「あいつら、隆俊を呼んで来いってメールして来たのよ、多分拉致った留璃子 の携帯から打ったんだと思うわ。隆俊を、この前の神社に連れて来ないと、 留璃子を輪姦するって!でも、行ったら駄目! 彼奴等、ヤクザを連れて来 ているんだ! 」 幸いな事に留璃子が拉致られた時には清美は現場にいなかったそうだが、その 時近くにいた不良仲間の話では、K工の連中と一緒に見るからに本職のヤクザ がいたと言う事なのだ。 「きっと、K工のOBか何かに決まっているわ。でも、相手がヤクザじゃ、い くら隆俊だってヤバイわよ。留璃子の事は私等で何とかするから、アンタは 逃げてちょうだい! 」 自分の初めての男が、よりによってヤクザに狙われている事を悟った不良少女 は、彼を逃がす為に家に駆け付けて来たのだ。しかし、だからと言って、これ 幸いと尻に帆を掛ける少年では無い。 「あの神社だな、わかった。もうお前は家に帰っていろ。話は俺が付けてやる」 「ちっ… 違うわよ! アンタには逃げて欲しいの。元々はアタシ等が頼んだ もめ事なんだから、アンタは逃げてちょうだい。相手はヤクザなんだよ! 」 彼女の説得の意を取り違えている隆俊が怒りに腕を震わせている事から、清美 は大いに慌てて彼を諌めに掛かる。 「馬鹿を言うなよ。これで逃げ出したら留璃子はどうなるんだ? それに、お 前だけが出て行っても、何の解決にも成らないだろう? 」 「あたしも留璃子も、殺されやしないさ! でも、アンタは… 相手は、ヤク ザなんだからね、大人しく逃げてちょうだい、お願いよ」 彼に縋り付く不良少女を隆俊は凄惨な笑みを浮かべて引き剥がす。 「ちょっと待っていろ」 一旦家に中に引き下がり着衣を整えた少年は、改め玄関にとって帰すと清美の 前でスニーカーを突っ掛ける。 「一緒に来るなら来い。まあ、帰れって言っても付いてくるんだろう? 」 「だめ! 行かないで、行っちゃ駄目! お願い、逃げてよ。お願いだから… 」 不良少女の懇願も虚しく、隆俊は平然と歩いてマンションを後にした。
「ねえ、マッポを頼ろうよ。こう成ったら、それが一番だよ」 「マッポは嫌いだし、だいたい、警察沙汰に成ったら、お前等だってタダじゃ 済まないだろうが。それにK工とのもめ事に落としまえにも成らないぜ。グ ズグスと後を引くのは真っ平さ。まあ、万事俺に任せておけ」 切羽詰まった末の清美の提案を、少年はにべもなく一蹴する。不安で再び青ざ める不良少女を引き連れて、とうとう彼は指定された神社へと辿り着く。 「きっ! 来ました! あの餓鬼です」 息せき切って階段を駆け上がって来た見張りの部下は、総勢10人余りが控え る境内で仁王立ちの熊倉に報告する。下級生まで巻き込めば30人を超える勢 力を誇るK工ではあるが、この前の経緯を考えれば、さすがに部下全員を連れ てくるのは憚られる。従って、同級生のみを集めた復讐戦であったが、慎重な 熊倉は切り札を用意している。それぞれが手に木刀や金属バットなどの獲物を 持つ不良高校生の中には、拉致された留璃子が青ざめたままで捕まえられてい た。 「お前の色男が、ノコノコとやって来やがったぜ」 まだ顎に包帯を巻き、ギブスで固定されていることから言葉が不明瞭な熊倉が せせら笑う。自分を救い出しに来てくれたことは嬉しいが、今後の隆俊の運命 を考えれば、留璃子は涙が止まらない。親友と共に大柄な少年が本当に姿を現 した時には、彼女は胸が張り裂ける様な思いで目を伏せた。人質の少女の不安 を他所に、熊倉は勝ち誇った様に呼び掛ける。 「来やがったな、この馬鹿野郎! きっちりとおとしまえを付けてやるぜ! 」 「女を人質に取らなきゃ、なにも出来ない阿呆が、偉そうな口を叩くな! こ のボケ! 」 これだけの不良生徒に囲まれながら、隆俊は怯む様子を微塵も見せない。本当 ならば、この大柄な中学生が持つ異様な雰囲気に、もう少し警戒心を持つべき なのだが、切り札がある熊倉は油断していた。 「馬鹿な餓鬼だぜ。今日の俺達には凄え助っ人がいるんだよ。政人さん、お願 いします」 熊倉の呼び掛けに応えて、神社の祠の裏から、もったいつけてヤクザ者が登場 する。暑いのに白のサマージャケットを羽織り、安物の葉巻きを吹かしながら 現れたヤクザは、サングラスを光らせて隆俊の威嚇する様に睨み付ける。 「いいか、政人さんは、◯×組の盃を貰った、現役のヤクザなんだからな。お 前をぶっ殺す為に、今日は来てもらったんだ」 さすがに本職だけの事はあり、姿を現したヤクザの持つ凶暴な雰囲気は、その 周囲に居る不良高校生等とはひと味違っている。予測はしていたが、本物のヤ クザが現れた事で、改めて清美の顔色が青ざめた。助っ人のヤクザがバックに 控えてくれていた事から、K工の不良連中は増長して、大柄な少年の嘲笑う。 「さあ、どうする? 土下座じゃ済まねえぜ! 」 「おう、ぶっ殺してやろうか? 」 「手足の骨くらいで勘弁はしないからな」 次々と投げ掛けられる不良少年等からの威勢の良い脅し文句に、思わず隆俊は 苦笑いを浮かべた。 (あれ? こんな時に笑っているの? この人、どう成っているのかしら? ) 予想通りに相手にヤクザがいる事で、すっかりと怯えてしまった清美は、少年 が畏縮する事もなく堂々として苦笑するのを不思議そうに見つめるばかりだ。 だが、最初の変化は、そのヤクザから現れた。しばらくはK工の生徒等の助っ 人として振る舞い、隆俊を睨み付けていたヤクザが、いきなりハッとした顔に 成り、タバコを捨てると慌ててサングラスを外したのだ。 「まっ… まさか、ボン… 」 ようやく自分の正体に気付いたヤクザに向って、隆俊は凄絶な笑顔で応える。 「餓鬼の喧嘩に顔を出すって言うから、どこの腐れ極道かと思って来てみれば 、お前だったのかよ、マサ! 」 それまで口々に少年の罵っていた連中は、自分らの頼りの助っ人があからさま に落ち着きを失い、見る見る内に青ざめて行くのを不思議に思い黙り込む。 「いえ、あの… その、これにはわけが… 俺、いや、自分は、その、K工業 高校のOBで、それでもって、その… えっと、手に負えない乱暴モノがい るから、手助けしてくれって… でも、まさか、相手がボンとは、知らなか ったんです。あの… 何と言うか、その… 申し訳ありません」 サングラスを取ったヤクザは、それまでの横柄で威圧的な態度とは一転してい きなり少年に向って最敬礼する。
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