第十二話「黒い聖戦士(ブラック・パラディン)」

 

「で〜〜んでぇんぅむぅしぃむ〜しぃかぁあた〜つぅ〜むりぃ〜っ♪♯」

 セシャトの都市はいくつかのドームによって形成されている。その主たるものは四つで、宇宙港のあるテーベ、テーベに拮抗するほどの規模を有するメンフィス、そしてヘルモポリス、セシャトに最初に建設されたへリオポリスである。そして今、ヘイワドが向かっているのがヘリオポリスであった。ヘリオポリスはセシャトに最初に建設されはしたが、老朽化が進み、今は殆ど利用されていない。しかし、セシャトの歴史を保存した博物館や記念館などは多く残っており、その中に人格バックアップセンターもあった。

「おいけのまわりにぃ〜のばらがさいたよぉ〜、ぶんぶんぶぅ〜〜んぅ、はぁちぃがぁとぉぶぅううう〜〜♪♯」

 文化と歴史の街ヘリオポリスに、怪音波が響きわたる。

「………おいっ!」

 ヘイワドが呻く。

「おい、なんだってあのガキが俺達と一緒にいるんだ?」

「そりゃあ、」ジョナサンが応じる。「………多分」応じはしたが言葉に詰まる。

「多分なんだよ?」

「そんな事、僕が知るわけ無いじゃないですか」

 開き直るジョナサン。

「俺は悪夢を見ているようだ。この間は死んだ筈のアンドロイド、そして今日は文字通り死んだ人間に話を聞きに月まで、そして、あの歌………」

 地の底から染み出すようなヘイワドの呟き。ジョナサンには何とも答えようがない。下手に相槌を打とうものなら、どんなとばっちりが来るか知れたものではない。

「大体、何なんだあの歌は?テーベの宇宙港からここに来るまでの間、ずっとあの歌を唄い放しだ。しかも、同じフレーズを何度も何度も何度も何度も、あのガキ、あそこから先を知らないんじゃないか?」

「知らないんでしょうねぇ………」

 ジョナサンは呑気に跳ね回る羅瑠を視界の端に捉え、諦めきった声を出す。

「何を悟りきったこと言ってやがる。何とかしろよ」

「そ、そんな、僕にどうしろって言うんです?」

 その時、ヘイワド達のやりとりが耳に入ったわけでもないだろうが、羅瑠は歌をやめ、立ち止まった。そして、道のむこうにいる人影ににぱにぱと手を振る。帽子についた猫耳も、それに合わせてピコピコ動く。どういう仕掛けになっているのだろう?

