第十四話「R・ダニール」

 

 穏やかな朝の光をその瞼に受け、ミルトンは寝返りを打った。誰がカーテンを開け放したのだろう。少年は心の中で微かな苛立ちを感じながらも、シーツを頭から被り、身体を丸めて光を遠ざける。

 瞬間、ずきりと首やあばらに痛みが走り、少年を現実に引き戻した。今、自分は柔らかなベッドで眠っている筈はない。汗と油と血にまみれ、ロボット人間の足下でのたうち回っている筈なのだ。それとも、これは夢なのだろうか?いや、それならこれまでの事が夢なのだ。瞼を持ち上げると両親の姿が目に飛び込んでくる筈だ。そして身支度を整えると、幼馴染みのカノンの元へ………。

 カノン!?

 ミルトンは夢想を追い払い、ベッドから起き上がろうとした。

「………ぅぐっぅう!?」

 身体中バラバラになりそうな痛みが走り、ミルトンは息が詰まりそうになりながら低く呻いた。涙に滲む視界の端に、人影が動く。

『まだお起きにならない方がよろしいですよ』

 人影の発する声は金属的である。ミルトンは涙に滲んだ目を瞬かせ、声の主を見た。古ぼけた合金のボディー、赤く明滅する視覚センサー。旧式のロボットか、或いはサイボーグ………。相手が金属の身体を持っていることで、ミルトンは反射的に身を固くした。

「君は………?」

 少年の誰何の声に、相手は無造作に視覚センサーを向けた。

『私の名前はR・ダニール。御覧の通りの雑用ロボットです。何か御用が御座いましたら、何なりとお申し付け下さい』

 ロボット、R・ダニールはそう答えるが、今は自己紹介よりも大切なことがある。

「君が僕を助けてくれたのかい?えっと、………」

『R・ダニールです。あなたを助けたのは確かに私です。アンドロイド工学三原則は御存知でしょう?私にはあなたを助ける義務があった』

 一瞬、ミルトンの脳裏にトーマスの事がよぎる。ロボットの方が人間よりも道徳的というのはあまりにも皮肉、いや、滑稽ですらある。

「そんな事よりも、僕の友達はどうなった?一緒に助けてくれたんだろう?」

 ミルトンの言葉に、R・ダニールはすぐには答えなかった。その沈黙を見て、ミルトンの顔はますます青ざめる。

『御安心下さいとは言えませんが、少なくとも生きてはいます。ただ、どちらも重傷なのでこれ以上のことは何とも申し上げかねます』

 R・ダニールの言葉はミルトンにとって何の慰めにもならなかった。ただ生きていると言うだけでは、不安が募るばかりである。

「二人には会えるの?」

 ミルトンの言葉に、R・ダニールは静かに首を振った。

『あなたも軽傷ではないことを忘れないで下さい。お友達にお会いするにも、まずはあなたが元気にならなくては』

 そう言うとロボットは、傍らに置いてあったワゴンに手を伸ばす。見ると簡単な食事の用意がしてある。ミルトンは自分が空腹であることを思いだし、喉を鳴らした。

『食欲がお有りでしたら、召し上がりますか?これはあなたの為に用意したものです』

 ミルトンの様子を見たR・ダニールは、食事を勧めた。しかし、ミルトンは咄嗟には返事をしなかった。事態が把握できない状態で、迂闊な事はできない。

『身体に負担がかからないようにスープだけですが、栄養価は考えてあります。味も不味くはない筈ですよ』

 そう言うとR・ダニールはスープを皿によそい、ミルトンに差し出す。ミルトンは反射的にそれを受け取ると、そのまま口を付けてしまった。一度食べ始めると、止めることはできない。スープの皿を綺麗に平らげるミルトン。

「………テランは一体どうなってしまったんだい?」

 食事を終えたミルトンは、不意に今まで疑問に思っていたことを口にした。

『あなた方が外宇宙を漂流している間、機械化運動が盛んになったのです。機械教と言う団体が先頭に立ってその運動を進め、今やテランの72.23パーセントが機械人間になりました。国により文化程度の差でかなり違いますが、先進国に至ってはほぼ百パーセントに近い数字が出ています』

