第二話「死神(タナトス)のプログラム」
「ちっ!またカノンか………」
銀色に輝く小さなメモリースティックをいじくり回しながら、ヘイシン・ヘイワドは心底忌々しげに呟いた。
メタリックレッドに、黒い文様の刻まれた大きなボディーを折り畳み、今や鉄屑となったプログラム・カノンの被害者を観察する。
彼が警部に昇進してからと言うもの、時を同じくして街に流れ出したプログラム・カノンは、彼から最愛の恋人、退屈な日常と休日を奪い続けていた。そして、カノンが街に流れ出すまでさして事件らしい事件が起こったことなどはなかったので、ヘイワドは自分が呪われていると本気で考えていた。(漁師だった自分の御先祖が、浜でウツボを殺したのがこの呪いを生んだ原因であると彼は推察している)今時呪いなどと口にする人間は少ないが、彼は東火(トンフォ)大陸に故郷を持っていたので、大変に迷信深かった。
今朝も、北区23番地62号道路のアパートで人が死んだと通報があり、駆けつけてみると案の定、現場にプログラム・カノンが転がっていたのである。
「カノンと言いますと?」
ヘイワドの背後から、若い巡査長が声を掛ける。最近配属されたばかりの新人である。
「エモーション・プログラムのカノンを知らないのか?呆れた奴だ」
ヘイワドは驚いた声を上げる。
「いえ、そう言うわけではなく、カノンで人が死んだとなると、死因は過激な感覚と刺激の流入によるショック死なのでしょうか?」
巡査長が顔を近づける。
「間違いないな。これはタナトス・プログラムだ………」
ヘイワドが苦々しい調子で告げる。
「タ、タナトスぅ?!」
タナトス・プログラムと聞き、若い巡査長は胸から歯車がこぼれそうになった。
「タ、タナトスって、臨死感覚をそのままデータ化して脳に送り込むって言う、あの………?」
「他にどんなタナトス・プログラムがあるってんだ?」
ヘイワドはうんざりして、ぶっきらぼうに応じる。
「で、ですが、臨死感覚をそのまま脳に流し込めば、ショック死するのは当たり前じゃないですか。話には聞いていましたが、そんな物が現実に出回っているなどと………」
巡査長は声帯スピーカーの音量を急激に下げた。驚こうが何しようが、現実にタナトス・プログラムは存在し、その犠牲者が目の前にいる。
「究極の快楽ってやつさ。それに、必ずしもショック死するとは限らねえさ………」
ヘイワドがそう言った瞬間、もう一つの事例が大音響と共に姿を現した。
壁が崩れ、土煙の中から一体のサイボーグが現れる。
「オデェヲォ、殺サナイデクレェエッ!!タ、タスケテェエエエッ!!!」
自我を損失しているのか、妄想に捕らわれているのか、いや、恐らくはその両方なのだろう、狂ったサイボーグは近くにいた警官に飛び掛かった。
「うわーっ!!」
反射的に悲鳴を上げる警官。物凄い怪力で首がねじ切られ、二体目の死体が転がる。
噴き出したオイルにまみれ、狂ったアンドロイドは兇眼で辺りを探り、そうかと思えば何かに怯え、よろよろ後じさる。
「ちっ!こいつ狂っている上に駆動系のリミッターが切れていやがる。おいっ、新入りっ!!中央コンピューター(ブレイン)にアクセスして、こいつを強制的に停止出来ねえのかぁっ?」
情報端末を展開した新入りの巡査長に、ヘイワドの怒声が飛ぶ。
「無理ですっ!!ガブリエル(ブレインと呼ばれる中央コンピューターの一つ)は狂った意識が波及するのを恐れてリンクを切断したようですっ!!それと………新入りじゃありませんっ!ジョナサンという名前がありますっ!!」
若い巡査長が悲鳴に近い声で応じる。
その間にも、次の犠牲者に躍りかかる狂人。
「だろうよっ!聞いてみただけだあっ!!」
次の瞬間、ヘイワドは行動を開始していた。
顔パーツの奥、昔の人間で言うなら顎の奥辺りにある装置を起動させたのだ。
赤い残像を残し、ヘイワドの姿が消えた。
