その33

 

 

 

 

少し落ち着いて辺りを見回せば、短い期間であっても、やはり昔は現場に身を

置いた事がある園子は、ドキドキしながらセットの組み立てを見守ってしまう

。流石に本職の大道具の連中の手際は良く、スタジオの隅には、見る間に学校

の教室の一部が再現されて行く。その間にも、音声担当がミキサーの調整を行

い、照明係りはライティングのチェックに余念が無い。

器材等はかなり小型化されているが、やはりアダルトビデオの撮影現場の雰囲

気は、昔も今もあまり変わりは無かった。女監督の隣に陣取った園子は、改め

て手渡された急拵えの台本擬に目を落とす。

(ふ〜ん、舞台は学校の教室で、女の先生が、真面目な生徒の童貞を奪う… 

 か? それって、ちょっと無理があるんじゃ無いかしら? 隆俊が童貞っ

 て言うのは、ねぇ… )

まあ、背広よりも学生服の方が、まだまだ似合う幼顔なのは確かだが、不良少

年特有の、どことなく崩れた感じが漂う隆俊に、真面目な童貞の学生は務まる

まい。そんな事を考えていた園子の前に、一人の女が立ちはだかる。

「あら、どうしたの? 千尋ちゃん? 」

自分の前を塞いだと思ったのは園子の勘違いであり、いきなり現れた女は、監

督である由紀江に用事があったのだ。

「カントク… あれ、何ですか? あの子… 」

どう見ても友好的とは思えない呼び掛けを行った美しい女に、園子は見覚えが

ある。深夜の、お色気系のテレビ番組で、ちょこちょこと顔を出す井上千尋は

、今、もっとも売れっ子のAV女優であろう。テレビへの出演の際には、その

見事なボディを、サイズギリギリの水着で隠している彼女だが、今は、おそら

く女教師と言う設定のせいで、地味なクリーム色のスーツ姿だった。

しかもひっつめた髪型に小道具である銀縁の眼鏡を掛けた美女は、言われて見

れば女教師にも思えるから不思議なものだ。しかし、野暮ったいスーツも、千

尋のスタイルの良さをスポイルする事は無い。教師らしい清純派を装おう白い

ブラウスの胸元の膨らみは、プロポーションに自信のある園子もたじろぐボリ

ューム感を示している。すこしキツ目の化粧とスーツ姿が相まって、ちょっと

見ならば知的にすら感じられる美女は、明らかに不満をもって、撮影の現場責

任者の元へと足を運んでいた。

「さっき、今日の相方の子が挨拶に来たんですけれど、あれ、丸っきりの餓鬼

 じゃ無いですか? あんなのを相手に、どうやって演技すればいいんですか

 ? あの調子なら5分どころか、3分だって持たないでしょう? 」

度は付けられていない素通しの銀縁眼鏡の奥で瞳を光らせて、千尋は呆れた様

子で文句を続ける。

「それに、さっきマネージャーに聞いたんですけれど、今日は志保子ちゃんも

 撮りが入っているのに、相手役は、あのボウヤだけって話じゃ無いですか? 」

ここで千尋はチラりと園子にも視線を投げかける。

「志保子ちゃんだけじゃ無くて、この人も入るならば、3人でしょう? あの

 小僧ひとりで、いったい何を撮るって言うのですか? 」

千尋の剣幕に驚いていた園子は、自分も現役のAV女優と間違えられて狼狽す

る。

「あらあら、あなたまでメンバーに入れられてしまっているわね、園子。どう

 、いっその事、これを機会に現役復帰を考えて見れば? 」

可笑しそうに笑う由紀江の台詞に、耳たぶまで真っ赤にした園子は、あわてて

両手を胸元まで持ち上げて、首を横に振る。

「馬鹿な事を言わないでちょうだいよ、由紀江さん。私なんか… 」

「そうでも無いわよ。彼方がその気ならば、復帰は何時でも大歓迎だわ」

満更、社交辞令では無く、微笑みながらも目が笑っていない由紀江の誘いを、

園子は懸命に断った。

「無理です。もう… 人様にお見せ出来る躯じゃありません」

「ふ〜ん、そう、残念だわ。人妻モノならばピッタリなのにね… 」

昔なじみのスカウトに失敗した由紀江は、改めて不満顔の今日の主演女優の

方を振り向く。

「今日の分の台本は、もう渡してあるハズよ。撮影は、スケジュール通りに

 やります。男優さんについては、貴女の心配には及びません。新人の子だ

 けれど、タフなんだから」

文句を付けて来た千尋に向って、女監督はピシャリと言い放つ。

「タフって言っても、まだ子供ですよ。いったい幾つなんですか? あんな

 のを相手に持たせろって言われても、限界はありますからね。1〜2度も

 噴いて、タネ切れに成ったら時間の無駄ですから、私、帰らせてもらいま

 す」

若い獣が身に纏った餓鬼の衣に幻惑されて、女教師のコスプレをした売れっ

子のAV女優は不満を言い募る。なにしろ、今が旬の美女だから、周囲も千

尋を甘やかしていて、美貌のAV女優はかなり増長していた。だいたい、ス

タジオ入りまでは、若妻の不倫の撮影だったハズなのに、いきなり台本が差

し換えられたのも気に入らない。しかも、相手が素人同然の餓鬼と来たもの

だから、千尋の不満は爆発寸前なのだ。

「ええ、いいわよ。もしも、あの子があっさりと終わってしまって、もうギ

 ブアップなんて事に成ったら、今日の撮影はそこでおしまい。しかも、貴

 女へのギャラは倍出す事にするわ。でも、その代わり、台本にも書いてあ

 るけれど、彼はタフだから、途中で休憩なんか入れないで、一気に長回し

 で撮るからね。貴女もプロなんだから弱音なんて吐かないでよ、千尋」

自信たっぷりな由紀江の言葉が、美人女優のプライドを傷つける。

「ほんとうに手加減しなくて良いんですね。それならば、今日の撮影は10

 分も掛からずにオシマイですよ。ギャラの倍額の事、忘れないで下さいね」

出演料が2倍に成り、尚かつ今日の仕事から早く解放されると考えて、よう

やく千尋は機嫌をなおす。女監督の横で、人気AV女優のこれからを思い、

痛ましげな目をして自分を見ている園子の様子などお構い無しに、千尋は満

足して頷いていた。そんな主演女優に対して、由紀江は更に追い討ちをかけ

る。

「台本の最初に、この作品の題名が書いてあるでしょう? 『女教師、濡れ

 た教室』だったかしら? でも、多分、これって変更になるわね」

いきなりでっち上げたから、まだ教室の濡れ場のシーンしか書き上がってい

ない薄い台本擬をヒラヒラさせながら、サングラスを掛けた女監督は不敵な

笑みを浮かべる。

「おそらく、新しい題名は… 『女教師・壊れる』か? 『女教師・無惨』

 に成ると思うのよ」

由紀江の言葉に、千尋は銀縁眼鏡の素通しレンズの奥で、瞳を釣り上げる。

「私が逆に、あの子に翻弄されるとでも言うのですか? あんな子供に? 

 馬鹿げています。お話にも成りません! いいですか? ギャラの倍額の

 事、後で恍けないでくださいね、カントク! 」

 

 

 

 


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