私は21歳以上です。


エスニック
 魔法陣

                                               その1

 目が覚めた時まず目に入ってきたのは、薄衣だけをまとい、無言で彼を取り囲んでいる何人もの半裸の女達だった。「なっなんだっ」。あわてた彼は声にならない声をあげ、驚いて起き上がろう試みた。

しかし彼の手足は、床の上に大きく描かれた魔方陣の上で、だらしく大の字に手足を突き出した状態で、身動きひとつできなかった。しかもいつのまにか衣類は全て脱がされて、素裸のままの姿を彼女たちの前にさらしていたのだ。

「お目ざめ? 先生…」。女達を代表してマヤが言った。「どう?いい眺めでしょう。男だったらヨダレが止まらないはずよね…。本当なら生きている限り、この娘たちと毎晩でも楽しむこともできたでしょうにね、ふふふっ」。ようやく彼にも今、自分が置かれている異常な事態が解りかけてきた。

 そうだ。俺は彼女たちの秘密の儀式をのぞき見て・・・・。


 俺がこの女子高校の臨時教員として赴任してきたのは、今からちょうど二ヶ月ほど前になる。今まで非常勤の講師として、あちらこちらの学校を転々としてきた。ほとんどが男子校や、荒れまくった工業高校ばかりだった。ところがちょっとしたことが縁で、急にこの女子校に勤務することが決まった。正直な話ちょっと有頂天となっていた。

 そりゃそうだろう。男ならば女子高校勤務と聞いて、誰だって想像するのは、「女の園」そのもののイメージだろう。確かに校舎にしても、教室にしても、別にどこがどおってことはないのだが、なんとなく今まで勤務してきた高校と違うような気がする。そうなんとなく艶めかしいのだ。

 若い独身男性が足を踏み入れることが出来ない男子禁制の地。禁断の女の園。その学園で待っているのは何百人という処女の女子高校生達だ。そこに教師として正々堂々と入っていくことが出来る権利を手にしたのだ。俺は有頂天になって想像ばかりをどんどんと肥大化して迎えたのが、赴任の第一日目だった。

 しかしその妄想と期待はものの見事に、最初の一週間で肩すかしとなってしまった。それは当然と言えば当然で、現実は今までと全く変わらない当たり前の生活でしかなかった。毎日、普通どおりに出勤して、当たり前の授業をして、そして明日の準備をして帰る。

 たしかに生徒は全て女子高校生。くそ生意気で何かというと暴力的な男子高の生徒達とは違い、みんな清楚なセーラー服に身を包んだかわいい女の子達ばかりだし、校内は休み時間ともなれば黄色い声に満たされている。しかし今までと違うのは、ただそれだけだった。

 生徒達は代用教員の身分である俺をはなっから無視をしているのか、誰一人としてなついてはくれない。こちらから話しかけても誰もまともに答えてくれる子はいなかった。毎日の授業風景も、ほとんどの生徒が聞いているのか聞いていないのか、ほとんど無表情なまま、ただ時間だけがたっていく。

 異様なほど無気力で無反応な生徒達を前にして、俺はその張り合いのなさのあまり、自信喪失に陥ってしまった。しかも相談できる同僚もいない(この学園の教師って、なんと俺以外の全てが、中年のおばさんと年寄りばかりなのだ!!)、いつしか放課後になるとぶらぶらと校内をぶらついて時間をつぶすことが多くなっていた。

 そしてつい3日前のこと、今はほとんど使われていない旧校舎の講堂をたまたま通りかかったとき、俺は見てしまったのだ。そうあの黒魔術の儀式を。

 カーテンをおろして真っ黒になった講堂の中で、数人の生徒達が集まって何かをしていた。近寄りがたい秘密の匂いがそこからは漂ってきていた。俺は思わずその扉の隙間から中をのぞいたのだ。それはなんともいえない異様なシーンだった。

 数本のろうそくの明かりに照らされた中心には、両手と両足を縛られた全裸の女性。そしてそれを5人ほどの黒衣に身を包んだ女達が取り囲むようにして座っていた。低い呪文のような声が響き、それにつれて中央に拘束された女性から甘く切ないうめき声とも、あえぎ声とも、なんとも形容しがたい声が漏れていた。

