私は21歳以上です。



      山岳救女隊 

                        作:テンちゃん  
その1
     
 「い、いのうえ〜!!、、お、おい井上っ!しっかりし
ろ!!、、、目を閉じるなぁ!!」

 <山には魔物が住む。特に冬の鶴ヶ岳は気をつけろ>
 
 幼少の頃、叔父と登山に行くたびに聞かされていた言葉
だ。まさに今がその時か。
 
 天候は赤子の表情のようにクルクルと変わり、2時間ほ
ど前から風が強くなってきていた。さらにビバークした場
所が悪い。と、言っても視界のきかない現状では仕方のな
いことだった。

 大学最後の思い出にと、4人のパーティで標高三千メー
トル級の鶴ヶ岳に挑んだはよかったが、このあたりの山は
『連山』を形成し、なおかつ盆地が西側にひらけている為
、その風速は時として台風のソレになる。
 水が一気に狭い通路を通り『鉄砲水』になるように、風
もまた、高い山々の峰をかすめるように吹き抜けて『突風
』に変化する。

 通常、パーティを形成するときは偶数が望ましい。これ
は軍隊などでも同様でいくつかの説がある。
 まず仲間割れしにくいこと。3人、もしくは5人の時だ
とこのような窮地に立ったとき、4人の時と比べると生理
学的に異論が出やすくなる。人間はだれしも仲間を作りた
がる。孤立するのは極力避けようとするものだ。 
 
 冬季登山において最も恐ろしいのは『遭難』そのもので
はない。
 何日間分の食料は携帯していたし、ビバークする為のテ
ントもある。山の天気も時間を追うごとに刻々と変化し、
特に海外の山ならいざ知らず、日本の山において何日も吹
雪いているのは希である。

 焦って動いてはならない。冷静さを欠くこと。これが最
大の敵であることを佐々木は知っていた。
 救助隊は尾根沿いに捜索するはずだし『登山計画書』の
ルートから外れてなければ、よほど運が悪くない限り必ず
発見されるはずだ。
 そこまでを自分なりに整理し、冷静さをとり戻そうとす
る佐々木。
 
 だが『凍傷』、、、、、これだけはどうしようもない。
これは自分でも気付かないうちに進行するのでタチが悪い
うえ、一度かかると丹念に温めてやらないとソコから壊死
をおこすオマケ付きだ。
 
 二人が救助を求め下山に向かった為、残る井上と佐々木
は互いに抹消神経、毛細血管が集中する耳やホホ、鼻など
を数分おきに触れ合い『感覚』の確認をしていたが、雪庇
(雪が穴にフタをした自然の作る落とし穴)に落ち、足を折
った井上は鈍感になったのか、ホホを叩いても反応が鈍く
なっている。

 「だ、だ、めだぁあ!!、、目を閉じるな!!、、、舌
を噛んでみろ!、、そうだ!、、痛いのがわかるだろ!」

 舌を噛み切ると死ぬ。昔からよく言うが、ちょっとやそ
っとで噛み切れるシロモノではない。おそらくよほどの根
性、精神錯乱状態でもない限り常人にはまず無理だろう。
多少、血が滲み出ていたが井上の意識を取り戻すのは容易
ではなかった。

 「、、、、お、おれ、、死ぬ、、、のか、、、な、、」

 「ば、馬鹿なことを言うな!、、今二人が救助を求めに
向かってる!、そうだ!、、、もう着いたころだろう!、
、、あと少しで救助が来る!!」

 お世辞にもウソがうまいと言えない佐々木。果たして無
事下山したのかさえわからないうえ、仮に救助を求めたと
してもこの天候だ。数時間、いや、数日はこのままという
こともあり得る。

 「あ、、、あい、、くぅらず、、、ウソっが、、、下手
だ、、、、、な、、、」

 この辺は井上も察知していたのだろう。微かに笑みを浮
かべるが筋肉が硬直してきたのか顔全体がギクシャクとし
ている。
 このころになると『低体温症』が急激に進み、本人には
猛烈な睡魔が襲ってくる。
 凍傷は痛みも苦しさもないまま井上の肉体を蝕みはじめ
ていたが、看護している佐々木当人もホホが白く変わりは
じめ、ハッとなり自分のホホをさする。

 「、、なんだってんだ!、、こんちくしょうめ!!!」

 彼の全身を激しくさすり、自分の息を吹き付ける佐々木
。井上の指は固まったようにイビツな形を作り動かなくな
る。わずかに洩れ出る白い吐息だけが彼の『生』の証だっ
た。
 だが、しばらくし、その白いモノが見えなくなった。

 「、、、い、いのうえぇぇぇえ!、、いのうえぇええ!
、、、目を、目を覚ませ!、、、おいっ、、ウッゥ!、、
、、ウゥッウウウ、、、、ウゥうぅ、、、」

 
 もうどの位時間が経過したか定かではない。うなるよう
な風はさきほどより幾分やわらいだようだが、依然として
救助が来るとは思えなかった。
 かたわらには井上の遺体がある。そのロウ人形のような
肌色。眠っているようにさえ見える。
 佐々木はリュックからカロリースティックを取り出しゆ
っくり口に運んだ。

 『待つ』という行為は正時間の何倍にも感じられ、色々
な考えが頭をよぎっていく、、、

 頭ではわかっていても、やはり移動した方がよいのでは
ないか、、、佐々木の知識と経験がソレをさえぎる。
 いや、動くな。しかし、移動するならば今がチャンスだ
。残りの体力、食料など考慮しても今、この時をおいて他
にない。天候も回復の兆しをみせ、ひょっとしたらこのま
ま下山できるのではないか。甘い誘惑、、、、
 
 そもそも先に救助を求め下山した二人は無事なのだろう
か。不安がよぎる。誰一人自分達のことなど気付いてない
のではないか。考えれば考えるほど黒い霧が頭を覆ってい
く。 
 
 『井上の死』というハプニングは、彼の理性を失わさせ
自分に都合がいいことだけを考えるようになっていた。

 井上よ、、、おまえならどうする?
 となりの遺体を見つめていると、数時間後の自分を見て
いるようで、固く張り詰めた緊張と自信が一気に崩壊され
そうになる。逃げ出したい。一刻もはやくこの場から離れ
たい。
 だめだ!動いてはならない!もう一人の自分が胸の奥で
叫ぶ。頭を強く振り邪気を追い払う佐々木。

 3日は経ったろう、、、、、、まだ救助は来ない、、、
、、食料も底をつき歩く気力もない、、、、、足に力が入
らない、、、、、マブタがおもりを付けたように重い、、
、、このまま眠ってしまいたい、、、、
 
 ッ、、、ザッ、、、、ザッ、、、、ザッ、、、、

 幻聴か。複数の人の足音。助けがきたのか!
 しかし佐々木は恐かった。もし、テントの覗き窓から目
をこらし、誰もいなかったら。ソラ耳だったら?
 自分の精神は崩れるだろう。たのむ!居てくれ!!

 横なぐりの雪でよく見えないが確かに居る!人がこちら
に向かっている!助けがきた!!
 幻覚かと思い、両目を強くこすってみる。寒さで目は半
分ほどしか開かなかったが、大丈夫だ。間違いない!

 30mほどむこう、複数の赤い防寒具を着た救助隊が、
まっすぐ一列に並んで自分達の方にやってくる!
 もはや立つこともできない彼は、よつんばいで激しく手
を振る。それに答えるように先頭の一人が返してくる。助
かった!、、、、助かった、、、、助かったんだ、、、

                   つづく
                     
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