私は21歳以上です。



    私立姫ノ美学園 

                        作:テンちゃん  
    その6

  「、、、であるからしてナットウキナーゼは、、、」

 化学の時間。窓から入ってくる初夏のそよ風に女の子達
の髪がたなびく。
 昨日の修羅場が嘘のように、平穏な朝がゆっくり過ぎて
いくが、僕の息子はヒリヒリとし、あの『悪夢』を思い出
させる。
 女子校らしく澄みきった清潔感が漂う教室をゆっくり見
渡す僕。襲われた僕がいうのもなんだが一人一人がみんな
カワイく美しい。もし、あのような惨劇がなければココは
男にとって楽園のハズだ。

 と、3列ほど向こう音菜と目が合うが、彼女は悪びれた
そぶりも見せず、少し恥ずかしそうにコチラまで幸せにな
るような笑顔を見せた。その様子に気付いたのか音菜の隣
席、由紀も外から差し込む日差しに溶けるような微笑で音
菜をつっつく。
 
 「、、コラ!よそ見して!、、、、じゃこの問題を、、
俊彦クン、答えてみなさい!、、」

 博士みたいな白衣を着こみ、トツレンズのようなメガネ
をかけデップリ太った化学教師は、野太い声でソノ白い棒
を僕に向ける。
 その細い目の奥には僕に対する『敵対心』がありありと
伺われた。

 「、、、ん?、、、ハ、ハイ?、、、、エ〜、、、」

 妖精達の笑顔に気をとられてた僕は質問の意味さえ解ら
ずオロオロと戸惑いを隠せない。
 
 「、、グルタミン酸ナトリウムよ、、、、!」

 小声で教えてくれたのは隣の留菜と雪代で、コチラも上
目使いでなんともカワいらしい。
 自信なげに答えた僕だったが、大きい図体の教師はクチ
を曲げ、鼻をフンッと鳴らし授業を続ける。
 
 僕は席に座ると考える。いったいこの集団は優しいのか
怖いのか。普段は虫も殺さないような乙女達。弁当のおか
ずを分け与えてくれることもあり、消しゴムやシャーペン
も優しい笑顔で貸してくれる。今みたいに答えを教えてく
れる時もあれば、ハンカチなど男の子が持ち歩かないよう
な小物をスッと差し出してくれることさえある。

 ホウづえをつきリンスの香る教室内で黙々と考える僕。
こうして共に過ごしてると、ある一定のバイオリズムで彼
女達が『豹変』することがわかる。たまたま昨日が夏美と
音菜だったのかもしれない。
 一度そのタガが外れると、猫の出すフェロモンのように
次々とその粒子は拡散し『微熱の伝染』が始まる。
 フラミンゴの群れのような薄ピンクが、彼女達を発情色
に染めあげ、オトコというエサ場に帰結させる。
 ほとんどの女の子は逆レイプを『遊び』のように見せて
はいるが、その内部にある女としての微かな欲情を僕は見
逃さない。

 この麻薬のような生活環境。ただイジメを受けてるだけ
だったら理事の叔母に相談しただろう。だが、その大半は
優しく可憐で見ていて飽きない。いや、むしろ興味がある
し同じ時を過ごしていたい。
 歳だって僕の方が2つは下だし女の子のことはよく知ら
ない。
 そう、エレナ先生のことも誰にも口に出していない。昨
日はあんなだったが、必要以上に優しい時もあるし僕を弟
のように目にとめていてくれてるのが解るからだ。
 学年は同じでも年下だからか、いや、校内唯一の男子だ
からか他クラスの女子も含め僕を可愛いがってくれる。

 「ね、、優美、、きょうヤっちゃうって〜!?、、」

 ピク。僕の耳が少し後ろの席の小悪魔の音声をとらえる
と『幸せな妄想』は一気にふっ飛んだ。
 後ろを振り返りたい衝動に駆られたが恐怖のためか体が
いうことをきかない。振り向くな!というもう一つの声が
警告音を鳴らす。

 「シー!、、声大きいよ、、だって2ヶ月もシテないん
だもん、、たまりまくりってカンジでさぁ、、」

 「ア〜ァ、俊彦の、昨日の今日でちゃんと起つのかナァ
、、、でも優美ウマイからね、、ふふ」

 即座に頭のなかで音声方向を基に立体的な構図を作りだ
す。たしかあの声は、、、茜と優美、、いや!、まて、、
、、1人だけ判然としないのがいる、、、、
 6月の陽光に1人だけ冷や汗をかいた僕は、声と顔の『
照合』にシャーペンをカチカチと鳴らした。
 僕の頭の中で一人一人のフォトグラフが音をたてて切り
替わる、、、一致!、、ク、、、、絵美子か、、、

 ま、まさか!、、グ、グルなのか、、、、素早く廊下側
の音菜や由紀を横目で捕らえるが、音菜は教科書に目を走
らせ、由紀はキョトンとした顔で僕を見返す。その表情に
偽りはないように思える、、わからない、どうなんだ、、
 隣の留菜を何気なくチラッと見るが、どうしたの?、、
という表情で不思議そうに見るので僕はあいまいに目をそ
らす。
 もう一人の隣、雪代は子供のようなシャーペンの持ち方
でノートにウサギらしき絵を書いている。
 なにも、、なにもわからない、、、クソ!、、、
  
