その32

 

 

 

 

「さて、どう成っているのかしら? 」

愛車のセリカのハンドルを握る園子は、フロントグラスの向こう側の光景を見

ながら、独り言を呟く。隆俊を預けてから、かれこれ5日が過ぎていた。2〜

3日で連絡を寄越すはずの由紀江からは無しの礫だったが、消耗し切った姉を

回復させるのには都合が良かったことから、敢えて5日目の今朝までは、こち

らの方から連絡はしなかったのだが、流石に5日目とも成ると、今度は彼の不

在に無聊を感じてしまった園子は、我慢出来なく成り、ついに女監督の元に電

話を入れていたのだ。

「あら。園子… そうだ、彼方、今日は暇かしら? 実は今日からトシくんの

 初の主演作を撮影に入るのよ。撮るのはウチのスタジオだから時間が有るな

 らば、見学にいらっしゃいな」

テストどころか、早くも撮影に取り掛かると聞かされて、些か園子は面喰らう

「あの… それじゃ、隆俊は… その… 合格なんですか? AV男優として

 ? 」

彼女の問いかけに応えて、携帯のスピーカーから乾いた笑い声が漏れてくる。

「ふふふふふ… そんな事、分かっているでしょう? トシくんなのよ」

5日前の邪険な反応とはうって変わった由紀江の声を聞いて、園子はこの数日

間に起った出来事に想像が付いた。電話を切った彼女は矢も盾も堪らずに家を

飛び出して、こうして愛車を駆って、由紀江のスタジオを兼ねた豪邸に向って

いる。

撮影に入っている為なのか? 些か過剰に感じる警備を無事に通過して駐車場

にセリカを乗り付ければ、おそらく撮影スタッフが乗って来たと思われるワゴ

ン車が数台、杜撰な形に停められていた。AV女優としてよりも、女監督とし

ての才能が評価された彼女は、豪邸の裏に個人のスタジオまでも造っている。

個人レーベルを立ち上げてからの由紀江の多くの作品は、ほとんどがこの撮影

スタジオで撮られたものだ。

女中のひとりに案内されて、渡り廊下を進むと、まるで大きな倉庫を思わせる

建物に出会したから、改めて園子は彼女の成功と財力を思い知らされる。大き

な扉を開き、幾つかのセットが組まれているスタジオの中に足を踏み入れた園

子は、数人の男性スタッフに囲まれたままで、撮影場用のパイプ椅子に腰掛け

て、あれこれと指示を出す由紀江の姿を簡単に見つける事が可能だっだ。しか

し、意外な事に、由紀江は濃いサングラスを掛けている。これまで園子は彼女

がサングラスを掛けている所などは見た事も無かったから、すこしドギマギし

てしまった。

「こんにちわ、由紀江さん」

指示を受けたスタッフが三々五々に散って行ったタイミングを見計らい、園子

は大きな恩のある女監督に話し掛ける。

「あら、園子… よく来てくれたわ。御免ね、腰掛けたままで失礼させてもら

 うけれど、さあ、彼方もそこにお座りなさいな」

横に置かれたパイプ椅子を指し示されたから、園子は逆らう事なく、サングラ

ス姿の女監督の脇に腰掛ける。辺りにスタッフの影が見当たらないのを確かめ

てから、由紀江はそっとサングラスを外して昔のレズの恋人に素顔を曝す。

「まあ… 」

悪戯を見つけられた幼子の様に微笑む由紀江の目の下には、ファンデーション

などでは隠し様も無い、色濃い隈がくっきりと浮き上がり、柔和な目は無惨に

充血しているではないか。

「まったく、年を取るとダメよね。荒淫がてきめんに顔に出ちゃうもの。それ

 に、腰も、もうガタガタよ。松葉杖が欲しいくらいだわ」

そう言えば、珍しくタートルネックのシャツを着込み、さらにスカーフで首筋

を隠しているのも、どうやら若い獣に貪り喰らわれた後を誤魔化す為の粧いな