新人の巡査長が視覚センサーを切り替えているうちに、ヘイワドはいつの間にか狂サイボーグを取り押さえようと飛び掛かっていた。
が、凶暴化したサイボーグの怪力に、ヘイワドははね飛ばされる。
「ちぃっ!!」
咄嗟に腰のホルダー(ボディーと一体になっている)から光学銃(ブラスター)を抜くと、立て続けに三発、敵に撃ち込む。
一発は敵の腹部中央に風穴を開け、二発目は膝を砕き、最後の一発はジョナサンの肩を砕いた。
「そりゃあ、ないですよっ!!」
痛みはないが、ジョナサンは肩を押さえて上司をなじる。
狂ったサイボーグはと言うと、既に沈黙し、先に死んだ友人同様鉄屑と化していた。
「あろうがなかろうが知ったことか。やっこさんに首根っこ引き抜かれるよりかはましってもんだ」
そう言ってヘイワドは新人をあしらうと、腰のホルスターに銃を収めた。彼が味方撃ちの名人と渾名されていることを、不幸にも新人の巡査長は知らなかったのだ。もっとも、味方を殺さずに撃つから名人なのだが、どちらにしても迷惑な話である。
「そんな事より、こいつの脳を早く病院へ………。もっとも、いかれちまってるから、使い物にはならねえだろうが………」
ヘイワドはそう指図するが、ジョナサンは頭(かぶり)を振る。
「無理ですよ、脊椎が粉砕されています。こうも培養液が流れ出ていると、もう脳死は免れません」
ジョナサンはそう言って、情報端末から被害者の割り出しを始める。
「そうか、悪い事したな………。成仏してくれよ。ナンマンダブナンマンダブ………」
照明の落とされた薄暗い部屋。時代がかった大きな寝台が置かれ、その上で身を絡ませ合う一組の男女。一人はサイバネティックス・ロボット・カンパニー会長ゴールドマン。もう一人は、年の頃は十二・三歳の少女。禿頭に、額には丸い入れ墨と、やや風変わりな少女である。
少女は年齢には不釣り合いなくらい巨大な乳房をゴールドマンの身体にもたれ掛けさせ、細く、しなやかな指をゴールドマンの逸物に絡ませた。そうして、やや厚みのある形の良い唇を舌で湿らせると、嬉しそうにその亀頭を口に含んだ。体温の高い子供の口内に迎えられ、ゴールドマンは小さく呻くと、身体をぴくりと震わせた。
少女は時折、くるくるとよく動く好奇心一杯の瞳をゴールドマンに向けたりしながら、嬉々として逸物を舐め回した。
薄暗い部屋に、陰茎を口に含む音がちゅばちゅばと響く。
「ゼルダは本当におちんちんが好きなんだな」
そう言ってゴールドマンは、人差し指で少女の額の入れ墨をなぞる。入れ墨はテラン最大の宗教団体、機械教のシンボルマークで、塗り潰された円の外に三方、逆三角に台形が配置されている。
少女は額を愛撫するゴールドマンに、好物を口に咥えたまま、目を細めて頷く。
苦笑するゴールドマン。
やがて亀頭が膨らむと、濃厚な樹液が吐き出された。ゼルダは喉を鳴らしてそれを飲み込むと、ようやく陰茎から口を離した。口の端からこぼれた精液を人差し指ですくうと、名残惜しそうに口に押し込み、舌で舐め取る。
「男の人はゼルダの大好物だもん」
口元を歪め、やや癖のある微笑みを見せるゼルダ。少女は身体を入れ替えると、柔らかな果実をゴールドマンの目の前に晒した。
「ふぅんん………お願いぃ、ゼルダのここ、舐めてぇ………」
頬を染め、切なげに哀願する少女。
ゴールドマンは少女の細い腰を引き寄せると、その果実の中に鼻を埋めた。僅かに産毛の煙るそこは、さらさらと肌に心地よく、しっとりと吸い付いてくる。
「あんっ!」
嬌声をあげるゼルダ。少女とは思えぬほどの、いや、少女だからこそ艶めかしい。
花弁に顔を埋め、舌を差し込み、溢れ出る蜜を貪る。ちゅくちゅくと音をさせ、ざらざらした舌で、花弁を撫でさする。
「あんぅううう、ぬるぬるの舌が、ゼルダのあそこをずるずる這い回ってるよぉ………」
ゼルダは眉をひそめ、下半身に意識を集中させる。僅かな感覚も、僅かな快感も逃さず味わいたいのだ。