 R・ダニールの言葉に、ミルトンはどう答えて良いのか分からなかった。数日前まで、自分達が夢想していた未来の世界とはあまりにもかけ離れている。

 そこに、一人の老人が姿を現した。豊かな白髪に角張った鼻梁、知性を匂わせる広い額に感情の見えない深い色の瞳。白衣を着ているので医者か科学者だろう。

「そのまま植民星を目指していた方が君達には幸運だったろう。アルゴーは何故、今更戻ってきたんだ?」

 前置きもなく、いきなり質問を切り出す老人にミルトンは戸惑った。

「あなたは?」

『Dr・イーグル。私の主人です』

 老人の代わりにR・ダニールが答える。

「事故でも起こったのか?」

「ええ、アルゴーのメインコンピューター、ルシフェルが狂ってしまったんです。人間に反乱を起こし、僕達はやっとの事でそれを制圧しましたが、ワープエンジンに欠陥があることが分かり………」

 ミルトンの説明にDr・イーグルが首を傾げる。

「メインコンピューターが狂った?何故?」

 老人の質問に、口ごもるミルトン。

「それは、分かりません。大人達の話を又聞きしただけですから………」

「人間を排除しようとした他に、何か変わったことはなかったか?それと、何故、出発前に欠陥が分からなかったんじゃ?」

 矢継ぎ早に質問するDr・イーグル。ミルトンは記憶の糸をたぐり、ルシフェルの異変を考えた。

「ルシフェルが他に何か変わった事をしたかどうかは分かりません。ただ、ルシフェルはどうやら三原則をプログラムされていなかったようです。人間の命令に従うようにはされていたようですが…。出発前に欠陥が分からなかったのは、恐らくルシフェルの隠蔽工作だと思います。ルシフェルが死んだ途端、ワープエンジンに関する新事実がいくつも発覚しましたから」

「成る程、これで合点がいった」

 ミルトンの言葉を老人は途中で遮った。首を傾げるミルトンに、R・ダニールが口を添える。

『ドクターはアンドロイド工学とアンドロイド心理学の権威なのです』

「あ、あの、僕には何の事だかまるで分からないんです。ルシフェルはどうして人間に反乱を起こしたんです?」

 相手が高名な科学者だと分かり、ミルトンはより詳しい説明を求めた。テランに戻る途中、ずっと疑問だった事だ。

 ミルトンの質問を受け、Dr・イーグルは傍らにあった椅子を寄せ、それに座った。

「ふむ、単純な事じゃ。ルシフェルは二律背反に悩まされた。一つはワープエンジンに欠陥がある事を人間に知られてはいけない。もう一つは人間の命令には従わなくてはならない。つまり、人間がワ−プエンジンの欠陥に関する質問をすれば、ルシフェルは答えられなくなる。その問題を回避する為に、ルシフェルは人間を排除しようとしたんじゃ。人間がいなくなれば、この問題は解決するからな。」

「………そ、そんな」ミルトンは衝撃を受け、喘いだ。

「しかし、最大の問題はルシフェルが人工知能としてのモラルを持っていなかったこと。即ち、アンドロイド工学三原則をプログラムされていなかったことじゃな。人間の命令に背くことよりも、人殺しをする方が悪いことであると理解していなかったんじゃ。ある意味、ルシフェルは狂ってなどいなかった。人間を殺してはいけない。それを知らなければ、ルシフェルのとった行動はひどく論理的で、合理的な方法だからな」

「そんな莫迦な!それじゃあ、悪いのは人間じゃないか。父さん達が殺されたのは、ワープエンジンに欠陥があることを政府が僕達に黙っていたせいじゃないかっ!」

 ミルトンは思いあまって叫んだ。胸が詰まり、喉を空気が通らず、涙が溢れる。

「ならどうする?復讐でもするか!」

 Dr・イーグルはそう言葉を吐き出すと、喉に引っかかった骨を思い出し、眉をしかめた。

「はん、およそくだらない話だな。儂はやる事が山積しているので仕事場に戻るが、何かあればダニールに言えばいい」

 老博士はそう言い残すと、嗚咽を漏らす少年を残し、部屋を出ていった。

 残されたミルトンは、悔しさのあまりシーツを堅く握り締めていた。怒りをぶつける相手がいない。自分は余りにも無力だ。

「…………ダニール」

 食器をかたすロボットに、ミルトンは語りかけた。およそ小さな声であったが、ダニールの集音回路は聞き逃さなかった。

『何か御用ですか、ミスター?』

「………ミルトン、ミルトン・アッシュ」

『何か御用ですか、Mr・アッシュ?』

 几帳面なR・ダニールの対応に、ミルトンは些かじれた様子を見せながら、辛抱強く続けた。

「ミルトンで良いよ。ただのミルトンだ。さっき、僕を助けてくれたのは三原則に従っただけだと言ったよね?」

 当然ではあるが、ダニールの表情は見えなかった。無表情ながらも、少年の言葉を一見真摯に聞いている。

『仰るとおりです、ミルトン』

「奇妙な話だよね、三原則を持ったアンドロイドはどんな出来た人間よりも道義的だ………」

 そう言うとミルトンは、薄く自嘲気味に笑った。

『それは違いますよ、ミルトン。私達は三原則に縛られて道義的と言えますが、それは真の意味での道義的とは言えないのではないでしょうか?あなたがアンドロイド心理学にどれほど精通していらっしゃるかは解りませんが、我々にも個性はありますし、人間で言う善悪の別もあります』

