週間更新お休み企画  陵虐の捜査官
その6

 

 

 

 

「よっぽど、以前からの知り合いらしいな、腐れ縁と言うヤツか? 」

慎重にピストルを構えたままで、吉野が揶揄する。

「ああ、腐れ縁も腐れ縁… あれは、私の実の弟だった」

吉野の顔に、一瞬、痛ましさがにじみ出る。理由はどうあれ、彼が放った炸裂

弾頭が、不正に強化されたトニーの弟を吹き飛ばしたのは事実だった。

「お悔やみを申し上げるぜ、ドクター」

「いやいや、その気遣いは無用だよ、吉野くん。あの馬鹿にはこれまで何度も

 迷惑を掛けられて来たからね。つまらぬ喧嘩で傷付く度に、しょうがなく強

 化手術を施して来たが、妙に力をつけてやったのは大失敗だった。私の仕事

 のせいで、彼奴は増長して手が付けられない乱暴者に成ってしまったのだ」

ドクターは苦笑いしながら、銃を構える捜査官を見る。

「だから、君が彼奴を、ジョン・ダンブレックを吹き飛ばしたところで、私に

 は恨む要因など無いのだ。邪魔者が居なく成ったと清々すらしている次第さ

 … だがね… 」

白衣の男は、はじめて微笑むのをやめて吉野の睨む。

「ひとつ、困った事があるんだ。私の愛する母は、もう10年も前に天に召さ

 れてしまったのだが、その母が今際の際に私の手を取り、こう言ったんだ『

 ねえ、トニー、どうか、ジョンの事をお願いね… 賢いあなたなら、ジョン

 が人の道を外れるのを防げるわ。お願いよ、トニー』とね」

物憂気に俯く医者の瞳に狂気の光りが宿る。

「だが、お前がジョンを殺してしまった。そのせいで、私はママとの約束を果

 たせなく成ってしまったじゃないか! 私は愛するママの頼みを、もう叶え

 てやる事が出来ない! これは、大きな罪だ、だから… 」

トニーが白衣を翻して白い壁の一部に手を触れると、ふいに東京の市街地の映

像が浮かび上がる。

(えっ… これは? )

壁に映し出された光景に、吉野は息を呑む。

「もうお判りだね、吉野くん。これは、君が勤務している東京市警察の本部ビ

 ルの映像だ。もちろん、ライブだよ。ククク… クククククク… 」

何が可笑しいのか分からないが、トニーは耳障りな笑い声を上げる。

「連体責任だ! 」

笑いの発作がおさまった医者は、軽く指先で壁の一部を押す。すると、画面の

中の東京市警察のビルが、一瞬閃光に包まれて大爆発を起したのだ。

「なっ… なに! 」

呆気に取られた吉野の前で、画面の中の近代的なビルは無惨に崩れ落ちて行く

。濛々たる煙りの中から現れた廃虚は捜査官の心を引き裂いた。

「貴様! 何をした? 」

激情に駆られた若い刑事は、狂気を内に秘めた医者に銃を突き付け詰問する。

「血の巡りの悪い男だな? 見て分からんのか? 私の亡き母との約束を破ら

 せた不埒な警察組織に対して、制裁の鉄槌を喰らわせてやったのだよ。まあ

 、当然の酬いではないかね? ククククク… 」

仲間を襲った惨事に耐えかねて、吉野は思わずロケット・ピストルの引き金を

絞る。鋭い発射音と共に、数発のロケット弾が狂ったドクター目掛けて驀進し

た。しかし、必殺の威力を秘めた超小型のミサイルは、何故かトニーの身体を

すり抜けて、通路の奥の白い壁に出来の悪い蜘蛛の巣の様な弾痕を付けたのだ

「フォログラフか! 糞! 」

立体映像に向って射撃した事を悟った捜査員は、映し出されたトニーの嘲笑に

、完全に己を見失ってしまう。

「ククククク… 阿呆め。私が何故、お前なんかに会いに行かねば成らんのだ

 ? いいか、ジョンを殺して、私がママとの約束を守れなくした張本人のお

 前を、あの市警察の連中の様に安楽に殺してやるとは思うなよ。地獄の底を

 這いずりまわって血反吐を吐きながら、己の運命を呪うがいいさ」

反撃に備えて片膝を付き、銃を構えたまま左右を見回す吉野の胸に、いきなり

熱い衝撃が走る。

「ぐっ! 」

3条のレーザーが、正確に彼の心臓と肝臓、そして脾臓を打ち抜き瞬時に破壊

した。

(畜生! )

口の中いっぱいに錆びた血の味が広がる。心臓の右心室が破裂した若い刑事は

、レーザーの発射地点すら見つけられぬまま意識を失い、その場に崩れ落ちて

しまった。

 

 

 

チチチチチチチ… 

(う〜ん… うるさい… )

耳障りな音に目覚めた彼は、何度か頭を振って騒音を追い払おうと試みたが、そ

れが叶わぬと分かり、ようやく瞳を開く。

「ああ… 煩いな… いったい、何の音だ? 」

ぼんやりと寝ぼけた頭で左右を見渡した彼は光景が異なる事から、ここが自室で

は無いと知る。

「えっ… ここは、どこだ? 」

よく泊まり込む署の仮眠室でも、もちろん自室でも無い部屋で目覚めた彼は、驚

いて身を起した。よく見れば、まるで病院の様な部屋では無いか。彼の部屋とは

似ても似つかぬ清潔なシーツのベッドの上で若い刑事は呆然としながら、懸命に

記憶の糸を手繰り寄せて、今、自分がいる場所を思い起こす。

だが、記憶が妙に混濁しているのか? なかなか思いがまとまらない。ただでさ

え見覚えの無い部屋で目覚めて混乱する刑事を、さらに驚かせる事態が待ち構え

ていた。胸の辺りに違和感を覚えた彼は何の気無しに俯いた。

「えっ? なんだ、これ? 」

裸の彼の胸元には、大きくてやわらかな二つの膨らみが存在感を示していた。ま

るで、出来の悪い冗談に思えて、彼は両手を胸元に運ぶ。

「ほっ… 本物… だよなぁ。でも、なんで、俺に? 胸があるんだ? 」

不意に思い立った彼は、掛けられていた毛布を撥ね除けると、股間に指を差し伸

べた。

「なっ… 無い! 何で無いんだ? 俺はいったい… 」

ベッドから飛び下りた彼は、部屋の隅にある洗面台に駆け寄り、鏡の中に自分の

姿を探す。最初は見間違えかと思い、そのまま振り向くが、彼の後ろには誰もい

ない。そして、ようやく事態を理解した彼は衝撃の余りにその場で立ち尽くす。

 

 

 

 


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