第八話「Dr.イーグルの息子達」

 

「何だって、俺達がこんな所にまで出張らなきゃならないんだ?」

 霧のような地雨の中、ヘイワドが不平を洩らす。

 目の前にある建物は巨大なコンクリートの塔。それは、なだらかな傾斜を持つ円柱で、入り口以外に開口部は見当たらず、窓の一つも無い。無味乾燥、巨大なコンクリ−トの塊である。

 この建物に飾りや窓がないのには理由がある。

 なぜなら、ここに住む者達は窓を必要としないからである。

 ここに住むのは機械の申し子、世界を管理する巨大な陽電子頭脳ブレインなのだ。

 陰鬱な雲が垂れ込め、雨の中たたずむそれは、さながら巨大な墓標のようでもあった。

 この建物を見上げながら、ヘイワドは何とも気分が晴れなかった。

 理由はいくつかある。

 一つは天気。ここ二週間ほど雨は降り通しで、一向にやむ気配がない。機械の身体ではあってもやはり雨が続けば気分が滅入る。それは本能的な部分にも起因するのかも知れない。

 二つ目はこの建物の不気味さ。ブレインは人の脳波や微弱な電位の変化を感知し、人の考えを読むことが出来る。勿論、彼らの守秘義務は絶対で、機械である彼らはその事をどんな人間よりも遵守する。とは言うものの、やはり人として何者かに頭の中を覗かれるのはあまり気持ちが良いものではない。

 そしてもう一つの理由は、この建物が文字通り墓標になる可能性があると言うこと。これは最大の理由かも知れない。既に、ブレインが一体死んでいる。まだ、その理由は聞かされてはいないが、これがブレインの導入以来初めてのことで、ブレインに都市の制御を依存している人間にとって、きわめて憂慮すべき事態なのである。

「だから、それは分かるって。でも、俺達が出向いてきたところで、どうなるってものでもないだろ?」

 警備のサイボーグ達の間を通り抜けながら、ひたすらぼやくヘイワド。上司に出向を命じられてからここまで、スピーカーの休まる時は無い程だった。

「それは分かりますが、命令ですから」

 ジョナサンが忍耐強く答える。何度同じ事でスピーカーを鳴らしただろう。

「命令と言ってもな、おかしいじゃないか。言うなれば国家の一大事なんだぜ。然るべき専門家を集めた捜査班を作り、事に当たるってのが筋ってもんじゃないか?」

「あれ、聞いてないんですか?」ジョナサンが首を傾げる。「専門の捜査班はちゃんと組織されてます。向こうの何とかって教授が是非とも会いたいって言うから、ここまで足を運んでるんですよ?」

 ジョナサンの言葉に、ヘイワドは音声を尖らせた。

「何だってそれを早く言わないんだよ!このやろ、オイルに砂を混ぜてやる!」

「や、止めて下さいよぉ」

 二人はそのまま建物の中心にまで足を運んだ。ブレインの住む部屋の前で二人は洗浄室に入り、微細な埃を全て洗い流し、そうして、いよいよブレイン達との御対面である。一般の人間がここに入る機会は殆ど無い。勿論、この二人も初めてであった。

「これがブレインか………」

 ヘイワドは呟いた。

 巨大な球体の中で明滅する精密機械、そして、それを支える金属の支柱。それらがいくつにも枝分かれし、都市の機能を司る巨大な陽電子頭脳(ポジトロニックブレイン)を構成している。

