雌犬の姿を借りて


3 交尾

「あ・・・・あう、うああ・・・・」

 私は・・・魔物からの指示に、もうそむくこともできませんでした。
 今、私は、相変わらず町の大通りを歩いています・・・・。
 ですが・・・・決定的に違うのは・・・・。

「なに、この匂い?」
「あの犬じゃない?」

 ・・・・魔物の指示は、悪辣でした。
 酒場に、重そうに樽を転がしていく青年を見て、彼は、私にそれを追いかけるように言いました。
 お酒の入った樽です。匂いがきつく、辺りに柑橘系の香りを広げるお酒でした。
 私が近寄るのを見て、青年はしっ、しっと追い払うようにしましたが、それだけでした。気にとめている暇はない、という様子です。
 樽を受け取った酒場の店主が、その場で酒を回りに振舞い始めます。
 ・・・客が多く、お酒が足りなくなったための処置だったのでしょう。
 たくさんの人が、そのお酒をすぐに受け取りにやってきました。
 
 そこで、魔物の次の指令が来たのです。
 『目の前の男の、足を払え』と。

 意味は、とっさにわかりませんでした。ですが、裸を盾にとられて・・・私は、逆らうことはできませんでした。
 それで、私は・・・・。
 匂いのきついお酒を、頭からかぶってしまったのです・・・・。

『ほうら、姫様。姫様が美人だから、道行く人が振り返っていますよ?
 美人は得ですねえ・・・・』
「う・・・・く・・・・」

 きつい匂いに、道行く人たちがこちらを振り返り、私の身体を眺めていきます。
 視線があるだけで、こんなにも違うのかと・・・・私は苦しくなりました。
 手足がどうしても萎縮して、のろのろと進むことしかできなくなりました。
 急ごうとして手足を伸ばせば、どうしても・・・・隠したい部分が出てきてしまうのです。
 私は・・・結局、長い時間街の人たちに身体をさらさなければなりませんでした。

 「汚い犬」という声が聞こえてきました。
 もちろん、私を見た町の人の声です。

 ・・・・王女である私が、なぜ、こんな目にあわなければならないのでしょう・・・・。

 私は、辛くて、逃げ出したくなりました。
 結局、苦労して町にやってきて・・・・得たのは、屈辱と恥辱ばかりなのです。
 裸を見られているわけではない、という救いも・・・・犬として街中を歩かなければならないという苦痛、救いを求める声さえあげられないという辛さの前ではさしたる助けにはなりません。
 町の人が行き来する中を、四つんばいになって歩き回る悲しさは、もう言い表すこともできないほどのものでした。

 あまりのみじめさに、私の喉がうっ、うっと音を立て始めました。
 涙が、頬を伝っていくのが分かりました。

『おやおや、顔をくしゃくしゃにしちゃって・・・・綺麗な顔が、台無しですよ』
「もう・・・・もうやめて・・・・ください・・・・」
『だめですよ。あなたは、私の飼い犬なんですから』
「うっ・・・・くっ・・・・」

 ・・・・魔物の指示に従って、私は次に、路地裏への道を進んでいきました。
 大通りに比べれば人通りは少なく、私の身体をさす視線も、けして多くはありません。
 私は、少しだけほっとして・・・・ふう、と息をつきました。

『ほら、そこを右へ曲がってください』
「は、はい・・・・・」

 いつのまにか、私は、魔物の命令を受けることをごく自然に受け入れていました。
 呪いを解くと脅され、無理矢理にいうことを効かされている・・・・そういう、自分の立場を忘れ・・・・。
 この頃から、命令を受けることがあたかも当然のことのように思いはじめてしまったのです・・・・。

 王女として暮らしていた時分、私は何かを指示されることさえ珍しい立場でした。
 それゆえ・・・あまりの状況の変化に、頭がついていかなくなってしまったのではないでしょうか。
 とにかく、もう・・・命令に逆らうことさえ考えられず、命令の意味もほとんど考えられないまま・・・・。
 私は、路地裏を歩み続けることになったのです。

