週間更新お休み企画  陵虐の捜査官  尻切れトンボで1部終了!
その7

 

 

 

 

「これは、だっ… 誰だ! おい、いったい、なにが… どうなっているんだ! 」

彼の言葉に合わせて鏡の中で若く美しい女性が絶叫しているではないか。肌も露

な美女を見つめながら、彼は目眩を感じて、思わず洗面台にしがみつく。一旦、

目を逸らして、それから恐る恐る、もう一度鏡を見てみれば、やはり、そこには

まったく見覚えの無い女が彼を強張った顔で見つめている。頬に手をやり、スベ

スベとした肌を撫でて見て、ようやく彼は自分が女であると認識した。

「ばかな! そんな。俺は… 俺は、男だぞ! それなのに、何で? 」

洗面台の鏡を見つめながら、彼は何度も顔や頭、そして首筋を手でなぞり、この

理解不能な状態に困惑し続けた。

「おはよう、気分はどうだい? 」

誰もいないと思っていた部屋で急に話し掛けられた事から、彼は驚き振り返る。

今しがた飛び下りたベッドの脇に、例によって皮肉な笑みを浮かべたドクター・

トニーが忽然と姿を現した。同時に彼の記憶が鮮やかに蘇る。あの迷路の様な白

い通路で、レーザーによる致命傷を受けた彼は、思わず身構えてしまう。

「う〜ん、美しい… 寝顔も中々に魅惑的だったけれど、そうやって目覚めて生

 き生きと振る舞うキミは、私の理想の女性だね。良い出来栄じゃないか? ど

 う思う? 」

落ち着きはらった医者の言葉に、混沌としていた記憶の渦の中から、自分の身を

貫くレーザーの感触が生々しく思い出された。

「きさま! いったい俺に何をした? この身体は何だ? 答えろ! ドクター

 T! 」

丸腰の彼(彼女)は、心持ち腰を落として、今にも白衣の医師に飛びかからんば

かりに身構えながら叫んだ。

「せっかく女性に成れたのだから、もう少し恥じらいとか、奥ゆかしさを持って

 もらいたいね。すっ裸で、男を睨みながら悪態を付くなんて… ああ、嘆かわ

 しい… ククククク… 」

狂気の医師の嘲りに、彼(彼女)は怒を露にする。

「いいかげんにしろ! ふざけやがって! 元にもどせ! 俺は男だ! 」

「ほう… それでは聞くが、キミはいったい何者なんだい? 名前を教えて下さ

 らないかね、裸のお嬢さん」

あからさまな嘲笑に答える為に彼(彼女)は、口を開くが、何故か声が出て来な

い。

(えっ? 俺は… 俺は… 俺の名前は… )