「この先で、ここの管理責任者プロフェッサー・ハスラーが待っているとのことです」

 いくつか立ち並ぶブレインの間を通り抜けるヘイワドとジョナサン。

「それにしても、ブレインの間を通り抜けるってのはあまり気持ちの良いもんじゃねえな」

 ヘイワドが呟く。

「まったくですね。何しろ連中は僕達のプライバシーはおろか、この頭の中まで覗けるんですから」

 ジョナサンが応じる。

「連中の守秘義務ってのは絶対だろうけど、コンピューター同士、仲間内では俺達の事、噂してんじゃないか?」

「してるかも知れませんね…………。あっ、あれじゃないですか?ハスラー教授って。ほら、あそこでアンドロイドと話をしている灰色のプラスティックコーティングの人」

 ジョナサンが指を指した方向に、成る程、少し時代遅れのボディーを持ったサイボーグが、不格好な旧式のロボットと話をしていた。

「…………あの、ハスラー教授ですか?」

 ジョナサンが灰色のサイボーグに声を掛ける。

「如何にも、私はハスラーだが?」

 慇懃に答えるハスラー教授。

 振り返るサイボーグに、ヘイワド達は軽く会釈した。

「我々は警察の者です」

 ヘイワドが進み出る。

「おお、お待ちしておりました。あなた方がエモーション・プログラムの捜査をなさっている刑事さん達ですかな?」

 警察という言葉にハスラーは態度を豹変させた。手を差し出すハスラー。

 躊躇いながらヘイワドの方を見るが、ヘイワドは文字通り無機質な顔をしている。握手に応じ、ジョナサンはおずおずと手を差し出す。

「いやあ、よろしくお願いしますよ、刑事さん」

 ハスラー教授はそれをひっつかむと大げさにぶんぶん振り回した。

「あなた方においで頂いたのは他でもない、この殺されたブレインについて捜査していただきたいと思いまして」

 両手を広げ、後ろのブレインを指し示すハスラー教授。彼の後方には、機能を停止したブレインが静かにたたずんでいた。

「勿論、我々は捜査をいたしますが、なぜ我々に?殺されたと仰いますが、事故で機能を停止してしまったのではないですか?そうであれば、原因究明はあなた方の分野だ。我々門外漢が手の出しようがない」

 ヘイワドが横からスピーカーを鳴らした。

「いえいえ、我々も根拠がないままに殺されたなどと言っているわけでありません。ウリエル、即ちこのブレインが機能を停止したときの状況を、他のブレインから聞かされた結果、ウリエルが殺されたと結論付けたわけです」

 視覚センサーをヘイワドに向け、ハスラー教授は深刻な音声で答えた。

「して、その時の状況とは?」

 ジョナサンが質す。

「通常、………」

 突然に、ハスラー教授の横に立っている旧式のロボットがスピーカーを鳴らした。聞き覚えのある音声に、ぎょっとするヘイワドとジョナサン。

「通常、これらのブレインは我々の機械の身体をモニターし、脳波の動きからその思考までも読みとることが出来る」

「アッシュ博士ぇ!?」

 声の主に思い至り、声帯スピーカーから驚愕の声が漏れる。

「何者かがそのモニターするブレインを逆に辿り、そこにエモーション・プログラムを流し込んだんじゃ」

 刑事達の動揺を余所に、アッシュ博士の声を出すロボットは、淡々と告げた。

「メタトロン他、ここにいるブレインはいち早くその事に気が付き、回線を遮断し、狂った意識がブレインを通して市民に波及するのを防いだわけじゃが、直接意識を流し込まれたウリエルはその感情の激しさに耐えきれず、機能を停止したというワケじゃ。」

 ロボットはまるで他人事のように事態を告げる。尤も、世捨て人同然のアッシュ博士にしてみれば、当に他人事なのかも知れないが。

「………何を驚いておる?此処に入るには生身の身体は些か不衛生なものでな、間に合わせのボディーを着てきたのじゃ。それとも、儂が此処にいてはおかしいか?儂はロボット工学者でアンドロイド心理学者じゃぞ?」

「いえ、その様なことは………。それより、ブレインの干渉を遡行するなんて、そんな事が可能なのですか?」

 動揺を隠さないまま、ジョナサンはロボットに質した。

「その事を今、ハスラー君と話し合っていたところじゃ」

 ロボットは応じ、ハスラー教授も頷く。

「私達はある可能性を探っていました。ブレインの干渉を遡行出来るかと言うことなのですが、ある技術を使えば可能ではないかと………。ただ、これはあまりにも突拍子もない推測なので、少し、はばかられるのですが………」

