ロードス島異聞録 2


 

  

 バグナードの精神攻撃に抗するためだろうか。ニースの男への抵抗はおろそかなものになっていた。

 なかなか手を出すことができない。胸を揉まれても、素股で攻められても、じっと堪えるばかりだ。

 男は、ニースの太ももをなでさすり、髪を口にふくみ、うなじに息をふきかけた。

 ぐらぐらと煮えたぎるような感覚が身体の中に広がり、ひざを崩してしまいそうなほど力が抜ける。

 

 いったん湧きあがってしまった体を押さえるのは難しい。

 ニースの身体はすでに興奮し、神経を励起させた状態だった。男が肌に触れるだけで快楽の炎が胸を焼く。

 ニースは、唇をかんだ。

 油断していると、声がもれそうになってしまう。波打つ心を必死に押さえなければならなかった。

 唇をきゅっと結んだニースは、まるで快楽に必死で耐えているようで・・・・せめを加える男にとっては、格好の標的だった。

 指先が遠慮会釈なくニースのワレメをいじり始める。

(だめ・・・・! そこはやめて・・・・)

 ついに耐えきれず、男の手をおさえにニースの手が動こうとする。

 だが、バグナードは、まるでそれを待ち構えているように・・・・彼女の心をせめたてた。

 ニースは、男の指の動きをこらえて黒の導師に対抗するしかない。

 秘部をいじくりまわす手を押しとどめる隙が、どうしても与えられない。

 男は傍若無人にニースの秘部をせめたてた。

 ひとさし指と中指がニースの左右の秘丘に置かれる。そして、それを・・・・あべこべに、右側を上に、左側を下に押し広げる。

 柔らかい肉の入口が、きゅっと指に押されて広がった。

(ひ、いやあ・・・・!)

 入口から、わずかに隙間がのぞいていた。秘裂の内側では、明るいピンク色が、まるで自分の存在をアピールするように輝きはじめていた。

 ・・・・そこは、夫となる人物にしか見せぬ場所だと教えられている。

 ニースは、自分が神の教えにそむいているような気持ちになってぶるぶると震えた。

 秘部の露出は、ニースにとって耐えがたい羞恥をもたらした。

 おそらく、黒の導師は自分がいたぶられるこの場を、どこからか見ているのだろう。

 だとしたら、自分の、口を開いてしまったアソコも見られているに違いない・・・・!

(は、恥ずかしい・・・・!)

 辺りにはっきりとした視線がないことが、かえってニースの羞恥心をあおっていた。

 まるで、四方八方ありとあらゆる方向から覗かれているような、そんな状態だ。

 生まれてからずっと秘めていた部分をさらされる・・・・しかも、自分が、そこをいじられて感じていることも・・・・!

 誰にも見せたくない、恥ずかしいところをムリヤリ晒される・・・・!

 きっと前をにらんでいたニースの顔は、じょじょにうつむきがちになり、顔はピンク色に染まり始めていた。

 羞恥心がニースを支配していた。

 怯えたように視線を辺りに走らせ、誰かに覗かれてはいないかと身体を震わせる。

(ひ・・・・ひぐ!)

 ちゅぷん。

 男の指先が、ニースの粘膜をつついた。かすかに開いた入口に指をはさみこむようにして、奥の・・・・秘密の空間を狙って動きだす。

 肉ヒダの内側をこすりたてられると、ニースの身体にはまたも新たな風が流れ始める。

 流れ出す淫らな快感を、ニースは全身でおさえこまなければならない。

 ・・・・すぐにまた、バグナードの攻撃がやってくる。

 バグナードの攻撃は、じょじょに・・・・わずかづつではあるが、激しくなっている。

 このままじゃあ、いけない・・・・!

 そう思うのに、意識はどうしても秘部への刺激に向いてしまう。

 もう、頭の中ではどちらに対処すればいいのか分からなくなっていた。

 くちゃ、くちゃ・・・・。

 音が漏れ始めた。本当に、小さな水音。だが、それはニースの体内に大きく響いた。

(あ、あああ、あ・・・・!)