「ひんぅううっ!気持ち好い………よぉ……あふぅっ!」
ゴールドマンも同様に、少女の花弁の隅々まで、余さず味わい尽くそうとしていた。ふっくらとパン生地のように柔らかな丘の盛り上がり、赤みを帯びて切れ込む淫裂、そして蜜を絶え間なく溢れさせている花弁。愛液と唾液の混じり合ったぬめりが顎を濡らし、口の回りもぬらぬらと濡れている。
「………んくぅっ!?」
突然ゼルダが歯を食いしばり小さく痙攣する。細い肩が震え、白い腹部がひくひくと波打つ。
気をやったのだ。
ぐったりとゴールドマンの上にのし掛かるゼルダ、そしてその巨乳。柔らかな乳房が二人の間でひしゃげ、ゼルダが荒い息を付く度、しこりたった乳首がぐにぐにと蠢く。
「機械教の教祖がこんなにいやらしい娘だと知れたら、さぞかし信者は度肝を抜かれるだろうな」
ゴールドマンはそう言うと、ぐったりしているゼルダを抱え起こし、膝の上に乗せた。
「教祖は…………」ゼルダがあえぎながら答える。「教祖はR・ヒルダがやってるもん………。ゼルダはおちんちんがあったらそれで良いの………」
そう言って、ゴールドマンの顎に小さな舌を這わす。
「やれやれ、とんだ巫女殿だ………」
そう言ってゴールドマンは小さな秘裂に赤黒い肉棒をあてがった。
「あふぅ………」
腹部に充足感を感じ、ゼルダは溜息をつく。淫核が捩れ、淫唇が巻き込まれ、肉棒は幼い花弁を割り開く。
「さて、R・ヒルダは上手くやっているのかな?」
ゴールドマンは肉襞をかき分けながら、枕元にあったリモコンに手を伸ばす。すると中空にモニターが開き、外の様子が映し出された。
それは機械教の大聖堂で、教祖ゼルダの祝福を受けようと、熱心な信者が気の遠くなるような長蛇の列を作っていた。壇上では、R・ヒルダと思しきアンドロイドが(信者は当然サイボーグだと信じている)一人一人丁寧に、寸分違わぬ動作で祝福を授けていた。シルバーホワイトのボディーを持つ、繊細な作りをした女性型アンドロイドである。
そして、列は道路にまで届き、渋滞を引き起こしていた。その渋滞の中に、奇妙な刻印を持つサイボーグがぶつぶつ不平を唱えながら乗っている。勿論それは東洋生まれのサイボーグ、ヘイシン・ヘイワドであった。
「どうしたってんだ?今日は何かのお祭りか?」
列の最前列を見極めようと窓から身を乗り出し、手をかざすヘイワド。
「お祭りって………。知らないんですか?今日はゼルダ猊下が市民に祝福を授けてくれる日なんですよ?あれは皆、ゼルダ猊下の祝福を得ようと集まった、機械教の信者ですよ」
運転席に座るジョナサンが、呆れた声を出す。
「うへぇっ?!なら、なんだって別の道を通らねえんだぁ?」
「何、言ってんですか?ここを通らなければ署に戻れませんよ?それに、有り難い事じゃないですか。こんなに遠くからでも、ゼルダ猊下のお姿を拝見できるんですから」
ジョナサンの声には、心なしか高揚した感が見受けられる。
「宗旨が違うよ。それに俺は機械教ってのが妙に気に喰わねえ。案外いんちきなんじゃねえのか?」
ヘイシンはそう言うと、どかりと背もたれにもたれかかった。
「気に喰わないって、どうしてです?機械の持つ調和のとれた数式の世界を規範に、世界に平和と秩序をもたらそうって言うんだから、結構な事じゃないですか。いくら宗旨が違うからって、そんな事言ったら罰が当たりますよ」
ジョナサンが些か尖った調子でヘイワドに反論する。
「何、言ってやがる。機械教の教えが正しいんなら、誰にも罰を当てないのが本当だろ?それとも機械教の連中は罰が当たりたくなかったら、信者になれって言ってるのか?そいつは未開の地の邪教ってもんだ。そんな脅しをかけられるくらいなら、まだ回帰主義者の方がましだ」
ヘイワドの言葉に、ジョナサンが激高する。
「な、何言っているんですかぁあっ!?よりにもよって回帰主義者だなんて!!あまりにも不敬ってもんですっ!!!」
