「まあ、OBが後輩の喧嘩に出てくる、しかも相手が中坊だって言うもの余 り誉められた事じゃ無いが… それならば、今日の喧嘩はお前が相手でい いんだな? 」 「じっ… 冗談じゃ無いっス。ボンに指一本でも触れたら、俺が消されて山 に埋められてしまいます。どうか、勘弁して下さい。知らなかったんです よ、まさか、ボンが相手だなんて… 勘弁して下さい! 」 真っ青に成って抗弁するヤクザを見ていて、K工の不良連中は明らかに動揺 している。そんな最中にも、隆俊は落ち着き払って言葉を続ける。 「心配するな。子供の喧嘩に出てくる様な情けない親父じゃ無いさ。それに 、第一、親父はまだ務所の中なんだぜ」 「許して下さい、オヤッサンはムショでも、もしも、俺が… いや、自分が こんな事でボンに喧嘩を売ったなんて兄貴等に知れたら、指を落とすくら いじゃカタは付きません。生意気な奴がいるから、ちょっと脅かしてくれ って頼まれただけなんですよ。どうか、堪忍して下さい。お願いします、 ボン」 組一番の武闘派の幹部として知られている隆俊の父親は、この前の他の組織 との抗争の末に、幾多の傷害事件の犯人として長い務めに出ている。手下の 古参の組員を引き連れて相手の事務所に乗り込みひと暴れした挙げ句に、敵 対する組長に大怪我を負わせて病院送りにした報いではあるが、まだ、その 頃には盃も貰えていなかったチンピラの政人にとって、隆俊の父親は鬼にも 見えたものだった。 よりによって、その筋金入りの極道の息子を敵に回してしまった駆け出しの チンピラは、後輩におだてられてホイホイと喧嘩の助っ人に加わった事を心 底から後悔している。 だが、そんなヤクザの狼狽を他所に、K工の不良連中は当惑を深めるばかり だった。駆け出しのヤクザと言っても政人は、K工のOBでは伝説的なワル なのだ。在学中には近隣の高校を暴力で締めた挙げ句に、何度も繰り返して 補導を喰らった政人は、卒業後もチンピラから正規の組員という、言わば悪 のエリートコースを進んだ極道者である。その極悪なOBが冷や汗を流して 詫びを入れる隆俊の存在は、彼等にはどうにも理解し難い。鬼の様に怖いO Bが平伏す中学生の存在に、彼等は明らかに困惑している。 「あっ… あの、政人さん、これはいったい… 」 隆俊に砕かれた顎に巻かれた包帯の痛々しい熊倉は我慢出来なく成って、頼 りにしていたOBに問いかける。しかし、後輩に目を向けた政人は鬼の形相 が浮かんでいる。 「この馬鹿野郎! よりによって、ボンを締めるだと! ふざけるな! こ のお方の親父さんは、うちの組の大幹部なんだぞ! 」 歴代OBの中でも、とくに恐れられていた政人の一喝が周囲の不良生徒を震 え上がらせた。 「そっ… そんな」 驚き喚いた熊倉の横っ面に、怒れるOBのパンチが炸裂する。折角手術で繋 いだ顎の骨を再びヤクザの手で粉砕されて、不良のボスはもんどりうってひ っくり返った。勢い付いた下っ端のヤクザは、返す刀でボスの左右に立ち竦 んでいた2人の不良も次々とぶちのめす。 隆俊だけでも手強いのに、頼りにしていた伝説のOBにまで手の平を返され ては、如何に乱暴な事で知られているK工の不良生徒も堪らない。しかも、 呼び出した上にリンチに掛けようと目論んだ中坊が、実はヤクザの幹部の息 子だったと聞かされては、餓鬼同士でつまらぬ諍いに明け暮れていた不良少 年等にとっては、手に負えない事態である。瞬く間に3人の後輩を殴り倒し た政人は、振り返ると血走った目で隆俊を見つめる。 「こいつ等は、この後で俺が… いや、自分がきっちりとカタを付けます。 それが済んだら… 」 政人は一瞬下唇を噛み締めて躊躇した後に、再び口を開いた。 「済んだら… 指を詰めて、お届けに上がりますから、どうか、自分の不始 末は、それで勘弁して下さい。お願いします」 小指を落とす事でおとしまえを付ける覚悟を決めた下っ端のヤクザは悲愴な 思いを口にした。 「俺は堅気だぜ、マサ。ヤクザの指を貰っても始末に困るだけだ。それに、 親父に黙って、そんなおとしまえを付けられたら、俺の方が糞親父にブッ 殺されるさ。わかるだろう? ここはひとつ、お互いに穏便にすませよう ぜ」 隆俊の台詞に救われた様に、政人は緊張を緩める。 「それじゃ、勘弁して下さるんですか? 」 「ああ、お前が黙っていれば、今日の事は何もナシだ。俺はマサには合って いないし、マサも阿呆な後輩の為に恥をかいてはいない。それでいいだろ う? ところで… 」 隆俊は下っ端のヤクザから目を離して、留璃子の方を見る。 「そう言う事なら、俺はもう帰りたいけれど、まだ、女が捕まったままなん だよな」 余りの事の成り行きに対応出来なかった不良の一人は、呆然としながら相変 わらず留璃子を捕まえていたのだ。 「この餓鬼! 」 鬼の形相で迫るヤクザに気押されて、慌てて留璃子の手を離した不良少年だ が、頭に血が昇っている伝説のOBは容赦なく彼の事も殴り倒してしまう。 自由の身に成った留璃子は泣きながら少年の元に駆け寄った。 「なにか酷い事をされたのか? 留璃子? 」 「いいえ、捕まって、ここに連れてこられただけよ。もっとも、あとで輪姦 するって言っていたけれどね」 照れ隠しの為か、なんとか微笑もうと努力する留璃子を、隆俊はしっかりと 抱き締めてやった。傍らでは嫉妬に駆られた清美が柳眉を逆立てている。 「それじゃ、俺は帰るぜ、マサ」 隆俊は茶髪の少女の方を抱いて言い放つ。 「御面倒をおかけしました、ボン。後の始末は任せて下さい。こいつ等、き っちりと説教しておきますから」 窮地を脱した下っ端のヤクザは、膝を折って頭を深々と下げて挨拶する。 「あっ… そうだ」 女と取り戻した少年は、あらためて恐怖に震え上がっているK工の残りの不 良連中に顔を向けた。 「復讐戦を仕掛けるのは構わんが、女を人質に取るのはいただけねえな。俺 は呼び出されたら、何時でも、何処にでも出向いてやるから、仕返しを考 えているなら電話なり、使いの者を寄越すことだ」 べつに脅かすつもりは無いが、これ以上、留璃子や清美に累が及ぶの嫌って 隆俊は釘を刺す。 「御心配には及びません。ボンを始めとして、そちらのお嬢さん等にも、手 出しするなんて絶対に思えない様に、これからキッチリと教育しますから 任せて下さい」 あわや指を詰めるピンチに自分を追いやった、馬鹿な後輩を前にして、政人 は怒りを露にしながら、青い顔の不良生徒等を睨み付ける。 「あっ… そう。それなら、任せるよ、マサ。まあ、なるべく穏便に『説教 』してやってくれ」 心配して駆け付けた清美と、取り返した留璃子を左右に従えて、隆俊は因縁 の神社の境内を後にする。背中で政人の後輩等に対する怒号を聞きながら、 3人は石段を下って笑いながら去って行った。
牝喰伝 6 END
なにか一言カキコ下さると嬉しいです→ 掲示板にGO
|