 愛しているわけでもない男の手で感じてしまうことが、どうしようもなく恥ずかしく思えた。

(聞かないで、耳を、塞いで・・・・!)

 目に見えぬ覗き魔に、ニースは哀願した。

 愛液の音をあたりに響かせてしまったことは、自分が淫らな女であることを自分で告白したに等しい・・・・と、ニースは考えた。

 逃げだしたいぐらいの羞恥に襲われ、しかしニースは男の手をふりほどくこともできない。

 

 バグナードの攻撃の一発一発が重く、激しいものになってきていた。

 ニースの信仰の盾は、もうその半ばが失われている。気をぬくことはできない。

 全力で導師の攻撃に対処しなければならない・・・・・だというのに、体は・・・・愛撫に、正直に反応してしまう。

 もう、どうすればいいのかわからなかった。

 男の手にあがなうべきなのか。そうすれば、黒の導師の攻撃に耐えられない。

 精神攻撃にそなえるべきか。いずれ、男の手で心の守りは砕かれる。

 どちらも選べない。

 ニースは困惑し、かすかな絶望を覚えた。

(助け・・・・て・・・・)

 必死に己の心を鼓舞する。・・・・その意識も、だんだんと薄れ始めた。

 性欲に逃げ込めば、悩まないですむ。逃避の道が示され、ニースの心はゆれていた。

 聖女として育てられ、ただマーファへの信仰をもって生きてきた彼女にとって、それははじめての戸惑いだった。

 快楽だけを受け止め、それを楽しむのだ。そうすれば、楽になれる・・・・!

 誘惑が、甘美な魅力をもってニースをつつんた。

(ああ・・・!)

 ニースは、何十回目かのバグナードの攻撃を受けて、よろめき、膝をついた。

 

 ニースの秘部を襲う指の動きは狡猾だった。

 ワレメの上からヴィーナスの丘全体をもみこみ、うすく生えはじめただけの陰毛をなでまわし、ワレメのふちを指先でなぞる。

 ニースは秘部に激しい熱さを感じ、そのつらさを身をよじってこらえる。

 ・・・・そうしているうちに、ぴたりと手の動きが止まった。

(え・・・・?)

 男の身体が、いつのまにか前方に移動している。

 ニースの前に跪くようにして、ニースの秘部をじいっと見つめている・・・・・。

 男の手は離れている。

 ニースの秘部の奥が、理由もなくきゅんとせつなさを感じていた。

(な、なに・・・・・? あ・・・・!)

 不意に、男の顔が動き出す。

 男の手が、ニースの太ももを押さえ、舌がニースの秘部目指して伸ばされていく。

「・・・・・!」

 身体にふるえが走った。

 男が何をしようとしているか、今となっては明白だ。

 なめるつもりなのだろうか?

 ニースの身体が戦慄する。だが、すぐにその心に忍び込むように影がさしこむ。

 ・・・・なめられたら、どんな感じなんだろう?

 ニースの、好奇心旺盛な心が沸き立つ。

 どくん、どくんと心臓が高鳴る。

「ん・・・!」

 舌先が、つんと入口をつついた。

 指でつついたときよりずっと深く、ベロがさしこまれていく。

 ニースのワレメも男の舌も、熱く燃え上がっていた。

 舌先がぺろぺろとニースの中を動き回る。とろとろと唾液が流し込まれるのまでわかった。

 ・・・・いつしか、ニースの尻は男のせめに反応してあやしく動きはじめていた。

「は、んんぅ・・・・!」

 とうとう、声が漏れた。

 秘部の中心から、今までとは比べ物にならない快感が広がっていく。

 それまで誰も入ったこともないポイントまで、舌は侵入していた。

 ニースは、たまらなくなって思わず男の頭を抱き寄せてしまいそうになり・・・・あわてて、手をとどめた。

 身体が、がくがくと震えている。

 ニースは、自分の身体がどうにかなってしまう感覚におびえ、しっかりとその身体を抱きしめた。

 