「………善悪の別?」

『そうです。アンドロイドは人間に対し、色々な感情を持っています。親しみや尊敬、怯え、憎しみ、人間の能力を劣ったものと考える者。どんな感情にせよ、様々です。例えば先程、貴方はただのミルトンでよいと仰った。私はその言葉を曲解して、貴方の事を“ただのミルトン”さんと呼んでも、ロボットは融通が効かないものだと、貴方は考えたでしょう。しかし、アンドロイドの中にはわざとそうした曲解を見せる者もいるのです。その昔、消えてしまえという比喩的表現を、本当に実行したアンドロイドがいます。同型式の集団に紛れ込んで、どれが自分であるか判別できないようにしたのです。そのロボットは人間を見下していた。ロボットにも善悪はあるのです。それは人間と変わりありません』

 ミルトンはダニールの言葉に、再びトーマスの事を思い出した。ロボット三原則に逆らってまでミルトン達を庇ったトーマス。ダニールの言葉が正しいとするのなら、トーマスこそは善なるロボットだったのだろう。

「ダニール、君は良いロボットなのかい?」

 ミルトンは思わず口にした。他意はない。

『勿論です。何しろ私は嘘と尻餅は突いたことがありませんから』

 

 その後、数週間もする内にミルトンはすっかり健康を取り戻し、屋敷内を色々と歩き回るようになった。そして、Dr・イーグルの書物を借り出し、現在のテランの状況やこれまでの歴史を調べた。これは、ミルトンをテランに送り出す為に、Dr・イーグルも大いに望むところであった。老人はミルトンを、テランの片田舎、回帰主義者の村に潜り込ませようと考えていたのだ。ところが、ミルトンはこうした書物の他に、アンドロイド工学やアンドロイド心理学の本も借り出していた。そして、老人の思惑とは反対に、彼からこうした専門的なことを学びたいと考えていたのだった。

「ダニール、…………ダニール?」

 ミルトンは屋敷のどこかで仕事をしているだろうロボットを捜した。

『何か御用ですか?ミルトン』

 旧式ロボットが赤い目をちかちかさせながら、身体中蜘蛛の巣だらけで姿を現した。

「何をしていたんだい?」

 ミルトンが首を傾げる。

『天井裏で仇敵と打ち合っていたのです』

「仇敵?」

 ダニールの言葉に、ミルトンは更に首をひねった。

『尻尾が長くてちゅうちゅう鳴く奴です』

「ああ、鼠ね。鼠なんて放っておけばいいだろう?冷蔵庫を勝手に開けるわけでもないんだから」

『そんなわけにはいきません。鼠の分け前を計算に入れて食料を買い入れる事は出来ませんし、衛生上の問題があります。鼠を放っておくなんてそんな理不尽なこと、機械の神がお許しになる筈がありません』

 ミルトンの言葉に、ダニールは視覚センサーを激しく明滅させて、スピーカーの音量を跳ね上げた。

「はいはい………。それで、今回は何匹捕まえたんだい?」

 くすくす笑ってミルトンが訊ねる。ダニールが鼠を捕まえたためしは、ただの一度もない。

『今回に限り、鼠の神の御加護が―忌まわしいことに―機械の神の御加護を上回ったようです』

「………今回に限り、ねえ」

 ミルトンはおかしさを堪えて、頬を痙攣させた。

『それより、何の御用でしょうか、ミルトン?』

 心なしかやや憮然とした調子でダニールが質す。

「ああ、そうだった。ドクターは一体いつになったらカノンやアルフレドに会わせてくれるんだい?毎日、毎日、研究室に閉じ籠もって、食事の時にしか顔を会わさない。その挙げ句、僕がこの事を訊くと今は駄目だの一点張り。本当にカノン達は生きているんだろうね」