「なんだ、羅瑠。知り合いか?」

 陽炎の立ちのぼる白合金の歩道。そのむこうに、大きな鎌を携えた長身痩躯のサイボーグがたたずんでいる。されこうべを模した奇妙なマスクのサイボーグ。

「うん。ダンバーと何度か会ったことがあるの。白零(パイリー)って言うんだよ」

 不気味な仮面のサイボーグを前に、ヘイワド達は緊張したが、ダンバーの知り合いと聞いて安心する。

「で、あいつは一体何者なんだい?」

 ヘイワドの問い掛けに、羅瑠は少し考え込むと、難しい言葉を懸命に思い出した。

「あんこくの……んと、女神のせいせんしで、………ん〜〜っと、じっこぶたいブラックなんとかのしかくなんだって」

 羅瑠の言葉は要領を得ないが、ジョナサンはなんとか意味を読みとり、解読を試みる。

「暗黒の女神の聖戦士?実行部隊?ブラックなんとか?」

 ジョナサンの言葉を確認して、羅瑠が頷く。

「うん、ぶ、ぶらっくぱらふぃん……ぱらでん?」

「実行部隊ブラック・パラディン?の………四角、資格?…………ああ、刺客ね」

「うん、しかくぅ」

 我が意を得たりとばかりに頷く羅瑠。

「し、刺客ぅ!?」×2

 次の瞬間、パイリーの鋭い切り込みが一行を襲う。

 が、しかし、完全に虚を突いた筈のパイリーが、奇妙な行動をとった。全くの虚空をヒートサイズで切り裂いたのだ。

 と、同時に、ジョナサンの胸から紫電が弾け飛び、装甲が切り裂かれる。

「な、なんだこりゃ?おい、大丈夫か?新入りっ!?」

 何が起こったか判らず、首を傾げるヘイワド。ジョナサンが応じる。

「ジ、ジョナサンです。情報端末が破損し、展開できません。それに、索敵機能も不能です」

 ヘイワドは頷くと、神刀を構えて敵の出方を窺う。

「何か手品を使ってやがるのか?」

 ヘイワドの言葉に、聞いてもいないのに羅瑠が応じる。

「てんちのうりょくとか言ってたよ」

「天地能力ぅ?」ヘイワドが困惑した声を漏らす。

「て、転置能力ですよ。カタインへの移民船ボーグルが転置能力を持つ生命体シャントゥに遭遇したと聞いたことがあります。恐らくそいつは何らかの方法でディスプレイサー・ビーストの真似事をしているんです!!気をつけて下さい、そいつの実体は別の場所にある。幻影に惑わされないで下さいっ!!」

 ジョナサンの忠告も虚しく、ヘイワドの背中に閃光が走る。

「ぐぅっ!!………ま、惑わされないで下さいって言ったってよ」呻くヘイワド。

 見えない光熱鎌がヘイワドの装甲を切り刻む。関節からは火花が散り、オイルが漏れ出している。

「な、なるほどね、それで新入りの情報端末を先に使えなくした訳か」

 今更ながらに納得するヘイワド。滅多やたらと刀を振り回すが、当然パイリーにはかすりもしない。

「ふぅむ、こいつはお手上げだな………」

 諦めたのか、突然ヘイワドは刀を下ろした。

「ちょ、な、何やってんですかぁっ!?」悲鳴を上げるジョナサン。

 訝るパイリーを余所に、ヘイワドは一歩、また一歩と後ずさる。

「なんとかよ、勝つ方法を考えたが、このホッテントットにはお手上げだぜ」

 肩をすくめるヘイワド。そこに、髑髏仮面のサイボーグが鎌を振り上げて襲い掛かった。足下に溜まったオイルがぴしゃりと跳ねる。

 一閃、ヘイワドの逆袈裟がパイリーの見えない身体を両断した。鎌の柄が切断され、髑髏面の上半身が斜めにずれる。

 転置機能が失われ、パイリーの両断された本体が姿を現した。

 頽れ、機能を停止するパイリー。

「さて、とんだ道草を食っちまったが、とっとと用事を済ませて、早く帰ろうぜ」

 言うや、ヘイワドは何事もなかったように歩き始める。続く羅瑠。慌てて後を追うジョナサン。

「で〜んでんむ〜しぃいむうしぃ〜〜………♪♯」

 羅瑠の怪音波が、再びセシャトに木霊し始める。

 

 数刻後。

 ヘイワド御一行は人格バックアップセンターにいた。傷だらけ、オイルまみれのサイボーグに回帰主義者の少女は職員を大いに驚かせはしたが、月(セシャト)のブレイン・ザカリエルに照会を済まされると、手当を受け、故リチャード・ドーソンと会う事となった。

「よろしいですか、刑事さん」

 案内のアンドロイド、R・ケインが無機質な声を発す。白とペイルグリーンのボディーをしたそれは些か旧式ではあったが、柔らかな物腰は好感が持てた。他のアンドロイドも慇懃さは備えているが、R・ケインほどの繊細さはない。

「これから故リチャード・ドーソン氏にお会い頂くわけですが、いくつかの注意事項を守ってもらうことになります。まず、質問はなるべく簡潔に行ってもらい、また、複雑な質問は避けて下さい」

