「お兄ちゃん」
「お兄ちゃま」
「あにぃ」
「お兄様」
「おにいたま」
「兄上様」
「にいさま」
「アニキ」
「兄くん……」
「兄君さま」
「兄チャマ」
「兄や」
……………
12人の妹たちとの一日を終えて、一人暮らしの家に戻ってきた。
玄関の鍵をしっかり閉めてリビングに入ると、そこのソファーにどっかと座って、懐から取り出した鈴を鳴らした。
「……お呼びですか、おぼっちゃま」
突然、壁をすり抜けておぞましい姿の霊が現れる。しかし、その姿に全く動じる様子も見せず、その霊に向かって傲慢に言い放つ。
「古手川。直人たちをすぐにここに集めろ。当分ここで楽しむことに決めた」
「フォッフォッ……それはようございました。新しいその身体がよほどお気に召されましたかな?」
「うむ。戯れで手に入れてみた身体だったが、思わぬ収穫だ。こいつには12人もの妹がいてな。全員が全員とも美少女揃いで、しかもこいつを慕っているらしい」
「それはそれは……」
「そういうわけだ。……早く行って直人たちも呼んでこい」
「フォッフォッ……承知いたしました。では、しばらくここでおぼっちゃまのお好きな音楽でも聞いてお待ちください。爺はすぐに直人たちを連れて戻りますので……」
そう言い残すと、傍らのCDラジカセにCDをセットして、古手川は入ってきたときと同じように、壁をすうっと抜けて出ていった。
お馴染みの曲が室内に流れる中、残された男は、ゆっくりソファーにもたれた。
今の話からでも明らかなように、今この身体の主導権を握っているのは、妹たちがよく知る兄ではなかった。
名を勝沼紳一。生前は勝沼財閥の若き当主であり、病により己の死期が迫ると、最後の大遊びとして修学旅行中の女子学園のバスを3人の部下とジャックし、陵辱の限りを尽くした。だがそれも長続きはせず、当局により逮捕されて死刑を言い渡された。
そうして一度は処刑台に昇り、終わりを迎えた勝沼だったが、尚も多くの少女を陵辱したいという最期の瞬間まで抱き続けた執念が、勝沼を再び亡霊として現世に甦らせた。
先の古手川を始めとした3人の部下も同じように亡霊としてこの世に舞い戻り、他人の身体に乗り移ることで再び陵辱の限りを尽くしていった。
始めに甦った街では、交通事故で意識が底に沈んだ一人の男の身体を用い、勝沼だけで30人以上を陵辱した。そうして根城としていたある学園の旧校舎が当局に嗅ぎつけられると、男の身体や少女たちもろとも全てを燃やして灰に変え、平然と別の街に移って行った。
そのときに依り代とされ、燃やされた体の本当の持ち主、草陰もまた、完全に死ぬことで亡霊となり、勝沼たちのやり方に惚れて新しい部下となった。
勝沼を頭に、古手川、直人、木戸、草陰という部下の計5人の亡霊は、男の身体を乗っ取って少女を陵辱しては、その身体の持ち主に罪をなすりつけて街から街へ渡り続け、この街で12人の妹を持つ兄を新たな依り代として選んだのだった。
「……おっと。絶好の条件に、思わずこの身体を使うことに決めてしまったが、肝心なことを確かめていなかったな」
ふと思い出したようにそう呟くと、勝沼はソファーから起き上がり、おもむろに部屋の真ん中でズボンのファスナーを下ろして中から一物を取り出した。
「ふむ。皮はちゃんと剥けているし、大きさも萎えた状態でこれなら、まずまずといったところか……」
股間の一物を見下ろし、勝沼はそんな感想をもらした。
一応の満足を得、股間のモノをしまいかけたところでふと手が止まる。
「……だが、待てよ。あれだけの美少女たちに慕われておきながら、見たところまだ全員処女のままだ。下手をすれば、見た目はまともでも実はインポということも……」
ピンポーン
再び考え始めたところで、不意に玄関の呼び鈴が鳴った。
「爺か?」
一瞬、古手川が部下を連れて戻ったのかと思ったが、古手川たちなら何もわざわざ呼び鈴を鳴らす必要などどこにもない。壁をすり抜けて入ってくればいいことだ。
すると、誰なのか。もう夜だ。勧誘の類とも思えない。
