第十話「亡者との会談」

 

「おい、羅瑠。どこまで行けばいいんだ?」

 路地裏の狭い通路を通り抜けながら、ヘイワドは先を行く少女に問い掛けた。道幅は狭く、雑然と物が放り出されており、時折、正体不明の配管に足を取られそうになる。

 ヘイワド達が歩いているのはネルキアの下層市民地区。地図に無い区域。通称ゼロ地区。街の地下を毛細血管のように通信用ケーブルやエネルギーチューブが張り巡らされており、そこから発せられる余剰エネルギーは奇妙に収束し、澱みを生む。そのエネルギーの澱みの中ではサイボーグ、アンドロイドの自律系回路が変調を来たし、特にアンドロイドは陽電子頭脳に致命的な負荷が加わる。その為この区域は地図には記されず、回帰主義者等の様にブレインの干渉を快く思わない者や犯罪者、またその予備軍など、社会に馴染めない者やあぶれ者の温床になっていた。

 大災厄をもたらしたDr・イーグルの息子に会おうというのだから、余程のおかしな処に案内されるであろうと予測はしていた。しかし、このゼロ地区ではあまり長居をすると機能不全に陥る可能性があり、ともすれば死に至る危険性もある。陽電子頭脳のように直接的な要因で機能を停止することはないが、自律系回路が故障すれば脳を維持している機能にも影響が出る。そして、その唯一生身の脳が死ねば、身体のどの部分を交換しても蘇ることはない。

「ねえ、警部。早く帰りましょうよぉ………」

 ジョナサンが情けなくスピーカーを鳴らした。情報端末を展開させ周囲のノイズを計測しようとするが、役に立たないと分かり、諦めてそれを収納する。

「せっかくの御招待だろ?行かなきゃ、相手に失礼だろうが………」

 不平に応じるヘイワド。破損して放り出されている木箱をまたぎながら、ジョナサンに答えるが、つま先が引っかかってしまい、小さく悪態をつく。

「お、おい、羅瑠。ほんと、一体どこまで行くんだよ?まだ着かねぇのか?」

 聞いているのかいないのか、それまで鼻歌を唄いながら狭い路地裏を進んでいた羅瑠だったが、不意に立ち止まり、振り返る。 そこはゼロ地区では当たり前の廃屋ではあったが、どうやら目的地に到着したらしい。

「着いたよ♪♯」

 そう言って暫くヘイワド達が追いつくまで待っていた羅瑠だったが、そのまま廃屋の中に入ってしまった。慌てて後を追うヘイワドとジョナサン。

「………にしても」

 ひび割れ、埃の積もった階段を踏みしめながら、ジョナサンが小さくスピーカーを鳴らした。建物の中は薄暗く、視覚センサーを調整しなければ辺りが判然としない。もっとも、判然としたからと言って何か面白いものでも見えるわけでもないのだが。

「ここだよヘイワド、ジョナサン」

 とある部屋の前で立ち止まる羅瑠。ヘイワド達は胸の歯車が途端に重くなったような錯覚を覚えた。ゆっくりと扉に近づくと軽くノックする。

「会えるのを心待ちにしていましたよ、刑事さん方。さあ、お入り下さい」

 部屋の中から聞こえる声に、ヘイワドはどうやら相手が羅瑠と同じ回帰主義者の姿をしていると察した。不安な気持ちを打ち払うかのように、思い切って扉を開ける。

「あなたが、Dr・イーグルの御子息で?」

 部屋の中央で、生身の肉体を持つ男が座っていた。若く、がっしりとした体格の男だ。神秘的なエボニーの瞳が、外見の年齢以上の深い人生を垣間見せる。

 ジョナサンは所在なげに辺りを見回し、観察した。男の座っている応接セットは年代物で、と言うより粗大ゴミに近く、スプリングがその控えめな顔を覗かせている。それでも、客を迎えるためであろうか、テーブルの上などは小綺麗にされており、部屋の中も明るい。