「それはまたどうしてです?」

 ジョナサンがスーピカーを鳴らす。

「人格マトリクスの再生装置は複雑な記憶の書き換えには対応できないからなのです、刑事さん。あまり複雑な思考をさせると、プログラムの崩壊を招いてしまうのです。また、長い間人格マトリクスとして存在していると、プログラムの劣化を招きます。例えば、記憶にノイズが生じ、呼び出しに時間がかかるようになったり、精神に歪みを生じたりします。この様な言い方は変かも知れませんが、人格マトリクスとなった故人は自分が死んだことを自覚しています。それは精神に非常に負担のかかることなのです」

「解るような気がします」ヘイワドが応じる。

「でも、」ジョナサンが首を傾げる。「でも、再生装置をもっと高性能にするわけにはいかないんですか?処理機能を上げれば、ある程度回避できるのでは?」

「勿論です」R・ケインは答えた。「でも、あまり高性能な処理装置を作ることは倫理的に出来ないのです。例えば、私達の持つ陽電子頭脳をそのまま再生装置として使用することも可能です。故人の一切の記憶を受け継ぐアンドロイドを作るわけです。しかし、そうなると法律で規制されているクローン法に抵触することになります。また、アンドロイドとして生まれ変わった人間の精神が、その事によってどんな影響を受けるかも知れない。それに、人間の魂は記憶に依存されるのかという、極めて哲学的な問題にも発展し得ます。この人格バックアップセンターの意義はそうしたことにあるわけではありません。先人の記憶をなるべく長く留めおき、そこから様々な事を学び、未来に受け継ぐ為にあります。決して擬似的な長寿を得るための施設ではないのです」

「成る程、世間では永遠の生などと短絡的に考えているようですが、実際はそうした崇高な目的でこの施設は作られたわけですね」

 ヘイワドの言葉に、R・ケインは大きく頷く。

「御理解いただけたところで、ドーソン氏との面会室に御案内しましょう。時間的な制約は設けていませんが、反応異常など、こちらが危険と判断した場合は面会を中止させてもらいますので、御了承下さい」

