はじめから読む

「さ、立ち話も何ですし、一緒にいらしてください。
車の用意がしてありますから」
「あ、いいですいいです」
そう言ってわたしの荷物を持ち上げてくれたフェチっ娘さまを、
わたしはあわてて制止しました。
こんな荷物、女の人に持たせていいわけないよぉ…。
「じゃ、女同士でいっしょに持ちましょ」
わたし、今は男の子なのに女の子扱いしてもらえたんです。
それはそれで、ちょっと感激です。恥ずかしい気もするけど。
でもおかげさまでわたしの分の荷物は、だいぶ楽ができました。
わたしたちが案内されたのは、
駅前のパーキングに停められた赤いハッチバックの前でした。
「ごめんなさい。今日はプライベートに近いお仕事なので、こんな小さな車で」
でも確かに大きくはないけど、でもヨーロピアンスタイルの
適度にスポーティで、適度に実用的なタイプ。
大事にしてるんだろうな、ピカピカに磨かれてます。
良平さんが後ろでわたしは助手席に乗せてもらいました。
「まずはホテルに行きましょうね。
荷物も置いて……着替えも、したいでしょ?
リザーブしたホテルからなら、○○○公園は歩いてもすぐだから」
「あ…はい。お願いします」
わたしたちは名目だけとはいえパーティーの幹事なので、
一日早く名古屋入りしてホテルに一泊です。
その手配まで、数値フェチっ娘さまはしてくださったんです。
……ぜったいわたしたちより、労働量多いよぅ。申し訳ないです。
車はすごくスムーズに幹線道路に出ました。
やっぱり百メートル道路とかあるからか、全体の流れも東京に比べるとなめらかみたい。
わたしたちだけになったから、数値フェチっ娘さまは
わたしを堂々と女の子として扱ってくれるようになりました。
だからわたしも、指輪をはめました。
「それが例の指輪ね? 見せてもらえるかしら?」
「あ、……はい。でも、あんまり立派なものじゃないんですよ」
そう言いながらわたしは、運転の邪魔にならないように注意して、
左手をそっと差し出しました。
わたしと良平さんとの盟約の証。
黒光りする鉄のリングの内側に、金箔を貼り込んでいるものです。
でもちゃんとした宝飾の技術は持っていない良平さんの手作りだから、
手荒く扱ってると金箔が剥げちゃうし、たまに磨かないと錆びちゃうんです。
「でも素敵よ。
良平さんが由衣美さんにとっての”ルネ”っていうことなのかしら。
……でも、こんなに仲良しなんだから”ルネ”とは違うんでしょうね」
このリングは有名な…らしいフランスのエロティック小説の
「O嬢の物語」に出てくるリング=「調教を受けた証」を真似したものです。
このリングをはめた奴隷は、同じリングをはめたご主人さまの命令には、
無条件で従わなければならない、という取り決めと一緒に。
「……はい」
フェチっ娘さまの言葉に、わたしは静かに頷きました。
最後には恋人のルネから、
より上位のサディストであるステファン卿に譲り渡されてしまうO嬢。
それはそれでマゾヒストとしての快楽を秘めているのかもしれませんけど、
わたしにはきっと耐えられるものじゃありません。
でも良平さんは、このリングがあるかぎりずっと一緒だって、
このリングはわたしたち二人だけのものだって約束してくれたんです。
その誓いを確認するように良平さんがわたしの首筋を後ろから触り、
わたしもその動きにちょっとじゃれつくようにして応えました。
「あらま、妬けちゃうわね。仲のおよろしいこと」
ちょっと呆れ笑いをされてしまいました。
「あ、由衣美さん。
概要をいちおう文書にしてみたから、目を通しておいてね」
そう言って片手をダッシュボードに伸ばし、
フェチっ娘さまは何枚かのプリントアウトを手渡してくれました。
読んでみるとその文書には、今回のパーティーの企画内容が事細かに書かれています。
ほんらい本末転倒なんですけど、地理的なこともあり