「おや?」

 前の方から、声がしました。顔を上げると、一人のおばさんが、たくさんの犬に囲まれている光景が見えました。
 ・・・・おばさんが出てきたらしい扉の奥からは、ずいぶんいい匂いがただよってきます。
 どうやら、宿屋の厨房の勝手口のようでした。
 たくさんの犬たちは、さかんに尻尾をふっておばさんの足元を埋め尽くしています。

 ・・・・厨房からもれる匂いに、私のおなかがまた鳴りました。

 結局、干し肉の切れ端をつまんでから、私は何も食べていません。
 慣れないひもじさに、私の身体は、もうずいぶんと体力を失っていたのです。

 おばさんは、残飯らしきものを犬にあたえているようでした。
 避難者が多く、ロクにおこぼれにもあずかれない状況なのでしょう。犬たちは、さかんに喜びを表しながらそれぞれ食べ物を受け取っていました。

『ほら・・・・おなかがすいているんでしょう? あなたもまざって、食事をいただいたらいかがです?』
「あ・・・はい・・・・えっ!?」

 ・・・・思わず、返事をして・・・・それから、戸惑いました。
 犬たちが嬉々として受け取っているのは、骨付き肉の食べ残しだとか、古くなったパンだとか、そういうものなのです。
 おなかは減っていましたが、とうてい、食欲をそそられるようなものではありません。
 見た目もずいぶんと汚らしくて・・・・食べる気なんて、まったく、わきません。

「おやおや。あんた、新顔だね? ひょっとして、お城から逃げてきたのかい?」

 よほど犬好きの方なのでしょう。おばさんが、私を見て言いました。
 おいでおいでと手を振って、私を呼んでいます。

『ほら、呼んでますよ?』
「あ、え、ええ・・・・」

 仕方なく、とぼとぼと前に出ます。足元に来た私を見て、おばさんが首をかしげます。

「飼い犬みたいだけど・・・・ずいぶん愛想のない犬だねえ? まあ、いいさ。ほら、お食べ」

 おばさんがしゃがみこんで、私の前になにかを放りました。
 どうやら、古くなったパンのようです。何日か残ってしまっていた、余り物のようでした。
 スープかなにかに浸しているようで、地面におちたそれは、ぐしゃっといやな音を立てました。

『ほらほら、お礼をしないと?』
(・・・・え?)


 言葉も話せない、この犬の身体で、いったいどうやって?
 私は首をかしげました。

(そういえば・・・・)

 『愛想の悪い犬』。おばさんは、そう言っていました。
 いったい、どういう意味なのか・・・・私は、少し考え込んでしまいました。

『まったく、ダメな犬ですねえ・・・・。ご飯をもらえて、うれしいでしょう?
 うれしいときは、尻尾を振って、ご挨拶をするんですよ?』
「し、尻尾って・・・・・」
『ほら、振って振って』

 あわててお尻の方を振り返ります・・・・が、もちろん、そんなものはありません。
 そこまで言われて、ようやく私は気がつきました。
 目の前に食事を出されているのに、尻尾も振らずに寄って来る犬・・・・。
 たしかに、反応としては少々おかしなものだったでしょう。
 野良犬なら近寄ってはこないでしょうし、飼い犬ならもっと喜んで・・・・。

『早く!』
「は、はい・・・・!」

 魔物の声が、怒鳴るようになりました。
 私は、思わず返事をして・・・・いったいどうすればいいのかとしばらく悩み・・・・。
 それから、ゆっくりと、お尻を左右に振ってみました。
 普段なら、絶対にできない・・・・恥ずかしいことです。
 それでも、魔物の声に逆らうような・・・・そんなことは、このときの私にはできなかったのです。

『もっと早くお尻を振らないと、分かりませんよ?』
「は、はいっ・・・!」

 ぷるぷる、ぷるぷる・・・・。
 幻覚を見通す人が、もしいたのなら・・・・このときの、私の姿はひどくみっともないものだったに違いありません。
 裸になって、四つんばいになり、お尻をふるふると振りたくる姿は、どう言い張っても王女の・・・・いえ、人間のやることではありません。
 それも、こんな町の中で、犬に囲まれてお尻を振るなんて・・・・。

