笹川隆俊は、この春に中学2年生に進級したばかりだが、学校の外を私服で歩 く彼を見かけたならば、彼がまだ義務教育を終えていないとは誰も考えないだ ろう。身長は1メーター80を少し上回り、体重も90キロを超える堂々たる 体躯を見て、一目で彼を中学生だと見破る者はいなかった。しかも、親の影響 もあってか? 彼は極めて腕っぷしも強く、この界隈では負け知らずのやんち ゃな不良なのだ。 人並みはずれた体格と不敵な面構えから、ちょっかいかけてくるのは中学の上 級生の不良だけにとどまらず、近在の高校のワルも隆俊を目の敵にしている。 だが、この大男はどんな状況の喧嘩でも正確に相手の親玉か、あるいは中核の メンバーを瞬時に洞察して、そいつを徹底的にぶちのめす事で勝利を重ねてい る。 こちらから仕掛ける事はめったに無いが相手がその気であれば、容赦無く壊れ るまで殴り倒す隆俊は、最近では繁華街の凶暴な事で知られるチーマ−や地元 の暴走族の連中も目を合わさなく成っていた。ちょっとした出来事で揉めた暴 走族の大型バイクを奪い取り持ち上げて、橋の上から河に投げ捨てて見せた事 は、今ではこの界隈で暴走を繰り返す族の連中に伝説として語り継がれている 。だが、外から見れば凶暴極まりない隆俊も中身はまだ少年であり、この日も 中学の不良仲間と連れ立って繁華街のゲームセンターに陣取り、ひたすら格闘 ゲームに熱中して遊んでいた。 「やばいっすよ、タカさん。もう12時っすよ」 十八番のキャラで得意の連続技を決めて御満悦の隆俊に、これがチャンスとば かりに仲間が呼び掛けた。 「おう、そんな時間か? それじゃ、帰るか」 並みいる不良仲間達の中でも頭一つ大きい少年は、まだ未練ありげに格闘ゲー ムの画面を眺めながら、ようやくパイプ椅子から立ち上がる。彼等が中学生だ と知りながら深夜に及ぶまでゲームで遊ぶ事を許している遊戯場を出たところ で、偶然にも、この界隈でも荒れている事で名の知れた高校の不良連中をはち 合わせと成った。別に隆俊の方には何も含む所のものは無いから、黙って通り 過ぎようとするが。彼の威光をバックに虎の威を借りた仲間の中学生の連中が 露骨に年上の不良を嘲笑う。 「んだ? コラ! おめえら、なにメンチ切ってるんだ? 」 「うっせい。さわぐなボケ! 殺すぞ! 」 「あんだ? あんだと? てめえら、調子くれてんじゃねえぞ! 」 「ざっていぞ! しめたろか? 刺すぞ! 」 互いに口汚く罵り合う中で、一人の男の声が路地裏に響く。 「お前等、最近良い気に成っているじゃ無いか? こら、頭は誰だ? 」 隆俊と差程変わらぬ長身の男が、高校生の中から一歩足を踏み出して来る。 「俺は藤本だ! 名前くらいは聞いた事があるだろう? 」 名乗りを上げた藤本の態度に、中学生等は青ざめる。地元でも名の知れた荒れ た高校の中でも、藤本は得意の実戦空手の腕を頼りに、たしか2年生の頃から 学校内を占めた武闘派なのだ。逆らう連中を容赦なく、しかも徹底的に痛めつ ける事で知られる不良生徒の登場に、まだ幼顔の残る俄不良の中学生等の間に 動揺が走った。そう、ひとりを除いては… 「あんたがフジモトかい? ようやく会えたな。探したぞ」 強面の大男を前に浮き足立った仲間を押し退けて、隆俊が嬉しそうに前に歩み 出る。 「お前が笹川か? 最近噂に成っている中坊かよ。確かに形はでかいが、ここ らは坊やの遊ぶ場所じゃ無いぜ。とっとと家に帰ってママのおっぱいでも吸 っていろ」 仲間の手前、口では強がってはみたが、流石に実戦空手で鍛えた藤本だけあっ て隆俊の精強さを本能的に察して、その顔には緊張感がありありと見て取れる 。しかし、彼の周囲に屯する高校生連中は、今日は心強い仲間がいてくれる事 から増長して、更に威勢が良く成っていた。 「こら小僧、デカイ面していられるのも今日までだぜ! 」 「おうよ、藤本さんが出ばったからには、もう、お前等の好きにはさせないか らな! 」 「ほら、しょんべんをちびる前に、詫びを入れたらどうなんだ? まあ、詫び ても許しはしないけれどな」 嵩に掛かって喚く高校生の連中に比べて、たとえ隆俊の強さは信じていても、 それでも中学生達には動揺が隠せない。だが、そんな仲間の逡巡など知らぬ顔 の少年は、もう身構えている藤本に笑顔で話し掛けた。 「強いんだってな、アンタ。中々会えなかったからイライラしていたんだ。今 夜は楽しくなりそうだぜ」 傲慢不遜な隆俊の台詞には、流石に藤本も頭に血が昇る。 「セイ! 」 組手では禁じられている顔面への握りこぶしでの一撃は、藤本の予定した通り に少年の丸太の様な腕でガードされた。だが… 「甘いぜ、坊や! セリャ! 」 まんまとフェイントにひっかかり防御の腕を顔に上げた隆俊の脇腹に、綺麗に 藤本の右の回し蹴りがヒットする。 「やった! 必殺の回し蹴り! 」 「どうだ、餓鬼ども! これが藤本さんだぜ! 」 余りにも綺麗に決まった蹴りのせいで、形勢が不利に成ったと信じる中学生連 中は言葉も無い。しかし、回し蹴りを決めたはずの藤本の顔には、なぜか冷や 汗が滲み出していた。 「中々、良い蹴りじゃないか? けっこう効いたぜ」 言葉とは裏腹に、隆俊の顔からは嬉しそうな笑みが消えていない。それに対し て、必殺の蹴りをくれたはずの藤本の方が、年下の少年に気押されて、2〜3 歩ほど後ずさりする始末だった。 (なんて筋肉なんだ? まるで丸太を蹴った様な感じがしたぞ! ) 蹴った自分の右足の臑に、かつて経験の無い鈍痛すら感じた藤本は、自分がと んでも無い奴を敵に回してしまった事を朧げながら理解する。しかし、彼も大 きな顔をして学校内を占めている面子がある。その矜持が不良高校生の判断を 誤らせていた。 「畜生! 喰らえ! セイ! セリャ! 」 気合いの隠った藤本の蹴りや突きを面倒臭気に振払った隆俊は、まるで野生の 肉食動物を思わせる様な鋭い踏み込みを見せたかと思うと、思わぬ反撃に反応 が遅れた高校生の頬にうなりを上げたフックを見舞っていた。 グシャ! なんとも無気味な音と共に頬骨を砕かれた藤本は、もんどりうって冷たいアス ファルトの上に叩き付けられた。自分らのボスのまさかの敗戦に驚いた不良高 校生達に向って、こんどは調子に乗った中学生の側の不良達が無慈悲に襲い掛 かる。 もちろん、実戦空手で鍛えた腕自慢をぶちのめした隆俊も、この乱闘に加わっ ている。いや、中心にいるのは、強敵を倒して獣の血が昂っている大柄な少年 だった。彼は無言のままで当ると幸いとばかりに両腕を振り回して、ボスを倒 されて戦意が乏しい年上の不良連中を片っ端から打ちのめして行く。
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