 ハスラー教授の言葉は要領を得なかった。ヘイワドが苛立ちと共に教授を促す。

「何です?その推測は論理的帰結を見ないものなのですか?犯人は魔法を使ったわけではないのでしょう?どんなに突拍子がなくとも、それは科学に起因する筈だ」

 ヘイワドの言葉に、ハスラー教授は声帯回路から言葉を押し出した。

「無論です。では、私達の仮説をお話ししましょう。ダンバーの反乱は御存知の事だと思いますが、そこに使われた技術が、今回の事件に関係するようなのです」

 ハスラー教授の言葉に、二人の刑事は首を傾げた。そんな昔の事件が、どうして今頃持ち上がるのだろう。

「アンドロイド・ジャミングの機能は撹乱効果によってあらゆる機械を混乱させるものでした。そして、彼女にはもう一つの機能があった。撹乱効果によって三原則の枷から解き放たれた他のアンドロイドと、意識の交感をすることです。彼女はその機能を使うことによって、全てのアンドロイドの意識改革、自我を持たせようとしたのです。これは、言うなれば裏の歴史なのですが。ジャミングが実はアンドロイドではなく、サイボーグだったのでは、と言う話はここに端を発しているわけです。自我を持たないアンドロイドが自我を呼び起こせるとは考えにくいからです。そして、この交感機能こそ、今回の事件の鍵ではないかと………」

 教授の言葉を聞き、ジョナサンが勢い込んだ。

「だったら、その交感技術を持っているのが犯人という訳でしょ?何を悩むことがあるんです?」

 ジョナサンの言葉に、ハスラー教授は静かに首を振った。

「この技術はジャミングとダンバーの造物主、Dr・イーグルの失踪と共に失われました。陽電子頭脳のエンパシー効果を利用したこの技術は特殊なもので、未だ解明されていません。軍がDr・イーグルの失踪後、躍起になってこの技術を解明しようとしましたが、ジャミングの死体の損壊は激しく、結局この技術の解明はされませんでした。また、Dr・イーグルが今まで生きながらえているとは考えられませんし、その後の消息は知られていません」

「なら、」ヘイワドがスピーカーを鳴らす。「なら、Dr・イーグルの技術を誰かが受け継いだというわけですよね?」

「うむ、そこなんじゃが、Dr・イーグルには身寄りはなかったらしいし、助手が一人いたが、ダンバーの事件の時に死亡している」

 アッシュ博士の言葉に、ヘイワドは首を傾げた。

「だからと言って、Dr・イーグルの遺産を、誰も受け継がなかったと言うことにはならないでしょ?」

「それはそうじゃ………」

 アッシュ博士はヘイワドの疑問に素直に応じはしたが、何か煮え切らない様子である。

「Dr・イーグルの技術を受け継ぐ可能性のある者はいないわけではない。可能性の一つはDr・イーグルが月で二人の子供を養っていたという話。もう一つが………」

「博士、それはお伽噺ですよ………」

 突然、横からスピーカーを鳴らすハスラー教授。アッシュ博士はそれを無視して話を続けた。

「もう一つの可能性はダンバー。ダンバー・マスターズメイトが生きており、Dr・イーグルの技術を受け継いだという可能性」

「そんな莫迦なっ!?」

 ヘイワド達のスピーカーの音量が跳ね上がる。

「何が莫迦な事じゃ?ダンバーが死んだところというのは軍の特殊部隊しか見ていないんじゃぞ?ジャミングのシステムで都市機能は麻痺し、ブレイン自身も麻痺しておった。ダンバーを死んだと証明できる者は誰一人としていないんじゃ」

 ヘイワド達は言葉を失った。にわかには信じられないことであった。

 勿論、可能性の一つとしての事であるので、それが事実であると言うこととはまた別問題なのだが。

「ダンバーが生きている可能性があるとして、ダンバーは何故こんな事を?」

 ヘイワドがアッシュ博士に問い掛ける。

「それは分からないが、少なくとも二つの可能性で犯人が特定できるやもしれん。お前さん方はエモーション・ソフトを追っておる。この事件にはエモーション・ソフトが不可欠じゃ。犯人が何者かは知らないが、それを調べるのがお前さん方の仕事じゃろう?その為に呼んだんじゃ」