『うーん、引き締まった、いいお尻ですねえ・・・・』
「う・・・・く・・・・!」

 魔物の揶揄の声が聞こえてきます。恥辱をあおられ、私はもういたたまれないほど恥ずかしい思いをしました。
 こころなしか、お尻の辺りに視線さえ感じます。
 魔物の目には、私の恥辱のダンスがはっきり見えているのでしょう・・・・。

「おや? ああ、いいから早く食べなよ」

 おばさんが、お尻を・・・・いえ、尻尾を振る私に気がついて、頭の辺りをなでてくれました。
 髪をなでられるのはくすぐったくも気持ちのいいものでした・・・・でも、それも、犬として扱われているという事実を思うと、悔しく、悲しくなってきてしまうのです。
 ・・・・もう、逃げ出したくてたまりません。
 私は、地面に投げられて汚れたパンにかぶりつきました。
 早く、早く食べて、ここから離れたい・・・・!
 どうせ、食べずにここを去るなんてことは、魔物が認めるはずもありません。
 私は、何かを吹っ切るように、その食べ物を口に含みました。

『ふふ・・・いかがですか、その”エサ”の味は?』
「う・・・・」
『・・・・おや? ふむ。王女様、そのまま食事を続けて下さい・・・・』

 ・・・・理由はわかりませんが、魔物が、そんなことを言い出しました。
 地面に置かれたせいで砂に汚れたパンは、味などまるでわかりませんでした。
 口にすることさえつらいそれを、私は無理矢理に嚥下させていきます。
 地面に置かれたパンにがっつくように、私は頭を下げ・・・お尻をあげたまま、屈辱の食事を続けました。
 ・・・・後ろから聞こえる、荒い息に、気がつかないまま・・・・。

『ほほう・・・・ああ、お姫様、そのまま動かずに・・・・』
「・・・・?」

 パンを食べ終えた私が動こうとするのを、魔物が制します。
 ・・・・嫌な気配を感じたときには、もう、手遅れでした。
 背中を、どん! とおされました。
 はっとして振り返ると、私の背中に、一匹の大きな犬がのしかかるようにして前脚をかけていたのです。
 
(・・・・・・え!?)

 私は、言いようのない恐怖を覚えました。
 なにか、なにかとても危険な予感がします。
 視界の端に、ピンク色をした、なにか棒のようなものが映りました。
 犬の、足の間から生えたそれは、ひどく長細く、犬が小刻みに震えるのにあわせてぷるぷると震えています。

(あ・・・・あれって!? まさか・・・・!)

 ようやく事態に気がついた私は、あわてて逃げようとしました。
 でも、背中に前脚を置いた犬は、身体全体で私を押さえ込み、逃がすまいと力を入れてきます。
 私のおさえつける犬の大きさは・・・・非常に大きく、たくましいものでした。
 ぐぐっと私の背中を押さえる手に力と重みが加えられ、とっさに・・・・まだ四つんばいになれない私には、振りほどくこともできなかったのです・・・・!

(あ・・・・あ、あ、あああああ・・・・!?)

 犬が、自分の下半身をぐぐっと引き寄せたのが分かりました。
 なにか・・・・そう、なにかが、私のアソコに触れました。
 私は、悲鳴をあげて必死にそれを逃れようと・・・・腰をふりたくりました。

「いやっ! いやっ! いやっ!」
『ふふふ・・・・いまさら、何を嫌がっているんです? さっき、あんなにお尻をあげて誘っていた癖に・・・・』
「あ・・・・い、いやあっ!?」
『さっきから、その犬は、あなたのアソコをくんくん嗅いでたんですよ?
 ご飯に夢中で気がつかなかったみたいですけど』
「た、助けて・・・・っ!」

 私は情けない悲鳴を上げながら・・・・必死に暴れました。
 しかし、犬の押さえ込む力はもう、想像以上に強かったのです。
 私は、とうとう押し倒されるように上体を崩してしまいました。
 ちょうど、お尻だけをつきあげたようなポーズで、犬にのしかかられ・・・ペニスを押し当てられたのです・・・。