今回のパーティーの実現には賓客であるはずのアニトさまと
数値フェチっ娘さまのご助力をたくさんいただいてしまいました。
そのおかげで、ピクニックに毛が生えた程度だったはずのパーティーは、
れっきとした超本格屋外立食女装SMパーティーになってしまったようです。
アニトさまの格からすると、これくらいが当たり前なんだろうけど、
ここまでしていただいたらもうわたしの幹事としての仕事は、ほとんど残っていません。
ありがたいやら情けないやら、
この概要を見るだけでお二人のお力の凄さと、
わたしたちの無力さが身にしみたりします。
会場である○○○公園での設営状況とか、
何軒もの貸衣装屋さんの手配から、食事の差配まで。
それに出席のお返事をいただけた方たちのお名前のリスト……ひいふうみい…。
「百二十人……?!」
わたしと良平さんは、同時に声をあげました。
あ、彼はわたしの後ろからその文書を見てたんですけど。
「うわー……壮観だろうな、それだけの女装っ娘が集まるさまは……」
…良平さんに同感です。
「今日の段階でだけど、
ぎりぎりまで都合をつけてみるっていう人もけっこういるから、
最終的にはもっとになるでしょうね」
それにしても、こんなにたくさんの女の子たちが、
アニトさまのお誕生日を祝うために全国から来てくださるなんて。
わたしがお会いしたことのなかった、
ここしばらく「空想デート」にいらっしゃれない方たちも、
ほとんど来ていただけるみたいです。
それにお名前を存じ上げない方もたくさん。
よかったぁ……と安心する反面、なんだか責任が重大です。
ううぅ……わたしなんかよりよっぽどデキる方が、こんなにたくさん……あ。
「…みやむ〜さま、いらっしゃるんですか?」
フェチっ娘さまは、ハンドルを握ったままくすっと笑いました。
「そのために用意したんでしょう?グリセリンの噴水は?」
「えへへ」
事故に遭われたって聞いて、心配してたんですけど。
「まだ完全ではないけど、その浣腸をされるためならがんばるって。
あのグリセリンをアナルマンコに飲むのはわたししかいない、だって」
フェチっ娘さまも嬉しそうに笑いました。
よかったぁ……。
その他にも体調を崩されてるってお聞きした方が、いっぱい集まってくださってます。
やっぱり皆さま、男性のように繊細だけど、少女のようにパワフルなんだわ。
……う、グリセリンの調達量が、20キロリットル……。
お持ち帰りも可っていうことにしとけばよかったかも。
あれ、何だろこのリスト。
お菓子とか飲み物とか……バイブとか。
女の子の喜びそうなものがいっぱい書き込んである。
「あの、これ……」
「ああ、そのリストはね、明日のために集まってくれる皆さんが
用意して先に送ってくれたものなの。いわゆる差し入れね。
会場のトラックに保管してあるから、あとでお見せするわね」
わたしと良平さんは顔を見合わせました。
世の中に、先に送っておくという手が、存在したなんて。
「このバカたれっ…」
「りょ…良平さんだって思いつかなかったじゃないかぁ……」
「もしかして、あなたたちの荷物もそうなの……?」
そうなんです。
なんだか近場の、それも主賓である方たちにお任せしっぱなしなのも申し訳ないので、
わたしたちなりにお菓子を作ってみたり、買ってきてみたりしたんです。
「……はい」
二人分の大抱えの荷物は、いちおう皆さまに行き渡るだろうっていう量の、
桜の花の塩漬けをあしらったお花見まんじゅうと手焼きのクッキーと、
男用の二人分の着替えと、わたしの衣装と、ちょっとした旅行用品、
それにノートパソコンです。
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ほどなく車はフェチっ娘さまが手配してくださったホテルに滑り込みました。
……あれ、ここ違わないかな。すっごく、高そうに見えるんですけど。
「あの……フェチっ娘さま…?
