○電脳Aチーム エンジェダイバー

 

第三話「メイドさんのピコピコハンマー」

 

 パソコンショップ、ニフルヘイムのビジタールームでは、今日も少女達のお茶会が催されていた。

 バックに流れる曲はドビュッシーの「月の光」。

 ピアノの心地よい音色に、紫瑠羽はうっとりと瞳を閉じているが、棗は食べることに熱中し、鈴鹿は憮然としてティーカップをつつき回している。

「棗さん、今日はアッサムの良いリーフが手に入りましたのよ、いかがかしら?」

 舞奈に訊ねられ、棗は満面の笑みを浮かべて応じる。

「はいっ!とっても美味しいです。このお菓子も、とっても、とっても美味しいです♪」

 嬉しげな様子でカップに口をつける棗を、舞奈は満足げに見守った。

「苺のミルクレープですのよ。喜んでいただけて、嬉しいですわ」

 舞奈の言葉と共に、きりよく曲が終わり、続いて「亜麻色の髪の乙女」が流れ始める。

「あれ、曲が変わりましたね?」

 棗の言葉に、舞奈はたおやかに頷く。舞奈の所作は常に優雅である。

「先程の曲が“月の光”で、今流れているのは“亜麻色の髪の乙女”ですのよ」

「“月の光”ってベートーベンですか?」

 首を傾げる棗に対して、鈴鹿の辛辣な言葉が飛ぶ。

「それは“月光”でしょ?さっきのはドビュッシーの“月の光”。まったく、思ったことをそのまま口にしないほうが良いわよ」

「うえ〜ん、私、クラシックは詳しくないんですよ〜」

「まあまあ、日本語名なんてどちらでも良いじゃありませんか。棗さんのお陰で良い事を思い付きましたわ。次は月にちなんだ曲を集めてみると言うのはどうでしょう?」

 悲鳴を上げる棗に対し、舞奈はなだめるように言った。

 そこへ今までうっとり曲に聴き入っていた紫瑠羽が、突然口を挟む。

「面白い趣向かも知れませんね」

「でも、他にどんな曲があるんです?」

「そうですわねえ、ドボルザークやシューベルトも月にちなんだ曲を作っていたのではなかったかしら?」

「そんな事より、今日も依頼は無いの?」

 何処までも続く四方山話に、鈴鹿は堪りかねて話に割り込んだ。

 しかし、舞奈はそんな鈴鹿の様子には頓着せず、あくまでもマイペースで言葉を続ける。

「そうですわねえ、依頼がないと言えばありませんし、あると言えば言えなくもないような……」

「だから、どっち!?あるの?無いの??」

「はい、ですから、依頼はあるのですが、これはあると言って差し支えないのかと言えば、この際、無いと言ってしまった方がよいと思われるような………」

「とどのつまり、あるの?無いの??」

「トドと申しますと、海驢科の大型の海獣の事でしょうか?」と舞奈。

「………怪獣ですか?」と棗。

「いえ、この場合は鯔の最終形態では?」とは紫瑠羽。

「あら、ぼらって、お魚のことですか?」とはとは舞奈。

 舞奈達のやりとりに、鈴鹿のこめかみに青筋が浮かぶ。

「ぼらでも海驢でも、どっちでもいいわよ!!依頼はあるの?無いの!?」

「いえ、ですから、ポストペットの猫が迷子になったとか、ええっと、デスクトップのお魚さんが動かなくなったとか、そう言った依頼はありますが、これと言って私達が出るような事態ではありませんわ。ハンター協会からも特に何も言ってきませんし、今日はお茶を飲んで解散と言うことで………」

 その言葉を聞いた瞬間、鈴鹿の頭の中でぶちっと何かが切れた。

「なに?私の貴重な時間を費やして、お莫迦な話に付き合わせて、その挙げ句が今日は依頼は無しですってぇええっ!!お茶を飲んで終わりにしましょうだぁああ!?」

 鈴鹿の頭の上から、ゆらゆらと立ち上る陽炎。棗は咄嗟にケーキとお茶を避難させた。

「人を莫迦にす………!!」

 鈴鹿が逆上して暴れ出す寸前、突如、正面のモニターが起動し、何者かが回線を開いてきた。

 画面に映し出されるメイド服の少女。

『お願いですっ!ご主人様を助けて下さいっ!!』

 