 アッシュ博士の物言いにヘイワドは些か腹を立てたが、捜査の進展する可能性が出てきた事には違いないので、言葉を回路の中にため込んだ。

「分かりました、捜査の参考にさせていただきます」

 そう言って、ヘイワドが退室を乞おうとした時、突如として頭の中に声が鳴り響いた。

『お話中、申し訳御座いません、お客人方、博士。何者かが建物の前で警護の警官と戦闘を始めた模様です。敵の照会中ですが、どうも正規の市民ではないようです』

 声の主はブレインの一人、メタトロンであった。ヘイワド達は驚いて辺りを見回すが、無論、ブレインを特定することは出来なかった。

「博士達は事が収まるまで此処にいて下さい。私達は応援に出ます」

 もとより退室を願うつもりで居たので、ヘイワドはそう告げると、急いで表に向かった。ジョナサンも情報端末を展開しつつ、それに従う。

 

「あれは警部の親戚ですか?」

 長大な赤熱戦斧(ヒート・ハルバート)を振り回し、警官達を薙ぎ払う重量級改造人間(サイボーグ)。ジョナサンが言うように、サイボーグの茶色い装甲にはジョナサンのものに似た文様が刻まれている。

「いかれ歯車。東火はみんな俺の親戚かよ!」

 毒づきながら、神刀の包みを解くヘイワド。

 新手の登場に、重量級改造人間は戦斧を下ろし、視覚センサーをヘイワド達に向けた。

「お前さんも人間同盟の一員か?」

 油断無く得物を構えながら、ヘイワドは敵に質した。

「土龍(ツィロン)」

 敵はただそれだけ答えると、戦斧をヘイワドに向けた。出てきて戦えと言うのだろう。ヘイワドは無言で頷くと、相手に向かって歩を進めた。

「ツィロンってのは、また、見てくれ通りの名前だな………」

 ヘイワドは相手の装備を観察しながら呟いた。当然、相手はそれに答えないが、最初から返事を期待してのことではない。

 と、その時、ふと足下が沈み込み、よろめく。見ると周囲には直径二・三十メートルの穴がいくつも開いている。

「ツィロンじゃなくてインシュ(東火の言葉でモグラを指す)じゃないのか?」

 そう言って、切っ先を合わせるヘイワド。相手もそれに倣う。

 かちゃりと小さな音がして、そこから両者は微動だにしなくなった。相手の出方を伺っているのだ。

 両者はそのまま精神戦に入るかと思われたが、ヘイワドが先に均衡を崩した。とことんこう言うことが苦手な男なのだ。

 小さく刀を揺らすと、ヘイワドはそのまま相手の懐に切り込んだ。長柄の戦斧では接近戦に持ち込むのが有利と見たからだ。

 しかしながら、ツィロンはそれを見越していたかのように柄の側面でヘイワドの刀を払い、両手をあげたヘイワドの胴体めがけて斧を振り込んだ。

 失策を悔いるヘイワドであったが、そのままの状態で更に踏み込んだ。飛び下がろうにも間に合わない。なら、せめて切っ先だけでも躱そうと言うのだ。

「ぐぅぁっ!!」

 両断は避けられたが、物凄い怪力で横様にはじき飛ばされ、ヘイワドは低く呻いた。

 そこへ、ジョナサンが援護の為に光学銃(ブラスター)を抜き放ち、ツィロンの頭部めがけて撃ち込んだ。

「なんだってぇ!?」

 ジョナサンが驚愕の声を上げる。狙いは正確であったにも関わらず、弾道はツィロンの側まできて大きく湾曲したのだ。

 ジョナサンが困惑している間に、体勢を立て直したヘイワドがツィロンに突進する。ヘイワドは刀を振り下ろしたが、戦斧の柄が再びそれを阻止する。

「重力レンズ?それとも………」

 考えを巡らすジョナサンであったが、周囲に開いたクレーターに気付き、切迫した声を上げる。

「警部、逃げて下さい!!恐らくそいつは…………!?」

 ジョナサンの忠告より早く、事態は急変した。目に見えない圧力が加わり、ヘイワドとツィロンの周りが沈み始めたのだ。周囲に見える大穴の原因はこれであった。

「な、なんだ、こりゃ……?」

 荷重に耐えながら、ヘイワドが呻く。

「恐らくそいつは重力を操ることが出来るんです!そいつの頑丈な身体はその為だったんです!!重力子を直接変位させているのか、それとも重力レンズによって指向性を持たせているのかは判りませんが、ともかく、逃げて下さい!!影響の及ぼされている範囲はそいつの周りだけですっ!ともかく離れてぇっ!!」