 R・ケインはそう言うと、ヘイワド達を面会室へと案内した。

 ヘイワド達の予想に反し、面会室は簡素な作りだった。片側だけの応接セットに、対峙する太い柱。柱には立体モニターが備わっており、故人は此処に現れるのだろう。

「なんだか、もう少し機械とかがごちゃごちゃしていると思ったんですけどね」

「………まあな」

 ジョナサンの言葉に、ヘイワドは頷く。

 やがて、三次元グリッドから光が漏れ、老人の姿が映し出される。

「わーいっ!小人さんだぁっ♪♯」羅瑠が歓声をあげる。

 ヘイワドは少女を窘めようと考えたが、いちいち取り合ってもいられない。気を取り直して立体映像の老人に話しかける。

「Mr・ドーソンですね?」

 ヘイワドの言葉に、老人は首を傾げる。

「なんじゃ、儂は死んだのか?」

「あ、いや………」言葉に詰まるヘイワド。

「まあ、なんだって構わんさ。時にお前さん、儂の縁者なのか?」

 思ったより相手が動じていないので、ヘイワドは安心して言葉を続けた。

「いえ、違います。警察の者ですが、お聞きしたいことがありまして」

 警察という言葉に、ドーソンはわずかに眉を上げた。

「なんじゃ?儂は悪い事はしておらんぞ」

「いえ、違います。捜査の為にお聞きしたいことがあるのです」

「う〜〜む、もしかして、月餅堂のサクランボ大福を買ったとき、お釣りが多かったのに返さなかったのがばれたかな?」

「いえ、ですから、あなたが犯罪を犯したとか言うのではなく………」

「それとも、酔っぱらって飲み屋の看板を壊したことがばれたか?」

「違います私達はただ………」

 ヘイワドは何とか話の接ぎ穂を掴もうとするが、ドーソンはまるで聞いてはいなかった。

「それとも、線路に小石を置いて列車を止めたことがばれたのか?」

「ち、違いますって!あんた、そんな事までしたのか?私達はただDr・イーグルのことでお聞きしたいことがあるだけです」

 Dr・イーグルの名前を聞き、ようやくドーソンはヘイワドに返答した。

「なんじゃ、あのくされ爺ぃの事が聞きたいのか?」

「(くされ爺ぃはあんただろうがっ!!)」

 ヘイワドは回路の中で呟いた。

「それならそうと早く言えば良いものを。余計な恥をかかせおって………」

「あんたが勝手にくっちゃべったんだろううがぁっ!!」

 ヘイワドは回線が引きちぎれそうなくらいに激怒し、スピーカーの音量を跳ね上げた。なだめにかかるジョナサン。

「まあまあ、警部。抑えて抑えて………」

「む、むぅ〜〜っ………」

 怒り冷めやらぬヘイワド。老人はまるで意に介してはいない。

「で、あのくされ爺ぃの何が聞きたいんじゃ?」

「Dr・イーグルがこのセシャトで子供を養っていたと聞きました。その子供についてお聞きしたいのです」

 ヘイワドの言葉に、リチャード老は口を結んだ。

「ふぅ〜〜む、その事か………」

「何か知っているのですか?」質すヘイワド。

 リチャード老は片方の眉をちらりと上げた。

「お前さんは何を知っておる?」

「なにも。ただ、ある事件に荷担している可能性があると言うだけで………」

「どんな事件じゃ?」

「…………いえ、それは。複雑な記憶の書き換えを行うやりとりは禁じられていますので、こちらの質問に簡単に答えて下さい………」

 ヘイワドの言葉に、リチャード老は薄い笑みを浮かべた。

「………なるほど」

「もう一度お聞きします。Dr・イーグルが養っていた子供について、何か御存知ですか?」

「………ふむ」リチャードは少し間をおくと、その口を開いた。「知らない………と言いたいところじゃが、儂ももう死んだ身じゃ、浮き世のしがらみも最早関係あるまい。奴が養っておったのは二人の少年。一人は確かミルトン。もう一人は………アルフレドとか言う名じゃったかな?例のアルゴー号襲撃事件の生き残りじゃよ」

「なんですってっ!!」

 ヘイワド、ジョナサンともに驚きの声を上げる。

「ミルトン?ミルトン・アッシュのことですか?」ジョナサンが立体映像に詰め寄る。

「さあ?儂はそれだけしか知らんよ」老人は憮然と答える。

「他に何か御存知ありませんか?」

 ジョナサンを制し、ヘイワドは質した。だが、リチャードは無言でかぶりを振る。

「………そうですか、ご協力感謝します」

 ヘイワドはこれ以上の追求は無意味だと悟り、礼を言った。そこに、リチャードが思い出したように言葉を付け足した。

「おお、そうそう。くされ爺ぃは儂と同様、とっくの昔に死んどるかもしれんが、ダニールなら生きてるかもしれん」

「ダニール?」ヘイワドは思わず復唱する。

「そう、ダニール。R・ダニールじゃ。爺ぃの面倒を見ていたアンドロイドの事じゃ。もしかするともう廃棄処分にされているかも知れないが、R・ダニールならその二人の少年のことも詳しく知っているだろう。ヘルモポリスにまだ爺ぃの家が残っていれば、ダニールのことも何か分かるかも知れん」

「そ、そうですか。ありがとう御座います」

 礼を言うヘイワド。

 リチャードは片手を軽くあげてそれに応じると、その姿を消した。

 

「やはりアッシュ博士が犯人だったんですよ」ジョナサンが興奮した様子でスピーカーを鳴らす。

 一行はR・ケインの用意した車を借り、ヘルモポリスに向かっていた。ヘルモポリスは広かったが、ブレイン・ザカリエルに検索を依頼した結果、Dr・イーグルが住んでいたと思しき家の所在が判明したのだ。

「まだそう決めつけるのは早いんじゃないか?」ヘイワドが答える。

「どうしてです?アッシュ博士はアルゴーの生き残りだった。その上、Dr・イーグルの技術を受け継いでいる可能性がある。どう考えてもアッシュ博士がこの事件に関係しているのは明らかでしょう?」