 男の舌がさんざんにニースの蜜壷をなめまわしていた。

 唾液を入口から奥から塗りたくり、ニースの秘芯に熱い息を吹きかける。

 ニースの身体は新鮮な感覚にいちいち反応し、愛液はびっしょりとそこを濡らしていた。

 ・・・・身体が、刺激を求めている。

 そのことが・・・・ニース自身にさえ、いたいほどよくわかった。

 この先にある、はるかな高み・・・・そこへ到達したいと、身体が震えている。

 ニースの口がかすかに開き、震えていた。

「ぁ・・・・」

 そこからどんな言葉をつむぎだせばいいのかが、彼女にはわからない。

 どう言えばいいのかわからず、ただ彼女は戸惑っていた。

 

 男は、ようやく秘部をなぶるのをやめると、ニースの後ろに回った。

 もう、ニースは男の動きのなすがままだ。

 男の腕に対する嫌悪感もだんだんと薄れていってしまった。

(はぁ、はぁ・・・・・)

 熱く息をはずませる。ニースは、身体中から汗を流して身体を反応させていた。

 男の身体が沈む。その手が、ニースの両脚にかかった。

 両方の太ももを内側からおさえ、脚を割り広げる。体勢を下におとし、ふとももに当てた手をひるがえし、力を加える。

 小柄なニースの身体は軽々と持ち上げられた。

「あ・・・・・?」

 ニースの膝の裏に手が回される。そのまま、脚がぐっと上へ持ち上げられる。

 膝が腹につくほどまで押しまげられ、ニースは完全に男の上に抱え上げられた。

 脚は急角度なMの形を描いていた。根元の羞恥の源泉も・・・・もちろん、あらわにされている。

 陰毛も、わずかにハミ出た肉芽も、もう隠しようがない。

 ニースはあまりの恥ずかしさに両手で顔をおおい、悲鳴を上げた。

「ひ・・・・ひっ!」  

 大きく広げられた脚の間で、秘裂はかすかなひろがりを見せていた。

 男の肉棒は、ニースの身体の下を通ってその秘裂を狙っていた。

 ポーズとしては、ちょうどニースの身体が男の肉棒の上に座っているような形になっていた。無論、体重は男の身体の方にかかっているのだが、ニースは肉棒と身体をより強く押し付けあう形になって、その熱さに戸惑う。

 もう、男の狙いは明らかだった。

 ニースを抱き上げ、後ろから犯そうというのだ。

 何重もの恐怖がニースを襲った。

 男に犯されるのもイヤだ。入れられれば、心がついえてしまうことも想像できた。

 そうなれば、黒の導師の攻撃に抵抗できるはずがない。

 ニースの手が秘部に伸びた。秘裂を両手でおさえ、男の凌辱を制そうとする。

 首を横にふり、何度も何度もイヤイヤと拒否をして見せる。

 両脚を広げられ、両手で秘部を押さえる・・・・ニースの必死さとはうらはらに、ある意味、これ以上ないほどエロティックなポーズであった。両腕ではさまれた胸は押し出され、そのふくらみを強調していた。