「………え?」

 呆気にとられる一同。

 しかし、画面に映し出されたメイド服の少女は切迫した表情で訴えかける。

『お願いします、私のご主人様が大変なんです。あなた達は高名なハンターと聞き及んでいます。お願い、助けて下さい!』

 少女の懇願に、まず、舞奈がおっとりと応じる。

「あの、もしよろしければ、お話を最初からお願いできませんでしょうか?まず、あなたはどちら様なのでしょう?」

 舞奈の問い掛けに、メイド服の少女は僅かに逡巡した表情を見せる。

『あ、あの、私の名前はハルハ、ハルハ・エタシ3000と言います』

 少女の名前を耳にした瞬間、紫瑠羽が驚きの声をあげた。

「ハルハ・エタシ3000って、エタシ3000シリーズのハルハですか?」

『………あ、はい』

「ちょっと、紫瑠羽。どう言うことなの?エタシ3000シリーズって?」

 話に割り込む鈴鹿。

「エタシ3000シリーズというのは、デスクトップのメイドさんなんです」

「はあ?」

「ビリケンハンヅ社は知っていますよね?そのビリケンハンヅ社が三年前に発売した旧し……あ、御免なさい。えと、何世代か前の人工知能なんです。主に、コンピューター内のシステム管理維持がその役割で、一部の熱狂的な方達の間では爆発的な人気を誇りました。結局、エタシ3000シリーズはその後どんどん改良され、今ではナラナ・シライウ4100と言う型式が主流になっています。エイリアンの宇宙船マンジェトがもたらした技術革新の後もムーアの法則は生きていますから、エタシ3000シリーズに対応したコンピューターは、もうあまり使われていない筈です」

「つまり、あのメイドさんはコンピューターの管理ソフトなのね」

「それで、その管理ソフトのデスクトップのメイドさんが、一体どのような御用でしょうか?」

 今まで話を黙って聞いていた舞奈が、画面のメイドさんに問い掛ける。

『あ、はい。私のご主人様が、悪質なウィルスに捕らわれてしまったのです。私が駆逐できる規模のものではなくて、あなた方のお力をお借りしたいのです』

 応じるハルハ・エタシ3000に対し、舞奈が困惑した顔を向ける。

「それは困りましたわね……」

『あ、あの、何か問題でも………?』

 不安げな表情を向けるハルハ。

「この様な事は申し上げにくいのですけれど、私達に支払う依頼料はどうなるのでしょう?」

『………そ、それは』

 口ごもるハルハ。

 その様子を見かねた棗が、口を挟む。

「電脳警察にお願いするわけにはいかないんですか?」

「駄目だよ、棗。電脳警察に任せたら、この娘はデリートされちゃうか、初期化されるよ。電脳警察は人命第一だからデータに構っちゃくれないから」

 鈴鹿の言葉に、辺りに重い空気が立ちこめる。

「何とかならないんですか?お金なんていいじゃないですか」

 棗が舞奈に懇願する。

「棗さん、私達は慈善事業をしているわけではありませんのよ。これから先、何度もこんなケースが持ち上がるかも知れません。その度に、依頼料をいただかないのですか?私達に仕事を頼みに来るのは、必ず何かしらの問題を抱えた方達です。その度にただ働きでは、お仕事になりませんよ」

 舞奈の正論に、棗は言葉を詰まらせる。

「このメイドさんが、御主人を思う気持ちは分かりますが、もし悪質なウィルスやゴーストの場合、御家族が何かしらの手を講じられる筈ですわ」

『御主人様は一人暮らしで、悪質なウィルスに捕まっているなんて、誰も気が付かないんです!!』

 ハルハが堪りかねて悲鳴を上げる。

「ふ〜む、困ったものね。この間も、確か一人暮らしの会社員がゴーストに捕まって、そのまま衰弱死したって話を聞いたばかりだし。このまま放って置いて、寝覚めの悪い事になっても嫌だしねぇ………」