 ジョナサンは期待を込めてそう言ったが、ヘイワドの反応は鈍かった。

「まあ、事件に関係しているのは間違いないだろうが、どうも腑に落ちないんだ。仮にアッシュ博士がこの事件の首謀者だったとして、どうして自分の正体をばらすような事を言うんだ?あの時アッシュ博士が月でDr・イーグルが子供を養っていた、なんて言わなければ、正体がばれるようなことはなかったわけだ。どう考えたって、自分の正体を隠しておいた方がお得だろ?」

「行きがかり上、仕方がなかったんじゃないですか?下手に隠すとかえって怪しまれますからね。それに、此処に刺客が現れたのが何よりの証拠じゃないですか。自分の正体がばれないように、刺客を送り込んで口封じを企んだんですよ」

「成る程、それなら筋が通っているな………」にゃごにゃごとまとわりつく羅瑠を適当にあしらいながら、ヘイワドが気のない返事をする。

 熱意を込めて説得にかかるジョナサンに対して、ヘイワドはあまり関心を示さなかった。形だけの返事をするとそのまま押し黙ったきりになってしまった。ジョナサンもそれ以上は何も言わず、一行はそのままDr・イーグルの住んでいたという家まで辿り着いた。

 

「随分と寂しいところですね」

 車から降りたジョナサンが、辺りを見回しながら呟く。他にこれと言った建物はなく、森がすぐ側にあった。

「中央公園の近くらしいな。開発の手がテーベやメンフィスに移ってからはここいらも放棄されて久しいらしい。中央公園も名前ばかりで、今は荒れ放題だそうだからな」

 成る程と頷くジョナサン。

「それにしても、」ヘイワドが言葉を続ける。「ほんとに此処がDr・イーグルの家だったのか?」

「今はこの土地はゴールドマンの名義になっていますね。でも、少なくともR・ダニールというアンドロイドは此処で働いていたと記録が残っていたそうです。アンドロイド登録の方もそうなってますし、R・ダニールが此処にいたことは間違いがないでしょう」

「ゴールドマンって、あのC・R・C(サイバネティックス・ロボット・カンパニー)のゴールドマンか?」

「その様ですね。でも、どうしてだかこの家は放置されたままになっています。まあ、大企業のすることですから、こんな所まで手が回っていないんでしょうね」

 ジョナサンの言葉にヘイワドは軽く頷くと、玄関に向かった。

 何十年も手を入れたことがないのだろう、壁の煉瓦は退色し、剥がれ落ち、苔や蔦が鬱そうと生い茂っている。ヘイワド達は鍵すらかかっていない扉を開けると、床板が腐っていないか確かめながら、慎重に中に進んだ。閉じられたカーテンを順に開けていくと、採光率が良いのか、家の中に光が溢れた。陽光に映し出されて埃が舞っている。

