牝喰伝 4
その 25

 

 

 

 

「どこに連れて行くつもりなんだよ? 何の約束だかは知らないが、そんなのバ

 ッくれて、このままホテルへ行こうぜ」

園子の運転する白のセリカの助手席で、隆俊はむくれたままで言い放つ。

「我侭を言わないの。小遣いを稼ぎたいって言ったのは、隆俊じゃない」

割りの良いバイトがあるから、一儲けする気は無いか? と、言う園子の言葉に

少年は、一も二も無く飛びついている。なにしろ世間で中学生を雇ってくれる職

場は、ほとんど無いので、少年は年相応に慢性的な金欠状態に悩んでいる。弱い

もの虐めを潔しとしない不良少年にとってカツアゲなどはもっての他だから、ど

んな仕事であれ園子の誘いはとても嬉しい。だが、美味しい話に飛びついた少年

は、まだ美貌の義叔母から、具体的な仕事の内容を聞かされてはいない。

「それで、いったいどんな仕事なんだ? 1日で10万に成るって言うのは、嘘

 じゃ無いだろうな? 」

法外な報酬であるから、胡散臭い仕事だとは分かっているが、それでも、ここま

で来たならば、彼はたいていのヤバイ事をやってのけるつもりでいる。

(10万あれば、PSPとニンテンと、それから、かなりの数のソフトが買える

 からな)

取らぬ狸の皮算用を楽しむ甥っ子に向って、園子は意味ありげな流し目をくれる。

「簡単な仕事よ、いまは、その為の面接に向っている所。仕事の内容はそこで分

 かるから、もう少し大人しくしていなさいね」

彼女の操るセリカは繁華街のメインストリートを外れると、少し奥まった場所に

そびえ立つ白亜の豪邸へと吸い込まれる。彼女等の到着を待っていた様に、リモ

トコントロールで背の高い門扉が静かに閉まり、豪邸は隠されてしまった。玄関

正面の車止でセリカを降りた隆俊は、勝手知ったる様子の園子の後に大人しく付

いて行く。

「なんだよ? デカい家なのに、誰もいないのか? 」

生まれて初めて豪邸と呼べる館に足を踏み入れた隆俊は、物珍しそうにキョロキ

ョロと辺りを見回す。

「いるわよ、とびっきりの女主人がね。さあ、こっちよ」

園子は、どんどんと長い廊下を進み、突き当たりの大きなドアの前で立ち止まる

。控え目にノックをすると、中から応答があった。

「どうぞ、園子でしょう? 待っていたわよ」

「ええ、そうです由紀江さん」

ドアを開けた園子に次いで、隆俊も部屋に足を踏み入れる。全体が南欧を思わせ

る開放的な色使いの家具が調和の取れた配置が成された大きな部屋で、主人はガ

ウン姿で長椅子に寝そべっている。

年の頃は30代の後半であろうか? くっきりと瞳を印象つける、比較的に派手

なメイクの美女は、立ち上がると満面に笑みを称えて園子の元に歩み寄る。園子

も女としては背の高い方だが、この館の派手な主人の方が、すこしばかり美しい

義叔母よりも長身だ。まるで外国の映画の様な大袈裟な仕種で、女主人は園子に

抱きついた。

「ひさしぶりね、もう3年、いや4年に成るかしら、さあ、可愛い顔を、もっと

 ちゃんと見せて頂戴」

園子の両頬に掌を押し当てた女主人は、感極まった様に美しい義叔母を見つめる

と、そのまま自然な様子で唇を重ねてしまうから、さすがに脇に控えていた隆俊

も驚いた。

(なんだ? この女? レズなのか? 俺の仕事とどんな関係があるんだよ? )

女同士の艶かしいくちづけに圧倒されて、暫し隆俊は言葉を忘れて二人のキスシ

ーンを見つめている。

「ふぅ… 相変わらず、情熱的なのね、ママ」

お互いの唾液を貪り合う様なキスを終えると、目元をほんのりと赤く染めた園子

が、隆俊の手前もあってか? 恥ずかしそうに呟いた。

「ええ、そうよ、逃した掌中の玉が、こうして再び顔を出してくれたのですもの

 、こんなに嬉しい事は無いわ。さあ、突っ立っていないで座りなさい。彼方が

 好きだった銘柄のシャンペンも冷やしてあるの」

肩をかき抱く様に園子をソファへと連れて行く『ママ』と呼ばれた女主人に無視

されて、隆俊は所在なさ実にその場に棒立ちに成っている。

「駄目よ、ママ、アルコールは。今日は私は車なの」

「そんなの、ここに置いて行けばいいわ。帰りはウチの若いのに送らせるわよ。

 3年ぶりの再会なのに、乾杯も無しでは寂しいわ」

部屋の隅で立ちすくむ少年など眼中に無い美しい熟女は、無理に園子にシャンペ

ングラスを押し付けると、中に果実の発砲酒を満たして行く。

「ママ、お気持ちは嬉しいけれど、今日はビジネスで来たのよ。この間、電話で

 話したでしょう? 」

グラスに口を付ける前に、園子は乾杯を拒み『ママ』に向って今日の来訪の目的

を思い出させる。

「えっ… ああ、あの話ね? 分かっているわよ、でも… 」

ここで初めて『ママ』は、部屋の入り口付近で所在なく立ちつくしている隆俊に

目を向けた。けして忘れていたわけでは無いが、彼女にとっては、この少年の話

は園子と再会する為のおまけみたいなモノなのだ。興奮を抑えて立ち上がった『

ママ』は、憮然と佇む少年の傍らに歩み寄る。

「ねえ、園子。これは何かの冗談なの? だって、まだ子供じゃない。たしかに

 形はデカイけれど、この子、いったい幾つなのよ? 」

「まだ中学生よ、『ママ』」

園子の返答に『ママ』は心底面白そうに笑い転げる。

「あはははははは… 中学生? 彼方、中学生にAVの男優をやらせるつもり? 

 こんなに面白い冗談は初めてよ。久しぶりに笑わせてもらったわ」

少年とは思えない隆俊の分厚い胸板に手を置いて、『ママ』は身を捩り笑い続け

た。一方、美しい義叔母が持ち込んで来たアルバイトの内容がアダアルトビデオ

の男優と聞かされて、さすがに隆俊も驚きを隠せない。

実は、園子がこの話を『ママ』に持ち込んだのには切羽詰まった理由があるのだ

。彼女の姉の暢子が、すっかりと義理の息子である隆俊との愛欲塗れの生活に溺

れてしまい、ついにはもう一週間も続けて店の顔を出さない日々が続いている。

最初は病気だとか、遠い地方の親戚の不幸だとか言って誤魔化して来たチーママ

格の園子であったが、そんな嘘ももう限界に達している。人気の美人姉妹が切り

盛りが売りの繁盛しているスナックから、しっかり者の姉が姿をけしてしまった

ことは早晩に繁華街でも噂に成るだろう。

隆俊の父親の服役中には、間違いの無い様に気を配っている組員等の耳にも、お

そらく噂は流れ着く。暢子の不在が知れたならば、話はやっかいな事に成るのが

目に見えている。しかし、野獣の様なタフさを誇り、暢子を骨抜きにしている義

理の甥は、そんな事情を考える事も無く、日々、美しい義母や、叔母にあたる園

子を相手に性欲を満たす行為に勤しんでいた。

 

 

 


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