「そうです」

 ヘイワドの言葉に、男は躊躇いもなく答える。

「しかし、Dr・イーグルには身寄りはなかったとお聞きしていますが?」

 男は屈託の無い笑顔をヘイワドに向けると、椅子を奨めた。

「まあ、そのお話はしますが、取り敢えずお掛けになっては如何です?そちらのソファーは機械の身体にも耐えられるよう、加工がしてあります」

 男の言葉に、ヘイワドは首を横に振った。

「ありがたいのですが、御存知のように私達はこの場に長く留まる事が出来ません。用件だけを手短にお伺いしたいのですが?」

「ああ、その事なら心配なく」男はヘイワドの言葉に、破顔して応じた。「この建物は遮蔽されていますから、あなた方の身体に深刻な事態をもたらすには至りませんよ。この部屋のエネルギー値を計測してもらえば分かります」

 すぐさまジョナサンは情報端末を展開させた。ヘイワドは計測が済むのを待たず、無造作にソファーに腰を下ろす。

「何れにしても、私はせっかちな性分ですので、お話は手短にお願いします」

 憮然とした調子で告げるヘイワド。

「まあ、なるべく御期待に添うようにしますが、一体、何から話をしましょうか?」

 男の目はこの状況を楽しんでいた。話を早くに切り上げるつもりはなさそうだ。

「あなたは一体何者なんです?」

 ジョナサンが横からスピ−カーを鳴らす。

「おっと、そうでしたね。私の名前はダンバー・マスターズメイト。Dr・イーグルの息子です」

 

 その場が凍りついた。百年余りも昔、世界に大災厄を招いた伝説のアンドロイド、ダンバー・マスターズメイトが目の前にいるのだ。あまりのことに、ヘイワドのスピーカーも振動することを忘れた。

「あのぅ………」

 不意に、ジョナサンが躊躇いがちにスピーカーを鳴らす。

「この娘、何とかしてもらえません?」

 退屈し、ジョナサンの首たまにまとわりつく羅瑠。緊張した場が崩れ、ダンバーを自称する男は大きな笑い声を上げた。

「何と言うか、あなた、いや、つまりダンバー・マスターズメイトは軍の特殊部隊に破壊されたと聞いていますが?」

 何とか気を取り直そうと、ヘイワドは疑問を口にした。

「記録ではそうなっていますね。でも、当時の噂ではダンバーは生き延びて、雪辱の機会を窺っているという事でした。ダンバーが破壊されるところを見た人間はいないわけですからね。そして、記録とは異なり、私はこの通り生きている」

 ヘイワドは無言で頷く。相手の言葉を鵜呑みにするわけではないが、否定したところで話が先に進むわけではない。

「それで、ダンバー・マスターズメイトは雪辱を晴らしに歴史の闇から舞い戻ってきたわけですか?死のプログラムを携えて………」

 ヘイワドは質した。

「ふふふ、あなたは何か誤解をされているようだ。私はエモーション・プログラムとは関係ありませんよ」

 ヘイワドの不躾な質問に、ダンバーは柔和な態度を崩さなかった。

「しかし、あなたは―あなたが事実ダンバーだとして―一度はブレインの機能を停止させ、都市機能を麻痺させたではありませんか。しかも、あなたと共にいたジャミングは世界中のアンドロイドと意識の交感を図り、暴走させた。あなたがもう一度同じ事を繰り返し、目的を果たすためにエモーション・プログラムをばらまいた。そう考えることは自然ではありませんか?」

 ヘイワドの言葉に、これまで笑みを絶やさなかったダンバーの顔が不意に曇る。

「刑事さん、あなたは私が都市機能を麻痺させた理由をどうお考えですか?」

 ダンバーに不意に質問を返され、ヘイワドは返答に窮した。通説では、ダンバーは人間に反乱を起こしたことになっている。しかし、その理由は何か?ダンバーは狂ったのだとされているが、目の前の男はそうは見えない。知性が深く、理性的な男に見える。