「ちょっと、鈴鹿さん、言葉を選んで下さいよっ!!」

 青ざめるハルハを横目に、棗が鈴鹿を窘める。

「あ、いや、ごめん」

 さすがに鈴鹿も決まりの悪い顔をする。

「それなら、私達が電脳警察に連絡するというのはどうです?」

 紫瑠羽が提案するが、誰もそれには応じられなかった。相手がソフトであれ、実際に言葉を交わした人間が消滅するのは耐えられない。

 気まずい沈黙が流れ、ハルハがぽろぽろと涙をこぼし、嗚咽を漏らし始める。

『無理を言ってすみませんでした……。私、私、………自分で電脳警察に連絡します』

 ハルハがそう言って回線を切ろうとした瞬間、舞奈が声をあげる。

「あら、まあ、大変ですわ!私、………何かがとっても大変ですから、家に戻りませんと。暫くは自由行動と言うことで……」

 舞奈の言葉に、鈴鹿が小さく笑みを漏らす。

「ああ、そりゃあ大変ね。仕方がないから今日はこれから自由行動と言うことで………」

 笑みを交わす舞奈と鈴鹿。その様子に、ハルハの愁眉が開かれる。

『あ、有り難う御座いますッ!!』

 

 数刻後、ハルハの指定したアパートに到着した一同は、声を失った。

「これは、また、何とも………」

 思わず眉をしかめる鈴鹿。

 ハルハの御主人様というのは、どうやらかなりのマニアで、パソコンは旧世代のものではあるが色々いじってあり、非常にトマソニックで原形をとどめてはいない。カップ麺の容器が散乱する中、猥褻な雑誌やビデオが山積みになっている。

 そんな凄惨な部屋の中心で、御主人様と思しき男が煎餅布団の上で悶絶していた。股間が勢い良く隆起しており、紫瑠羽はなるべくそちらの方を見ないように手で顔を覆う。

 ハルハの御主人様は、コネクト・デバイスを装着しているところから、どうやら電脳空間に捕らわれているのは間違いないようであった。

 紫瑠羽は恐る恐る男の横を通り抜け、パソコンの元へ向かった。美少女パソコン誌やエロ本を掻き分け、座る場所を確保すると、パソコンを調べにかかる。

「どう?紫瑠羽」

 モバイル・パソコンを取り出し、色々と調べる紫瑠羽の後ろから、鈴鹿が顔を覗かせる。

「これは大変ですよ、鈴鹿さん………」

「何か問題でも?」

「外部から侵入できるほど、領域が確保できないんです。システムも不安定で、これでは侵入しても全てのデータが崩壊してしまう可能性があります」

『そんなっ!!』

 突然、紫瑠羽のパソコンにウインドウが展開し、ハルハが姿を現す。

「それは、ウィルスのせいなの?」

 鈴鹿は紫瑠羽とハルハ、両方に訊ねた。そして、それに応えたのはハルハの方だった。

『ウィルスは関係ありません。それは、その、御主人様が趣味で色々とデータをお集めになって……』

 ハルハの歯切れの悪い言葉に、鈴鹿は溜め息をつくと辺りを見回し、大袈裟に肩をすくめてみせる。

「説明は不要よ。この部屋の有様を見れば、大体見当がつくわ。それより紫瑠羽、何とか状況を打開する手段はないの?」

「無くはありません……」

 紫瑠羽はそう言うと、今まで蚊帳の外だった棗に目を向ける。

「え?私??」

 きょろきょろと辺りを見回す棗。しかし、紫瑠羽の視線の先には棗一人しかいない。紫瑠羽、鈴鹿、ハルハの視線が、一斉に棗に向けられ、棗は思わず視線を泳がせる。

「え、え〜と………」

 どうして良いのか分からない棗に対して、紫瑠羽は更に言葉を続ける。

「棗さんの特殊能力なら、コンピューターの中に入っていけます。ここは一番、棗さんだけが頼りです」

 紫瑠羽の言葉を聞き、棗が驚くより先に鈴鹿が口を開く。

「な、何言ってんのよ。こんなお間抜け、一人で仕事を任せられる訳ないでしょ!?大体、この娘は昼日中でも鳥目のようにすっ転ぶのよ?第一、この子が電脳空間に入れても、こちらでその様子をモニターできないでしょうに?相手が悪質なゴーストだったらどうするのよ!?」

