「……ふう、やっと終わった。これで、冬休みの宿題は完了っと」
深夜、机にずっと向かって取り組んでいた宿題ががようやく終わり、大きな息が漏れた。
(今日はなかなか大変だったなあ。宿題が3教科。得意な教科ばっかりと言っても、一日で終わらせるのはきつかったよ。でも、これで始業式まで心おきなく過ごせる。
……さて、落ち着いたら何をしようかな。本を読んでもいいし、テレビを見てもいいし、ゲームなんかしてみるのも……)
こきこきと疲れた肩や首をほぐしながらそんなことを考えていると、ふわぁと大きなあくびが出た。
「……とりあえず、今日はもう寝よう。まだ冬休みは長いんだ。長い二学期と、この宿題の疲れをいやすには、寝るのが一番だ」
そうと決まればパソコンの電源を落とそうと指を伸ばしかけ、ふと気づく。
「……っと思ったら、メールが来てるじゃないか。宿題に必死で気づかなかったよ。これだけ読んでおくか」
(ええと……あ、可憐からか。あれ? 他にも来てるな。花穂に衛に咲耶に……雛子と鞠絵からもだ。白雪からも、鈴凛と千影からも来てる。おいおい、春歌と四葉と亞里亞からもだって?
なんだなんだ、妹みんなから来てるじゃないか。いったいどうなってるんだ? 新しい遊びでも思いついたのか? ま、まあいいや。とりあえず読んでみればわかるだろう)
そう思ったが、一度寝ることに決めてしまった頭はなかなか働かず、疲れもどっと浮いてきて、まぶたが重くなってきている。
(さすがに今は全員分を見れないなあ……ここは咲耶のメールを代表で見るかな。多分これも咲耶が考えたことだろうから……)
カチッと咲耶のメールにカーソルを合わせ、クリックする。
ハァイ、お兄様ゥ
今日はとっても寒いけど元気してる?
私はお兄様のことを思うと、なんだが身体の奥から熱くなってきて……ウフフッゥ
……ええと、なんだったかしら。そうそう、パーティーよ。
あのね、お兄様、実はイヴの夜にみんなでクリスマスパーティーを開こうって思ってるのゥ
場所はいつも通り亞里亞ちゃんのお家。もちろん来てくれるわよね、お兄様?
お兄様がびっくりするプレゼントをみんなで考えてるから、楽しみにしててゥ
みんなでメールをしたのだって、サプライズのひとつなんだからゥ
もうパーティーは始まってるのよ……ウフフッゥ
なんだか私、すごくドキドキしてきちゃったなゥ 今夜は私、ドキドキがひどくって眠れなくなっちゃいそうゥ
ああ、早くイヴにならないかしら……ゥ
とにかく、みんな待ってるから、必ず来てね、お兄様ゥ
……というわけで、おやすみなさいゥ
ちゃんとお布団かけて寝てねゥ せっかくのパーティーも、お兄様が風邪をひいてしまったら台無しだもの。
ゥラヴをこめて……咲耶よりゥ
……………………
(……なるほど、クリスマスパーティーかあ。イヴの夜は何も予定はないし、喜んで参加させてもらおうっと。
……でも、僕がびっくりするようなプレゼントって何だろうなあ……みんなでやるんだから、準備の手伝いもしてあげたいけど、僕が行って、せっかく僕を驚かそうとしてるのを台無しにしちゃうことになっちゃったらマズイしなあ……)
「まあ、考えていても仕方ないか。明日街に出れば、誰かに会うかもしれないしな。今日はもう寝よう。もう眠くて眠くて……」
今度こそパソコンの電源を落とすと、兄はベッドにもう一枚毛布を多くかけた。
(咲耶が言ったとおり、風邪とかひいて行けなくなったら妹たちに悪いからなあ……)
ベッドの中に潜り込むと、部屋の電気を消した。
(それじゃ、おやすみなさい……)
もぞもぞと、ベッドの膨らみが動き始めた。