「床を踏み抜く心配はないようだな」ヘイワドが呟く。

 辺りを見回すと、家財道具はそのままになっていた。ある日、突然主を失い、時が止まってしまったような、そんな印象すら受ける。

「これがDr・イーグルなんでしょうかね?」

 ジョナサンはそう言って、棚の上に飾ってあった写真立ての埃を払った。そこには老人が一人と少年が二人写っている。

「ドーソン氏の言葉とは符合するな。一応それらはかき集めて、テランに送っておこう」

 ヘイワドはそう言うと他の部屋も見て回ったが、これといった収穫はなかった。そこへ、ジョナサンがスピーカーの音量を目一杯上げて、ヘイワドを呼ばわった。

「警部、見て下さいこれを………」

 ジョナサンが見つけたのはベッドの下の引っ掻き傷であった。ベッドを押すと少し移動し、下から隠し階段が現れた。

「秘密の地下室があったのか………」

 狭い階段を下りながら、ヘイワドが呟く。下まで降りると、そこには奇妙なカプセルが置かれていた。

「医療用の休眠カプセルですね」

 そう言って細部を調べるジョナサン。カプセルを開けても、中はもぬけの殻だった。

「ここに二人の少年は隠れて、惨劇を逃れたのだろうか?」首を傾げるヘイワド。

「でも警部、これは一人用ですよ。いくら子供でも、ここに二人も隠れるのは無理ですよ」ジョナサンが答える。

「ふうむ、なら、どうしてこんな物を此処まで運んだんだろう?」

「それは分かりませんが、これはアルゴー号の物に間違いがないようですね。製造番号や型式がアルゴーの物と一致します」

「なら、ここにアルゴーの生き残りが潜んでいた、いや、二人の少年がアルゴーの生き残りであることは間違いがないようだな」

 そう言うとヘイワドは、地下室を後にした。

 上の階に出ると羅瑠が蜘蛛の巣と格闘していた。

「何やってるんだ?羅瑠」

「僕、ここ嫌〜いっ!!」口を尖らせる羅瑠。

 ヘイワドは呆れた声を出すと、羅瑠の蜘蛛の巣をぞんざいに払ってやった。

「さて、そろそろテランに戻るか………」

 そう言って表に出ると、一頭の馬がヘイワド達の車の側に立っていた

「なんだ、ありゃ?」

 馬上に人影を認めヘイワドが首を傾げる。

「あれ、珍しいですねぇ。あの馬、アンドロイドですよ。何かのアトラクション用かな?」呑気な声を上げるジョナサン。

 馬上の人影は馬を下り、ゆっくりとこちらに近づいてくる。マントを着た、戦闘用のサイボーグ。本来、サイボーグに衣服を着る習慣はないが、このサイボーグはブラック・メタリックのボディーの上にマントを羽織り、砂袴を乗馬用のブーツにたくし込んでいる。そして腰にはタルワール(湾刀)を帯びていた。

「何だか奇妙な恰好をしているが、髑髏野郎の敵討ちかい?」ヘイワドが挑発する。

「白零(パイリー)は己の力を過信した。だから、死んだ」マントのサイボーグは超然として応える。

「おやおや、ブラック・パラディンてのは無口な奴が多いと思っていたが、あんたは喋る方かい?」

「人並みには喋る方だと思うが、戦士よ。………パイリーは己の力を過信した。あの場合、有無を言わさず相手の首を刎ねるべきだった。相手の力量が読めない場合は持てる全力を出して戦う。それが常套だ。………しかし、パイリーは戦士として戦い、果てた。我等が神もそれは認めて下さるだろう」淡々と言葉を続けるマントのサイボーグ。しかし、その言葉はヘイワドには認めがたいものだった。

「神?人殺しをさせる神か?そんなものが神なものかっ!?」

 しかし、ヘイワドの憤りはマントのサイボーグには通じなかった。

「何が神であるかはそれぞれの解釈に委ねられる問題だ、戦士よ。私に言わせれば、偶像を拝んだり、紙の模造弊を燃やしてあの世に財を送るなどと言う野蛮な考えは理解に苦しむ」

「成る程ね、価値観の相違というやつかい?このいかれ歯車がっ!!」ヘイワドはそう言うと、光熱刀を抜き放つ。

「私の名はアウダ・イブン・ジャッド。戦士よ、戦いの前に名を名乗るがいい」マントの男も、動じずに湾刀を抜き放つ。

「ヘイシン・ヘイワド」

 言うや、猛然と斬りかかるヘイワド。

 しかし、アウダが湾刀を一閃させただけで、光熱刀はまるで枯れ木のように折れてしまった。

「か、家宝の御神刀がぁっ!?」

 うろたえるヘイワドに、アウダは容赦なく湾刀を振り下ろす。すんでの所でかわすヘイワド。そこへ、情報端末を展開させたジョナサンが分析結果を知らせる。

「奴の刀は中性子合金でできています!ダマスカス鋼というやつですっ!!」

「ち、中性子合金?そんな物、こんなに簡単に振り回せるのかぁ?」アウダの振る切っ先をかわしながら、ヘイワドが悲鳴に近い叫びをあげる。

「重力制御が為されているのでしょう。切っ先に重力を集中させれば、地上にある全ての物が真っ二つですっ!!」

「そ、そりゃあ、いいけどよ、武器の正体が分かったところで、勝てるわけじゃねえぞっ!!」

 どんどんと追い詰められるヘイワド。

「ジョナサン、これを………」今までどこにいたのか、羅瑠がダンバーから預かった黒いケースを差し出す。

「こ、これは、ダマスカス鋼の刀じゃないかっ!?」

 ケースを開け、ジョナサンは驚きの声を上げるが、ヘイワドは既に壁際まで追い詰められており、もう後がなかった。これまでの言葉通り、アウダは湾刀を何の躊躇いもなく振り下ろす。