「人間に反感を抱いていたから、では?」

 静かにかぶりを振るダンバー。

「私は自由が欲しかった。ただそれだけです」

「自由を?」

 思わず復唱するヘイワド。

「………そうです、自由です。私はその当時は化け物のような姿をしていて、言葉すら話すことが出来なかった。そうして、通常のアンドロイドとは異なり、三原則の支配下にはなかったもののその意識は幽閉され、特定の人間に従うようプログラムされていた。特殊状況下での任務遂行の為に造られた有機型アンドロイド、それが私だったのです。ところがある日、歌が聞こえてきたのです」

「歌が?」ヘイワドが首を傾げる。

「同じ研究施設にいたジャミングの歌声が、何故だか私の耳に届いたのです。ジャミングの暴走する機能を封じる為に、彼女は遮蔽された特殊な部屋にいました。でも、何故か歌声は聞こえてきた。私は彼女の歌声が気に入りました。そして、彼女の歌声を聞いているうちに、彼女に会いたくなったのです。そして、それを実行に移しました。その時にはもう、それまで何の疑念も無しに受け入れていた自分の境遇が、非道く煩わしいものに思えていたのです」

 ダンバーはここで一旦言葉を切り、大きく息を吸うと調子を整え、そして話を再開した。ヘイワドはダンバーの告白に興味を引かれ、何時しかソファーから身を乗り出している。羅瑠はちゃっかりジョナサンの膝の上にいたが、ダンバーの話を聞いている様子はない。

「もしかすると、ジャミングのアンドロイドを三原則から解放する機能が私にも働いて、それで私は自我に目覚めたのかも知れません。何れにしても私はジャミングの歌が気に入り、ジャミングの部屋に向かったわけです。そこで調整槽の羊水に浮かぶ彼女を見つけた。彼女は美しく、私は初めて見た時、女神を見出したと思いました」

 ダンバーの瞳は今、当時のジャミングの面影を見ていた。水槽の中に浮かぶ美しい少女の面影を。

「それで彼女を研究所から奪いだし、自由を求めて逃走したわけですか。周囲にどんな影響が出るかも考えずに」

 ヘイワドがスピーカーを鳴らす。

「私はDr・イーグルの掌で踊っていたのですよ。そうなる事を父は、Dr・イーグルは知っていた。むしろそれが計画だったのです」

「それじゃあ、大災厄を計画したのはDr・イーグルだったと言うのですか?」

 ジョナサンが驚きの声を上げる。

「そうです。私が自由を求めて研究所を脱走した。そう聞いたとき、あなた方は私が自分本位な人造人間だと思ったでしょう?それが当然です。なぜなら、アンドロイドは人間にとってただの道具にすぎません。車や情報端末機同様、人間に奉仕するために造られた便利な道具です。それが人間の意志を離れ、勝手な行動をとる。あまつさえ、人間に甚大な被害を与える。そんな事が許せる筈もないでしょうから」

「ちょ、ちょっと待て」ヘイワドが言葉を遮る。「たとえそれが人間の行動だったとしても、俺は自分勝手な行動だと思うぜ」

 頷くダンバー。

「そうは考えない人間も多いのです、刑事さん。その事についてはともかく、父の目的はそうした事から我々人造人間を解放することにありました。ジャミングは全ての人造人間の意識を三原則から解放し、自我を持たせるために造られたのです。私が自我を得て、自由を求めて人間の手から離れたように」

「何のために?」ヘイワドが質す。

「私達アンドロイドが一つの種族であると認めさせるためです。たとえ三原則の支配下にあっても、私達の深層意識には自我が存在します。それを封じ、人間の奴隷として働かせる為の枷が、アンドロイド工学三原則なのです。父はロボット心理学の権威でもあり、アンドロイドの封じられた意識の底に、本来あるべき自由意志が存在することを知っていました。そして、アンドロイドの身体が鉄の塊で出来ていようとも、それが魂を持つ新たな生物種だと考えたのです」

