私は21歳以上です。

エスニック
 
 赤いイナゴの大群

 第5話  アイリンは敵の若き指揮官を求める

 

   荒野を埋め尽くす死体の山が広がっている。

 近衛軍が崩壊してからもはや数時間がたっていた。近衛軍が組織的な抵抗を止め潰走に移ってからも、赤い奔流による殺戮の嵐は留まることはなかった。逃げ遅れた近衛兵達が、手をあげ武器を捨て、いくら命乞いをしようが、彼女たちは一切の情けをかけることなく、一人残らずその命を奪っていった。それはあまりにも凄惨すぎる光景だった。

 その渦中にあって副指揮官のアイリンは焦っていた。
 「まだ見つからないのか。ゼッタイに探し出すのだ」。

赤いマントを翻し、愛馬を駆り戦場を駆けめぐりながら、彼女は復讐の念に燃えていた。たった一瞬とはいえ、無敵を誇るアマゾネスの突撃陣に刃向かってきた黄色い旗を掲げた軍団、その存在を彼女は絶対に許せなかった。

 アイリンが黄旗を掲げる部隊に突っ込んだ時にみた、敵の指揮官。なぜか馬を下り、ひとりのアマゾネス兵を抱きかかえていた。一瞬目と目が合い、そしてお互いの立場を瞬間的に悟った。

 こいつか。思ったより若い男だった。精悍なその顔が猛烈な闘争心と、そして性欲をかき立てた。目標を定めた猛禽類のごとく、馬腹をけりその男めがけて突撃体制に入ったとき、敵の指揮官は戦慣れした動作で、瞬時に馬上に駆け上がった。

 集団戦法に慣れていない農耕国家の武将には、こんな時に一騎打ちを仕掛けてくる手合いが多い。アイリンは過去の戦いにおいて、彼等の流儀に従って、一騎打ちに応じ、そしてそのことごとくに勝利してきた。

 むっ。やむをえんな。アイリンはこの男を捕獲することを諦め、間合いを取るべく馬首を巡らした。彼女の忠実な家来達が黄色い敵に襲いかかり、彼の郎党共と刀槍を交え始めた。ところが・・・

 若い男はアイリンに向かって、歯向かってくる素振りを見せたとたんに、くるっと馬首を回転させ、一瞬のうちに逃走をはかったのだ。

 ぬっ、逃がしてなるものか。アイリンは馬腹をけって、すぐさまその若い男を追いかけた。しかしその男の逃げ足の早いこと・・・。歴戦のアイリンが全く追いつけないのだ。全速力で追いかけているというのに、ぐんぐんと距離が開いていくばかりだ。

 敗走している敵兵をもうまく利用し、男はあっというまに姿が見えなくなってしまった。逃がした魚は大きい。アイリンはこの小憎らしい男をなんとしても手に入れたくなった。


 日が西に沈みかけようとする頃、アマゾネス達はその日の野営地に移動し、あちらこちらでは食事のための焚き火がたかれていた。軍団の指揮官のジャイスン、そして副官のアイリンの元に、腹心の家来の一人が駆け込んできた。

 「申し上げます。アイリン様、どうやらお目当てのものが手に入ったようでございます」。
 「ぬっ、まことか!!」。
 思わずアイリンの表情がゆるむ。

 「アイリン、顔がゆるみすぎておるぞ」。
 横合いから、油の滴る羊肉をほおばっていたジャイスンが、半ばからかい口調でアイリンに話しかける。周りにいる他の将官達が一斉に笑い声をあげる。

 アイリンは一瞬、ほほを赤らめたものの、すぐに毅然とした表情をとりもどし、その家来に問いかけた。

 「して、無傷のまま捕まえたのじゃな」。
 「はっ、申し訳ございませぬ。捕獲の際に少々抵抗いたしましたもので、やむを得ず・・・」。
 「やむをえず?」。
 「はっ、右腕を切り落としましてございます」。
 「左様か・・・・・」。

 一瞬表情をくもらせたものの、申し訳なさそうに顔を伏せた家来をおもんぱかって、アイリンはすぐに付け加えた。
 「よい。左腕も両足も健在なんじゃな。それでよい。気にするでないぞ」。
 「はっ」。

 アイリンは家来を促し、早速その捕獲したものを見に行くことにした。サクサクとなる牧草を踏みしめて歩くこと数分、野営地のハズレにその捕獲したものはあった。


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