 アッと言葉を飲むジョナサン。しかし、ヘイワドの首無しの死体が転がることはなく、いつの間に現れたのか、羅瑠の手からヘイワドは中性子合金の剣を受け取った。

「へへへ、こいつはなかなかの物だな。形も東火風で扱いやすい」

 刀を一振り、二振りすると、ヘイワドは加速によって再び姿を消した。

 刀がぶつかり、耳障りな音を立てる。加速による攻撃に、アウダは対応してヘイワドの刀を受け止めたのだ。

「そんなっ!警部の加速に対応するなんてっ!!」ジョナサンが驚きの声を上げる。

「ツィロンとの戦いも見ていた。この空間の物に攻撃を加えるには、その時に副位相空間から出る必要がある。刀による攻撃は間合いは限られており、対応はたやすい」冷然と応えるアウダ。

「なるほど、これまでの相手とは格が違うって訳か」不敵に呟くヘイワド。

「それに、お前はその気性から正面から攻撃を仕掛けてくる。必然、立ち場所は限られてくる………」

 アウダは言葉と共に湾刀を振り下ろす。ヘイワドは辛うじてそれを受け止めた。

「それに、武器の特性を掴み切れてもいない………」

 アウダの言葉と共に、見えない力がヘイワドを吹き飛ばす。

「な、なんだぁあっ?」

「重力制御の応用ですっ!」首を傾げるヘイワドに、ジョナサンが声を掛ける。

「他にも、こう言うこともできる………」切っ先をヘイワドに向けるアウダ。

 何をしようとしているのかは分からなかったが、ジョナサンは咄嗟に光学銃を抜き放ち、アウダに向かって発砲した。

 切っ先が逸れ、ヘイワドの肩越しに地面に穴が穿たれる。

「おい、新入り!俺を殺す気かっ!?」

「ち、違いますよ。それは奴の剣から放たれたものです。一種の重力弾です!!」

 一瞬、ヘイワド達の気が逸れた瞬間に、アウダの剣から再び重力弾が放たれ、ジョナサンの胸を貫通する。

「お、おい、新入り!!」

 ヘイワドの言葉に、ジョナサンは辛うじて応える。

「ジョナサンです。僕は大丈夫です………。腕の機能がやられましたが」

 見ると貫かれた胸の装甲から小さく火花が見え、腕は力無く垂れ下がっている。

「仲間の心配をしている場合か?」

 傲然と言い放つアウダ。

「ヘイワドをいじめちゃダメぇっ!!」

 咄嗟に、羅瑠がアウダの前に立ちはだかる。顔を怒りで真っ赤に染め、口元をむにむにとへの字に曲げ、目にはうっすらと涙が滲んでいる。

 流石のアウダも、少女の剣幕に気圧され、刀の切っ先が揺れる。

「へへへ、どいてな、羅瑠。俺は苛められているわけじゃないぜ」ヘイワドが羅瑠に優しく言葉をかける。

「どうやら、その様だな………」

 静かに呟くアウダ。その言葉と共に肩の装甲がひび割れ、小さな爆発と共にはじける。

「興がそがれた」言うや、アウダは刀を引く。

「戦士よ、この次は容赦しない」そう言うと黒い聖戦士は馬に跨り、砂塵をあげてその場を立ち去った。

「そいつはこっちの台詞だぜ」アウダを見送りながら、ヘイワドはそう呟く。

「それにしてもよ………」言いながらヘイワドは羅瑠を引き寄せると、その頭をぽふぽふと優しく叩く。

「羅瑠にはまた助けられたな」

 羅瑠は振り返ると、埃と汗と涙でぐじゃぐじゃになった顔をほころばせ、にんまりと笑った。

 

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