4月4日、早朝。
兄は普段よりも1時間以上早く起きて、すでに出かける準備を整えていた。
顔を洗い、髪を整え、軽く朝食を摂って……
「……さて、と。これでいいかな? ケーキは途中で買えばいいし、プレゼントもちゃんと持ったし……」
兄は昨日のうちから準備していた荷物を、念のためもう一度確認した。
「せめて誕生日くらいは一緒に楽しく過ごさないとね」
リュックをしっかり背負って、兄は家を出た。
向かう先は、鞠絵のいる療養所。
今日の誕生日には、本当は外出許可を取ってパーティをするはずだったのだが、数日前に鞠絵が少し体調を崩してしまったために外出許可が下りなかったのだ。
予定していたパーティよりはいくらかランクが落ちてしまうが、かわいい妹の年に1度の誕生日に、寂しい思いをさせるわけにはいかない。プレゼントはもちろん、その他雰囲気を出すための小物なんかもいろいろ詰め込んで、兄は療養所を訪ねることにしたのだ。
「やあ、鞠絵。調子はどう?」
何の前触れもなく、兄は両手を後ろに隠したまま、ひょいと鞠絵の病室に姿を見せた。
鞠絵はベッドの上で上半身を起こして窓の外を見ていたが、聞こえるはずのない声を聞いて慌ててドアの方を振り返った。
「あ、兄上様? 来てくださったんですか?」
兄の突然の来訪に、鞠絵は驚いた。その驚く顔を見て、兄はまず満足していた。鞠絵をびっくりさせてやろうと思って、今日診療所に来ることはメールでも伝えていなかったのだ。さらに、この診療所までの道も、少し遠回りをして鞠絵の部屋の窓から見えないような方向からわざわざやって来たのだ。
「外出許可が取れなかったことを送ったあと、兄上様は“残念だね”とだけでそれからメールがないものですから、もう兄上様はわたくしのことなど……」
喜びのあまり、鞠絵の眼鏡の奥から光るものが溢れ出した。
「そ、そんなはずないじゃないか。鞠絵は僕の大事な妹なんだから」
まさか泣き出すとまでは思っていなかった兄は、少々うろたえながら言った。そして、背中に隠していたものを鞠絵の前に差し出す。
「ほら、鞠絵。誕生日おめでとう」
それは、途中の駅でケーキと一緒に買ってきたバラの花束だった。もっとも、予算に限りがあったためにそんなに花の数は多くなかったが、花の数など問題ではなかった。
「あ…兄上様……これは?」
「プレゼントだよ。せっかくのプレゼントなんだから華やかにしないとね」
さらに、兄は背負っていたリュックを下ろして中から色々な物も取り出してきた。
「ま、そんなにたいしたものじゃないけどさ。誕生日パーティをしようよ」
鞠絵のベッド、ちょうど膝の上辺りに中身をほとんど開けると、それを部屋の各所に飾り始めた。
「あ、兄上様……わたくしも手伝いますから」
「いいよ。鞠絵は今日の主役なんだから。しばらく休んでて」
「いえ……まだ様子を見るということで外出許可はもらえませんでしたけど、今日は体調もいいですし。それに……兄上様と一緒に準備するのも楽しいですから」
そう言って、鞠絵もベッドの上の物に手を伸ばした。
「……こんなもの、かな」
十分後、兄は鞠絵と一緒に部屋を眺めながら満足したように言った。
部屋のあちこちに色とりどりの紙で作った飾りつけが施され、ベッドの側の棚の上には兄が持ってきた花が花瓶に生けられている。こんなことでも、いつもの鞠絵の部屋より結構華やかになった。これなら誕生日パーティらしい雰囲気も多少は出るだろう。
「よし。それじゃあいよいよメインを出すかな」
兄はそう言って白い箱を取り出してきて、テーブルの上に置いた。
「誕生日おめでとう、鞠絵」
そう言いながら兄はその箱の蓋を開ける。
「わあ……」
鞠絵の口からまた喜びの声が溢れる。
そこにあったのは、クリームいっぱいのかわいいケーキだった。これも花束同様、人数と予算の都合からあまり大きなものではなかったが、その上には鞠絵の歳の数のローソクが立てられ、真ん中のチョコレートの板の上に“HAPPY BIRTHDAY MARIE”の字がクリームで記されていた。