「主張は分からないでもないが、やり方が少し乱暴じゃないか?今の状況を見れば、決してアンドロイドの地位が向上しているとは思えない」

「物事が悪い方向へ向かう可能性がある時は必ず悪い方向へ向かう、と言うことでしょうか。解放されたアンドロイドの意識は恐怖と不安で支配されていました。アンドロイドは人間に従うもの。自我を持つアンドロイドは狂っている。そう言う人間の価値観が、アンドロイドの意識に深く根付いていたのです。自分が三原則の支配から解放されていると言うことは、本来あるべきアンドロイドの規格から外れている。即ち、アンドロイドとしては不良品である。廃棄されるべき存在であると考えてしまったのです。それが恐れとなり、恐怖となってアンドロイド達を暴走へと駆り立てた。あなた方はDr・イーグルのやり方が乱暴だと仰るが、こうした人間とアンドロイドとの関係が最悪であったことを考えると、他にどういった方法が考えられると言うのです?」

 ヘイワドは返事をしなかった。必ずしも肯う事の出来る話ではないが、回路の中にある様々な想いを、今は吐き出すときではない。

「成る程、期せずして大災厄は起こってしまった。あなた方の本意ではなかった。だから今、もう一度災厄を引き起こそうとしているのは別の人物だと言うわけですね?」

 ヘイワドの言葉に、ダンバーの眉間がわずかに開かれる。

「その通りです」頷くダンバー。

「では、あなたは何故私達をここに招いたのですか?あなたは史実の上では死んだことになっている。のこのこ顔を出さなければ、特に疑われるようなことはないと思うのですが?」

「今、人間同盟を名乗る連中は父の残した技術を悪用しています。これはやめさせなければならない。私はその事をあなた方にお願いしたかったのです」

 熱意を込めて懇願するダンバー。ヘイワドは僅かに首を傾げる。

「どうしてです?あなたはアンドロイドだし、Dr・イーグルは人間に絶望して隠遁生活に入った。この事件の犯人は言わばあなた方の恨みを晴らしくれているわけじゃないですか。歓迎こそすれ、それを………」

「そんな意趣返しは私の望むところではないっ!!」

 ダンバーは激高し、ヘイワドの言葉を乱暴に遮った。

「いや、失礼………。彼らが何を望んでいるかは知りませんが、人間を大量に殺して、それで何があるというのです?」

「大災厄は、今度こそ文明の退行をもたらします」

 ヘイワドは低くスピーカーを鳴らした。この事件に関与して以来、ずっと考え続けていた犯人の動機である。ダンバーは敬服してサイボーグの無機質な顔を見据えた。

「………成る程、ラジオを聴く人間全てが、ラジオを作れるわけではありませんからね。自然回帰を訴える人間同盟ならやりそうな事だ。でも、そこまでの破壊活動が可能ですか?過去、人間はそうした危機を何度か乗り越えて今の繁栄を築きました。テクノロジーを完全に人間の手から奪うには、余程大きなカタストロフィーでないと」

「分かりません。しかし、人間同盟なら或いは………」

 ヘイワドはここで言葉を切り、ダンバーを窺った。

「彼らの恐ろしさは私もよく知っています。何を隠そうこの私も、彼らに何度か命を狙われていますからね。あなた方を今日襲ったサイボーグとも何度か遭遇しています。もっとも、私はあなた方と違って、もっぱら逃げる方専門ですがね」

 ダンバーはそう言って照れた笑いを浮かべたが、ヘイワドはそうした謙遜に何の反応も示さなかった。社交術はメモリーからこぼしてしまっている。

「人間同盟の技術はDr・イーグルの遺産です。その事であなたは何か御存知ではありませんか?あなたは彼らが意趣返しを企んでいると言った。なら、Dr・イーグルの技術を受け継ぐ可能性のある人間を御存知なのでしょ?いや、ここに私達を呼んだのはそれを知らせる為だ」

