワドは無造作にダマスカス鋼の刀を抜いた。神刀が陽光を受け、きらりと光る。

「待って下さいよ、警部。この間と同じ攻撃を繰り返すわけにはいきませんよ。警部の加速には限界があります。それに、馬に乗った変な奴の事もあります。何も考えずに飛び出していって、奴が出てきたらどうするんです?」

「うむぅ………」

 ヘイワドは苛立ち覚えつつ、ぎしぎしと歯車を軋らせた。ツィロンが自分の事を挑発しているようにも見える。

「それなら私があの達磨ストーブの相手をしますよ」

 突然、背後から声が掛かり、ヘイワド達は振り返った。

 そこには、がっしりした体躯の、精悍な男が立っていた。手にはライフルのようなものを持っている。

 今は伝説の中に生きる男、ダンバー・マスターズメイトである。

「あ、あなたは………」

 狼狽するジョナサンを余所に、ダンバーは気軽に挨拶をする。

「お久しぶりですね、みなさん。兄さんもお変わりなく」

 戸惑いを見せるヘイワドとジョナサン。アッシュ老だけが動じていない。

「何をやらかすつもりじゃ?」

 アッシュ老の問いに、ダンバーは軽く微笑んで応じる。

「なにね、あの達磨ストーブにはさんざん追いかけ回されたので、ちょっと仕返しをしてやろうと思いましてね」

 にゃごにゃごとまとわりつく羅瑠をあしらいながら、銃を構えるダンバー。

 だんっ、と言う音と共に弾丸が打ち出される。

「駄目ですよ、ふつうの弾丸じゃ、グラビティー・ウォールを突き抜けることは出来ません!第一、ツィロンはあの重装………!?」

 ジョナサンは叫んだが、その言葉は途中で途切れた。弾丸は空間に波紋を残して重力壁を突き抜けた。

「さんざん追いかけ回されたと言ったでしょ?対策はちゃんと考えてありますよ」

 弾丸を胸に受け、ツィロンは激怒し、咆吼を上げた。

 しかし、その声はやがて苦悶のものへと変じる。

「むぅ、あの弾は?」

 アッシュ老の質問に、ダンバーは軽く応じた。

「弾はケイバーライト製で重力子を受け流すように設計されています。そして着弾した後は重力反相波を出して超重力を中和する、と言いたいところですが、重力変動を大きくするだけです。でも、まあ、重力制御装置を破壊することは出来ますよ」

 ダンバーの言葉通り、ツィロンの周りにある歪みは姿を消した。ジョナサンが情報端末を展開して確認するが、重力壁は確かに消えていた。

「さて、それじゃあ、俺の出番って訳だな………」

 そう言ってヘイワドは一歩踏み出すが、ダンバーがそれを制する。

「駄目ですよ、刑事さん。奴には借りがあるって言ったでしょ」

 そう言うとダンバーは上着を脱ぎ捨て、戦場に踊りだした。

「刑事さん達は早く中へ!」

 言葉と共にダンバーの衣服が弾け飛び、代わりに外骨格に覆われた身体が姿を現す。獣の咆吼を上げ、サイボーグに躍りかかるダンバー。

「何をしておるんじゃ!ダンバーが奴を足止めしている間に、中へ入るんじゃ」

 呆気にとられているヘイワド達を、アッシュ老が叱咤する。

 慌てて建物に向かうヘイワド達。

 横目で戦闘を窺うと、ツィロンが赤熱戦斧をダンバーに振り下ろそうとしていた。

 しかし、ダンバーはカウンター気味に柄を蹴り上げると、戦斧の柄を蹴り折ってしまう。

 斧の刃が宙を飛び、その重い体を地面にざんと打ちつける。

 得物を破壊され、戸惑いを見せるツィロン。しかし、その一瞬の隙が命取りとなった。

 重サイボーグに飛び込むダンバー。

 腕を相手の首に引っかけ、身体を振り子のように大きく跳ね上げる。バランスを崩し、引き倒されるツィロン。

 その巨体が災いして、頸椎が粉砕される。

 視覚センサーから光が消え、ツィロンは沈黙した。

「逃げ専門が聞いて呆れるぜ………」

 建物の思わず立ち止まり、呟きを漏らすヘイワド。しかし、アッシュ老に促され、慌てて中へ入る。

 