困惑する全裸の美女を、ドクター・トニーは冷笑した。

「どうしたんだい? 自分が、かつては男だったと言い張るならば、名前ぐらい

 は言えなきゃ変だろう? ほら、キミは、誰だね? 何と言う名前なんだ? 」

答えは分かり切っている医者は、混乱する全裸の美女を愉快そうに見下している。

「分からないのかい? そう、それで正解だ。キミは自分が男である事、そして

 、元は東京市警察の刑事である事、さらに、私の手に掛かって殺された事まで

 憶えているが、それでは自分が誰なのか? 名前は、何処で生まれたか、どん

 な学校に行ったのか? そして、家族はいるのか? などは、一切思い出せな

 いはずさ。それもそのはずだよ、君は知らないのだからね」

困惑する美女を前に、ドクターは増々気分を昂揚させて話し続ける。

「脳神経系統で記憶を司る海馬のゲノム情報を、少し細工すれば記憶の改竄など

 雑作も無い事さ。神経回路の伝達系の一部を、ほんの少し弄るだけで、もうキ

 ミは個としての存在を肯定する拠り所すら失ってしまうのだからね。今のキミ

 にとって、現在だけが全てであり、過去は限定された範囲でしか存在しない。

 まったく、人間の記憶など、無意味で曖昧なやっかいものだ」

トニーは、本当に嬉しそうに彼(彼女)に笑いかけた。

「だが、そんな事で驚いてもらっては困るな。記憶の改竄など、ほんの小手先の

 目眩ましに過ぎないのだからね。本当に驚いて欲しいのは、キミの均整の取れ

 た美しいボディだよ。一旦は生命活動を外的要因により奪われた肉体を再生す

 るだけでは無く、DNAに手を加えて根本から作り直した手腕は、学会に発表

 出来ないのが残念なくらいだ。なにしろ、固有DNAを書き換えるばかりでは

 無く、特定の染色因子まで変異させた苦労は、まあ、ひと言では表現出来ない

 程の険しく厳しい道程だった」

狂気を瞳に秘めた医師は、まるで医学生を相手に講議を進める様に、よどみなく

話を続ける。

「だが、おかげで、随分とキミの身体で遊ばせてもらったよ。ちょっとした思い

 付きを色々と試させてもらったからね。むろん、一般の病院や研究所では、絶

 対に認められない行為ばかりだったが、まあ、この3年はじっくり楽しむ事が

 出来た」

「さっ… 3年? 」

呆然と成った美女の口から、零れた言葉をドクターは聞き逃さない。

「そうさ、3年だ。キミは3年の間、私の研究室で眠り姫を演じて来たのさ。美

 しい人形を相手に、これまで私は至福の時を過ごして来た。別に感謝して欲し

 いとは思わないが、この3年の間に、組織が合法、非合法の両面で上げた莫大

 な利益の大半は、キミを蘇らせる、否、生まれ変わらせる為に注ぎ込まれたの

 だよ、麗子」

「れいこ… ? 」

ドクターが最後に呼び掛けた名前に、彼(彼女)は怪訝そうに眉を顰める。

「そうだよ、麗子。どうだい? よい名前じゃないか? 私が名付け親だ。いつ

 までも、名無しのままでは生きて行くのが難しいからね」

「冗談じゃない! 俺は男だ! 教えろ、俺の本当の名前を教えろ! 」

怒りを露にする美女を前に、トニーは皮肉な笑みを零す。

「思い出せないのに、本当も嘘も無いだろう? それに、キミは3年前の、あの

日に、通路で惨めに死んだ身だ。死亡が確認された男に対する捜査など行われな

いからね、キミは言わば人工的に造られた幽霊みたいなものさ」

「俺は死んではいない! こうして生きている。それに、俺は間違い無く男だ! 」

彼(彼女)は、混乱しながらも、ドクターの言葉に逆らう。

「おやおや、目玉の調整に失敗したかな? それとも、鏡を見る事が出来ないの

 かい? ククククク… その外見からすれば、どんな人間、そう、例え五歳の

 餓鬼でも、九十歳の老婦でも、キミの事を男だとは言うまい。なにしろ、そう

 して、すっ裸なのだからな」

トニーの戯れ言に、彼(彼女)は、ハッとして、思わず大きな胸を両腕に抱え込

み、身を屈めてしまう。

(えっ? なんでだ? 俺は男なのに、何で胸まで隠すのだ? )

本能的に彼(彼女)が取った行為に対して、ドクターはスッと目を細めて微笑む。

「それで良いんだ、催眠学習による暗示で後天的に教育された成果が、よく現れ

 ているじゃないか? そうでないと女として生きて行くのは難しいからな。生

 理ひとつとっても、男としての経験だけではパニックさ。つくづく女体は神秘

 的だし素晴らしい」 

 

 

 


突然ですが、明日から週間更新を再開する為、一旦連載の方はお休みさせていた

だきます。多分、梅雨の終わりに予定している次のお休み期間に再開するとは思

いますが正直に言えば、この先の展開は、まだ何も考えていないのです。さて、

美しい女性と生まれ変わった主人公の運命は如何に?


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