ジョナサンの剣幕にヘイワドは気圧され、思わずたじろいだ。
「な、なんだよ、新入り………。お前、機械教徒だったのか?」
「ジョナサンですっ!!当たり前ですよ、この街、いや、この国の国教は機械教だと言っても過言ではないんですよっ!?それを………」
ジョナサンがヘイワドに詰め寄ったその時、突然人々の悲鳴が上がり、蜘蛛の子を散らすように、行列を作っていた人々が逃げ惑う。
「な、なんだあ!?」
ヘイワドは騒ぎの元を突き止めようと車を降りると、トランクから布の巻かれた棒を取り出し、騒ぎの中心と思しき方向へ歩き出す。
後続の車が、訳も分からずクラクションを鳴らし、止まったヘイワド達の車に苛立ちをぶつけるが、当然気にも止めない。
ジョナサンも車を降り、ヘイワドに続く。
「何でしょうねえ?」
ジョナサンが呑気に声帯スピーカーを鳴らす。
「何って、あれじゃねえのか?」
ヘイワドが手にした棒で指し示した先、そこには建設用の重機アンドロイドが逃げ惑う人々を薙ぎ払い、蹴散らしていた。巨大なショベルを二つ備え、細い何本もの足で巨体を支えたそれは、さながら大きな椰子蟹の様である。
「やっこさん、アンドロイド工学三原則、第一条を知っているんですかねえ?」
重機アンドロイドのあまりの無法振りに、ジョナサンが思わず呟く。
「知らねえんじゃねえか?」
ヘイワドは気のない返事をすると、暴走重機に向かって歩き出した。
奇妙な人影に、重機が興味を引かれたように動きを止める。
「ナニモノダッ!!」
誰何の声に、ヘイワドは肩をすくめる。
「警察だ」
言葉少なに答えるヘイワド。
「フム、ドウヤラ東洋人ノヨウダガ?ナラ機械教徒デハアルマイ。邪魔ヲスルナ」
重機アンドロイドはそう言うと向きを変え、新たな獲物を探し始めるが、ヘイワドは回り込み、行く手を遮る。
「こちとらこれでも市民の安全を守るお巡りさんなんだ。そう言うわけには行かないな。おい、このいかれ歯車、アンドロイド三原則ってのを知っているのか?」
無駄な事とは知っていたが、ヘイワドは両手を広げ、取り敢えず質問してみた。
「莫迦ナ事ヲ、私ハ人間ダ。あんどろいど三原則ガ何ノ関係ガアル?」
そう言うや、重機は巨大なショベルでヘイワドを襲った。
刹那、ヘイワドの手にした棒から布がはらりと落ち、中から一振りの直刀が姿を現す。そして次の瞬間にはショベルが音もなく切断され、どさりと地面に落ちた。
彼が手にしているのは光熱刀。一見すると東洋風の古い骨董品のようにも見えるが、その実、分厚い鋼鉄の塊でも易々と切断する超高温の刃を有していた。
「なら、過激な回帰主義者と言うことか………」
ヘイワドがスピーカーの中で呟く。
そこへ、ジョナサンが駆けつけてきた。
「おう、新入り、ちょうど良いところに来た。この回帰主義者の照会をしてくれ。ついでに止められないかどうかもブレインに聞いてくれ」
相手を牽制しつつも、ヘイワドは矢継ぎ早に指示を出す。
「ジョナサンです。もうブレインへの照会はしました。回答はこの者は存在しない、です。どうやら幽霊市民のようですね。ボディーの緊急停止も不可能です。どういう手段を使っているのか、ブレインの干渉を妨害しています」
ジョナサンの報告に、ヘイワドは歯車がきしむ思いがした。こんな事件で中央コンピューター(ブレイン)が役に立った試しがない。
「ハハハ、所詮ぶれいんナド機械ノ寄セ集メ、我等人間ノ相手デハナイワッ!!」
哄笑と共に、重機はヘイワドを別のショベルで横殴りにする。
吹き飛ばされるヘイワド。
うずくまるヘイワドにとどめを刺そうと、重機アンドロイドは悠然と近づき、ショベルを振りかざした。
そこへ、ジョナサンが援護しようと光学銃(ブラスター)を撃ち込む。
が、ボディーの表面を焦がすばかりで、まるで効果がなかった。
しかしながら、重機の気が一瞬逸れた隙に、ヘイワドは加速装置を使い、難を逃れる。
「機械ノ奴隷ガ生意気ナァッ!!」