 館内は誰も居らず、ひっそりと静まり返っていた。それは、R・ヒルダの反乱によるものなのだが、ヘイワド達は勿論知らない。

 不気味な静寂の中、アッシュ老人の案内で、一行は用心しながら進んだ。

「ところで博士………」

 ヘイワドが小さくスピーカーを鳴らす。振り返るアッシュ老人。

「なんじゃ?」

「ゴールドマンは具体的にどのような方法でブレインを殺害したのですか?」

 アッシュ老はその言葉に、意外に素直に応じた。

「新しいブレインを造ったのじゃよ。これに、Dr・イーグルの精神感応システムを組み込んだ」

「新しいブレイン?ブレインなんて、そんなに簡単に造れるものなんですか?」

 首を傾げるヘイワド。

「ふむ、現存するブレインの多くは最初のブレイン、メタトロンを基本に、メタトロン自らが生み出したものじゃ。メタトロンにブレインの自己進化を促させたのじゃな。しかし、メタトロンは人間が生み出したもの。時間はかかっても出来ないことはない。尤も、ゴールドマンの造ったブレインは人格を有してはいない筈じゃがな。いわば大型で高性能な電子計算機じゃ。そうでなくては、エモーション・プログラムを扱わせた時点で機能を停止する筈じゃからな」

 頷くヘイワド。

「もう一つ質問して良いですか?」

 アッシュ老人は頷いた。

「あなたは一体何者なんです?」

 その言葉に、アッシュ老人は思わず立ち止まった。

「はあ?お前さん、頭でも打ったのか?」

 ヘイワドも立ち止まり、かぶりを振る。

「先程、ダンバーが現れたとき、あなたは動じませんでしたね。ミルトン・アッシュがテランに帰還したのはダンバーが死んでから、死んだと思われてからずいぶん後のことです。今のダンバーを知っている筈がありません。尤も、テランに来てから随分経つでしょうから、知り合いになっていても不思議じゃない。でも、もしあなたがミルトン・アッシュなら、ダンバーはあなたの事を弟と呼ぶ筈だ。………あんた、一体」

 ヘイワドの言葉に、アッシュ老人は苦笑を漏らす。

「お前さん、考え過ぎじゃ。儂の姿を見てみろ。よぼよぼの爺さんじゃろうが?このしわくちゃの爺さんを、誰が弟と呼ぶんじゃ?そんなことより、ほれ、お出迎えがきなさったぞ。早く相手をして差し上げんか」

 見ると、物陰から一人の男が姿を現した。伝統的なスパーヒの装束を身に纏ったサイボーグ、アウダ・イブン・ジャッドである。

「やれやれ、あまり見たくはない面なんだがな………」

 そう言うとヘイワドは、ダマスカス刀を構えた。

 アウダはそんなヘイワドの独り言など気にする風でもなく、間合いを詰めて、湾刀を振り下ろす。

 咄嗟にそれを受けるヘイワド。

「そろそろ悪事も終わりにしたらどうだ?」

 刀を交えるヘイワドとアウダ。ヘイワドの言葉に、アウダは冷然と応じる。

「何が悪でそうでないかは私達が決めることではない」

「じゃあ、誰が決めるってんだよっ!!」

 相手の身体を突き放し、間合いを稼ぐヘイワド。

「神だ」

 再び刀を振り下ろすアウダ。言葉は確信に満ち、振り下ろす刀にもそれが込められているかのようであった。

「ふん、人を殺せと言う神様か?」

 横様に刀を振り払うと、今度はヘイワドが刀を振り下ろした。

 受けるアウダ。

「人を殺してはいけないと言うのは人間の勝手な約束事だ。そればかりに捕らわれていては大局を見ることは出来ない」

「利いた風なことをっ!!」

 ヘイワドは勢いに任せて刀を振り下ろす。二撃、三撃、しかしアウダは、ことごとく受け流す。

「神は人の為にあるものではない。一部の人間の為にあるものでもない。ゴールドマンのような男が現れたのも、それは大局を構成する一部でしかないのだ。勿論、それは私も一緒だがな」

