○電脳Aチーム エンジェダイバー

   

 西暦2015年、人類は電脳空間という茫漠たる空間を手に入れ、その夢のような世界を享受していた。

 しかし、電脳世界が広がれば広がるほど、また、その影の部分も拡大していった。

 他人の空間に不正なアクセスをするハッカーや、その空間に害を及ぼすウィルス。電脳空間の享楽に溺れるネット依存症候群。

 そんな中、サイバー・ゴーストと呼ばれる者達がいた。彼らサイバー・ゴーストは電脳世界に魂を奪われ、肉体から精神を遊離させて電脳世界に暮らす者達である。

 精神を情報化し、電脳空間を渡り歩くサイバー・ゴースト達。そのサイバー・ゴーストの多くは他人の所有する仮想空間に入り込み、悪質なウィルスをばらまき、そこにアクセスした人間に害を及ぼす危険な存在であった。

 ところが、そんな悪質な犯罪者でありながら、サイバー・ゴーストは半ば野放し状態であった。

 その理由は、彼らの多くが肉体を持たず、処罰することが困難である為である。また、サイバー・ゴーストに入り込まれた空間所有者達の多くは、個人情報の漏洩を恐れて電脳警察に届けを出さない事が多い上、電脳警察は犯罪者を取り締まる事を優先させ、データの保護に注意を払わないので、その傾向を助長させている。そして悪質な場合は、空間所有者が電脳世界に幽閉されていたり、その精神を破壊されている場合もあるのだ。

 そんな中、サイバー・ゴーストの引き起こす事件に巻き込まれた空間所有者達は、電脳警察には頼らず、民間のハンターにゴーストの駆除を依頼するのであった。

 そのハンターの中に、サイバー・ゴーストは言うに及ばす、同業のハンターや依頼人達にまで恐れられている凄腕のチームがいた。

 全員少女で構成されているそのチーム。

 その名をエンジェダイバー。

 ゴーストをロストさせる事では超一流。データをロストさせることでも超一流。依頼者の精神をロストさせることでも超・超一流のハンター・チームである。

 

,.・★ 

 

第一話「戦う乙女は100テラヘルツ!」

 