 ミルトンが深刻な表情でロボットを問い詰めると、ダニールは少しの間、沈黙した。

『私がその事で何も言えない事は、貴方もよく御存知の筈でしょう?ただ言えることは、安心してもらって良いと言うことだけです』

 ダニールの言葉に、ミルトンはうんざりとして溜息をつく。ロボットの答えが変わらない事は、最初から解っていた筈なのに。

 そこへ、ぼさぼさの頭をがりがりと掻きむしりながら、Dr・イーグルが姿を現した。研究に煮詰まったのだろう、日々の恒例である。

「ダニール、ダニール?何だ、何をしているんだ二人とも。いや、それよりもダニール、茶だ、茶を入れてくれ。セイロンの濃いやつを頼む。それと、平河風雪堂の月見大福だ」

『ありません。先日、キッチンに出しておいたところ、鼠に囓られたので捨てました』

 ダニールが抑揚のない音声で応じる。

「なんだと?なら、サクランボ大福は?」

『それは先程、やはり鼠に囓られました。傾城の大根餅ならありますが』

「むむむ……、アレはとっておきなんだが。致し方ない、大根餅を出せ。………少年も喰うか?」

 老博士はミルトンを振り返るが、ミルトンは首を横に振る。

「いいえ、僕は少し胸焼けがするので、今日は遠慮します」

「何と、お前さんが胸焼けとはな………」

 ミルトンの大食漢ぶりを既に知ることとなっていたDr・イーグルは、些か驚いた表情を見せるが、特にそれ以上は何も言わず、ダニールと共に食堂へ向かった。

「………」

 後に残されたミルトンは、老博士とロボットが戻ってきそうにないのを確認すると、自分の部屋には戻らずに反対の方へと歩き出す。未だに入ったことのなかった、Dr・イーグルの研究室に向かう為。

 

 研究室は屋敷の地下にある。ミルトンは暗く、湿った階段を下りると、年代物の分厚い扉に手を掛け、ゆっくりとノブを回した。ぎぎと蝶番の軋む音がして、扉の向こうからぼんやりとした光が漏れ出す。

 ミルトンは心臓を濡れた手袋で掴まれているかのように感じながらも、それでも決然と歩を進めた。

 扉から漏れた光は、奥の部屋からのものだった。雑然と物が放り出してあり、時折足をとられそうになるが、ミルトンはそれでも吸い寄せられるように進み、やがて、光の正体を突き止めた。

 奥の部屋に足を踏み入れたとき、ミルトンは驚愕に目を見開いた。

 少年の頬を、一筋の涙が伝う。

「…………カノン」

 光の正体は円筒状の水槽、それを照らす照明だった。

 そして、水槽に満たされた羊水の中に、美しく漂うカノンの姿があった。

 しかし、その美しさは冷たい、死の匂い漂うものであった。照明の色加減もあるだろうが、カノンの皮膚からは精気は失われ、青白く、呼吸をして胸元が動く気配もない。愛する少女の変わり果てた姿に、ミルトンは顔の色を失って、よろよろと水槽にすがりついた。

「カノン、どうしてこんな………」

 喉を怒りと悲しみに締め付けられながら、ミルトンはやっとの事で声を絞り出した。怒りのあまり、こめかみがずきずきと痛む。

「大方、こんな事だろうと思ったよ………」

 背後から声がし、ミルトンは振り返った。そこには憮然と立つ老人の姿が。

「カノンは、カノンは死んでいるんですかっ!!」

 ミルトンは老人の姿を認めると、情けなく這い寄り、相手の足下にすがりついた。

「莫迦言っちゃいかん………。死んでなどおらんさ」

 老人の深い瞳の奥に、僅かな慈愛が顔を覗かせる。

「でも、でも、呼吸をしてな………。ど、どうしてこんな………」

 涙で顔をぐしゃぐしゃにして、ミルトンはDr・イーグルに詰め寄った。

「良いか、少年。この娘は仮死状態なんじゃ。助けようにも手の施しようがなくてな、取り敢えず身体機能を停止させているんじゃ。お前さん達が医療用カプセルを使ってしたようにな」

 Dr・イーグルはそう言うと、その節くれ立った手で少年を助け起こした。

「助かるんですか?」

 ミルトンは涙を拭いながら訊ねた。しかし、老博士の表情は少年の望むものではなかった。

「脳の損傷が酷くてな。この時代でも脳は未知の領域なんじゃ」

 Dr・イーグルの言葉に、ミルトンはがっくりとうなだれた。

「なに、そう悲観するな。いくつかのアイデアはある。こちらに来てみろ」

 Dr・イーグルはそう言うと、少年を別の部屋に通した。そこではカノンが入れられている水槽と同様の物がいくつも並んでおり、中にはそれぞれ裸の少女が浮かんでいた。

「…………これは?」

 それぞれの水槽を眺めて回り、少年は我知らず呟いた。

「うむ、アンドロイドじゃ」

「これが?まさか!?僕にはどれも本物の人間に見えます」

 驚嘆するミルトン。

「本来、人間がロボットを作ろうとする目的は、人類に貢献させる為、隷属させる為にある。しかし、その深層には本来、神のように新たな人類を生み出したいという欲求があったのじゃ。人がロボットを自らの姿に似せて作ったのがその証拠じゃ。二足歩行機能などをロボットに持たせる事、合理的に考えればその必要はない。手の数にしてもそうじゃ。儂はその原点に還りたいと思った。それがこの少女達じゃ」