わたしたち……その、シティホテルってお願いしてませんでしたっけ……」
うう…貧乏の主張みたいで情けないこと言ってる。
ほんとはほんとは、パーティーの費用をアニトさまがご負担くださるっていうだけでも、
ものすごーく心苦しかったんです。
だから宿泊は自腹でやろうって、
だけどお財布がキビシイから、安目のシティホテルだねって言ってたんです。
「ええ、ナゴヤシティにある最上級のホテルよ」
フェチっ娘さまはにっこりとそう言いました。
……そんなーっ。
そうでなくても今月は苦しいのに。あ、いえ、苦しいのは毎月ですけど。
こんなところ、いちばん安い部屋でも泊まれないよぉ……。
「安心して、宿賃は要らないから」
「そんな……そこまでしていただけないです」
後ろから良平さんが強く言いました。
その間にも車はホテルの正面に横付けされ、
フェチっ娘さまはさっそうと運転席を降りられました。
「…フェチっ娘さまっ……!こまります…こんな」
「んー……でも今からキャンセルも利かないし、だいたいもう着いちゃってるんだから」
うわぁ……フェチっ娘さま、ものすごく手慣れた様子で視線だけでポーターの人を促して、
その人も当たり前みたいに車のリアゲートから
わたしたちのあの大荷物を下ろしちゃってるんです。
あ、そりゃその人は確かに当たり前のお仕事なんですけど。
「おい……どうするよ?」
「ど……どーしよ?…あ、とにかく荷物を」
あの荷物を持ってかれてしまっては、もう引っ込みがつかなくなります。
わたしたちはあわてて車から降りました。
うわぁ…フェチっ娘さまとポーターさんはすたすたフロントへ。
「これは素内さま…」
「お願いしていた方たちです。
前田さんのお客さまですから、お若い方たちですけどそれなりの扱いをお願いしますね」
「かしこまりました、確かに」
相手の方は恰幅のいい、たぶんマネージャークラスの方なんだろうけど、
なんだか下にも置かない扱いを数値フェチっ娘さまは受けています。
「じゃ、良平さん。いちおうこちらにサインだけいただけるかしら?」
そう促されちゃうと、なんだかもう逆らえない感じ。
良平さんは釈然としないながらも、宿帳にサインしました。
…宿帳でいいのかな、ホテルでも。
「…由衣美さん」
ちょっと離れていたわたしに、フェチっ娘さまがちょっと楽しそうに囁きました。
「良平さんのサインね、
上条良平……妻、由衣美……だって」
それを聞いて、わたしは顔がかあっと熱くなるのを感じました。
りょ、良平さんったら…。
あのね、わたしは男モードなんだから……と憤りつつも、
どうもわたしの口元は複雑な笑みを浮かべちゃってたみたいです。
「ほんと、ごちそうさま」
また、笑われちゃいました。
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「気重かもしれないけど、受けてあげてね。
これはアニトさんがしたいって思ってることなんだから」
十一階のお部屋まで案内されて、ポーターさんが出ていってから
フェチっ娘さまは言いました。
「気重なんて………
でもお祝いする立場のわたしたちが、こんなこと…」
「そうですよ。…僕たちが、僕たちだけがしてもらうわけにはいきませんし」
ほんとです。それは幹事としての特権なんかじゃありません。
「あなたたちと同じように、あの人もやっぱり表の顔と裏の顔を持っているの。
表の……きっとあの人にとっては裏の顔は、それなりに力を持っている人なのよ。
綾乃さんとかの書いていた実業家や教育者としての顔っていうのも
あながちフィクションとは言い切れないの。
でも、……だからこそ、アニトさんはあなたたち……
わたしたち女装っ娘の庇護者としての自分を大切にしているわ。
たぶん公での自分以上にね。
それは『空想デート』が、わたしたちとおなじように、
あの人にとってもほんとうの自分でいられる場所だからだと思うの」
ほんとうの……自分?