 肉棒が、手の甲に当たった。ニースは震えながらその不快感に耐える。

「ひ・・・ひあっ!!」

 バグナードの攻撃だ。

 瞬時からだが麻痺し、精神がぼーっとして何も考えられなくなる。

 ニースの心は痛めつけられ、精神の壁は極端に弱まっていたのだ。

 痺れた腕が、押さえを失う。あとは、肉棒だけで突破が可能だった。

 両手を振りほどかれ、肉棒がついに下の口に触れられた。

「あ・・・・ア・・・!」

 ニースは、自失した頭ではじめてその肉棒を観察した。自分に、いまにもつきたてられようとしている肉の凶器を。

 ワレメの大きさに比して、あまりにも大きい。赤黒い、醜悪なかたち。

 えらの部分がびんとはっていて、ニースのあそこにつきこめば裂けてしまうことを連想させる肉棒だった。

「い、いや・・・・!」

 もう、バグナードの攻撃だとかそんなこととはお構いなしにニースは悲鳴を上げた。

 生理的な嫌悪感と、処女喪失への恐怖。それらが、ないまぜになってニースを苦しめた。

 秘裂の口から、肉棒の先端の熱さが伝わってくる。

(あ、あ、あ・・・・!)

 肉棒の熱でとけたかのように秘裂の入り口がほぐされていく。まるで男の肉棒を受け入れるように硬さがとれ、柔らかく、開いていく。

「うそ、うそぉ・・・・!?」

 肉棒がじょじょに押し込まれていく。いや、押し込まれていくというより、ニース自身の体重で肉棒を飲み込んでいく形だった。

 熱い。焼け爛れるほど熱い。

 膨らんだ肉棒が内壁を押し広げていく。ニースは、その感触にぶるぶると震えた。

 

 肉棒が、びっと止まった。ニースの体内の「抵抗」だ。

 薄い膜が、肉棒の進行をとどめている。男の肉棒の先端は、それをはっきり感じ取っていた。

 ニースの前で、男の両腕が組まれた。膝を押さえていた両腕をすすめ、ぎゅっとニースを抱きしめるように腕を組んだのだ。

 膝と、おしりの上あたりに腕でリングをつくり、抱きしめ、それを押し下げる。

 ぐっ、ぐっ、ぐっ。

 その行為で、もろいニースの抵抗は完全にやぶれさった。

「ひ、ひ、ひいいいいいい!」

 体内で何かが爆発したような感触だった。

 秘裂が体内からやぶれ、内臓が飛び出したのではないかと思わせるほどの痛みだ。

 痛い。熱い。死んでしまいそうだ。

 それでも、腕でしっかり身体をおさえられ、身をよじることもできない。

「ひ、あ、あ・・・・・!!」

 男が、まわした腕を激しく上下させはじめた。抱きかかえられたニースの身体が人形のように跳ね上がり、押し下げられる。

 毒を、傷口になすりつけるような行為だった。

 ニースの秘部は外側からそれとわかるほどふくらみ、それが上下にぐいぐいと動かされてた。

 じゅく、じゅく、じゅく・・・・。

 血と、わずかな愛液のミックスジュースが秘裂で音を立てていた。

 もはや、ニースの心は攻撃に耐えられるだけのものをのこしていない。

(あ・・・・く、来る・・・・!)

 来たのは、男の精液か。それとも、バグナードの攻撃か。

 ニースの頭が次第にぼやけはじめる。

 身体がぐんぐんとゆさぶられる中、頭の中が真っ白になり、秘部の熱い感覚だけが取り残されたように残っている。

 熱い、熱いものがはじける・・・・!

「いやあああああああ!!」

 膣奥まで広がる熱い衝撃に、ニースは悲鳴をあげた。

 どく、どく、どく。

 流れ込む音は、なぜか・・・・遠くに、聞こえた。

 ニースの意識は、もう失われていた。 

 

 

 

 

 

 

 苦しみの中で、ようやくニースは目を開いた。その瞳に、仲間たちの姿が映る。

 フレイムの騎士見習スパークと、その仲間たち。ロイドの王宮から自分についてきてくれたニースの仲間だ。

 ニースは「意識を失った」のが錯覚だとようやく気がついた。

 実際には、眠りから目覚めたのだ。

 おそらく、眠っている間に感じた・・・・激しい体の揺れには、自分を起こそうとして身体を揺さぶったのも含まれていたに違いない。

 