 じりじりと、銀色の太陽光がアスファルトを焦がしていく。

 陽炎が立ち上り、視界が歪む。

 そんな中、暑苦しい男達が、さながら亡者のように徘徊していた。

 ただ、亡者というには些か栄養状態が良く、多くの者はむちむちと肉付きの良い腕をTシャツから露出させ、すえた汗を発散させながら歩いていた。

 汗と整髪料が混じり合い、脂肪を燃焼させる熱気が更に周囲の体感温度を跳ね上げる。

 此処はアキバ。色々な意味で熱い男達の、熱気溢れる街である。

 そんな、アニメのキャラクターTシャツを着た暑苦しい亡者の間を、可憐な少女がすいすいとすり抜けていく。

 勿論、野郎共のアンテナは過激に敏感で、あどけなさの残るロリな顔や、成長過剰気味な揺れる胸元、黒いプリーツスカートから覗く柔らかそうな太股等等等、一瞬で視姦する。

 が、当の女の子はそんな事には気にも留めず、呑気に鼻歌なんかを唄いながら、軽やかな足取りで歩いていた。

 少女の名前は森村棗、都内の中学に通う十三才の女の子である。

−どてっ!!−

 次の瞬間、棗は何の障害も無い、ひたすらフラットな地面で前のめりにつまずいてしまった。スカートが派手にまくれ上がり、猫のプリントされたショーツが露わになる。

 刹那、野郎共の血走った目がその小さなお尻に集中し、そこにいた誰もがその見事な光景を網膜に焼き付けた。

 些か子供っぽい下着ではあるが、それがその筋の兄ちゃん達の心を鷲掴みにする。

「あややや、わっ、うわ〜〜っ!!」

 本人には極めて切実な事態ではあるが、とてもそうは思えないピントのずれた狼狽えようで、棗は慌ててお尻を手で隠した。

 雑踏の中、誰かの舌打ちする声が聞こえる。

「わ、わ、わわわ………」

 やがて、顔を真っ赤にしながらも、棗は何とか身を繕い、立ち上がると慌てて駆け出した。

−どてっ!!!−

 再びつまずく棗。何も無い、ひたすらフラットな地面で転ぶのだから、慌てていれば尚更である。

 そのあまりの見事なこけっぷりに、何処からか、ささやかな拍手が起こる。

「うにゅ〜〜っ!!」

 恥ずかしさのあまり、地面を睨み付けるが、歩行の障害になるような異物は何も無く、とにもかくにも棗は再び立ち上がった。

−きっ!−

 何か決然とした表情で、虚空を睨み付ける棗。多分、もう二度と何も無い処では転ぶまいと、固く心に誓ったのだろう。

 眉間に皺を寄せ、慎重に一歩を踏み出す棗。

 しかし、不自然な歩きようではしなくてもいいような失敗をするものである。

−どてっ!!!−

 ………言わんこっちゃない。

 

 さて、数刻後。棗は雑居ビルのひとつにその姿を消した。ビルの一階はネットカフェになっているのだが、そこへは向かわず、その脇にある二階へ通じる階段を上がっていった。

 ビルの看板にはパソコンショップ、ニフルヘイムと書かれている。

 中ではスキンヘッドのいかめしい店長が、眼鏡を掛けた男と談笑していた。

「拡張ジェルパックの新しいのもらえる?」

 眼鏡の男がショーウィンドウの中にある周辺機器の一つを指すと、スキンヘッドの店長は訝しげな顔をした。

「なに?この間、新しいのを買ったばかりじゃない。そんな簡単に劣化する物でもないだろう?」

 店長の言葉に、眼鏡の男は苦笑いをした。

「マナちゃんの形状データがダウンロードできるようになったんだ。あのプロダクションも、ようやくアイドルの形状データを配布することにしたんだよ。その為にも、新しいジェルパックが必要なんだ………」

「………って、ちょっと待った」ニフルヘイムの店長が、不意に客の言葉を遮った。「普通に形状データをダウンロードするだけなら、新しいジェルパックなんて必要ないだろう?プロダクションが配布するのはただの立体形状データなんだから」

「だからぁ………」

 眼鏡の男がにやにやして応える。

「待て、待て待て……。この話、これ以上は訊かない方が良さそうだ」

 眼鏡の男を店長は制するが、客は笑みを崩さずに話を続けた。

「そんな悪い事でもないでしょ?みんなやってるよ?大体、プロダクションの方もそう言う用途に使用する事は、暗黙の内に了解してるんだから。アイコラとか言って、二次配布でもしない限り、何も言わないんだから。それに、形状データを配布するのは今やアイドルを売り出すのに当たり前じゃない。今まで形状データを配布していなかったKOBAプロが、第一線のマナを形状データとして配布するのも、時代の流れってものじゃない」

 悪びれもせずに話を続ける客に、店長は渋面を見せ、大きく溜め息をついた。

「アダルトデータなら腐るほど配布されているんだから、わざわざジェルパックを新しく買ってデータを作り替える事もないだろうに……。興味がないとは言わんが、そうまでする価値があるものかねぇ………」

 店長の複雑な面持ちに、眼鏡の男はこれこそ啓蒙するチャンスとばかりに、うんちくを傾けようとする。しかし、そこに勢い良く扉が開き、可愛らしい女の子が飛び込んできた。

 先程、道の真ん中で盛大に猫さんパンツを披露した、ちょっぴり巨乳な十三歳、森村棗その人である。

「こんにちは、店長さん。もう、みんな来てる??」

 突然の愛らしい珍客に、眼鏡の男は唖然として動きを止める。

「ああ、上のビジタールームにみんな集まってるよ。早く行きな。鈴鹿ちゃんが癇癪起こさない内にな………」

 そう言うと、スキンヘッドの厳つい男は、似合わぬウインクをして見せた。

 中年男のおどけた様子に、棗は一瞬、顔をほころばせるが、鈴鹿の癇癪と聞き、慌てて奥のドアに飛び込んだ。

「うわ〜〜〜っ!たいへんっ!!」

 ドアの向こうでばたばた走る音が聞こえたが、次の瞬間、大きな物音と共に途絶えた。

 店長が深々と溜め息をつく。

「ありゃあ、また、こけたな………」

 