「あの人はサディストだけど、でもとても優しい人だもの。
…サディストだから、かな。
自覚的なサディストって、ほんとうに人を愛せる人だからね。
人を求める気持ちが、とっても強いんだと思う。
だから、「空想デート」のみんなが自分をお祝いしてくれるっていうのが、
とても嬉しかったようなの。………ね、だから」
少し考えてしまいます。
お気持ちは、そりゃ嬉しいんですけど。
「わかりました、じゃ遠慮なく泊まらせてもらいます」
「良平さん…?」
「ん…俺がアニトさんだったら、で、俺にそれができる力があったら、
そう思ったら、すごく解るからさ……。俺もそうするだろうって。
だから今日だけは気持ちに甘えよう、な?」
良平さんはそう言いました。
良平さん、この前のお仕置の時アニトさまの代役をやってから、
なんだかアニトさまをすごく近しい存在として考えはじめてるみたいなんです。
たぶん似たタイプの、優しすぎるサディストだからなんでしょう。
人に何かをしてあげることが、
誰かが喜んでくれることがとても好きな人だから。
「……良平さんが、そう言うんなら」
わたしがそう言うと、良平さんは微笑んでくれました。フェチっ娘さまも。
「よかった。受けてくれないと、今度はわたしがお仕置されちゃうもの」
「さ、そうと決まればさっさとしようぜ」
良平さんはそう言って、用意されたお部屋の中を見回しました。
……ホテルの上の方の、高そうなお部屋。
うーん……まだちょっと納得しがたいものはあるけど、
でもこんなところに泊まるのは初めてです。
きちんとクリーニングされた毛足の長いオークブラウンの絨毯と、
暖色系にコーディネートされた落ちついた感じのインテリアです。
もしかして二十畳くらいはあるんじゃないかな。
それってわたしたちの住んでいるマンションの2DKが、
丸ごと入っちゃうくらいの大きさです。
大きくはないけど両翼の机と、簡単なダイニングセット、
それにベッドサイドテーブルにコートハンガー、
それぞれがちゃんとムクの木製だと思います。
ごちゃついてはいないけど、
シンプルなデザインがかえって木目の美しさを引き立てています。
あと壁に埋め込まれたクロゼットと、姿見。それにおおきなテレビ。
全体にあんまり豪奢って感じじゃないのに、
一つ一つの調度にかっちりと手が掛けられていて、
それが組み合わせられて適度な密度感のある落ちついた空間を作り上げています。
強いていうなら、普段のわたしたちの住み処より広すぎて、ちょっと困惑する感じ。
ベッドはダブルが一つだけ……これって、もしかして新婚さん用かも。
突き当たりの壁はほとんど全面が窓になっていて、名古屋の市街が見下ろせます。
空が青くて、すっごくいい景色です。
あ、あれ名古屋城なのかな。てっぺんの金色が太陽に光っています。
「由衣美さん、良平さん」
ひたすら驚嘆して、その貧乏っぷりをさらけ出しているわたしたちを、
その窓際に立ってフェチっ娘さまが呼びました。
「ほら…あそこ、あの公園よ。○○○公園」
そう言って指さした先の方に、市街地の中でも緑の豊かな一角の中の、
咲きだした桜の花に薄桃色に染められている公園が見えました。
たぶんこのホテルからだと百メートルちょっとくらいしか離れていないと思います。
「わぁ……」
名古屋駅に通じる大通りから、ちょっとだけ引っ込んだ場所にあります。
このホテルの対岸ですね。
そこはアニトさまたちから送っていただいたデジカメ映像で想像していたよりも、
もっと大きくてすてきな公園に見えました。
やや縦長の公園は、中央に遊歩道が通っていて、その中ほどに噴水が、
そして突き当たりのところにはしゃれた白い屋外ステージが設えられています。
明日の準備なのでしょうか。
入り口のところに大きなトレーラーと、タンクローリー。
「良さそうな会場だな」
そう言って良平さんがわたしの肩を抱きました。
「………うん」
わたしもその手に、自分の手を重ねました。
あの公園が明日は、アニトさまのお誕生日パーティーの会場、
そして「空想デート」の皆さまとお会いできる場所になるんだって思うと、
不思議な気持ちがしました。
不思議な、だけどとても素敵な予感です。
「じゃ、わたしはロビーで待っているから、支度ができたら降りてきてね」