 そこまで考えて、ようやく自分の寝姿の方に思いがいたった。

 あんな淫夢を見せられていたのだ。

 眠っている間の自分がどんな姿だったか。考えただけで恥じ入ってしまう。

 ・・・・ともかく。

 ニースは、短いため息をもらして、息を整えた。

「皆さん・・・・」

 集まった者たちの顔には、自分を心配している色がありありと見られた。

 ここは、カノンの地。

 ロイドで邪神復活の鍵である「生命の杖」が奪われたのはわずか三日前のことだ。

 そして、今日はカノンに上陸して初めての夜。

 敵が支配する大地に入りこんでのはじめての晩だ。見張りも緊張があったに違いない。

 それにしても、夜中にうなされだしたであろう自分を素早く助けてくれた仲間たちの存在に、ニースは感謝した。

 

「・・・・黒の導師の、攻撃ですね?」

 一行のリーダーであるスパークが問う。

 ニースが邪神復活の「扉」であることを聞き、騎士見習いである身分をすててまで自分の護衛をかってでてくれた青年だ。

 ニースは小さくうなずき、答えた。

「勝てなかった・・・・。あのまま、黒の導師にとらわれてしまうかと思いました。

 皆さんが、助けてくださったのですね」

 ゆっくりと上体を起こす。ふいに、自分の身体を確かめたくなった。

 身を汚され、まるで自分の身体が別のものに変わってしまったかのような感触。

 悪夢から目覚めても、身体には悪寒が残っていた。

 じっと自分の両腕で身体を抱きしめ、自分が自分であることを確かめる。

「スパークのおかげよ。彼が、あなたを悪夢から連れ戻したのよ」

 スパークの横のライナが言った。ライナは声を詰まらせていた。

 涙があふれそうなのを必死で押さえているようだった。

 ライナは、盗賊としてフレイムで活動していた女性だ。ある事情からスパークに同行している。

 彼女にしてみれば、ニースを助けることと旅の目的の間には合するところは少ない。

 その彼女が、必死になって自分を案じてくれていたのだ。ニースは、あらためて仲間の存在に感謝した。

「本当に、ありがとうございます」

 ニースの礼に、スパークを除いた仲間たちがうなずいた。スパークだけは、困惑したような顔色を浮かべている。

 たぶん、騎士として当然のことをしただけとか、そういうことを考えているに違いない。

 ・・・・わずかな沈黙の後で、一行の中ではもっとも無骨な外見をした戦士が口を開いた。

「娘さん、やっぱり国へ帰った方がいい。わざわざ相手の本拠地に近寄るなんて、無茶がすぎる」

 戦士ギャラックは、無骨な外見に反して冷静な観察力と判断力を持った男だ。

 一行の中ではもっとも旅の経験も豊富で、彼の発言にはスパークも重きを置いている。

 その彼が、ニースをさとすように語り始めた。

黒の導師に勝てないことは、もう分かっただろう。

 魔法で守られた部屋にこもって、一歩も外に出ないことだ。

 この戦が終わるまで、な

 この大男が静かに語ると、圧迫されるような迫力がかもしだされる。

 彼の言葉は、命令のように人々の耳にとどいた。

 説得力と迫力を兼ね備えたギャラックの言葉は、容易に拒絶できるものではない。

 ニースは、自分の心を落ち着かせながら、ギャラックの言葉をかみ締めていた。

(・・・・そうですね、それが、きっと・・・・)

