その55

 

 

 

 

「お笑い下さい… 恥ずかしながら私も隆俊の愛人のひとりですの。だから、

 あの子の無尽蔵なタフさは骨身に染みております。翁の操る妖しい技とは、

 おそらく対極に位置するのが、あの少年だと思います。率直に言わせていた

 だくならば、隆俊には翁の技は必要だとは思いません。あの子は天然自然の

 ままで、おそらくAVの世界だけでは無く、至る所で多くの女を泣かせ狂わ

 せて行くでしょう」

経験の豊富なAV嬢や、夜の蝶である義母義叔母に囲まれて愛欲まみれの生活

を営む少年のセックスに関する技術の進歩は目覚ましく、生来の精強ぶりに加

えて短期間で濃密な経験を重ねた隆俊は、すでに由起子ひとりでは手に負えな

い存在に成りつつある。

悋気が勝り、一晩ひとりで相手を務めたならば、翌日はとてもでは無いがベッ

ドから起き上がる事は出来ない。従って、今は隆俊に引かれて彼女の製作プロ

ダクションの子飼い同然となったAV女優の千尋、あるいは志保子等とコンビ

を組んで、2人か3人掛りで彼の夜伽の相手をするのがあたりまえに成ってい

る。

「それに、あの子… 私の目が届かない所で、どうやら素人の女の子にもちょ

 っかいを掛けたみたいなんですよ。でも、だからと言って少しの懈怠も感じ

 られません。いったい隆俊の限界が何処にあるのか? 想像する事も出来ま

 せんわ」

「そうかい? しかし、鬼に金棒って事も、あるんじゃ無いか? 」

老人の答えに、虚を突かれた思いを抱き、暫し由紀江は沈黙する。

「たしかに… あの子が、もしもトメさんの技を少しでも身に付けてしまった

 ら… 想像するのが怖いですわ」

底なしのスタミナに加えて目を見張るパワーを天然で兼ね備えた若い野獣が、

女を技で蕩かせる房中の秘術の一端でも齧ったならば、どんな化け物に成るで

あろうか? ただでさえ閨においては、ひとりでは手に負えなく成って来てい

る少年の変貌を予想して、由紀江は宙に視線を彷徨わせた。

「それで… あの子には見どころがあるのですか? トメさん? 」

「さあな? なにしろ儂の見る目の無さは、高田の件ひとつ取っても明らかだ

 。だから、正直に言ってわからんよ、でも… 」

老人は瞬時に往年の迫力を取り戻して、鋭い目で少年を見据える。

「素材としては、これまで見た中ではピカいちだろうぜ。なにしろ由起子監督

 様の御墨付きがあるくらいだ。それに、儂もこの年だから、もしも弟子を仕

 込むなら、これが最後って事に成る。まあ、失敗しても吉原の流れをくむ房

 中女淫術のひとつが途絶えるだけで、世の中がひっくり返るわけでも無いさ」

赤線郭の消滅に伴い、闇の世界の中でも埋もれつつあった江戸裏流の女犯術を

伝承した上で、さらに独自の技術を考案した中興の粗として知られる老人の焦

りは、察するに余り有る所であろう。

これと見込んだ後継者の離反という悲しみを踏み越えるべく現れた老人の執念

を感じて、由紀江も因縁の浅く無い留吉に役に立ちたいと願っていた。彼女は

振り返ると手近なスタッフを呼び止めた。

「今日の撮影はもう、お終いにするわ。あと、葵ちゃんが、あのザマだから、

 明日は1日お休みにしましょう。スタッフの皆も臨時休業よ」

葵が悶絶してしまったのを幸いに、由紀江は明日まで撮影をストップする事を

宣言した。彼女の命を受けたスタッフは、あわてて現場に駆け出すと、その指

示を各部門へと伝達して行く。製作プロダクションの社長も兼ねる女監督の方

針に逆らうものは、少なくとも現場には居なかった。それどころか臨時で与え

られた休暇を喜ぶ声が、あちらこちらから漏れて来る。

「悪いな、儂の気紛れから、ずいぶんと邪魔をしてしまった」

「そう思うならば、今夜はたっぷりと埋め合わせをお願いしますね、トメさん

 … いえ、御主人さま」

心の奥底に隠していた被虐癖が疼く美貌の女監督は、現役時代を彷佛させる妖

艶な笑みを浮かべて老人に嘯いた。

 

 

 

現場の後始末をスタッフに任せて、由紀江等はスタジオを離れて母屋の豪邸に

場所を移す。食欲旺盛な若い愛人の為に鮨を用意していた事が、隆俊をとても

喜ばせている。

だから、彼は広大なリビングに由紀江の他にもうひとり、着流し姿の老人が居

る事を、気にもとめる様子は無かった。食欲を満たした後には、この老人をた

たき出して、中途半端で放り出された性欲を満足させたいと考えているので、

少年はスタジオから離れても素肌にガウンを羽織っているに過ぎない。鮨には

目の無い少年の為に3つ重ねられた鮨桶の一番上から、彼は中トロとつまみ醤

油を付けてから口に放り込む。

「まあ、隆俊ったら… 御挨拶くらいしなさいよ、恥ずかしい」

流石に傍若無人な愛人の態度に、由紀江は眉を顰める。

「なんだよ? あんな根性無しの女を連れて来たくせに、説教する気なのか? 」

結構好みの顔立ちだっただけに、葵の呆気無い陥落に少年の立腹は相当なもの

だ。期待が大きかっただけに落胆の深い。しかも、葵の体力の回復を待つ事も

無く、早々に撮影を打ち切ってしまった由紀江の判断にも不満がある。

だからこそ少年は、ことさら礼儀を無視して好物の鮨を頬張る愚挙に出ている

。そんな隆俊の子供っぽい僻みを見通して、無視されていた老人は笑顔を絶や

す事は無い。妙に小賢しいヒネた餓鬼よりは、隆俊のように素直に不愉快さを

現す子供の方が、どちらかといえば留吉の好みに合う。

「なあ小僧、今の仕事は楽しいか? 」

最初の鮨桶を空にするまで待ってから、老人は孫と言ってもおかしくない少年

に問いかける。

「ああ、色んな女と犯れて、その上で小遣いまでもらえるんだから、楽しく無

 いわけはないだろう? 」

二つめの桶から穴子を手に問った隆俊は、口に運ぶ前に留吉に答える。

「それじゃ、この仕事で将来も喰って行くつもりなのか? 」

美味しそうに穴子を頬張った少年に、老人の問い掛けが続く。隆俊は口をモゴ

モゴと動かしながらも真剣な顔付きとなり小首を傾げた。

「いや、それは無いだろうね。たぶん、しばらくは使ってもらえると思うけれ

 ど、所詮はバイトだろうな。餓鬼だって言う目新しさが無くなれば、俺なん

 てお払い箱だと思うぜ」

実際問題、こうしてAV男優として使ってもらえるのも、愛人である由紀江の

お陰だと信じている少年は、見栄をはる事もなく思ったままを老人に告げた。

彼の存念をはじめて耳にして、由起子は驚いた様な顔を見せる。だが、この場

を老人に任せる覚悟を決めていた美貌の女AV監督は、少年の素質を高く評価

しているが、さしで口を挟む様な無礼は控える。

「お前、由紀江と犯って、イカせて使い物に成らなくなるまでに、どれくらい

 時間が掛かる? 」

不意に老人が話題を変えたので、甘エビを手にした隆俊は驚いた顔で為吉を見

つめる。そして、老人の隣にいた由紀江は頬を紅く染めて俯いてしまった。

 

 

 

 


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