「あ、はい…すぐ」
フェチっ娘さまは、入り口の方へ、そしてちょっと振り向いて言います。
「じつはね、アニトさんと”SMホテル”の方が良いんじゃないかって、
ちょっと話し合ったんだけど……。
でも明日起きられなくても困るだろうっていうことで、ここにしたのよ」
なんだか、ちょっとからかうみたいに言われちゃいました。
そんな……四六時中エッチのことばっかり考えてるわけじゃないのに。
わたしたちって、世の中からはそう思われてるのかしら。
「だから今晩はここで、ゆっくり休んで。
明日のために元気をため込んでおいてね」
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気持ちの上ではもうとっくに女の子だったんですけど、わたしは変身を始めました。
男の服を脱ぎ捨てて…あ、ちゃんと畳みますけどね。便宜的な表現です。
ランジェリー、白いレースのコットンショーツと、
この間のバレンタインの時に買った
ピンクのフラワープリントのブラジャーだけになって、
ブラジャーの中にはシリコンのパッドを入れます。
ソフトカップなので、これを入れていなければ厚着ならまずバレないんです。
……んー。
柔らかさもですけど、この重さが何となく好き。
これを買うまではもっと安い軽いのでしたけど、やっぱり充実感が違いますね。
傷めないように気をつけないと。
安くて適度に柔らかくて重みがあって、ということで
いちど良平さんの発案で、「クリームパン」を入れるというのを試してみましたが、
やっぱりあんまり上手くいきませんでした。
アンパンの方が良かったかもしれない。
破れてブラジャーにクリームが付いちゃったので、試さないでくださいね。
……って、そんな亊をすんのはわたしらだけだよ!(自分ツッコミ)
まあそれはさておき、今日はちょっと春らしいのと、動きやすさを考えて
上はちょっと大きめの淡いグリーンベースに、
何色かの原色のボーダーが透かし編みで入ったセーターと、
下は濃いオリーブグリーンのミニキュロットです。
あ、キュロットなので念のためにショートガードルを重ねます。
シルエットが見えちゃうと恥ずかしいから。
でもちょっときつくって跡とか付いちゃうんですよね。やっぱり窮屈だし。
あと足もとは白いニーソックスと、これは男モードと同じスニーカー。
最近は男でも女でも使えるデザインというのが、
スニーカー選びの基準の一つになっちゃいました。
まあ外出自体それほどしないし、
女装してスニーカーで外出っていうのはさらに少ないんですけどね。
お化粧は机に向かって。
この机の天板を持ち上げると、鏡が出てくるんです。
おーなんだか備え付けの筆記具まで、ちょっと上等な感じ。
少しムースで髪形を整えて、脇の二箇所をピンで留めます。
まあ今日のところは、人を待たせてもいるので簡単に、
薄目のベースメイクと抑え目のアイライン。
マスカラはまあいいや。
それにやっぱり桜に合わせて、チェリーピンクのリップ。
いちど出かける前に、姿見で全体を見て確認。
うん、まあおかしくはない。
フェチっ娘さまのすてきなカジュアルを見たあとだと、
なんだか学生っぽい貧乏コーディネートだし、
そもそも着ている人の素材の違いはどうしようもないけど、
まあそれは言ってもしょうがないです。
照れ恥ずかしい感じはありますけど、でも知らない街の知らない人たちと、
それに大好きな「空想デート」の皆さんに見られるんなら、それだって平気です。
旅の恥はかき捨てって言いますもんね。
……あんまり恥ずかしいことをさせられるのは、ちょっとイヤですけど。
恥ずかしいって言えば、この人です。良平さん。
何でこの人、わたしが着るものにはそれほど執着しないのに、
わたしの着替えを見るのはけっこう好きなんだろうなぁ。
またもベッドに寝そべって、わたしの着替えとお化粧をじーっと見ています。
わたし的には恥ずかしいことなんだって、何度言っても解ってくれないんです。
まあわたしがそのせいで待たせてるのも、事実ではあるんですけど。
「あのさ、良平さん………」
「…ん?なんだよ」
「くれぐれも言っておくけど、
あした集まってくださる女の子たちの着替えは、ぜーったいに覗いちゃダメだよ?