怒号をあげながら向きを変えようとする重機アンドロイド。しかし、その巨体故思うようにはいかない。その間にもジョナサンは光学銃を撃ち込む。
ヘイワドは何とか体勢を立て直そうとするが、膝関節部に亀裂が生じ、駆動系から僅かに煙が立ち上る。
「(くそ、もう加速は使えないか………)」
ヘイワドはスピーカーの中で呟いた。
そうこうしている間にも、重機は体勢を変え、襲い掛かってくる。
「このスクラップ頭がっ!何だってこんな事をしやがるっ!!何十人かの機械教徒を殺したところで、人間が文明を捨てて、自然に回帰するわけでもねえだろうっ!?」
ヘイワドはそう言って重機の足下に滑り込んだ。
「コレハ我ガ人間同盟ノ機械人ニ対スル宣戦布告ナノダッ!!機械教ノ教祖、ぜるだノ目ノ前デ信徒ヲ虐殺スルコトガナッ!!」
ヘイワドを踏み潰そうと、足をじたばたさせる重機。しかし、ヘイワドは巧みに身体を移動させ、それを避けると、重機の身体にしがみついた。身体を振り回し、ヘイワドを振り落とそうとする重機。
「人間同盟?それがお前の組織の名前かぁ!?」
重機に取りついたヘイワドは、めったやたらと剣を振り回し、重機のボディーを切り刻んでいく。煙を噴き、だんだんと動きの鈍くなる重機アンドロイド。視覚センサーが赤く点滅し、狂気を帯びていく。
「オノレェェェエエエッ!!!」
重機はヘイワドを押し潰そうと壁に決死の体当たりを試みた。
が、ヘイワドの姿は忽然と消え、重機アンドロイドは物凄い大音響と共に壁を崩し、身体をひしゃげさせた。しゅうしゅうと煙が立ち上り、あちこちから火花が飛び散る。
「何とか、………片が付いたようだな」
沈黙した重機を前に、よろよろとヘイワドが歩み寄る。亀裂の入った膝は完全に破損し、黒く焦げている。
「自分の命を犠牲にしたら、何にもならねえだろうが…………」
ヘイワドが呟く。
「フフフ、………死ナドハ怖レナイ。………何故………ナラ、死ハ…甘美ナモノダカラ。ムシロ歓迎シヨウ。………死ノ感覚ハ素晴ラシイ、………早ク、………死ヲ………」
狂った重機アンドロイドの機能はここで完全に停止し、点滅していた視覚センサーも既に光を失った。
立ちつくすヘイワド。その声帯スピーカーの奥から、苦々しい声が絞り出される。
「タナトス・プログラムに侵されていやがったのか………」
「つまらぬ余興だ………」
一部始終を見守っていたゴールドマンが、不興気にモニターを閉じる。膝の上では外の事件など何処吹く風で、ゼルダが懸命に腰を振っていた。
そこへ、部屋の外から声が掛かる。
「カーペンター様の調整が終わりました」
が、しかし、ゴールドマンはその声を無視し、ゼルダの子宮を一気に突き上げ始めた。
「あひぃっ?!」
薄暗がりの中、少女の嬌声が響く。
「あのぉ、警部?」
ジョナサンが躊躇いがちに声を掛ける。
二人は事後処理を済ますと、車の停めてあった道路へと戻ってきていた。渋滞を起こしていた機械教徒の姿は既になく、今は円滑に車は流れている。
日は既に傾いており、重機暴走事件など無かったように、辺りは閑散とし、些か寂しい感じすらする。
「警部?一体それは誰のことだ?」
憮然と答えるヘイワド。手には黄色い紙切れが握られている。
「ヘイシン・ヘイワド警部のことですが………」
「ああ、そいつなら三秒前に警察を辞めたところだ」
怒りを込めて、ヘイワドが答える。
「人が命を懸けて戦っているって言うのに、交通課の連中め、何考えてやがんだ?!」
「彼らは彼らなりにですね、そのぉ、職務にですね、忠実で…………」
何とかヘイワドの怒り鎮めようとするジョナサン。しかし、ヘイワドは聞いてはいなかった。
手にした黄色い紙切れを地面に叩き付け、踏みつけにするヘイワド。
「交通課のいかれ歯車めっ!!何が駐車違反だぁぁぁああっ!!俺の車、返せぇぇぇえええっ!!」
ヘイワドの心の叫びは、夕陽に虚しく吸い込まれていった。