のであろう。身の覚えのある園子だから、昨日までの4日間の淫行で、由紀江

が負ったダメージも偲ばれると言うものだ。そうなると、あの最初の日の由紀

江の侮りが可笑しくて、思わず園子は意地悪な質問を口にした。

「どうやら、隆俊の良さを、しっかりと味わったみたいですね」

昔、ネコとして可愛がった園子の問いかけに、由紀江はサングラスで再び血走

った瞳を隠しながら頷いた。

「ええ、骨身に染みたわよ。まったく… あれで中学生だって言うのだから驚

 きよね。園子も用心して付き合いなさいよ。油断したら骨までしゃぶられち

 ゃうから」

言われる間でもなく、野方図な若い野獣から姉の暢子を引き剥がす為に、園子

はこの屋敷に隆俊を連れ込んだのだ。だが、どうやらあの性獣は、どうやら百

戦錬磨の由紀江でさえ、己のペースに巻き込んでしまった様である。

「本当は他の話を用意していたのだけれど、トシくんが来てくれたから、新し

 くシナリオを書き降ろしたのよ。せっかく現役の中学生が入ってくれるなら

 ば、これは王道のひとつの女教師モノを撮らない手は無いでしょう? 」

おそらく彼女の発案で、急にスケジュールが強引に変更されたのであろう。ス

タジオの片隅に造られていた従来のセットが、大急ぎで撤去されると同時に、

学校を思わせる小道具、教壇や安物のデスク、それに黒板等が、大道具係りの

手で着々と組まれて行く。

なるほど、たしかに女教師モノの相手役ならば、隆俊はうってつけだ。なにし

ろ、年を誤魔化す必要は無い。巷に溢れる学園モノのAVの多くは、やけにお

っさん臭い学生が登場して、何とも白けた雰囲気を醸し出してしまうが、隆俊

は中身はとにかく見てくれは餓鬼だったから、そんな心配は無用だ。

「考えましたね、由紀江さん。でも、そんなに急にお話を変えてしまって、大

 丈夫なんですか? 」

「大丈夫じゃ無いわね。でも、思い付いてしまったのだから、しようが無いで

 しょ? それに、今日は演技な無しで、濡れ場だけ先に撮ってしまう予定な

 のよ。だから、台本だって、ほらね… 」

彼女はワープロで書かれたA3の用紙数枚をヒラヒラさせる。それは、とても

台本などと呼べる代物では無い。しかし、確かに濡れ場だけならば、いきなり

の撮影でも、しかも素人であっても、なんとか乗り切れるであろう。

(問題は隆俊が、こんなに大勢のスタッフの目の前で、本番を犯れるか、どう

 か? よね)

監督を務める由紀江の他に、カメラマンとその助手、音声担当、照明、スチー

ル撮影等、10人を超えるギャラリーを前に、はたして隆俊はセックスが出来

るのか? ほんの少しの不安が園子の脳裏を掠めている。心配から表情を曇ら

せた園子の胸を内を正確に洞察した女監督は、昔の(恋人)の手に、自分の掌

を重ねて微笑んだ。

「心配はいらないわ。今日の事を話したら、あなたの愛人は何て言ったと思う

 ? 楽しみで寝られないって、おおハシャギなんだから。まったく、呆れた

 子よね、トシくんは… 」

憂いを帯びた目で由紀江から見つめられて、園子は何故かあっさりと得心して

いる。そうだ… 隆俊に限って臆する事はあるまい。なにしろ自分と暢子、さ

らには、おそらく由紀江でさえも虜にしつつある若い野獣にとって、撮影の際

の周囲の雑音など、なんら気には成るまい。彼の太々しい面構えを思い出して

、園子は俯き苦笑いを浮かべていた。

 

 

 

牝喰伝 4 END

 

 

 

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