 重々しい扉の前で棗は暫く逡巡していたが、やがて意を決すると大きく息を吸い込み、ドアノブに手を掛けた。

 少し扉が開いただけであったが、中から荘厳なクラシックの調べが溢れ出す。

 気圧され、僅かに後ずさる棗。

「棗さん、早くお入りになってくださいな。お茶が冷めてしまいますわ。今日はルシアン・ティーを用意いたしましたのよ。ウォッカは癖がありますから、ブランデーですけれど、かまいませんわよね?」

 上品な物腰の美少女が、微笑みを湛えながら棗に声を掛けてきた。

「舞奈さん。あ、あの、私、お酒はちょっと………」

「あら、残念。でも、お茶に少し入れる位なら、大丈夫だと思うのですけれど?」

 舞奈と呼ばれた少女は僅かに残念そうな表情を見せるが、棗の困惑した表情に、直ぐに気を取り直した。

「お酒が駄目でも、ジャムだけでもお入れになるでしょ?」

「あ、はい。私、甘いの好きですから。チョコレートとかも大好きで……」

「まあ、それは良かったですわ。お茶菓子には平澤風雪堂のガトーショコラを用意いたしましたの」

 そう言って、棗に座るよう勧める舞奈。

 棗は席に着くが、隣に座る少女と視線が合い、僅かに顔を引きつらせる。

 艶やかな、長い黒髪をした純和風の美少女である。

 しかし、その外見とは対照的に、憮然とし、棗が会釈をしても視線をじろりと動かしただけであった。

「私は………」

 突然、その少女が口を開き、棗の身体がぴくりと反応する。

「私はホモじじいの作品より、別の曲が良かった」

 その言葉に、舞奈がにこやかに応じる。

「あら、鈴鹿。マーラーはホモではありませんわよ。何か誤解があるようですわね。でも、まあ、次はシベリウスにでもしようかしら?棗さんはどんな曲がお好みかしら?」

「あ、あの、私は………」

 突然話を振られ、口ごもる棗。

「ホモじじいの次は近親相姦男なの?まあ、何だって良いけど。それより、今日の依頼はどんななの?」

「あら、鈴鹿ったら、シベリウスは………。まあ、別にかまいませんわ。今日の依頼主はこの方ですわ」

 舞奈がそう言うと、正面にあるモニターに中年男の顔が映し出される。

「名前は其山きよし。光菱商事の次長さんよ。三日ほど前から会社のパソコンが不調で、電脳空間にアクセスできなくなっているそうなの。サイバー・ゴーストか新手のウィルスが侵入したかも知れないのですって」

「うっわー、見事なすだれ饅頭………」

 モニターに映された顔を見て、鈴鹿が呟く。

「鈴鹿さん、あまりそう言うことは言わない方が………」

 棗の言葉に、鈴鹿は鼻であしらう。

「かまわないでしょ?どうせ、ただの映像なんだから。それにしても、あの頭どうにかならないのかしら?無理して少ない毛を横に垂らさなくても、この際だから全部剃っちゃった方がすっきりするのに………」

