天才少年 1(9.16)



 
 
 
 
 
 

轟獅子丸は他に比類無き天才少年である、それは学友は教師等、彼を取り巻く全
ての人々が認める事実であった。だが、別に天才に生まれついてしまったのは、
彼の責任では無い。

それは、ただの血脈に過ぎないのだ。同じく天才だった祖父が昭和の初期に一代
で起した轟製薬は短期間で目覚ましい大躍進を遂げていて、今日では東証一部に
上場される優良企業として知られている。子会社に関連企業を合わせれば50を
超える会社を傘下に納める轟グループは、県下でも有数な複合企業体を構成して
いた。

その祖父の長男として生まれた獅子丸の父親の一郎丸もまた、類い稀なる天才と
して、色々な意味で一部のマスコミにも知れ渡っていた。しかしながら、祖父が
起した製薬会社を巧みに近代化させて巨大な総合企業体に発展させた父親は、4
0才に成った3年前にグループの全ての役職を自ら退き、実権を弟である二郎丸
と三郎丸に譲って隠遁生活に突入している。

優秀な企業家であり、そして才気溢れる薬学者でもあった一郎丸の余りにも若い
引退は、世間に大きな驚き持って受け止められた。中央の財界でも名前を知られ
る様に成っていた父親の突然の家業の放棄は、当時経済界でも話題に成り、全国
ネットのテレビ局までもが取材に来た事もあったほどだ。そんな父親であるが、
今は一風変わった肩書きで、やはり世間に知られる様に成っている。

産業経済会から隠遁してすぐに父親は『オカルト・超常現象・研究家』と言う看
板を掲げて、親族一同を慌てさせている。だが、理路整然と、森羅万象の不可思
議を考察する一郎丸は、やがてマスコミに注目されて、最近では週末に、ローカ
ルテレビのバラエティ番組のレギュラー出演まで精力的に行う始末だ。

小柄な割に恰幅が良く、しかも愛嬌あふれた鼈甲縁の丸眼鏡がよく似合う父親が
、よれた白衣を着込み、幽霊だの超能力などを真面目に語る姿をテレビで見る度
に、息子の獅子丸は溜息を漏らしてしまう。なぜならば、液晶の大画面に映って
いる冴えない中年のデブは、間違い無く獅子丸の将来の姿だからだった。

世の中の西洋化が進み、就学児童の平均身長が竹の子並みに伸びているのに、獅
子丸と来た日には、古き良き日本男児の血を脈々と受け継いだ体型の持ち主なの
だ。しかも、無類の甘いもの好きな上に運動音痴と来ては、これは肥満しない方
がおかしい。だから、スラリとスリムなクラスの他の男子連中に我が身を比べる
と、獅子丸は、己の出っ張った腹回りを摩り溜息しか出てこない。

幸いな事に、まだ近眼は然程には進んでいないから、眼鏡の着用こそ免れている
が、小学校と中学校を通じて、高校2年生の現在に至まで、常に整列時には最前
列に並ぶ事を強いられる低い身長と、思春期にしては見事な太鼓腹、そして短い
上に父親そっくりのガニ股とくれば、仮に獅子丸がどんなに楽天家であったとし
ても、これからの学園生活が今までよりも明るく輝くとは思えまい。

小学生時代の渾名がドラエモン、中学ではトチロー、達磨、樽男、もう少し口が
悪い奴からならば、たんなるデブと罵られて来た獅子丸は、自分の未来をバラ色
だと信じる程に脳天気では無かった。これで、目立たなければ、たんなるチビな
デブとして、地味な学園生活を過ごしているのであるが、如何せん、彼は天才に
生まれついてしまっている。

だから入学以来、全ての科目のペーパーテストで満点を取り続ける傍らで、思い
付きで書き綴った数式論文が、国際数学学会で認められ、更に趣味で行っていた
遺伝子解析の分野においても、幾つかの画期的な考察を示してしまった獅子丸は
、各学会から若き天才として注目を浴びてしまう。世界レベルの学会で注目され
賛美される天才を生徒に迎え入れている学校側は、もうすっかりと有頂天だ。