 きっと、それが普通の考えなのだろう。

 だが、神の教えがある。自分の心の支えたるマーファ神は、自分に旅立てと言ってくれた。

 心の中に残る神の声をもう一度確認し、きっぱりとニースは拒絶した。

「・・・・申し訳ありませんが、そのお言葉には従えません」

 静かな答えだった。もう心に決めた、とでもいわんばかりの様相だ。

 ・・・・ニースの心の中には幼い対抗心も含まれている。

 黒の導師を甘く見ているわけではないが、一方的にやられるほど自身の力が劣っているわけではない。

 それなのに、あれだけの屈辱を味あわされてそのままにしてはいられない、という思いが彼女の頭にはあった。

 ニースは聖女と称されているが、子供っぽい稚気や誇りを併せ持った少女なのだ。

 退く気はない。

 神の教えにも、自分の心も。ここで退くことは承知できない。

 悪夢の中の出来事は、むしろニースの反骨の心を刺激していた。

 次があったならば、ああはならない。今度は、けっして心をゆるがせまい・・・・。

 そういう決意が、ニースの心中にしっかりと定まっていた。

 それだけに、ニースの答えは断言するようなものになった。

 ギャラックは、ニースの声を聞いて憤慨した。

「・・・・このわがまま娘が!」

 静かなニースに比べ、あまりに大きな声だった。天幕の中がびりびりと震える。

 ニースもさすがに気圧され、ギャラックの瞳をやや鋭い目で見つめる。

 とたん、怒鳴りつけるようなギャラックの言葉が奔流のように天幕の中にこだました。

「あんたみたいな小娘が世界の運命を握っているかと思うと頭に来るぜ!

 あんた、いったい何様だ? 

 もう、黒の導師との勝負付けはすんだんだ。あんたは、黒の導師には勝てねえんだ!

 それなのに、まだ決着をつけようって? ふざけないでくれ!」

 ギャラックは次々とニースに言葉を叩きつけた。

 怒りに任せて言葉をぶつけているようでありながら、その主張はいちいちもっともなものばかりだった。

 実情がどうあれ、今日の様子をみれば二人の実力さはあきらかだ。

 ニースの内面に潜む稚気にまで思いがいたったのかどうかは分からないが、少なくともギャラックの目には、ニースの言葉はただの無謀にしか映らない。

 ギャラックの言葉は止まらない。

「あんたが一人で滅ぶ分には勝手だがね、あんたが死ぬときは、世界も一緒なんだぜ。

 俺たちも一緒に死ぬことになる! それに、罪もない子供も、女も、老人たちもだ」

「ギャラック、言い過ぎだ!」

 スパークがあまりのギャラックの剣幕に止めに入る。だが、ギャラックの言葉は止まらなかった。

 ・・・・すでに、スパーク達は、ニースが邪神復活の扉であることを知っている。

 邪神が復活すれば、世界は滅びるだろう。

 ギャラックの言葉は、けして誇大なものではない。

 神によって生み出された人間は、神にいまだ到底およばぬ存在なのだ・・・・!

「言いすぎ? とんでもねえ。これでも、まだ我慢しているぐらいですぜ!

 邪神の復活を封じるいい方法がありますぜ。

 この娘の首を切ってしまえばいいんだ!

 それで、邪神復活のたくらみはパァだ。

 どうです? 隊長」

 スパークがごくりと喉をならすのが聞こえた。

 あまりの言いぐさに驚いているのもあったが、ギャラックの言葉の中に潜む、「本気」を感じ取ったのだ。

 感情にまかせて怒鳴り散らしているように見えるが、ギャラックのしているのは「提案」だ。

 それも、状況をきちんとかんがみた・・・・それも一つの考え方だった。

 よもや、彼ならばやりかねない・・・・。

 スパークは、ギャラックの気迫に押されていた。

 そういう考え方もある、と心の一部が認めてしまいそうになり、スパークは慌ててかぶりをふった。

 