兄が、ようやく目を覚ましたのだ。
「う〜ん。今何時……って、ええっ!」
枕元の時計を見た兄が、慌ててベッドから跳ね起きた。残っていた眠気も、驚きでどこかに吹き飛んでしまっていた。
午後3時。
時計は時刻をそう示していた。
「ウソだろう……たしかに昨日寝たのは随分遅かったし、いくら疲れていたからって、こんな時間まで寝てたなんて……
これじゃあ、街に出ても1ヶ所しか回る時間はないじゃないか」
明日のパーティーのことで誰か妹に会えたらいいなと考えていた兄は、派手に寝坊してしまっていた。
とりあえず、外に出かける用意を整えて、街へと歩いて行った。
いろいろな場所を回っている時間はもうないので、行き先は絞らなければならない。少し考えたあと、足は商店街の方に向いていた。
(……今日はなかなか活気があるなぁ。やっぱり、年末でセールをやってるからかな。そうだ。僕も年始の準備とかしようか……)
兄はそんなことを考えながら、商店街を見歩いていた。
「あれ、あそこにいるのは……」
商店街の半分ほども回った頃、輸入食材店の前で妹たちの姿を見つけた。
「ほら、四葉ちゃん、そろそろ次の店に行くんですの!」
「うう〜、もう疲れたデス、白雪ちゃん……そろそろ一休みしたいデス……」
「ダメですの。遅くなって必要な食材が売り切れちゃったら、四葉ちゃんだって困っちゃうんですの」
「チェキ……そ、それは……」
腕一杯に色々な食料品店の袋を抱えた白雪と四葉の姿がそこにはあった。
「楽しそうだね、2人とも」
声をかけると、2人の妹は揃ってぱっと振り向いた。
「あっ、にいさま! いやーん、こんなところで会うなんて、姫……すごくウレシイですの!」
「兄チャマ、チェキ!」
「……それにしても、ずいぶんたくさん買ってるね」
二人の腕の中の買い物袋を見て、兄が呟く。
「はいですの。せっかくのクリスマスパーティーだから、特別、豪華にしなくっちゃ。それに、にいさまのためだけの特別メニューも……」
「白雪ちゃん、それ、言ったらダメデス!」
言いかける白雪の横から、慌てて四葉が言葉を遮る。すると、白雪もはっという顔になった。
「と、とにかくにいさま。パーティーのお料理はいつも以上に楽しみにしててくださいね。にいさまのために、姫が心をこめて今年一番のお料理を作ります……」
失敗したという感じで、どこかぎこちなさを残した笑顔は、何かを隠そうとしているのがありありだったが、兄はあえて追及はせず、気づかないふりをすることにした。
「そうか。じゃあ楽しみにしてるよ。四葉も手伝うのかい?」
「えっ。そ、そうデス! 明日はあたしもお料理デス! 兄チャマ、じっくり味わって欲しいデス」
なぜか顔を真っ赤にしながら、四葉がうなずく。
「さ、さあ、四葉ちゃん、もう次の店に行かないと食材がなくなっちゃうかもですの。
にいさま、明日はホントに楽しみにしててくださいですの!」
突然、白雪はそう言うと、まだ顔が赤いままの四葉を引っ張るように行ってしまった。
(なんだったんだろうな、あの態度は。多分明日のことで何かあるんだろうけど)
四葉や白雪の態度がやっぱり気になったが、あとを追っかけるのも何だし、隠そうとしているものをあえて聞くのも悪いと思ったので、明日のお楽しみと兄はあきらめることにした。
その後、他の妹たちには会わなかったが、残りの商店街を回って、2,3のものを買ったり目を付けたりしているうちに暗くなってきたので兄は帰途についた。
(ああ、今日も1日が終わったか……いよいよパーティーも明日だな。みんないろいろ準備してるみたいだし……楽しみだなぁ)