一物をズボンの中に戻すと、ファスナーを上げて玄関に向かい、ドアのレンズから向こうを覗いてみた。
「……獲物が向こうからやって来たか……?」
勝沼は思わずうっすら笑みを浮かべていた。
無理もない。ドアの向こうにいたのは、12人の妹の一人、千影だった。
「ちょうどいい。こいつのモノが本当に使えるかどうか、試させてもらうとするか」
小さく呟くと、ドアの鍵とチェーンを外して迎え入れた。
「千影じゃないか。どうしたんだい?こんな時間に」
「やあ…………夜分に失礼するよ…………急用でね…………」
「よくわからないけど、こんなところで話をするのも何だから上がってよ」
「そうかい…………じゃあ……そうさせてもらおうか…………」
勝沼は兄の姿を偽ったまま千影をリビングまで連れて行く。
「それで? いったいなんだって急に家に来たりしたんだ?千影」
ソファーで向かい合って座るなり、勝沼はそう切り出した。
ここまで引き入れてしまえば、後はいつでも押し倒してしまえばそれまでだ。その思いから、話を聞くだけ聞いてやろうという気になっていた。
「ふふ……いきなりだな…………それでは私も…………単刀直入に……言いことにしよう…………」
だが、勝沼の余裕も、千影の次の一言でなくなってしまった。
「兄くんを…………どうしたんだい…………?」
「な、何を言ってるんだい? 千影。僕はホラ、ここにいるじゃないか」
不意の言葉に、内心の動揺を隠しながら、勝沼はとぼけてみせた。
しかし、千影はあっさりとそれを無視した。
「お芝居は無意味だよ…………一目見て…………キミが兄くんでないことはわかってるんだ…………」
言われて勝沼は、千影が妖しいオカルトどっぷりの得体の知れない妹であったことを思い出す。
しかし、まさか一目であっさり正体を見破られるとは思ってもみなかった。
「…………どうやら……身体は本物の兄くんのモノみたいだけど…………」
「他の妹たちもこのことを?」
「いや…………気づいていない…………私は……特別でね…………」
「なるほど。それで?俺にどうしろと?」
もはや兄を装うことを止め、勝沼は自分の口調で話し出すと同時に、落ち着きを取り戻していた。
「…………決まっている…………兄くんの身体を……出て行ってもらいたい…………」
「イヤと言えば?」
「…………それは…………」
答える千影の様子が変わりかけたそのとき、今度こそ古手川が他の部下たちを連れて戻ってきた。
「おぼっちゃま。ただいま戻りまし……むぉっ!?」
中に入ってきた古手川は、予期せぬ少女の存在に驚愕の声を上げた。
「お、おぼっちゃま。この少女は……?」
「爺か。少々困ったことになった。この妹の1人が、一目で我々の正体を見抜いてしまったらしい」
「ほ、本当でございますかぁ? まだこの街に来て1日と経っておりませんぞっ」
古手川始め部下たちは勝沼の発言に一様に驚いたが、一人草陰だけが、
「はんっ。ばれていようがいまいが、女なんざやってしまえば同じことよっ!」
果敢にも千影に向かっていったが、
カッ
千影の側まで近づいたところで、黒い光のようなものに貫かれてその姿を消した。
「く、草陰……?」
「消えた……」
目の前で起こった現象に、亡霊たちは信じられない思いで呆然と呟いた。
「…………こんなふうに…………消えたくなければ…………兄くんから離れることだ…………」
この宣告に、しかし勝沼だけは怯む素振りを見せなかった。
「ただのオカルトマニアじゃなく、本物だったということか」
むしろ、逆に千影の正体に推測がついて安心したと言った方が近い。
「天使……いや、悪魔か? 何にしろ、少女は俺にとって組み伏せ犯す存在であって、間違っても命令される存在じゃない。いい加減むかついてきたな」
そう言ってソファーから起き上がる。
「人外の少女なんて、滅多に味わえるものじゃない。たっぷり楽しむか」
勝沼は千影に向かって襲いかかっていった。
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