 今にも押し潰されそうなヘイワドを見て、ジョナサンが悲鳴に近い声を上げる。しかし、そう簡単に超重力から逃れられる筈もない。立っているだけでも精一杯なのだ。

「に、逃げろって言われてもなあ………」

 戦斧を支えながら、ヘイワドが苦笑混じりに呟く。

 そこへ、甲高い声が響きわたる。

「加速装置を使うんだって!!」

 声と共に、ヘイワドの姿が消え、同時にツィロンの胸で火花が飛び、重サイボーグは怒声を上げた。

 ヘイワドはいつの間にか超重力の圏内から脱出している。

「な、なんだぁ?どうして加速装置を使うと超重力の影響から解放されるんだ?」

 困惑するヘイワド。

 そこに、ジョナサンの声がかかる。

「どうやら加速装置の原理に秘密があるようです!警部の加速は亜空間の襞を身体の周囲に形成することによって、一時的に亜空間、ないし副位相空間に入り、三次元の因果律から解放される事によって成り立ちます。つまり、加速装置を使えばこの空間の事象とは無縁でいられるわけですっ!!」

 ジョナサンの言葉に、ヘイワドは勝機を見出した。無闇に加速して、相手の懐に飛び込み、滅多やたらと斬りつける。

 しかし、加速には限界があり、次第に膝の駆動系が傷み始める。

 一瞬加速が途切れた時を狙い、ツィロンは拳でヘイワドを殴りつけた。

 再びはじき飛ばされるヘイワド。

 ツィロンの追撃が始まると思いきや、ダメージを受けすぎたツィロンは逃げに転じた。ヘイワドの加速が限界であることに、気が付かなかったのだ。

「このやろ、逃げられると思っているのか!」

 ツィロンを追おうとするヘイワド。

「あっ!駄目ですよっ!警部………」

 注意を促そうとジョナサンはスピーカーを鳴らすが、時既に遅く、大きく開いたクレーターの底にヘイワドはへばりついた。

「まるで車にひかれた蛙ですね………」

 穴を覗き込み、しみじみ呟くジョナサン。

 穴の底から怨念めいた声が聞こえてくる。

「あの、モグラ野郎………、今度、会ったら歯車に塩を擦り込んでやる………」

 肩をすくめ、ヘイワドに手を差し出すジョナサン。

 やっとの事で這い上がったヘイワドは、ごろりと穴の外に転がり出る。砂が関節部分に入り込むことも気にせず、仰向けになる。空には濁った鉄色の雲が広がり、霧のような雨がヘイワドの身体を洗い流し行く。

「それにしても、あの野郎なんだってこんな無法な真似をしやがるんだろう………?」

 ヘイワドは、誰に言うともなく呟いた。

「そりゃあ、人間同盟の力を世に知らしめる為なんじゃないですか?」

 傍らに立っていたジョナサンが答える。

「力押しに意味はないだろ?ブレインに対するエモーション・プログラムでの攻撃は明らかに功を奏した。もし、力の顕示が目的ならそちらの方が有益だろ?こんな所で大立ち回りなんか演じなくても次々にタナトス・プログラムを流し込んでくれば、少なくとも直接被害を受けたブレインは機能を停止する。ブレインが機能を停止すれば都市機能が麻痺し、ダンバーの反乱以上の大災厄がもたらされる」

 ヘイワドの言葉に、ジョナサンは首を傾げる。

「なら、他に目的があったとでも?」

「可能性としては、狙われたのがブレインではなく、別のものだったという可能性。つまり、中にいる博士やハスラー教授が狙われたと言うこと。ブレインに対する攻撃を阻止できる存在だから、先に始末しようとしたのかも………」