兄はポケットから持ってきたライターを取り出すと、そのローソクに次々火を灯していく。
「さ、鞠絵」
全部のローソクに火が点いたところで鞠絵を促した。
「は、はい。兄上様……」
鞠絵はケーキの前まで来ると、大きく息を吸い込んだ。
フ――――
勢いよく吸い込んだ息を吐き出していくと、ローソクの炎はゆらゆら流されては、ふっと消えていった。
ぱちぱちぱち……
全部のローソクが消えてしまうと、鞠絵に拍手が送られる。
「はい。それから、これが誕生日プレゼント」
リュックの中に隠していた、綺麗にラッピングされた小さな箱を取り出して、兄は鞠絵の手に渡す。
「そんな……お花やケーキも用意して頂いたのに、その上こんなものまで受け取るわけには……」
鞠絵は戸惑ったような声を上げてなかなかその箱を受け取ろうとはしない。そんな様子に兄の方も困ったように、
「そんなこと気にしなくてもいいって。それにこれは鞠絵のために用意したんだから、受け取ってくれないと僕も困ってしまうよ」
と言うと、ようやく躊躇いがちに鞠絵はその箱を受け取った。
「あ、でもまだ開けないで欲しいな。ちょっと恥ずかしいから、僕が帰ってからにしてくれた方が……」
頬をわずかにわずかに染めながら、兄はそう付け足す。
「は、はい。兄上様……本当にありがとうございます」
答えて鞠絵が嬉しそうに微笑むと、兄はその笑顔に一瞬魅入られそうになってしまった。
「……それじゃ早速、ケーキを食べようか」
それを誤魔化すように、一旦視線を鞠絵から外すと、ペットボトルの紅茶やナイフといったものを出してくる。
「ああ、兄上様。フォークやお皿なんかはここにありますから」
そう言って、鞠絵も食器を出してきたので、兄はケーキにナイフを入れて、半分にした。もちろん、真ん中にあったチョコレートの板はナイフを入れる前によけておいて、鞠絵の分の上に置いてある。
「はい、どうぞ」
ケーキが載った皿を鞠絵に渡すと、
「ありがとうございます、兄上様。はい」
と、その間に鞠絵が注いでいた紅茶のカップが入れ替わりに渡される。
「ああ、ありがと。でも、やっぱり小さいケーキって言っても、2人だけで食べるとなると結構あるね」
カップを受け取って鞠絵の近くの椅子に腰を下ろしながら、反対側の手にある自分で切り分けたケーキの皿を見ると、そんな言葉が自然に出る。
「大丈夫です。兄上様は全部食べてください。わたくしは半分残しておきますから」
見ると、鞠絵は受け取った自分の分のケーキをフォークでさらに半分にしていた。
「ご、ごめん。言ってくれれば僕が切ったんだけど……」
「そんな気になさらなくても……わたくしが小食なだけですから。あまり食べてしまって、後でお食事が食べられなくなっていけませんし」
そう言って、ケーキを一口取って口に運ぶ。
「あっ、兄上様。このケーキとてもおいしいです」
「そう? それじゃ、僕も……」
兄もケーキを食べ始める。
「あ、ほんとだ。おいしいね」
そうして、兄は鞠絵と楽しく話をしながらケーキを食べていった。
「……ふう。鞠絵と楽しく話をしながら食べていたら、いつの間にか食べちゃってたな」
空になったケーキの皿を脇へ置きながら、兄は苦笑した。
「あ、兄上様」
「何?」
不意に鞠絵が呼びかけてきた。
「少しの間じっとしていてください」
そう言うと、身を乗り出してどんどん兄に近づいていく。息がかかりそうなほどに近づくと、そっと鞠絵は兄の頬に指を這わせた。
「はい、兄上様。これで頬についていたクリームはとれました」
指先に付着したクリームを拭いながら、鞠絵はそう言って微笑んだ。
妹の顔が接近してきたことにどきどきしていた兄は、顔が熱くなるのを悟られまいとしながら口を開く。
「あ、ちょっと待って。ま、鞠絵の顔にもクリームがついてるから……」