そりゃ遺伝子的には同性かもしれないけど、やっぱり恥ずかしいんだから」
「え゛〜〜〜」
やる気だったのか、この人……。
良平さんは残念そうに言いました。
「だってみんな着替えるんだろ?」
「うん。まあ最初から女装していらっしゃるかもしれないけど、
でもせっかく無料の貸衣装もあるんだし、やっぱりなさるんじゃないかなぁ」
「せっかく目と鼻の先で、そんなことをされてるというのに……」
「そんなことだからダメなのっ!」
はぁ……。
からかわれてるんだろうって思うけど、
でもこの人もしかしたら実際にやりかねないんだよなぁ。
あの、ご来場の皆さまに申し上げます。
会場には貸衣装と仮設の更衣室を用意してありますけど、
くれぐれもご注意のうえで着替えてくださいね。
もしも不審な良平さんを発見した場合は、遠慮なくたたき出してわたしにご報告ください。
良平さんは当日のビデオ係も兼ねてますので、
場合によってはとんでもない映像を記録しかねませんから。





由衣美 (3月10日(土)14時36分58秒)
二人だけでホテルの廊下に出て、エレベーターに乗ると、なんだかちょっとドキドキします。
ぜんぜん知らない街に、女装して出ていくんだって思うと。
そんな気持ちを察したのか、良平さんがもう一度わたしの肩を抱いてくれました。
エレベーターの階数表示が、五階、四階…と下がってきます。
なのに良平さん、抱き寄せてわたしに唇を寄せてきたんです。
「……あ、だめぁ………ん……」
”だめだってば”と言おうとして、さえぎられました。
軽いキスです。でもしっかりと唇を吸い付けた。
ふぁーん。とチェンバロのような軽い音を立てて、エレベーターが停止します。
ちょっと振りほどくようにしました。
だけどあんまり力が入りません。
何でなのかこうされると、逆らえないんです。弱いなぁ、わたし。
エレベーターの扉が静かに開く瞬間、ようやくキスが終わり、ちょっとだけ離れます。
「…もう」
わたしはちょっと逃げるように、エレベーターを急ぎ足で降りました。
良平さんはちょっと、優しいけどにやにやって笑っています。
入れ替わりに乗り込んでくる人たちがいました。
顔は恥ずかしくて見られませんでしたけど、
ちょっと驚嘆のため息のような気配がありました。
驚嘆じゃなくて呆れてたのかもしれません。
きっとその瞬間は見られてなくても、
顔を寄せ合っていたわたしたちがしていたことは解っちゃったでしょう。
わたしは相変わらずドキドキしています。
でもそのドキドキは、何秒か前までのドキドキとはちょっと違っていました。
知らない人たちの前に女装して出ていく怖さじゃなくて、
少し甘くて嬉しいドキドキと、ちょっと強引な良平さんにプンプンなドキドキです。
「由衣美さんこっち」
速足でロビーに入ると、
ソファーに座ってなにやら書類に目を通していたフェチっ娘さまが声を掛けてくれました。
うーん。わたしこれができないんだよなぁ。
何かに集中していながら、なおかつまわりにも気を配っていられる人って尊敬しちゃいます。
「どうかした?ちょっと顔が赤いけど」
「あ…なんでも、なんでもないです」
席を立ったフェチっ娘さまと、追いついてきた良平さんと一緒に、
ロビーを通り抜けて外に出ました。
会場になる○○○公園は、ホテルからは大通りを挟んでむかいがわです。
エントランスから前庭を抜けて大通りへ、そして歩道橋を使って向かい側へ渡ったら、
あとは一分ほど歩けば到着です。
この大通りが噂に名高い百メートル道路だそうで、
ほんとに歩道橋を渡るだけでもちょっとした距離です。
公園のそばにはコイン駐車場もありますから、遠くから自動車で来ることもできますし、
案内にも書いたようにバスの停留所もすぐそばです。
名古屋駅北口のバスターミナルから出ているいくつかの路線が
この「○○○公園前」に停まるので、便利はいいですね。
公園の入り口には石造りの幅広の門があって、
そこに公園の名前が彫られた真鍮のプレートが嵌め込まれています。
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ふわぁ……ここが。
なんだか、パーティーが始まってもいないのにちょっと感慨を抱いてしまいました。
えっと、街角にあるような公園よりはちょっと大きくて、
でもいろんなイベントをしたりするには小さめっていう感じ。
憩いの広場っていう感じでしょうか。
門の前にはちょっと場違いなトレーラーとタンクローリーが一台ずつ。
中からは子供たちが遊ぶ声が聞こえます。
入り口のところには掲示板があって(もちろん木の板に紙を貼る掲示板です)、
そこには
「平成十三年三月○○日は、
 特殊女性保護運動者
 記念感謝集会のため、
 この公園は貸し切りになります。
 当日は一般の方は
 入場をご遠慮ください」
という貼り紙がありました。
○○日は明日、つまりこれはアニトさまのお誕生パーティーなので、
ノーマルな人は入っちゃいいけませんよということを、婉曲的に表現した掲示です。
物は言いようですね。
考えてみるとこのお花見シーズンに、
これだけの桜が植わっている公園を貸し切りにするんだから罪深い話ですよね。
「由衣美さん、まずはこっちよ」
フェチっ娘さまは、入り口に停められた大きなトレーラーの方に私たちを招きました。
トレーラーは普通の銀色のコンテナのものではなくって、
白いなめらかな形のコンテナに、ピンクのスマートなラインが描かれています。
なんだかちょっと、トレーラーにしてはおしゃれな感じ。
後ろの積載口だけじゃなくて、前の方のサイドにも出入り口があって、
そこには折り畳み式のタラップが取り付けられています。
「これが丸ごと、明日の衣装部屋と更衣室、それに運営本部になるの」
……へ?