 鈴鹿の言葉に、舞奈はにこりと頷くと、モニターを振り返った。

「頭をどうするかは、直後本人に訊いた方がよろしいのでは?」

 舞奈の言葉に、モニターの男は姿を消し、その下から姿を現した。

 モニターと思われたのは、ただの枠だったのだ。

「うわっ!!舞奈、またあんたタチの悪い冗談をしてっ!!こんな馬鹿なこと、今時コントでもやらないわよっ!!」

「おほほほ、私、モンキー・バイソン(英国のコント集団)とか大好きですのよ。もう少し間をおいた方が面白かったかしら?」

 ころころと笑う舞奈。そこに、青筋を立てたクライアントが低く呻いた。

「すだれ饅頭で悪かったな。人の頭のことのは放って置いてもらおうか。大体、何だ、あんた方は。こんな茶番に付き合わされるいわれはないぞっ!!」

「まあまあ、商談の前に場を和ませることも必要ですわ」

「ちっとも和んどらんわっ!!」

 激昂する其山きよし。

 そこにふと、今まで黙っていた温和しやかな少女が、突然口を開いた。繊細で、内向的な感じのする少女である。名前を紫瑠羽と言う。

「ところで、管理ソフトはどうなったんですか?大事なデータの詰まったパソコンなら、セキュリティーも万全だったわけでしょ?」

「うむ、どうやら先に管理ソフトを同化してしまったらしい。間違ってちょっとしたサイトにアクセスしたのがまずかった。ほんの一瞬で管理ソフトは駆逐されてしまったよ」

 すだれ饅頭は顔を曇らせてそう告げた。

「そのアクセスしたサイトってのはどういう所なの?次の被害を予防する為にも、アドレスを聞いておきたいんだけど」

 今度は鈴鹿が質した。

「あ、いや、その………。あ、間違ってアクセスしたところなのでアドレスは覚えてなくて………。パソコンの中にはデータが残っているんだろうが、それも今はどうにも……」

 其山きよしは、鈴鹿の質問に、どうにも歯切れの悪い返事をした。クライアントのこうした態度は、特に珍しいことではないので、鈴鹿はそれ以上は言及しようとは思わなかった。

「そう、まあ、よくある事ね。それじゃあ、早速、問題の起こったパソコンの処に案内してもらいましょうか?」

「あ、うう、それは構わないが、一つ確認しておきたいことがある」

 額に汗をかきながら、鈴鹿ではなく、舞奈に向き直る其山。

「なんでしょう?」

 にこやかに小首を傾げる舞奈。

「ちゃんと守秘義務は守ってもらえるんだろうな?データの安全の確保も頼むぞ?」

「勿論ですわ。我々は業務倫理を守っておりますし、依頼主のプライバシーを口外することはありません。また、データの安全の確保にも全力を尽くします」

 確信に満ちた舞奈の言葉であったが、其山は懐疑的な表情を崩さない。そこへ、苛立ち混じりに鈴鹿が口を挟んだ。

「あのさ、私達の噂は知っているんだろ?データが大事なら、他のハンターを当たったらどうなの?」

 鈴鹿の突き放すような言葉に、其山は哀れな表情を見せた。

「あんたらの噂は知っている。ゴーストをロストさせることでは超一流、データをロストさせることでも超一流、だったな。しかし、その腕の高さは業界でも一番だ。データをロストさせた時の資料を見せてもらったが、どれも止むを得ない状況だった。並のハンターではこうはいかなかっただろう。私の見た限りでは悪質ではあるが並のゴーストかウィルスだ。そうした時のあんたらの成功率はかなり高い」

 鈴鹿は其山の言葉に小さく頷いた。そして、相手に聞こえないように小声で呟く。

「依頼人の精神をロストさせることでも超一流、ってね」

 

 数刻後、棗達は其山の案内で光菱商事の地下、ビルの全てを管理するコンピューター室に案内された。

「此処から個人全てのパソコンにアクセスできる。ウィルスは此処に入り込んだ様子で、社内のパソコンを徐々に浸食している」

 其山の言葉に、モバイルパソコンを抱えた少女、紫瑠羽がコンソールパネルの一つに手を触れる。

「外からウィルスを駆除できないか、調べてみます」

 紫瑠羽の横から顔を覗かせる其山。

「今は汚染されていない各パソコンを切り離したり、一部モバイルパソコンを持ち込んで仕事を続けているが、限界がある。必要なデータを持ち出せないので、直ぐに行き詰まるだろう………」