色々なマスコミや、学会紙等で、その才能を高く評価された獅子丸は、学校側の
都合で、やりたくも無い生徒会長を押し付けられて迷惑している。本来生徒会長
は、各クラスから選出された生徒会委員等による投票で決まるのであるが、浮か
れた学校側は特例条項を追加して、獅子丸を無理矢理に生徒会長に祭り上げてい
た。

それが、元来、県下一番の進学高校に通う、他の秀才らのプチ・エリート意識を
傷つける。得体の知れぬ小柄なデブが、自分等など足元にも及ばぬ天才として、
学校やマスコミから、ちやほやされる様を横目で睨み、優等生と目される一部の
連中は反感を募らせて行った。特にヒトゲノムの解析で、アメリカの専門の研究
機関を出し抜く大発見を行った時などは、押し掛けるマスコミに最大級の便宜を
払う学校側の獅子丸偏重な姿勢を、外野に追いやられたプチ・エリート等は苦々
しく感じて冷ややかに見ている。

しかしながら、CNNのインタビューに難解な専門用語をちりばめながら澱み無
い英語で応じる獅子丸に対しての嫉妬を募らせた秀才等は、目障りなチビでデブ
の天才を、村八分にして憂さを晴らすのが関の山だった。そんな獅子丸だったか
ら、ある朝の登校の際に下駄箱に封書が置かれているのを目に止めた時には、心
臓が大きく一つ脈打ったものだ。

(こっ… これって… まさか! ラブレターか? )

県下で有数の進学校に合格を果たしている事で、妙な矜持を持て余すクラスメイ
トからは浮いた存在だった獅子丸は、ゴクリと生唾を呑み込むと、慌てて綺麗な
花模様の封筒を手に取り、そのまま鞄に押し込んでいた。
 
 
 

「えっと、ここだよな、旧校舎の裏の花壇の前って… 」

彼は放課後に人気の途絶えた、今はもう使われていない古い校舎の裏に辿り着き
、落ち着かぬ様子で辺りを見回す。

「放課後に、待っています。か… U・Aさんて、いったい誰なんだ? 」

女文字で書かれた手紙の内容を何度も反芻しながら、獅子丸は生まれて始めて異
性からもらった手紙に心をときめかせる。ある特定の分野でこそ、常人から遠く
外れた才能を示す獅子丸であるが、基本的には、ただの高校生に過ぎないのだ。
しかも、背の高さと太鼓腹にコンプレックスを持つ生徒会長は、自分が異性から
興味を示された事に有頂天に成り、もう周囲がまったく見えていない。彼はドキ
ドキしながら、たぶん彼に好意を寄せてくれているハズの謎の女性を待ちわびる
。その時…
 
「うひゃぁぁぁぁぁぁ」
きなり頭の上から降って来た水に驚き、獅子丸は情けない悲鳴を上げた。おそら
く旧校舎の2階の窓から、バケツでも使って投じられた水は、天才少年をずぶ濡
れにさせるには十分な量であった。

「なっ… なんだ? どうしたんだ? 」

晴天の霹靂である水責めを喰らって慌てふためく獅子丸の耳に、数人の女性の笑
い声が飛び込んで来た。

「クスクス… あら、轟くん。どうしたの、そんなところで水泳かしら? 」

声の主が分かった獅子丸は、自分が罠にはめられておびき出された事にようやく
気付く。校舎の影から姿を見せた狭山信子は、彼が会長を務める生徒会で書記長
を務める才女であった。学業成績でも、獅子丸さえ居なければ、プチ・エリート
の中でもトップを争うであろう聡明な美女は、同時に底意地の悪い事でも知られ
ている。
本来ならば容易いなはずの生徒会の運営も、信子が何かとつまらぬいちゃもんを
付けて来て、会議が紛糾するのは珍しく無い。高校の中で女王様然と振る舞う信
子にとって、何かにつけてマスコミの注目を浴びる獅子丸は目障りでならない存
在である。
 


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