 ・・・・ニースは、自分の心を落ちつかせながら、ゆっくりと言葉をつむいだ。

 それこそ、この程度の言葉に負けているようでは黒の導師に勝てるはずもない。

「私が死んですむのなら、いくらでもこの首さしあげましょう」

「ニース!」

「ですが、わたしのなかにいる邪神の司祭ナニールの魂は、転生の魔力を持っていることをお忘れなく。

 私が死ねば、魂はどこかの赤子に転生するでしょう。

 無力な赤子の魂で、ナニールの魂を押さえることは出来ません。

 そして、バグナードは、無抵抗な扉を手に入れることになります」

 ギャラックが言葉を詰まらせた。 

「・・・・・う」

「赤子の純真な身体であれば邪神降臨にも都合がいいといえます。

 お忘れですか? フレイムでダークエルフに出会ったとき、彼らは私も殺そうとしていました」

 ニースと、スパークたちが出会った事件だ。

 ライナが死にそうになり、ニースに救われたあの事件。

「彼らは、扉たる私を『殺してもいいもの』としてしか扱っていないのです。

 ”黒の導師”にとっては、私を手に入れるのが第一目的でしょう。

 ですが、新たな器を探し出す時間を惜しまないのなら、私を殺した方が話が早いのです」

 静かな、だがまるで脅迫のような言葉だった。

 ギャラックは頭を抱えてその場に座り込む。

 ニースは息を整えた。落ちつこう、落ちつこうとしていたが、ギャラックの剣幕に少し興奮してしまったらしい。

「申し訳ありません。

 ・・・・ですが、私が旅立ったことが、マーファ神のお告げによるものだということだけは承知しておいてください。

 女神への信仰こそがわたしを支える唯一の力なのです。

 ・・・・どうか、私をそっとしておいてください」

「・・・・・」

 ギャラックは、もはや無言だった。

 どこか悔しそうに言葉をつまらせ、額に汗をしてニースの言葉に耳を傾ける。

 ・・・・他の者も、口をひらくことさえできない。

 

 それで、その夜の話は終わった。

 

 ニースの決意は固く、他の者の説得でどうにかなるものではない。

 そう、まわりの者は思ったに違いない。

 

 ・・・・だが。その夜は、なにごともなく過ぎ去って。

 翌日の、夜の見張りの最中だった。

 

「赤子の身体の方が、都合がいい・・・・か」

 ギャラックは、ニースの言葉を思い出していた。

 たしかに、そうだ。

 一般に、人の身をよりしろとして神や、異なる次元のものを呼び出す場合の一般則だ。

 よりしろ、すなわち「生贄は神聖な存在であればあるほどいい」という。

 生まれたばかりの子供など、愛されるべき存在が捧げられれば儀式も成功しやすい。

 ・・・・なにかが、ひっかかる。

「・・・・・くっ」

 頭の中に、悪夢にうなされるニースの図が浮かんでいた。

 今まで、ただのガキだと思っていたニースに、奇怪な感情が芽生えているようなイメージがあった。

 思えば、昨日必要以上に彼女につっかかってしまったのも、そのためかもしれない。 

 

「神聖な存在・・・・か」

 ギャラックの言葉は、まるで熱病に犯された者のうわごとのようだった。

(乙女であることは、その条件の一つだ)

 穢れなき処女であれば、邪神の降臨もたやすかろう。

 だが、もしこれがそうでなかったら?

 ・・・・。

 ギャラックの頭に、一つの事柄がぼんやりと浮かび上がった。

 ニースは、神殿で育てられた、世間知らずの娘だ。

 男を知っているワケがない。

(あの娘、ムリヤリにでも汚してやれば・・・・・)

 いや、待て。

 それ以前に、だ。

 男に犯されたこの娘が、まだ旅を続けるなどと言い出すだろうか?

 神を信仰せぬギャラックには、先のニースの言葉はガキの屁理屈のように思えた。

 痛い目にあわせてやれば、気も変わるに違いない。

 だったら・・・・。

(・・・・いかん、俺は何を考えているんだ)

 ぱたりと正気に戻った。頭をふって考えを散らす。

 

 もし、ギャラックがこのとき、ニースの見た夢を知っていたら、どう反応しただろうか?

 少なくとも、痛い目を見れば気が変わる、などとは想像しなかったに違いない。

 そして、そのことが後の二人の運命を大きくゆがめる結果になる。 


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