 其山の言葉を聞いているのか、いないのか、紫瑠羽は真剣な表情で表示されるデータを見つめている。

「どうも、外からの駆除は難しそうですね。中に入って、直接ウィルスを駆除します」

「どうやって?コンピューターは外からのアクセスを全く受け付けないんだぞ?」

 其山が不安げな表情を見せる。

「大丈夫です。私達ハンターは特殊なツールを持っています。ウィルスの作ったシステムと混同、錯覚を起こさせるんですけど、それを使えば一時的にホールを開けて、中に侵入することが出来るんです。言い換えれば、ウィルスは元々のセキュリティーを突破したわけですから、逆のことも可能なわけです」

「そ、そうなのか?」

 信じられないと言う表情で、聞き返す其山。

 背後から、鈴鹿がうんざりした声を出す。

「論より証拠、今から侵入してみせるわ。棗も用意して」

 そう言うと、鈴鹿はバイザー型のコネクトデバイスを装着した。

 しかし、棗はデバイスを所持しておらず、其山が首を傾げる。

「おい、この子はデバイスを持っていないじゃないか」

 其山の言葉に、棗はにっこりと微笑んだ。

「大丈夫です。私はデバイス無しで電脳空間に入ることが出来るんです。心配しないで、モニターで見ていて下さい」

「その子は特異体質なのよ。言うなれば変態ね」

 鈴鹿が毒づく。

「ひっど〜〜いっ!鈴鹿さん、あんまりですぅ」

 頬を膨らませて抗議する棗。しかし、鈴鹿は意に介さない。

「そんな事より、とっとと行くわよ」

「は〜い、コレクター・棗、エンタ〜〜ッ☆」

「その掛け声はやめなさいって言ってるでしょっ!!」

 

 そんなこんなで、棗と鈴鹿は電脳空間に入り込んだ。

 紫瑠羽のパソコンモニターに無限平面に立つ棗と鈴鹿が映し出される。

「こ、こんな、信じられない………」

 其山が唖然として呟いた。

 一方、電脳空間内で辺りを見回す鈴鹿。

「それにしても、ものの見事に何も無い空間ね」

 大袈裟に肩をすくめる鈴鹿。手には情報場を書き換えるソード・デバイス“髭切り”が握られている。

「はあ、現実の世界じゃ、こんな見事な地平線を見ることは出来ませんね」

 呑気な声を出す棗。

 そこへ、パソコンを介して紫瑠羽が声を掛ける。

『ウィルスの為に電脳空間が初期化されているんですよ』

「まあ、いつもの事だけどね。それより、ウィルスなりゴーストの所在は?」

『それが、ポイントがまだつかめないんです。鈴鹿さんが近づいてくれれば、デバイスを通して敵の所在が分かるんですが………』

「ふうむ、要するに、まだ敵の近くじゃないって事ね」

『はい』

 鈴鹿は紫瑠羽の言葉を待たずに、ぶらぶらと歩き始めた。ゴーストかウィルスの近くまで来れば、無限平面も変化し、その作り手の好みに書き換えられている。勿論、そこまで行く前に紫瑠羽の警告がある筈だが。

「棗、大体あんた、な〜〜〜んにも無い真っ平らな処でも転んだりするんだから、足手まといにならないでよ。こんな何も無い無限平面じゃ、道に迷うこともないだろうけど、あんたは特別だから油断がならないわ。私の側から絶対離れないでね」

「…………………」

「ちょっと、人の話聞いてる?………って、棗?ちょ、ちょっと、棗ぇ??」

 棗の姿が見えず、慌てて周囲を見回す鈴鹿。

『えっ??棗さんいないんですか?』

 デバイスを通して、紫瑠羽の困惑した声が響く。

「ちょっと、紫瑠羽、あなたモニターしてたんでしょ?」

『そ、それが、コネクト・デバイスを付けている鈴鹿さんはともかく、棗さんは特殊能力で電脳世界にいるわけですから、鈴鹿さんの側にいないとモニターできないんですよ。棗さん小さいから、モニター見ていても視界から外れたりして………』