…って、いわゆる「コンボイ」っていうタイプのトレーラーですよ。
なんだかむちゃ大掛かりじゃないですか。
わ、フェチっ娘さまが持っていた鍵をタラップの当たりに向けると、
自動的にタラップが降りてきました。うぃーん、って。
あの鍵がリモコンにもなってるのね。
なんだか予想以上におお事になっちゃってるような……
またさっきとは違ったドキドキを、抱えながら
わたしと良平さんはフェチっ娘さまに続いて白いコンテナに入りました。
パチ、と電気が灯ると、そこにはぎっしりと積まれたパーティー用品、
折り畳まれた何脚もの白い丸テーブルや、受付用の四角いテーブル、何脚かのイス、
段ボールの箱と、アルミのケース、エトセトラエトセトラ……。
あと大物では、仮設のシャワールームが三つと、それから特注品の仮設トイレ。
でも何よりも圧巻なのは、
十くらい積み込まれたスライドハンガーに掛けられた、ものすごい量のお洋服です。
えっと、一つのスライドハンガーが長さ五メートルくらいは優にあるものなんです。
それにぎっしりと掛けられたお洋服が、計十列。
あ、それとは別に、同じくらいの長さに上下二段になった
ランジェリーがぎっしりというハンガーが、これまた二つ。
清楚な白いコットンのショーツから、真紅のシースルーの穴開きスキャンティまで。
白無地の女子高生風ハイソックスから、
こないだ履いたみたいな縁がレースになったガーターストッキングまで。
ランジェリー……なのかなぁ、ピンクのパイピングで縁取られた、
前のところに可愛い動物の赤ちゃんが刺繍されたおしめカバーとか、
ネグリジェやベビードール。
その他、普通のからわたしにはよく判らないような物まで、
たぶんありとあらゆるランジェリー。
あと……ならでは、ですよね。拘束具やら猿ぐつわやら、
ランジェリーの範疇にはすでに収まらない種類の色々が、さらにハンガー二つ分。
おお、これが男性用貞操帯ですか。現物は初めて見ました。
といってもわたしは良平さんに作ってもらった、同じようなのを持ってはいるんですけど。
近寄ってみると、この一角だけ牛革とラバーの匂いがします。
なんだか良平さん、興味深げに見てるなぁ。
参考にしてまたこの手の物を作るんだろうな、あの目はきっと。
あ、あと古式ゆかしい縄類も、麻縄荒縄綿ロープにカラーロープ、
革紐からゴムチューブ、チェーンまで、
それぞれ百メートルのロール単位で用意してあるそうです。
麻縄はちゃんと使い込まれた物を用意してあります。
……それが用意できるところがさすがアニトさまだなぁ。
やっと衣装のハンガーにまでたどり着くと、
うへー………わたし、描写するのがイヤになってきました。
概略だけ言うと、セーラー服各種。
これが小学生みたいなワンピーススタイルからスタンダードな形式、
それに名高いスケスケのヤツ。
おお、あの名門校の物まで。これはレアですね。
麻○十番中学のセーラーまである。
セーラー○ーンのコスチュームはあっても、
これはまず無いんじゃないかしら。お、サターンちゃんまで。
「由衣美由衣美、朱雀があるぞ」と良平さん。
う…さすがだ。
えっと”朱雀”というのは、世の中でわたしと良平さんにしかわからない符丁なのですが、
某恋愛アドベンチャーゲームに出てくる女の子たちが着ている、
淡いコーラルピンクの地にスクエアカラーの襟と袖口とスカートが臙脂色で、
襟と裾と大きなリボンに、それぞれ二本線が入っているというデザインのセーラー服です。
なんで”朱雀”かって言えば、
わたしが「ひなた戦記」に”朱雀の鎧”として登場させる予定だったからです。
わたしとしてもいっぺん着たい、良平さんとしてもいっぺん着てほしいという物です。
…あ、ロボ耳付きのもある。
その他、架空の制服類もいろいろありました。
えっと、衣装に戻ると、制服部門は他に各種ブレザーとボレロスタイルとか、
チェックのスカートとかも各色各サイズありますし、長さも色々。