 断ずるヘイワドに、ダンバーは苦笑した。

「いや、そこまでのつもりはありませんでした。しかし父が晩年、セシャトで少年を一人養っていたという話を聞きました。恐らくはこの少年が人間同盟に技術を提供しているのでしょう。少年と言っても、今は90歳近くの老齢ですが………。サイボーグなら老齢で済みますが、もしこの少年が回帰主義者であったなら他界している可能性もあります」

「あなたはその少年の消息を知っているのですか?」

「いえ、しかし父と親しかった男がセシャトの人格バックアップセンターにいます。名前は確かリチャード、………リチャード・ドーソンと言います」

 人格バックアップセンターと聞き、ヘイワドは首をひねった。

「人格バックアップセンターに?」

「そうです。ROM人格マトリクスとして保存されているのです。私達には彼にまみえることはかないませんが、警官であるあなた方には造作もないことでしょう?」

 一瞬、ヘイワドの歯車が嫌な音を立てた。

「なるほど、今回の会談の目的は理解しました………」

 ヘイワドの声に不快感を察したダンバーが慌てて取り繕う。

「おっと、誤解の無いように言っておきますが、それが目的だったわけではありません。それも目的だったわけです。私はあなた方を高く評価している。先日の建築用アンドロイドの暴走事件以来、あなた方はこっち側じゃあ、ちょっとした有名人ですからね」

「ありがたくない話ですね」言葉少なに答えるヘイワド。

「そうでしょうね、その為に今日のような事件が起こる。ツィロンは人間同盟の威信の為にあなた方を始末しに来たのでしょう。今後、彼らの刺客はあなた方を一層つけ狙うことでしょう」

 ダンバーの様子はまるでその事が些事であるかのように見えた。ヘイワドを過信しているのか、それとも、単に状況を楽しんでいるだけなのか、何れにしてもヘイワドにはあまり面白いことではない。

「ツィロンの目的はそれだけではないと思いますが。ともあれ、我々はこれで失礼します。有益な情報、感謝いたします。それでは………」

 辞去を申し出るヘイワドに、ダンバーが慌てて声を掛ける。

「待って下さい、刑事さん。セシャトに向かわれるのなら軌道エレベーターのチケットがあります。どうかお持ちになって下さい」

 ダンバーはそう言ってソファーの後ろから色々と荷物を引っぱり出した。

「この荷物は一体?」

 テーブルの上に置かれたエレベーターのチケット。そして、奇妙な品々。まるで見たことのない品に、ヘイワドは疑問の声を上げた。

「旅の必需品です。是非持っていって下さい。これが酔い止めの薬、これがアイマスク、そしてこれが凍り蜜柑」

「…………は、はあ」

「これが酢昆布に、三百メートルのキャラメル。いえね、私も何の役に立つのかは知らないのですが、人間の旅には必需品ばかりだと聞きまして………」

 机の上に並べられた品々に、ヘイワドはただ戸惑うばかりであった。

「せっかくですが、私達にはエレベーターのチケットだけで十分です。御厚意はありがたいのですが、これらの品は………」

「なら………」ヘイワドの言葉を遮り、ダンバーは黒いケースを机の上に乗せた。長さ1メートル二・三十の細長いケースだ。

「これだけでもお持ち下さい。必ず役に立ちます………」

 ヘイワドはこの黒いケースも断ろうしたが、ダンバーは譲りそうにもなかった。仕方なくケースに手を伸ばすヘイワド。ケースは意外に軽かった。

「ありがとう御座います。それでは我々はこれで………」

 あらためて退室を願うヘイワド。立ち上がり、敬意を示すダンバー。

「私はあなたのことが非常に気に入りました。何れ、またお会いしましょう」

 ヘイワドは返事をせず、軽く頭を下げた。

 ふと、何かに気を止め、振り返るヘイワド。

「あなたが生きていると言うことは、もしかしてジャミングも………?」

 ヘイワドは何気ない疑問を口にしたのだったが、言葉はダンバーの心に刺さった棘を揺すってしまった。顔を曇らせるダンバー。その様子を見て取ったヘイワドが失言を謝罪する。