 アウダはそう言うとヘイワドに蹴撃を見舞った。刀にばかり気を取られていたヘイワドは見事に喰らい、壁に激突する。

「なら、自分では善悪の判断はしないと言うことか。他人に利用されても、それで構わないと言うことか」

 ヘイワドは立ち上がり、再びアウダに刀を叩きつけた。

「善悪の判断など無意味なことだ。私はゴールドマンに利用されているのではない。ゴールドマンを介して神の啓示を聞いているのだ。その事で私が死んでも、それは神の意志だ」 ヘイワドの攻撃を受け流しながら、アウダは答える。

「そんな神なんてぇええっ!!!」

 ヘイワドは怒声を上げながら、裂帛の気合いと共に刀を振り下ろした。

 当然のようにアウダはそれを受け止めようとするが、あろう事か、ダマスカス鋼の湾刀にひびが入った。

 慌てて剣を引くヘイワド。重力制御を離れた中性子合金はどんなことになるか分からない。

 呆然と刀を見つめるアウダ。

「ふむ、ダマスカス鋼の刀同士で斬り合ったことなどなかったからな」

 呟くアウダ。

「だが、死を怖れるからそのような甘さを見せる事となるっ!!」

 アウダはそう言い放つと、ひびの入った刀を振り上げ、ヘイワドめがけて振り下ろした。

「ば、莫迦野郎っ!!」

 ヘイワドはアウダの振り下ろす刀を何とか避けると、自らの刀を振り抜いた。

 ごとりと音がして、アウダの手首が転がる。

 跪くアウダ・イブン・ジャッド。

「死を怖れるから生き延びたいという欲求も強いんだぜ?何しろ俺は、煩悩の固まりだからな…………」

 そう言って刀を納めるヘイワド。

「私を殺さないのか?」

 そう問い掛けるアウダに、ヘイワドは肩をすくめて見せた。

「さあな、神様にでも聞いてみな」

 そう言うとヘイワドは、見守っていたアッシュ老人等を促し、先へと歩き始める。

 

「此処は大聖堂ですよね?」

 立ち止まったアッシュ博士に、ジョナサンが尋ねる。

 すり鉢状に客席が設けられており、その正面には舞台。舞台の上には説教台があり、パイプオルガン、その後方には機械教の本尊があった。

 ジョナサンはこの大聖堂に何度か来たことがあったが、その時には人が溢れかえっており、今のような寂しげな印象はなかった。また、人がいないせいで余計に広さを感じた。

 舞台の正面に立ち、本尊を見つめるアッシュ老人。

「ところで、お前さんは確か熱心な機械教徒じゃったな?」

 突然、訊ねられ、戸惑うジョナサン。

「いや、まあ、熱心というか、何というか………」

「この本尊の由来を知っておるか?」

 アッシュ老人の質問に、ジョナサンはさらに口ごもった。

「この本尊は機械の神を表しておる。この神が、退廃した文明を無に帰し、新たな理想郷を生み出すと言われておる。世界を再生する時が今で、その末法思想が世間を振り回しておる訳じゃ。で、この世界を無に帰す神様がこの本尊、その正体は爆弾じゃ」

「ば、爆弾っ!?」

 思わず復唱するヘイワドとジョナサン。舞台の上に駆け上がり、本尊を触る羅瑠を見て、胸から歯車が飛び出しそうになる。

「心配することはない。あれは張りぼてじゃからな。機械教は元は、その圧倒的な破壊力を秘めたコバルト爆弾を神格化し、崇拝する集団だったんじゃ。そこに色々な教義が加わり、肥大化する一方で、機械の整然とした世界を求める今の姿に変わっていった。そのコバルト爆弾に成り代わり、今はゴールドマン謹製のブレインが、機械教を振り回しておるがの………」

 言葉を失うジョナサン。ヘイワドはそのような感慨もなく、アッシュ老人を促す。

「今は物思いに耽っている場合ではないでしょう。ゴールドマンの首根っこを捕まえるのが目的ではないのですか?」

 頷くアッシュ老。

「うむ、では先を急ぐとするかの。南側の扉が地獄へと通じる扉じゃ」

 アッシュ老人の言葉と共に、ヘイワド達は扉に向かった。

 扉には、鼻の部分に人の顔のついた、奇妙な動物の飾りものがついていた。アッシュ老人の屋敷にも似たようなノッカーはついていたが、ここまで悪趣味ではない。

「そいつは秘儀参入者の門と言ってな、なに、古い教会の名残じゃ………」

 そう言うとアッシュ博士は、無造作に取っ手を掴むと、門を押し開いた。

 

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