キサナの冒険 序章
プロローグ
「・・・・この娘か」
部屋の中央に置かれた水晶球に、一人の少女の影が映っていた。
年はまだ若い。青い髪をした、16,7の見目麗しい少女だ。
つむじからまっすぐにおりていく髪は太陽の光をあびてあざやかに輝き、少女の持つ生命の光を象徴しているようにうかがえた。
身長はあまり高くはないが、態度は堂々としていて脚の運びにも、物腰にも、どこか気品が感じられた。
どこぞの王宮に生まれた姫君である、といわれても人をうなずかせるだけの魅力。それが、彼女の内面からにじみでているようだった。
一言で表現するなら、さっぱりとした美少女だ。
髪をえりでばっさりと落としているので、どちらかというとスポーティな印象を受ける。だが、例えば書蔵で古書に目を通していても、商店の店先で商品の説明をしていたとしても・・・・彼女の魅力は、一片もそこなわれはしなかっただろう。
彼女の美しさ、魅力は、その内面から湧きあがるようなものだった。
どんな格好をしても、その衣装を魅せる。そんな雰囲気に満ち溢れた少女である。
そして、今はその身に鎧をまとい、腰に剣をさげていた。装飾用のものではない。
旅人が身につける、実用本位の武装である。
旅の女剣士らしかった。
腕前はどうだかしらないが、格好は実にきまっている。
「はい」
声に答えたのは、水晶球の魔力をコントロールしているらしい男だった。
闇のような深い黒に染められたローブをまとっているが、どうにも邪気が外にあふれている。
魔物に違いない。
そういえば、部屋の中はこの男の邪気をおおいつくすほど濃い、妖しい風で満たされていた。
ここは、邪悪な生物の暮らす地に他ならない。
「まだ弱冠ながら、人間どもの間では評判の娘です。件の予言に該当する者といえば、まずこの娘かと」
「ふむ・・・・そうか」
悠然とうなずく影がある。
闇のローブをまとった男が拝謁している・・・・王の影であった。
無論、人間であろうはずがない。魔物の王である。
玉座がどこにあるやら知れぬこの王の間にあって、魔王の影だけが・・・・ただ、その場にあった。
「バディオス」
「はっ」
名を呼ばれた闇ローブがはっと身を固くした。
魔軍の中でも有数の魔力を持つバディオスをして、身動きを封じられるだけの力を持つ魔王である。
この魔王を倒すという女勇者の出現が予言されたとき、バディオスは迷った。
(あるいは、不興をこうむるかもしれぬ)
無理もない。これだけの強大な力を持つ魔王だ。それを、たかが人間の、それも女が倒すとは。
幾重にも信じられぬ。
言上すれば、魔王の力を疑ったとして身分を剥がれる恐れさえあった。
いや、過去に無用の進言によって位をまっとうできなかった者は多い。
魔王の心に添うことができなければ、確実に身をあやうくすることだろう。
それでも。
それでもバディオスは魔王にその予言を報告し、その候補となる女性を挙げるまでした。
それが、最前の少女である。
人間界に現れた女性の中で、もっとも勇者たる存在は誰か。
その問いに選ばれた少女だった。
バディオスは、震えを必死にこらえつつ、王の言葉を待った。
「よかろう。そなたにまかす」
ほっとした。
魔王の度量の広さに感謝し、任務をそのまま自分にあたえてくれたことに喜ぶ。
この器量。
部下に寛大にして公明正大。
これこそ、「魔王として生まれ、魔王として育った」と噂される男であった。
あるいは、この王であれば。数百年にわたる人と魔の間の争いを終結させることができるかもしれぬ。
バディオスは心からそう思い、任務に向けて思いを馳せた。
「女勇者か・・・・その出現を、阻止せよ」
「・・・・心得ました」
バディオスは眉をひそめた。
「出現を、阻止せよ」?
あの娘を殺す・・・・というのとは、違うのか?
バディオスは慌てて思考を巡らせた。
このとき、女勇者キサナの年齢は17歳。
女の身で魔との戦いに参加したものが、他にいなかったわけではない。
だが、キサナは他に比べ、圧倒的な人気で民衆に迎えられていた。
人々に対する影響力は・・・・新米の剣士でありながら、歴戦の英雄もかくや、と思われるほどであったという。
・・・・・その彼女にふりかかった災いの影があった。
これは、人と魔の戦いの終結が近づいた、そんな時代の物語である。