その3

 

 

 

「お電話ありがとうございます、ピンクシャトーです、お客さまの番号をお願い

 します」

3コール後に電話に出た男の呼び掛けに対して、隼人はひとつ大きく息を吸い込

んでから応じる。

「えっと、56473… です」

意識して低い声で応じる隼人の額には、うっすらと汗が滲み出ていた。

「鈴木尚也さまですね。御贔屓をいただきまして、ありがとうございます。御愛

 顧いただいておりますエリーならば、すぐにお伺いが可能ですが… 如何致し

 ましょうか? 」

 

「あっ、はい、その、お願いします」

「畏まりました、念のために御住所をいただけますか? 」

これある事を予想していた隼人は、緊張しながら叔父の自宅の住所を告げる。

「確認いたしました。それではお時間を30分ほどちょうだいいたします」

先方が何の疑いも無く電話を終えてくれた事から、叔父の尚也に成り済ました少

年はソファに深く座り直して大きな溜息を吐いた。

 

(呼んじゃったよ、呼んじゃいましたよ! どんな人かな? 由紀子先生に似て

 いるのだから、凄い美人だよねぇ… )

不意に異様に咽が乾いている事を自覚した少年は、ソファから立ち上がり足早に

台所に向かった。

(えっと、叔父さんの馴染みの人なんだから、ボクを見れば吃驚するよね。だか

 ら、家に入ってもらったら、ちゃんと事情を説明して… それから、あんなこ

 としてもらったり、こんなことお願いしたり、えへへへ… )

 

緊張してカラカラに成った咽を冷えたミネラルウォーターで潤した少年は、リビ

ングに戻ると飾り棚の置き時計を見る。

(まだ、5分も経ってないや、ああ、待ち遠しいなぁ… )

憧れの女教師に似ていると叔父が太鼓判を押したデリヘル嬢の到着を待切れず、

少年は庭に面したリビングの窓に歩み寄り、屋敷の入り口の門と併設された車止

めを胸ときめかせながら見つめいていた。

 

(きた! )

約束まで5分余らせて、その車は当然の様に車停めの濃紺のアルファロメオの傍

らに滑り込んだ。

(あれ? 白のビーエム? あはは、まさかねぇ… )

愛おしさが募り犯罪スレスレの隠し撮りまで決行してきた女教師の愛車と同じ、

白いドイツ車が乗り付けられた事で隼人は些か動揺する。

(まあ、BMWなんて、そこらにゴロゴロしているからね。それに日本人は白の

 車も大好きだし… )

 

まだ遠目な上に、どうやらサングラスを掛けている様なので、車を降りた女性の

顔は良く見えない。戸惑う素振りも無く門をくぐり玄関に向かってくるデリヘル

嬢を出迎える為に隼人は勇躍、リビングを飛び出す。

(どんな感じの人だろう? 叔父さんは由紀子先生にソックリって言っていたけ

 れど… )

広い玄関スペースに呼び鈴が鳴り響くから、期待と不安を抱えつつ隼人は玄関扉

に取り付き施錠を解く。

 

「いらっしゃい! こんにちわ」

勢い良くドアを内側に開くと、そこにはサングラスの美女が微笑んでいた。しか

し、隼人の顔を見たデリヘル嬢の表情は一変する。

「お前… 」

おそらく尚也では無い人間が現れた事で驚かせたと思った少年は、あわてて準備

していた言い訳を口にした。

「えっと、尚也叔父さんじゃ無くて御免なさい。僕の名前は… 」

玄関の扉を閉めたサングラスの美女はハイヒールの音を響かせながら少年に歩み

寄り、隼人の弁明を遮りると胸ぐらを掴み捻り上げた、

 

「2年4組、鈴木隼人、出席番号17番、どうしてお前がここに居る! 」

自分が通う学校の年次やクラスばかりでは無く、出席番号すら言い当てられた少

年は、怒りの波動を隠さぬ美女の詰問に唖然となった。

 

 

「なるほどね、そう言うことか… 」

リビングの長椅子に腰掛けた由紀子はサングラスを外すと目の前に正座させた教

え子を睨み付けた。

「尚也さんの甥っ子か… 世間は狭いな。まあ、鈴木なんて名字は珍しくも無い

 から、気付く方が無理だ」

別に正座して畏まれと命令されたわけではないのだが、女教師兼デリヘル嬢の怒

りに気圧されて少年は膝を崩せない。

 

「まったく、餓鬼のくせに良い度胸だ。高校生がデリヘル遊びとは呆れ返るぞ、

 ハヤト」

「先生、この事は学校には内緒にして下さい、もしも知られたら退学になっちゃ

 います。どうか、学校にだけは黙っていて下さい」

叔父の留守宅を預かる身でありながら、ヘルス嬢のデリバリーを頼んだ事が学校

に露見すれば当然退学も含む重い処分が予想されるし、両親からどれだけ叱責さ

れるかと恐れる少年は涙目になって由紀子に頼み込む。

 

「ふっ、そんな事を心配していたのか、この馬鹿め。お前の事を学校にチクった

 ら、当然、何でアタシが、そんな事を知っているのか? 問題に成るだろうが

 。デリヘル遊びがバレてもお前は精々退学だけれど、アタシは職を失う事にな

 るんだぜ」

学校で過ごす時とは異なり毒々しいほど鮮やかに赤く塗られた唇の端を持ち上げ

て、由紀子は吐き捨てる。清楚で可憐と言う、これまで隼人の中で築き上げられ

て来た憧れの英語教師のイメージは短時間の内に轟音を立てて崩壊して行く。

 

(これが、あの由紀子先生なのか? 淑やかで物静かな、あの由紀子先生なのか? )

白のブラウスに膝丈の紺色のスカートを身に付け、春先や秋口には淡い桜色のカ

ーディガンを羽織る明敏で美しい英語教師の姿は、少なくともこのリビングには

存在しない。今日の由紀子のいでたちと言えば黒のレースのショールを肩に掛け

た真っ赤なワンピース姿だった。

 

見事なプロポーションを誇ることだけを目的としたワンピースは、その役割を十

二分に果たしているだろう。良く言えば清楚、悪く言えば野暮ったい学校での服

装ですら、美貌の英語教師の素晴らしいスタイルを完全にスポイルするには到ら

ないのに、こんな風にイヤと言う程に身体の線をくっきりと浮かび上がらせる真

っ赤なワンピースは極めて挑発的だから隼人は最前から目のやり場に困りっぱな

しだ。

 

しかも太股も露なミニにも関わらず、まるでそこにいるのが男では無く大根か糸

瓜の様に無配慮に、彼女は形の良い脚を華麗に組んでいる。少々の危険を覚悟で

隠し撮りするくらいだから、愛しい女教師のプロポーションについても色々と想

像はしていたが、忌々しげに腕組みしていることで、そのボリューム感が強調さ

れる推定Dカップの胸の膨らみは隼人に何度も生唾を呑み込ませていた。昼間は

淑女、そして夜は娼婦と言う、世間の男達の理想の体現である美貌の女教師を目

の前にして、少年の混乱は深まるばかりだ。

「よし、わかった、しょうがない」

すっかりと畏縮して項垂れる少年に向かって、由紀子は学校では絶対に見せない

淫蕩な笑みを浮かべる。

 

 

 


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