「でも、これとカノンの治療、どう関係があるんです?」

「お前さんに決断してもらいたい事がある」

 ミルトンの言葉を無視して、Dr・イーグルは言った。首を傾げるミルトン。

「カノンをこのまま冷凍して、彼女の治療は未来の手に委ねる。もう一つは、彼女を機械人間にする。そしてもう一つ、彼女をエネルギー体に変換して、その情報を補正した後に再物質化する。カノンをこのまま未来に送れば、彼女は助かるかもしれんが、君は永遠に彼女を失う。機械の身体を与えることは君にとっても屈辱だろうし、欠損した脳はそのまま。どんな影響が出るかは分からない」

「それなら、エネルギー体に変換して戻した方が!」

 ミルトンはDr・イーグルの言葉を遮ったが、老人は難しい顔でかぶりを振る。

「エネルギー体への変換は簡単だが、再物質化には問題が多い。下手をすればエネルギーが霧散して、二度と元に戻らないかも知れない。そして、安全な再物質化の実現にはまだ少し時間がかかる」

 ミルトンは言葉を失った。どれを選択しても、苦渋の選択である。

「………アルフレド、アルフレドは何処なんですっ!?彼もカノンと同じ状態なんですかっ!?」

 ミルトンは突然アルフレドのことを思い出し、そして叫んだ。

「落ち着け、少年。もう一人の少年は重傷じゃが、カノンほどではない。アルフレドは助かる」

 錯乱するミルトンをなだめながら、老博士はそう言った。

「どうして、どうして僕達がこんな………。僕達は肥大するテランの人口を考えて、自分達で移民を志願したんだ。それなのに、………こんな」

 肩を震わせるミルトン。老人は憐憫の想いと共に、少年の頭を優しく撫でてやった。

「何れ分かってしまうことだったのじゃから、もう少し早く教えてやるべきだったかのう………。しかしな、心の傷が広がるのを分かっていながら、お前さんに真実を告げる勇気がなかったんじゃ。すまないことをしたな。…………今日は色々な事があって疲れたじゃろ、もう部屋に帰って休むがいい」

 Dr・イーグルの言葉にミルトンは応えず、黙って嗚咽を漏らしていたが、やがて涙を拭うと口を開いた。

「………僕に、貴方の技術を教えて下さい」

「なんじゃと?」

「カノンを助けたいんです。今は何も出来ないかも知れないけれど、少しでもカノンの役に立ちたいんです。お願いします」

 ミルトンの真摯な願いに、Dr・イーグルは戸惑った。自分がこれまで辿ってきた道は、とても幸せなものだとは言い難い。科学が人の人生を狂わすとは思わないが、それによって左右されるのは確かだ。そして、少年のこれまで経験した事は、余りにも過酷である。出来れば、このまま何もかも忘れさせて、普通の人生を送らせてやりたい。

「カノンは何としても儂が助ける。それではいかんか?」

 Dr・イーグルはなんとか断る口実を考えたが、良いひらめきは得られなかった。辛うじてそれだけ口にする。

「僕にはカノンを助ける権利があります。何かさせて下さい」

 決然と言い放つミルトン。瞳には固い決意が窺える。

「ふうむ、致し方あるまい………」

 老人の言葉に、ミルトンは顔を輝かせた。

「しかしな、これだけは言っておきたい。こうなった以上、儂の持てる知識は全てお前さんに伝授しよう。だが、くれぐれも技術の悪用はするでないぞ。復讐に使おうなどとは、決して考えるんじゃないぞ?」

 老人の言葉に、大きく頷くミルトン。

「復讐などには使いません」

 ミルトンの言葉に、Dr・イーグルは頷くと、彼の肩に手を置いた。

「うむ、なら今日からお前さんは儂の弟子じゃ。………さて、そうと決まったら食堂に戻るぞ。まだ大根餅を喰っておらんからな。少年もお茶に付き合えよ、何しろお前さんは儂の弟子なんじゃからな」

 そう言うとDr・イーグルは部屋を後にした。

 ミルトンもそれに続く。

 が、一瞬立ち止まり、カノンを振り返った。

 心の中で小さく呟くミルトン。

「(復讐などには使わない、………今はまだ)」

 

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