「いやああああああ! そんなぁあああああああ!」
『はははは、王女様の初体験は、野良犬がお相手ですか。お似合いですね』
「助けてぇっ!! 助けてぇっ!」

 私は、悲鳴を上げて助けを求めることしか出来ませんでした。
 未知の体験に対する恐怖が私をつつみこみます。

 ・・・・私はこれまで、こういう・・・・男女の交わりについては、あまり聞いたことがありませんでした。
 年と、王女という地位を考えれば、いろいろと教わっていてもおかしくはないのでしょうが・・・ただ、学問の方が好きだったのと、なんとなく・・・・そういうものを、汚いようなイメージで捉えていたのです。
 ですから、そういう行為についても・・・・夫となるべき人としか、してはいけないとか・・・・その程度の知識しかもっていなかったのです。書物でたくわえた知識の中には、隠語や、行為の意味なども書いてありましたが・・・・現実とは、とても比べ物にならないものにすぎませんでした。

 私は・・・泣きながら、のしかかった犬の力強さに、何もできずにいるだけでした。

「ひっ、うっ!?」

 ・・・・おそらく、体格があわなかったためでしょう。幸運にも・・・・犬のオチンチンは、私の・・・・大切なところの、入り口をこすっただけにとどまりました。
 しゅっと入り口をこすられる感覚に、つい腰がくだけそうになります。
 悲鳴が口をつき、身体が動かなくなりました。
 身体の中を、汚らわしい「なにか」が駆け抜けたようでした。

「い、い、いやあああああ!」

 犬は、そんな私にかまわず・・・・ひたすらに、腰をぐんぐんとグラインドさせはじめました。
 自分のモノを、私におしつけ、こすりつけながら、機械仕掛けの人形のように腰を振り始めたのです・・・・。
 細長い犬のオチンチンが、私を摩擦します。
 ・・・・幸運にも、私の中に、オチンチンが入ってくることだけはありませんでした。
 それでも、気持ちの悪い犬の性器が、私の扉にぎゅ、ぎゅっと押し当てられ、信じられないスピードでそこを摩擦しているのです・・・・!
 ぐいぐいと熱いモノが押し付けられ、私の身体が押し崩されてしまいそうになります。

「きゃああああああああああああ!!」

 喉がかれるほど大きな声での悲鳴でした。
 でも、犬の吠え声には・・・・さきほどの、犬好きのおばさんでさえ、みむきもしてくれません。
 ちょっと汚らわしそうにこちらを見て、店の中に戻っていってしまいました。
 私は、なすすべもないまま・・・・犬の、慰みものにされてしまったのです。

 しゅこっ、しゅこっ、しゅこっ、しゅこっ!

 すごい音を立てながら、犬のオチンチンが私のアソコをこすります。
 腰を逃がすことさえできませんでした。
 犬のおさえつける力はすさまじく、まるで踏みつけられたように私は身動きがとれなかったのです。
 私はもう、完全に犬の下におさえこまれてしまって・・・・ただ、嵐のようなその行為が終わるのを待つしかできなかったのです・・・・。

「あついっ! いやっ! 気持ち悪いぃっ!」
『ほらほら、犬同士、仲良くしましょうよ。そう、邪険にしないで・・・・』
「いやよぉっ! 犬、いやあっ! 離して、離して・・・・!」

 ずにゅっ、ずにゅっ、ずにゅっ!