 紫瑠羽の言葉に、鈴鹿の髪の毛が逆立つ。

「あんのぉ、おぽんち娘ぇえっ!!紫瑠羽、何とか見つけられないの?」

『で、ですから、棗さんは特殊能力でそこにいるわけで、コンピューターが認識できないんです。言うなれば質量ゼロのバグみたいなもので………』

「要するにっ!!」紫瑠羽の言葉を、鈴鹿が乱暴に遮る。「あのお間抜けより先にウィルスを見つけて、ぱぱっとやっつけて、電脳空間を正常に戻してから探せばいいのねっ!」

『はあ、まあ、そうなりますね………』

「そうとしかならないわよっ!!」

 頭から湯気を上げながら、ずかずかと無限平面を歩き回る鈴鹿。

 モニターを通してその様子を見ていた其山が、不安な声を漏らす。

「だ、大丈夫なんだろうな?」

 その言葉に、紫瑠羽は複雑な笑みを漏らして応じる。

「はあ、まあ、鈴鹿さんはかなり強力なハンターですから、並のゴーストなんかは簡単に片づけちゃいます………」

「む、むうう、ホントに大丈夫なんだろうな」

「はあ、多分……いえ、きっと大丈夫ですっ!!」

 

 まるで沸騰したやかんのように、頭から湯気を吹き上げている鈴鹿。鬼でも後込みしそうな物凄い形相で、漠々と広い無限平面を歩き回る。

 やがて、紫瑠羽がウィルスの反応を見つけた。

『鈴鹿さん、ウィルスを発見しました。そのままX−20,Y150座標に向かって下さい』

 紫瑠羽の言葉に、その方角を見てみると、成る程、無限平面が変化して、何かが存在している様子であった。

「あの莫迦たれ娘が、先に遭遇していないことを祈るわっ!!」

 そう言うと鈴鹿はソードを振りかざし、ウィルス目掛けて走り出した。

 

「お〜〜い、鈴鹿さ〜ん??」

 一方、鈴鹿言うところの莫迦たれ娘は、見知らぬ空間を彷徨っていた。

 どうやら最初にいた空間とは別の階層に迷い込んだようだった。初期化された表層の無限平面と違い、ゴージャスなリゾート空間のようで、どうして企業のコンピューター内に、このようなアミューズメント施設があるのかまるで分からなかった。

 輝く太陽。深く澄んだ空。プール付きの豪邸。戯れる美女。

「あら?新人さん?まだお子さまじゃない。あのおっさんにこんな趣味があったのかしら?」

 ふと、背後から声が掛かり、棗は思わず振り返った。

 むにゅ。

「………むにゅ?」

 突然視界が奪われ、顔が柔らかなものに包まれる。何かが顔を覆っているものと、手を伸ばしてそれを確認する。

「や、やはぁ………はぅん、この娘、見かけによらず大胆」

 ぎょっとして、思わず飛び退く棗。

 彼女の視界を奪ったのは、剥き出しの巨大な乳房であった。

 乳房の持ち主は、物凄いナイスバディの金髪美女で、棗に受けた刺激のせいで頬を紅潮させ、潤んだ瞳で棗を見つめている。

「へ?」

 思わず、間の抜けた声を漏らす棗。

「良いわ、子猫ちゃん。こっちにいらっしゃい。たっぷり可愛がって、あ、げ、る」

「え?え?え〜〜〜〜???」

 