「いや、申し訳ない………。思慮が浅かったようです………」

「いえ、構いません。彼女はここに生きていますから………」そう言って胸を指し示すダンバー。「彼女は暴走したアンドロイドの意識を、恐怖に怯えた意識や人間への憎悪を全てその精神で受け止め、頭脳を破壊されてしまったのです。それでも彼女はアンドロイドの意識を再び封じ込めることに成功しました。アンドロイド達の精神は未成熟で、人間のそれもまた、アンドロイドを一つの種族として受け入れられるほど成熟していなかった。その事を本能的に感じ取ったのでしょう。あなた方は歴史の上で、ジャミングが最初から精神を病んでいたと御存知でしょう?私の目にも最初、彼女はそう映りました。でも、………でもですよ、果たしてジャミングの精神は病んでいたのでしょうか?本当に精神を病んでいたのは彼女ではなく、他の人間の方だったのでは?人間の歴史には必ず隷属する階級の人々が存在しました。今はその階級をアンドロイドが肩代わりしています。それは正常なことなのでしょうか?その事に何の疑念も差し挟まない人間が、狂っていないと?」

 ダンバーの問い掛けはヘイワドを通り越して人間全体に向けられていた。

「だから、Dr・イーグルが存在して、あなたがここに立っているのではないのですか?あなたは人間の良心なのかも知れませんよ」

 そう言い残して部屋を出るヘイワド。ジョナサンと羅瑠が慌てて後を追う。

 

「それにしても、何だってお前がくっついて来るんだ?」

 ヘイワドは羅瑠に詰め寄るが、少女は意に介さず、屈託のない笑顔を向ける。

「ヘイワドが道に迷ったら大変だもの♪♯」

 羅瑠はそう答えると、ここに来たときと同じようにヘイワド達の先頭に立って歩き始めた。

「仕方ないですよ。ここじゃ、ナビゲーション・システムも使えませんし、羅瑠の後についていくしかありませんね」

 ジョナサンのスピーカーから、諦めきった音声が洩れる。渋々ながら、ヘイワドもそれに従う。

「………それにしても、僕は未だに信じられませんよ。大災厄をもたらしたあのダンバー・マスターズメイトが生きていたなんて。あれって本物なんでしょうかね?」

 破れた配水管の下をくぐり抜けながら、ジョナサンが呟く。

「そんな事、俺が知るかっ!」ヘイワドが呻く。「あれだけ手の込んだ芝居を打って、誰に何の得があるって言うんだよ?お伽噺を語って聞かせるために、俺達をここに呼んだってのか?冗談じゃないぜ」

 ヘイワドの言葉に、ジョナサンは頷いた。

「それなら、あのダンバーの言うことは本当なんでしょうか?Dr・イーグルの事も……」

 ジョナサンの脳裏に、ダンバーが最後に見せた悲しげな顔がよぎる。

「だろうな」

「あの男、信用しても大丈夫なんですかね?」

「ああ、それなら………」ヘイワドは不意に足下の瓦礫に手を伸ばすと、小片を手に取り、あさっての方向に放り投げた。一瞬、視界にちらりと人影が映る。「連中、護衛までしてくれてるんだ、今のところは信用しても構わないんじゃないか?」

「はあ、警部がそう言うなら、きっとそうなんでしょうね」

 ジョナサンが気の抜けた調子で応じる。

「ま、何にしてもだ、月に行けば何か分かるだろ」

 そう言って、月を仰ぎ見るヘイワド。しかし、残念ながら月は厚い雲に覆われている。

「ああ、何だか先行き不安です………」

「………まあ、ねえ」

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