 ・・・・私の、大切なところをこする音が、少し変化しました。
 ピチャピチャと、液体を混ぜるような音が少しづつ混じり始めます。
 それと同じ頃、私の身体は・・・なぜか、ぽおっと熱くなり、頭の中がだんだんと靄がかかったようになっていったのです。
 何がおきているのか・・・だんだんと、何も考えられなくなり、犬の・・・・私を犯す犬のなすがままにされてしまい・・・・。

(こ・・・これ、なに・・・・あ、あ・・・・)

 自慰の経験さえ、ほとんどなかった私には・・・・その、激しすぎる感覚がいったいなんなのか、わかりませんでした。
 体温がどんどん上がって、体中が燃えてしまうようなそれの正体をつかめぬまま・・・・。
 私は、飛びそうになる意識を保つために必死にならなければならなかったのです。
 気持ちの悪いはずの・・・・犬のソレを押し付けられているというのに、身体がなぜか昂ぶってしまうのを止められないのです。

「・・・・ああっ!? な、な、な・・・・」

 やがて、私にのしかかっていた犬が達してしまったようでした。
 白いものが、私のおなかの辺りにびしゃっ、びしゃっとかかります。
 得体の知れない液体に身体を汚され、私は悪寒に震えました。
 なにか、とんでもないことをされてしまった・・・・そういうことだけが、漠然とわかりました。

 私は、白いものを吐き出し続ける犬の下から、かろうじて這い出しました。
 私のおなかにぶちまけられた液体が、つ、つーっと垂れていきます。
 犬は、私に追いすがるようにしていましたが、私はなんとか身体を翻し、犬の身体ををかわしました。
 
(これ・・・・が・・・・精液・・・・なの?)

 おなかにだされた、白いものを見つめて、私は呆然としました。
 精液、というものを知らなかったわけではありません。
 しかし、頭の中にあったそれと、私の身体に出されたその・・・白いものとは、とうてい結びつきませんでした。
 ただ、汚いものだという認識だけが先にたち・・・・私は、おなかに出された精液をぬぐいさろうとしました。

 ・・・・交尾。
 書物で知った、その言葉が、頭の中に響き渡りました。
 子を宿すために、人間と同じようにして動物が行う行為。オスの精を受けることで、メスが子を宿す・・・。
 ある学者が書いた本には、そう記されていました。

(・・・なら、この・・・精を受けたら、私は・・・・・)

 そんな、ありえないはずの想像まで加わって、私はブルブルと震えました。
 犬の子供を身体に宿すという想像は、悪夢以外になんでもない・・・・最低の想像でした。

 それから、自分が犬の性欲の対象になっていたという事実に思い当たりました。
 私は、犬の欲望を向けられ、その性欲の吐け口として使われたのです。

 犬の、性欲処理のための道具として・・・・!
 犬にも劣る存在に堕ちてしまった・・・そんな絶望が、意識をつつみこんでいきます。
 まして、もし、体内に精を放たれるようなことになったら・・・・!

 人としての尊厳さえふみにじられるような、その想像を脳裏から振り払うように、私はぶんぶんと頭を振りました。
 ・・・そして。
 私は・・・・辺り一面から聞こえる、あらい息遣いに気がつきました。
 視線をめぐらせて・・・・動きを止めました。

(え・・・・?)

 周りの、さっきの・・・・私と犬がするのを見ていた犬たちが、こちらをじっと見つめているようでした。
 中には、舌を出して息を荒げている犬もいます。
 私の、汚れた私の身体をじいっと見つめているように見えます・・・・・!

 悪夢としか、表現のしようのない想像が頭の中に広がりました。

『おやおや、大人気ですね、王女さま。みなさん、あなたにお相手して欲しいそうですよ?』
「い、い、いやぁああああ!」

 ・・・・いいえ、実際には、その犬たちには、そんなつもりはなかったのかもしれません。
 ですが、私には・・・・このときの私には、周りの犬すべてが私の身体を狙って、今にも襲い掛かろうとしているようにしか見えませんでした・・・・。
 次から次へと犬に襲われ、疲れ果て、地面に横たわる自分・・・・。
 そんな、恐怖に満ちた想像が頭をよぎります。

「・・・・・ひ、ひいっ!」

 走りました。
 とにかく、全力で・・・・走りました。
 もう、頭の中には、「また、されるかも」という恐怖しかありませんでした。
 なれない四つんばいのまま、必死で手足を動かして・・・・身体を隠すことも何も、いっさい忘れて・・・・ただ、私はひたすらに走り続けました。


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