「え? どこですか?」
兄の言葉に慌てて顔を拭おうとする鞠絵を、
「いいよ、お返しに僕がとってあげるから」
と制する。
「それじゃ、目を閉じてじっとしてて」
クリームがついた顔を見られてしまったこと、兄に自分の顔に触れられることに恥じらいながら、鞠絵は小さく頷いて兄の言葉に従った。
ごくっ
鞠絵の顔に自分の顔を近づかせながら、兄は喉を鳴らした。
顔にクリームがついているなんていうのは、兄のウソだった。いや、ごくわずかにだがついていると言えなくもない個所はある。吐息が鞠絵の顔にかかるほどに近づけながら、兄はそこをじっと見つめた。そして、そこにゆっくりと唇を寄せていく。
「んっ……!?」
唇と唇が重なった瞬間、鞠絵は驚きに目を見開いた。焦点が合わないほどの近距離に兄の顔がある。
「……鞠絵、好きだよ」
唇はすぐに離れ、兄はそう囁いた。ケーキを食べたばかりの唇は、本当に甘い味がした。
「兄上様……!?」
突然のことに鞠絵はどうすればいいかわからなかった。兄のことは好きだ。肉親としてではなく、1人の男性として慕う気持ちもあった。しかし自分は妹なのだからとその気持ちはなるべく意識しないようにしていたし、何より展開がいきなりすぎた。
しかし、鞠絵の戸惑いはよそに、一度動き出してしまった兄は止まらなかった。右手がそっと胸の膨らみに触れてくる。
「妹としてだけじゃなく……女の子として好きなんだ」
その言葉が終わると同時に、再び唇が唇で塞がれた。鞠絵の口から答えが返ってくるのを恐れるかのように。
だが、衝撃と困惑で固くなっていた鞠絵の身体は、兄のその言葉で抵抗の意を示すことをやめていた。
「んん……」
代わりに、両手を開くと兄の身体をそっと抱えて受け入れる意思を示す。
(鞠絵……)
それを感じた兄は、さらに鞠絵を求めていった。右手で優しく胸を愛撫しながら左手をそろそろと下ろしていき、舌で唇を割っていく。
「んふ……」
鞠絵は素直に求められるままに任せる。口の中に入ってきた舌を受け入れ、同時に流れてきた兄の唾液も飲み下す。下半身に伸びてきた手にも、なんら抵抗はしない。もう顔は真っ赤に染まって熱かった。
「んっ……」
しかし、手がスカートの中に入っていくと、さすがに小さく声が漏れる。指が下着の大事な部分を覆うところに到達すると、すでにそこは湿り気を帯びていた。敏感なのか、体質なのかはわからなかったが、キスと胸への愛撫だけで鞠絵のあそこはもう濡れ始めていた。
「んっ……ふぅっ……」
形をなぞるように左手の指を動かし始めると、唇の間から吐息がこぼれる。
ちゅっ……くちゅっ……
すぐに鞠絵の分泌液は溢れ出し、濡れた音がするようになった。そして、それをそのまま続けていると、
「んんっ……!」
一際大きく息が溢れたかと思うと、一瞬身体が緊張し、すぐに弛緩した。どうやら簡単な愛撫を続けているだけで達してしまったらしい。
「……鞠絵」
それを見て取った兄は、鞠絵の身体から離れた。
「兄上様……?」
そんな兄を不思議そうに鞠絵は見上げた。まだ兄は満足していないはずだ。途中からももの辺りに堅く張り詰めたものが当たっていたのを鞠絵は感じていた。
「続きはまた今度にしよう。今日は僕の気持ちが通じただけで十分だよ」
「えっ……」
帰る支度を始めた兄に、1人で感じて気分を害してしまったのかと鞠絵は慌てた。瞳が潤み始める。
手早く支度を終えた兄は、リュックを背負って瞳を潤ませた鞠絵に向き直った。そして、再びその唇に軽く口づける。
「鞠絵に無理をさせたくはないからね。元気になったら最後までしよう」
また鞠絵の顔が真っ赤に染まった。
夕方、兄が帰ってしまってしばらくたった後、しばらく余韻の中にいた鞠絵は、兄にもらったプレゼントのことを思い出した。包装を丁寧に解くと、小さなケースが出てくる。それを開けると、銀の指輪が夕陽を浴びて輝いていた。そして、それと一緒にメッセージカードが。