 激昂する鈴鹿の傍らで、棗が瞳を潤ませて感動する。

「鈴鹿さん、そんなに私のことを心配して………」

 棗が言い終わるか終わらぬ内に、鈴鹿の怒声が上がる。

「勘違いするな、このお間抜けっ!!あんたがたよんないから、言ってんでしょっ!!あ〜っ!まったく、理不尽だわっ!!もう少ししっかりしなさいよっ!!」

「ふえ〜〜ん、ごめんなさ〜い」

 半べそをかく棗を余所に、紫瑠羽は鈴鹿に冷静に告げた。

「そのことでしたら考えがあります。外部からコンタクトをとる方法があれば、こちらから指示を出せるので、いくら棗さんでも成功の確率も上がると思うのですが?」

「ぶ〜〜、紫瑠羽ちゃんも酷いこと言ってるぅ〜」

 頬を膨らませる棗を軽くこづくと、鈴鹿は話の続きを促した。

「具体的な方法は?」

「棗さんの脳の働きを直接検知する装置を取り付ければどうでしょう?脳波パターンや神経伝達パルスなどを読みとって、棗さんの知覚を再現するわけです」

 そう言うと、紫瑠羽はウエストポーチから小さな機械と、ハンド・ドリルを取り出した。

「紫瑠羽ちゃん、まさかそのドリルで頭に穴を開けるとか言うんじゃないよね??」

 顔を引きつらせる棗。しかし、紫瑠羽は薄い笑みを浮かべるときらりと瞳を輝かせて告げた。

「大丈夫です。痛くしませんから………」

 そう言って、ドリルのハンドルをきりきり回す紫瑠羽。

「うあ〜ん、頭に穴を開けられるのは嫌だよおぉっ!!」

 逃げ出す棗。慌てて鈴鹿の後ろに隠れ、恐る恐る顔を覗かせる。

「ち、ちょっと紫瑠羽………」

 流石に鈴鹿も狼狽えた声を出すが、紫瑠羽は人差し指を出すと、棗の額にぴとっと触れた。

「ふえ?」

 何が起こったのか分からず、きょとんとした表情を向ける棗。

「御免なさい、棗さん。ちょっとした冗談です」

 紫瑠羽はそう言って舌を出す。

「そのシールがトランスミッターの役割を果たします。私のパソコンでモニターしていますので、棗さんは早速電脳空間に入ってみて下さい」

 紫瑠羽の言葉に、棗は憮然とした表情を見せる。

「う゛〜〜〜っ!紫瑠羽ちゃん、意地悪だあっ!!」

 ふてくされる棗。

「ほら、ぶーたれてないで、さっさと行きなさい」

 鈴鹿に促され、棗は渋々電脳空間に意識を送り込む。

「むう〜っ、コレクター棗、エンター!!」

「だからあっ!それはやめなさいってばっ!!」

 

「と、言うわけで、鈴鹿さ〜ん、紫瑠羽ちゃ〜〜ん、聞こえますかぁ?」

 電脳空間に立つ棗が、にぱにぱと手を振る。が、棗の視界がそのまま紫瑠羽のパソコンに表示されるので、その様子は伝わらない。ウルトラ警備隊のようにはいかないのである。

「何やってんだか、あのお間抜け………」

 鈴鹿は思わずこめかみを押さえる。

 しかし、紫瑠羽は頓着する様子を見せず、モニター上のハルハに語りかける。

「ハルハさん、棗さんの座標を送ります。棗さんと合流できますか?」

『あ、はい、今から迎えに行きます』

「聞きましたか?今からそちらにハルハさんが行きますから、暫く待って……って、言ってるそばから動き回らないで下さい!」

 棗の見ている景色がどんどん変わり、紫瑠羽は流石に苛立った声を出した。興味を引かれれば、棗は本能の赴くままに勝手に行動してしまう。人の忠告など三歩、歩いた時点ですっかり記憶の彼方に飛んでいってしまうのである。

『大丈夫です、紫瑠羽さん。棗さんを発見しました』

 パソコンのモニターと、棗の知覚を通して、ハルハの声が二重に響く。

「あ、こんにちは、メイドさん♪」

「こんにちは、棗さん」

 メイド服を着た少女が、ちょこんと頭を下げる。歳は棗より少し上くらいだろうか。しかし、面差しは棗と同じくらいか、それより幼く見える。恐らく、その筋のマニアを意識してのことなのだろう。その為か、あどけない顔とは正反対に、黒いメイド服の胸元は勢い良く隆起している。

「ハルハさんって、画面で見るよりずっと可愛いですね♪スタイルも良くて、ホント羨ましいです」

 そう言って、ハルハの手を握り、ぶんぶんと振り回す棗。そこへ、紫瑠羽が言葉を掛けてきた。

『お二人とも、良く聞いて下さい。まず、領域を確保しなければなりませんから、棗さんはハルハさんに聞いて、お二人で不要なデータを削除して下さい。鈴鹿さんが入り込める空き領域が出来た時点で、鈴鹿さんにウィルスを退治してもらいます』