 ヘイワドはスピーカーを鳴らしながら、回路の奥ではどこか懐疑的であった。これほどまでに派手に動いて、暗殺が目的であるとは考えにくい。

「騒ぎを起こす事自体に意味があったのでは?」

 ジョナサンがぽつりと呟く。

「そりゃ、一体どういう訳で?」

 ヘイワドが質す。

「訳もなにも、そう言う考え方もできるかなと思っただけで、特に根拠があるわけじゃ…」

 ジョナサンのスピーカーが急に小さくなる。

「ふうむ、そうだな………」

 考え込むヘイワド。何をどう考えようと、敵の正体も知れない状態ではその意図も計りようがない。いつまでもこうしていても仕方がないので体を起こし、立ち上がる。

「気になると言えばもう一つ」ふと、別の疑問がヘイワドの回路をよぎった。「俺を助けてくれたのは一体誰なんだ?」

 超重力に襲われたとき、誰かが加速しろと教えてくれた。更に頭をひねるヘイワド。ジョナサンも頭を左右に振る。

 するとその時、突然背後から声がかかり、ヘイワド達は胸から歯車がこぼれそうになった。

「僕が助けてあげたんだよ?」

 ぎょっとして振り返るヘイワドとジョナサン。声を掛けてきたのは旧人類の姿をした少女だった。性別は雌らしいが、ジョナサンの記憶によれば雄に近い風体をしている。上半身に通されている筒上の布は上腕の半分しかなく、下半身の布も太股の上の部分までしかない。そして、頭にはヘイワドも見たことがないかぶりものをしている。ドーム状に縫い合わされた布に、額の部分には三日月状のひさしが出ている。そして、猫の耳のような飾りもの。

「………!?」

「な、なんだ、お前はぁっ??」

 ジョナサンのスピーカーの音量が跳ね上がる。

 驚くヘイワド達を余所に、少女は黒目がちの瞳を好奇心に輝かせ、サイボーグ達を面白そうに眺めている。

「羅瑠だよ」

 少女はそう答える。

「らるぅ?」

 思わず復唱するジョナサン。少女は頷くと、小首を傾げてにっこりと微笑んだ。

「そう、羅瑠だよ。昔のテランの言葉で、愛しい者って言う意味なんだって」

 言いながら、珍しい物にでも触れるように、人差し指でジョナサンのボディーをつつく。

「名前なんてどうだっていいさ。さっき俺に加速を使えって教えてくれたのはお前なのか?」

 横からヘイワドが訊ねる。先程の助言がこの少女一人の考えによるものだと思えない。

「羅瑠だよ」

 興味の対象をジョナサンからヘイワドに移し、羅瑠が振り返る。

「お前一人の考えなのか?」

 ヘイワドが更に問いただす。

 ヘイワドの質問に羅瑠は眉間に皺を寄せると、可愛らしく頬を膨らませた。

「どうだってよくないもん。羅瑠は羅瑠だよ。名前は………あいでんてぇを表すものなんだから、ちゃんと名前を呼ばなくちゃ駄目なんだよ」

 少女の大人ぶった主張にヘイワドは肩をすくめると、改めて質問をやり直した。

「やれやれ、それを言うならアイデンティティーだろ。じゃあ羅瑠、君一人の考えで俺達に助言してくれたのか?他の誰かに教えられたんじゃないのか?」

 ヘイワドの言葉に、羅瑠は渋々と言った表情で応える。

「うん、教えてもらったんだよ。でも、名前はまだ言っちゃいけないんだって」

「まだ?………ってことは、いつかは教えてもらえるって事か?ええっと、羅瑠」

 苛立ちを抑えながら、辛抱強く質問を繰り返すヘイワド。

「うん、ヘイワドとジョナサンを連れてきてくれって言われたの。それまでは名前を言わないでくれって」

 羅瑠の言葉に、ヘイワドは思わず詰め寄った。

「誰に?誰に言われたんだ?名前を言わないのは失礼なんじゃないか、羅瑠?」

 ヘイワドの言葉に、成る程と得心する羅瑠。

「名前は言っちゃいけないけど、どうしてもって聞かれたらこう答えなさいって。“ドクター・イーグルの息子”が会いたいと言っているって」

 

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