…あんまり長いのは無い気もしますが。不思議ですねえ。
女学生系統では、小道具としてリボンやら鞄やらも完備していました。
それから……あーもー、キリがないのでここから先は急ぎ足でいきます。
職業系が、メイドさんにナースにレースクイーンにア○ミラにブ○ンズ○ロットに
神○屋にスッチー各社にバニーさんに………ツチ・○ヌーチまで。
あ、銀行の制服やOLの制服もいろいろあるのね。
あの緑色のは、郵便局か。
あと、職業かは判りませんけど、巫女さんやシスターまで。
女王様系ボンデージっていうのは、分類としては職業系なのかしら。
あ、まあ別に分類する必要はないんですけど。
それからスポーツ系がブルマーに始まってチアガールやバスケや、
これはフィギュアスケートかな、レオタードとか水着も色々、などなど。
水着やレオタードは、屋外で着るにはまだ寒そうだから、
なるべく短時間にして着替えてくださいね。
もちろんこういった「特殊な洋服屋」でしか売っていないようなものばかりじゃなくて、
普通のブティックで売ってるようなブラウスやスカート、
ワンピースやスーツ類、ニットの類い、
センスのいい奥様から、若々しいコギャル系のストリートファッション、
ちょっと色っぽいお姉さま風やら、OL風でもやり手のキャリアから遊び好き風なのまで、
それにお嬢様風の清楚なコーディネート。
サンドレスはまだ早いかなあ。でも上に羽織るものもあるから大丈夫かも。
ピンハみたいにレース使いがいっぱいなのとか、果てはフリフリのブラウスと
ギャザーいっぱいの吊りスカートという幼女風とかまでありました。
パーティー向きのフォーマルなドレス(本来一番最初にご紹介すべきでしたね)
もギャザーたっぷりでふんわりしたスカートのから、
ステージ衣装みたいなスパンコールきらきらなの、
タイトシルエットのキャミソールドレス、ズルズル引きずるような中世風なのまで。
色っぽいのも可愛いのも、ほんとに何でもござれっていう感じですね。
それに…うーフォークロア調っていうか、ほんとの各種民族衣装……。
スイス、アラビア(顔しか出ないようなのじゃなくて、ハーレムの女官みたいなのです)、
インド、カンボジア、中国、韓国、ネイティブアメリカン、あと忘れちゃいけない我が日本。
ちゃんとした衣紋掛けに、高そうな大振り袖
(えっと、いちばん格式の高い振り袖の長いやつです)が何枚も掛かっています。
これって妻帯している方も着ていいのかしら。
あとは靴類もパンプス、ローファー、モカシン、ブーツ、厚底ブーツ、
ピンヒール、ミュール、サンダル、和装用の草履……これまたエトセトラ。
あと箱で山積みになったのの中には、
いろんな髪形いろんな色のウィッグやつけ毛もあるんだそうです。
……はあ…はあ……なんだか見るだけで息切れしちゃいました。
たぶんブティックの三軒や四軒は軽く開業できます。
「普通の部類」のお洋服だけでも。
ざっと見てみただけなんですが、だいたいこんなふうに、
大方のご希望には沿えるだろうと思われるお洋服が、
たぶん百二十人のお客さまに対して余るだけ、
お一人さま何回かお召し替えをしていただいても充分なだけの用意がありました。
あ、数えたわけじゃないですけどね。
それと企画概要によると、当日はちゃんとわたしたちに理解のある、
美容師さんとかスタイリストさんたちも来てくださるそうで、
ヘアメイクやお化粧、それにコーディネートや振り袖の着付けも安心だそうです。
わたしはもしかしたら、とんでもないイベントの企画を出しちゃったんじゃないか、
と半ば後悔に近い思いがよぎりました。
あまりにいろんなものがあって、とても全部は見ていられませんけど、
たぶんこれで”足りないものはない”でしょう。
参加してくださる皆さまが「あーあれが無いよー」と思ったとしても、
ぜったいにこの山の中から見つかるはずです。

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