 背後に刺さるような複数の視線を感じるとジットリとし
た油汗がホホを伝っていくのがわかる。化学の教師が何事
もないように授業を続けているが、ソノ声に霞みがかかっ
てくる、、、夏美も絡んでるのか、、?、一番前、入り口
のあたりに座っている彼女に変化は見られない。
 疑心暗鬼のせいか前方でクスクス笑ってる子達もすべて
敵に見えてくる。僕の話題か、、?、、そうなのか?、、
たった一人の『バトルロワイヤル』な考えが次々と浮かん
では消えていく。

 「なにシテあげようかナァ、、、、、あの子ドコ弱いん
だっけ?、、楽しみぃ」

 「ナニ?、、優美ぃ、、もうヌれっちゃってんじゃナイ
のぉ、、、やだぁ、、、エッチ!」

 ワザと聞こえるように言ってるのだろうか。死刑を宣告
された受刑者のような重いオーラが僕を包む。
 これほど時が流れるのを遅く感じたことがない。時計の
針を見るが長針はそのままだ。いや、このまま止まってし
まわないのか、という淡い思いさえ沸き立つ。
 これからエジキにされる者とする者が同じ空気を吸って
いる。こうなったらコチラから探りを入れるしかないので
はないか?何もしないでも時は確実に過ぎていく。
 そう思った瞬間、となりの留菜に小声で尋ねてた。

 「、、ン?、、どうしたの?、、具合でもわるい?」

 コケティッシュな童顔で『僕の顔色』を見てか心配そう
な表情の留菜。彼女はクラスでも幼さの残る顔つきで男性
教師にも絶大な人気を誇る。
 ボーイッシュにうまくまとめた髪はその小顔によく似合
い、初夏の季節にキレイになじむ。
 顔とは対称的に面倒みも良く、なにかしら優しくしてく
れる。<あの時>は別人だが、、、、 

 「ち、ちょっと聞きたいんだけど、、次ってたしか美術
だよね、、、?」

 「うん、そうだけど、、、ね、ホントに大丈夫?、、、
先生に言ってアゲようか?、そう、、平気ならイイけど、
でも、美術がどうかしたの、、、?」

 僕はイヤ、、と言うと前に向き直る。これ以上の探りは
留菜といえども危険だ。どこで繋がってるかわからない。
 美術、、その次は体育、、音楽、、数学、、どの授業も
可能性がありそうでハッキリしない、、、そして放課後、
、部活、、!?そうか部活か!、、僕は一応バレー部とい
うことになっていてソレらしい『イジメ』を部員達から数
回受けている。それ以降数えるほどしか顔を出してない。
 考えてみればいくら彼女達でも教師の前では襲ってこれ
ないだろう。
 たしか、、、茜と絵美子、、、、それに雪代が所属して
たハズだ。

 「、、俊彦、、今日来るの?、、部活、、たまに来ない
とダメだよ、、、、ヤだろうけど、、、」

 突然、雪代から声をかけられビクッとする僕の体。雪代
は真剣な表情で僕の目を見つめている。僕の考えを見透か
しているのだろうか、、、
 ポニーテールにしたチョコ色の髪からは左右、白い耳に
添ってイヤフォンのように2束の髪が垂れていて、転校し
てきた当初『引っ張りたくて』しょうがなかった。名前の
せいかマンガに出てくる『雪女』をイメージさせる。
 ノートに書き写す時もそうだが、その2束がチラチラと
彼女の前方をかざし、そのたびに耳裏に指でかきあげる。
 バレー部によく見られるこの髪形。この美貌と容姿にダ
マされてはならない。

 「そ、そんなこと言ってダマそうとしてんだろ?、」

 「え?、、なにそれ、、、、、、もういい、、、、」

 彼女は明らかに不機嫌な顔で言うとオコったように下を
向くが、その中にも寂しげな表情が混ざっていた。そんな
顔を見てると彼女は全く関係ないのか?という気もしてく
るし出来れば彼女のこんな顔は見たくない。だからと行っ
てノコノコ行けば確実に犯される。
 なにより後方から聞こえる声は茜や絵美子だ。同じ部で
ツルんでる可能性は極めて高い。

 いや、ひょっとして重大なミスを犯してしまったのか?
消しゴム貸して、、と試しに雪代にもう一度接近してみる
、、、、ペシ!、、僕の手が無惨にも払われ彼女の書いた
ウサギに消しゴムが落ちる。
 お、怒らせてしまった、、、、、心配顔で部活に誘った
面影はどこにもない。よくよく考えてみれば優しくおとな
しい雪代がこの件に絡んでいる方が不思議だ、、、クッ!
 留菜が雪代に同情するように僕を無言でニラんでいる。

 いつなんだ、、、、ドコでなんだ、、、クソッ! 
 
 彼がそう思った矢先チャイムが鳴り、教える熱意もさほ
どないのか、途中になった化学式の説明をやめた教師はバ
タムと厚い教本を閉じた、、、、、
 白を基調とした外壁、子供から大人になる境目のムンム
ンとする成長ホルモンが、開けた窓からバラ色のドライア
イスのように溢れ出ていた、、、、、、、、、 


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