「な、なにこれ………?」

 ウィルスを発見した鈴鹿は、勢いよく突進したが、そのウィルスの姿に目を丸くした。

 電脳空間を浸食しているウィルスは、大きな瓢箪だったのだ。

「こ、こんなウィルスをデザインするなんて、センスを疑うわ。なんてお間抜けな………」

 頭を抱える鈴鹿。ふと見ると、瓢箪にはちゃんと目と口が付いていて、ひたすら脳天気な表情で、頭から小さな瓢箪を吐き出していた。

 頭から吐き出されたミニ瓢箪は、大きく伸びをすると、別座標にジャンプする。他の電脳空間に転移しているのだ。

「わ、わわわっ!!ちょっと、紫瑠羽、この電脳空間をオフラインにしてっ!!」

『大丈夫です、鈴鹿さん。このコンピューターは既に孤立させてあります。目の前のウィルスを倒せば、この空間は正常に戻すことが出来ます。ただ………』

『………ただ、何だっ!!』

 突然、其山が大声を出す。

 耳鳴りがして、思わず眉をしかめる鈴鹿。

『ただ、浸食が激しくて、不良セクタや情報癌が広がっています。早くウィルスを駆除しないと、後に残るのは使いものにならない劣化したジェルパックの山………』

『な、な、なんだとおおおっ!!おい、今の言葉を聞いただろっ!?早くその間抜けな瓢箪を何とかしろっ!!分かってるのか?』

 がなり立てる其山に、鈴鹿はうんざりして応じる。

「わかってるよ、こっちだって、この空間が情報癌で埋め尽くされたら、現実世界に戻れなくなるんだ。それに………(あの莫迦たれ娘まで戻れなくなっちゃう)」

 そう呟くと、鈴鹿は瓢箪に向かって剣を振りかざした。

 その瞬間、何と瓢箪の目がぎょろりと動き、口を開いた。

「お、お前、な、何者なんだなぁ?あ、怪しい奴なんだなぁ……」

 瓢箪のぼーっとした喋りように、鈴鹿は全身の力が抜けるようであった。

「な、こいつ、完全自律型のウィルスなの?」

 デザインやその言動はあまりにも間抜けだが、かと言って性能は高い。一瞬で一流企業のセキュリティーを同化し、コンピューターを乗っ取った実力は侮りがたいものがある。

 鈴鹿は油断無く相手を見据えた。

「と、とっても、とっても怪しい奴なんだなぁ………」

「………って、あんたみたいに怪しいウィルスに言われたかないわよっ!!」

 そう言うと、激昂してウィルスの懐に飛び込む鈴鹿。

「あ、怪しい奴は、や、や、やっつけるんだなぁ………」

「やれるものなら、やってみなさいよっ!!」

 売り言葉に買い言葉、鈴鹿は我を失って相手に突進するが、足下を瓢箪の蔦に絡め取られ、転んでしまう。

「うわっ!しまったっ!?」

 宙吊りにされ、手からソード・デバイスが落ちてしまう。

「わっ、何するのよ、この変態瓢箪っ!!見るなっ!すけべ!」

 逆さ吊りにされた鈴鹿のスカートはまくれ上がり、白い小さな下着が露わになる。片手でスカートを押さえ、ぽかぽかと蔦を叩くが、そんな攻撃が通じる筈もない。

「あ、怪しい奴はやっつけるんだなぁ………」

 そう言うと、瓢箪は口から緑色の粘液を吐きかけた。

「うわっ!なにこのねばねばぁっ!?」

 

 その頃、我等が棗嬢は、金髪美女軍団の口づけを一身に受けていた。

「うわーん、やめてくださ〜〜い」

 半べそをかきながら、何とか逃れようとする棗。しかし、四方八方から柔らかな巨乳に迫られ、身動きがとれない。

 美女軍団はそんな棗の様子を楽しむかのように、唇を押し付け、次第に着衣を剥がしにかかる。

「な、ちょっと、何してんですかぁ??わ、わ、わ、ちょっと、そんな処に手を入れちゃあ、駄目ですぅううっ!!」

 顔を赤くして、悲鳴を上げる棗。

 電脳空間に、棗の切迫した悲鳴が響き渡る。

「うわ〜〜〜んっ!ここわアダルトサイトだぁあああっ!!」

 

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