夜、ベッドに横になって兄は翌日のことを考えていた。
(たしか、パーティーは午後だっけ。だったら、午前中にさっき見たやつを買いにいかないといけないな。
まだちょっと早いけど、今日はもう寝ようっと。今日みたいなことになったらマズイからなぁ……
おやすみなさーい……)
「……ん? ……ああー、よく寝たなあ。今日は昨日みたいなことにはなってないな」
目が覚めた兄は、半身を起こして時計を見ると、まだ朝の8時過ぎであることを確認して安心した。
この時間なら、ゆっくり準備をする時間もあるし、商店街に昨日目をつけておいたもの買いに行くこともできる。
窓のカーテンを開けると、日の光が一杯に入ってきた。雲一つないいい天気だ。
(今日はいよいよパーティーか、楽しみだな。身内のパーティーだからそんなに気張らなくてもいいけど、やっぱりそれなりには身だしなみをちゃんとしていかないと。妹たちにみっともないところは見せられないからな……)
午後。時間ぴったりに、兄は亞里亞の大きな屋敷の前にいた。
ピンポーン
「えーっと、お邪魔しまーす!」
呼び鈴を鳴らしてから、兄は屋敷の中へ入っていった。玄関を通り、前にもパーティーをした会場の大きな部屋に向かう。
木製の大きなドアを開けた瞬間、
「「「「メリー・クリスマース!」」」」
中から一斉に妹たちのお祝いの言葉がかけられた。
「……わあ、ビックリした……みんな、招待してくれてどうもありがとう。メリー・クリスマス!」
入り口近くにいたのは、衛・咲耶・雛子・四葉の4人だった。
「ようこそ、お兄様。みんなお兄様が来るのをドキドキしながら待ってたのよ」
妹たちを代表するように咲耶が口を開く。
「ごめんごめん。なんだか待たせちゃったみたいだね」
「ねえねえ、おにいたま。これこれ!」
綺麗に包装された箱を持って、雛子も飛び出してくる。
「えっ、なんだい雛子?」
「花穂ちゃんと鈴凛ちゃんと春歌ちゃんとで選んで買ってきた、あにぃへのプレゼントだよ」
衛がさらにその横から説明して、雛子がはいっと兄に手渡した。
「……僕に? わあ、どうもありがとう。……いったい何だろう。開けてもいいかな?」
「うん。もちろんいいよ」
せっかく綺麗にしてくれた包装を破ってしまわないよう丁寧に包みを解くと、中には時計が入っていた。
「……あ、これ……! 僕が欲しかった時計じゃないか。どうしてわかったんだい!?」
「フフフ。名探偵の四葉をあなどったらダメなのデス!ちゃあんとチェキしてあったんだから!」
「本当にありがとう。大事にさせてもらうよ。これが“ぴっくりするプレゼント”だったんだね」
「うふふっ、さあ、それはどうかしら? お兄様」
咲耶は意味ありげに笑ったが、兄はその意味を深くは考えなかった。
「……そうそう、こんないい物もらっちゃったらお返しっていうには足りないけど……クリスマスケーキを買ってきたんだ。全員で食べるんだから、もっと大きなのをと思ったんだけど、なかなかなくて……」
そう言って、兄はケーキの箱を衛に渡した。
「ボクたちのために買ってきてくれたの? ありがとう、あにぃ! ボク、すっごくうれしいよ!」
「わーい! ケーキだ! おにいたまのケーキ!」
「ありがとう、お兄様……わざわざ私たちに買ってきてくれて……」
妹たちはそれぞれにすごく喜んでいた。そんなにたいしたことじゃないのに、と兄の方が申し訳なくなるほどだった。
「はーい! お料理ができましたの!」
そこへ、白雪を先頭にして春歌・可憐・鈴凛といった面々が、パーティー料理をたくさん運んできて、いよいよクリスマスパーティーの開始となった。