 てきぱきと指示を出す紫瑠羽。しかし、ハルハは躊躇いがちに口を開く。

「あ、あの、ここにあるデータはどれも御主人様の大切なものばかりで、私が勝手に削除するわけには………」

『あなた、御主人の命とデータ、どっちが大事なの?』

 煮え切らない態度のハルハを、鈴鹿は叱咤する。

「あ、あの、それはもちろん御主人様の命です……」

 狼狽えて応じるハルハ。

『仕方ありませんよ、鈴鹿さん。ハルハさんに組み込まれた倫理システムは、そうしたことにある程度拒絶を示すようになっています。もちろん、人命優先には違いありませんが』

 紫瑠羽の言葉に、モニターの向こうのハルハは、小さく頷く。

「すみません……」

『別に謝らなくてもいいわよ。それより早くデータの削除をしなくちゃ、御主人様がどんどん衰弱していくわよ』

「あ、はい、そうでした。取り敢えず、優先順位の低いデータを削除にかかります。棗さん、データのある場所に案内しますから、ついてきて下さい」

 ハルハはそう言うと、棗と連れだって別の階層へと移動した。

 

「あ、あの、ハルハさん、ここは一体………」

 棗はハルハの後に続きながら、困惑した声を漏らした。

 そこは特に何の装飾もない通路であった。どこまでも続く通路。その左右の壁はさながら巨大なショーウインドウの様であり、縦横にびっしりと女性が安置されている。

「御主人様が様々なサイトからダウンロードされたアダルト・フィギュアです……」

 そう言ったハルハの顔は寂しげであった。何の感情も見せないようにしているのだが、そこに滲み出す複雑な感情は完全には隠し切れていない。

「アダルト・データって、やっぱり………その」

 口ごもる棗。

 その問い掛けは、ハルハに耳に届いた筈なのだが、ハルハはそれを黙殺した。

「そ、それはそれとして……、ここのデータを削除するの?」

 重たい雰囲気に耐えかねて、棗は口を開いた。

「いえ、それは出来ません。ここのデータは御主人様が一番大切にしているものですから。削除するのは同じ領域にある情景データや未完成の形状データです」

 そう言ってハルハが指差す方向には、いくつかの建物と、無造作に放り出された裸の少女があった。

「これらのデータを削除すれば、かなり空き領域が出来る筈です。コンピューターの根幹システムには関係がありませんので、削除しても問題がありません」

 ハルハのその言葉に、棗は首を傾げた。

「でも、どうやってデータを削除するの?」

 その問い掛けを待ってましたとばかりに、ハルハは小さくと笑うと、手の平を棗に向けた。

「デリート・ハンマー♪」

 ハルハの言葉と共に、手の平にエネルギー格子が構築され、一瞬の光と共にハンマーが出現する。

「………それって、大きなピコピコハンマー?」

 思わず呆気にとられる棗だったが、長さ一メートルほどの赤いピコピコハンマーを手にし、ハルハはにこりと微笑む。

「えへ、見かけはこんなですけど、ちょっとしたウィルスならやっつけられるんですよ♪」

 そう言うとハルハは、手近にあったフィギュアにハンマーを振り下ろす。

―ぴこ―

 ハンマーに触れたフィギュアが光の結晶となって霧散する。

―ぴこ、ぴこ―

 続いて二個、三個、未完成のフィギュアを削除するハルハ。

「わーあ、楽しそう♪」

 歓声を上げる棗。

「棗さんもやってみます?」

「うんうん、やるやる、やらせてぇ♪」

―ぴこ、ぴこ、ぴこ― 

 調子に乗って、二個、三個とフィギュアを削除する棗。

「ねえ、これって、このお家みたいなのも消せるの?」

「はい、効果の及ぶ範囲は限られていますが、少しずつなら消せますよ」

―ぴこ、ぴこ―

「あはは、たのしーい♪」

 棗は更に調子に乗ってハンマーを振り回す。

 と、その時、何か黄色いものが棗の足下をかすめ、棗は派手に転んでしまった。

「きゃっ、何これ?!」

 ハルハはその黄色い物体を確認するや、棗が放り出したハンマーを拾い上げ、物体目掛けて振り下ろした。

―ぴこ―

ちゅう。

「ぴこちゅう?」

 首を傾げる棗。

「ちょっとしたウィルスです。御主人様はセキュリティーにはあまり頓着なさいませんので、しょっちゅう現れるんです」

 そう言いながらも、新たに現れた黄色い物体に、ハルハは容赦なくハンマーを振り下ろす。

 棗はその物体を、今度は一瞬だが視認した。黄色い、ネズミのようなウィルスである。

「……………ぴこちゅう」

 思わず呟く棗。

「なんですか、それ?」

 ハルハはそう言って首を傾げると、再びデータを削除し始めた。

 と、その時である。

 無限平面の向こうから、突如として遠雷が轟いた。

「なに?気象データがプログラムされてるの?」

「いいえ、私は知りません………」

 棗はハルハに質したが、ハルハは困惑した表情を見せて、首を振る。

 しかし、遠雷は段々と近づいてくるようで、近づくに連れ、それが号砲の様なものであることが分かった。

 そして、ついにその号砲を発している物体が姿を現した。

『ドカーーーンッ!!ワハハハハハ♪この世界に女はおらぬと思っていたが、上玉が二匹も揃っているではないか!!』

 それは、背中に大砲を背負った、ブリキの大男であった。何とも情けないことに、作り物の陰茎が丸出しで、その上、鼻までもが陰茎を模してある。

 棗の視界を通してそれを見た鈴鹿は呆れた様子で呟く。

「な、何?このみっともない男は。サイバー・ゴーストなの?」

 鈴鹿の問い掛けに、紫瑠羽は素早く敵の照会を済ました。

「いえ、これはDr・シルバーのばらまいたウィルスで、名前をブリキ天狗と言います」

「………ブリキ天狗、ねえ」

 画面を見ながら、鈴鹿が呆れた声を出す。

 鈴鹿はうっかり棗達が危機的状況にあることを忘れていたが、電脳空間内の棗達はそうはいかなかった。

 いくら呑気者の棗でも、鼻に模造ペニスを付けたウィルスが無害であるとは思わない。

「は、ハルハちゃん、逃げなくちゃ……」

 そう言って、慌てて駆け出そうとする棗。

『どかーーーーーんっ!!!』

 その瞬間、ブリキ天狗が怒声をあげると、背中の大砲が轟音と共に火を噴いた。

「きゃっ!」

 思わずしゃがみ込む棗、ハルハ。

『この儂から逃げようなどとは思わないことだ。逃げればあそこにある出来損ないの人形のようになるぞ…』

 そう言ったブリキ天狗の鼻から、ダンという破裂音と共に亀頭が飛んだ。

 次の瞬間、ものの見事にフィギュアの顔が吹き飛ぶ。

「あ、あ、あやや………」

 青ざめる棗。腰が抜け、がくがくと膝が震える。

『むう、では、儂の創った空間に戻るとするか。虜にした男の様子も気に掛かるしな』

 そう言うと、ブリキ天狗はむんずと棗、ハルハを担ぎ上げた。

「うわーん、放せぇ〜っ!!莫迦ぁあ〜っ!」

 じたばたと藻掻く棗。スカートがまくれ上がり、猫さんのプリントされたパンツが丸出しになる。

「(虜にした男。御主人様の事かしら?)」

 ブリキ天狗に抱えられながら、ハルハは口の中で呟いた。

『では、参るとするかっ!!』

 ブリキ天狗がそう言うと、背中の大砲が反転し火を噴いた。

 背中の大砲と、足の裏から噴煙を巻き上げながら、ブリキ天狗は上空へと舞い上がる。

「あ、あわわ、と、と、飛んではるぅ!?この人、無茶しはるわぁあっ!!」

 悲鳴を上げる棗。しかし、ブリキ天狗は哄笑と共に電脳空間を飛翔する。

『ウワハハハハハハハハッ!!』

 そして、現実世界でも鈴鹿が狼狽えた声を出していた。

「ど、どうするのよっ、紫瑠羽!ホールを開いてぇっ!ホールをっ!!あのガラクタぶっ飛ばしてやるっ!!」

 勢い余って、紫瑠羽の首を絞める鈴鹿。

「うわ、わ、や、やめて下さい、鈴鹿さん。無理ですよ。棗さん達が作った空き領域はまだホールが開けるほどじゃないんです。無理に開けようとしたら、システムが崩壊しますっ!!」

「うきーーーっ!!あのおぽんち娘ぇっ!どこまで人を心配させれば気が済むのよぉっ!!」

 

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