 なにをしているんだ?。俺は興味を持ってさらに目を近づけて中をのぞき込もうとした。
とその時、ろうそくの光が揺れて、女達の中心にいたリーダー格の女の顔がみえた。

 「!!」。
 俺はその顔を見たとたん、思わず後ずさった。それは3年の黒川マヤだった。
 彼女の存在はここの学校に赴任してきて、最初に聞かされた。この学校を陰で支配しているという噂で、その話をしてくれた中年のおばさん教師は、まるでおびえたような表情で「彼女にだけは近づかない方がいいわ・・・」とヒトコト付け加えた。なんでも学校非公認のオカルト研究会なるものを作っていて、その代表になっているとか。

 とすると、これがそのオカルト研の活動ということか。しかしそれはクラブや同好会の活動というには、あまりにも異様な風景だった。部屋の中央からは、なんとも淫靡で卑猥な雰囲気が漂っていた。

 俺は思わず身体の奥底から、教師としての正義感が湧きあがってきた。止めさせなけれは、神聖な学校内でこんな妖しげなことを許してはいけない。それに中央に横たえられている女生徒とのことも気になった。今考えたら、どうしてそのとき、あの中年教師の忠告を思い出さなかったのかと悔やまれる。そう、それこそが実は彼女たちが巧妙にしかけた罠だったのだ。

 気が付いたときには、俺はふらふらと講堂の中に足を踏み入れていた。

 「おまえら、何をしている!」。
 「あら、誰かと思ったら新米の補欠先生じゃん」。
 「うっ・・・・」。

 マヤは妖しい表情で俺を迎えた。まるで俺の乱入を予期していたかのような、落ち着きはらった態度が何とも不思議たった。うろたえながらも俺は続けた。

 「おまえら、ここで何をしてたと聞いてるんだ!」。
 「あら、おわかりにならなくって?。 ほら、ごらんのとおり魔術の研究をしておりましたのよ」。
 「だったら、なんでこの子は裸で縛られたりしているんだ?」。
 「あら。先生ご存知なかったんですネ。彼女はただの献体ですわ。つまり彼女の肉体を通じて悪魔を呼びよせているところですのよ」。
 「あ・・あくまぁ?」。
 「そう。悪魔ですわ」。

 俺は、彼女の人を小馬鹿にしたような、いかにもナメきった態度に無性に腹が立ってきた。何がオカルト研だ。なにが悪魔だ。ばかも休み休みいえ。学校の中で、いくら女子校だからって、ひとりの女生徒を裸にひん剥いて、こんな淫らなことが許されていいはずはない・・・・んだが・・・・・。ン??

 「あっふーん・・・き・・・きもちいい・・・・」。
 突然その生け贄・・・いや「献体」になったとかいう女の子、服も下着も全て脱がされ生まれたままの姿で寝かされていた女の子が、艶めかしい声を上げた。

 よくみるとマヤ以外の女達は、手を伸ばして彼女の胸といわず腰といわず、彼女の全身を愛撫していた。そしてそれに応えるようにして、「献体」と呼ばれた女生徒の口から、快感に打ち震える淫らな声が紬だされたいた。
 
 「うっ・・・・」。
 俺はその声と、この場を支配する淫靡な雰囲気に触発されて、不覚にも勃起してしまっていた。聖職者としては許されないことだという、その意識が俺の頭をますます混乱させてしまい、さらにふらふらと彼女たちの輪の中へと足を踏み入れることになった。

 「先生・・・」。
 驚くほど近くにマヤの顔があった。まるでその瞳の中に全てが吸い取られてしまうかのようだ。俺は必死で理性を保とうとロ試みた。

 「ねえ、先生。先生もこの儀式に参加してみませんこと?。魔のあたえる快楽は、人間には味わえない至高の喜びとなって、無限のエネルギーを与えてくれますのよ」。

 「・・・・・・・・・」。
 「ほぉら、先生。本能のままに・・・・。ごらんなさい。彼女も先生の肉体を求めてますわよ」。
 
 みると献体となった女生徒が、大きく目を開いて、俺を誘っていた。
 「あふぅーん・・・。ほしい・・・・。せんせい。ちょうだい・・・・」。
自分の手で胸のふくらみをもみしだき、唇を大きくあけてそれを舌でなめる仕草を繰り返す。それはなんとも淫らでいやらしい光景だった。股間のものははち切れんばかりに膨張し、今にもズボンを突き破らんばかりになっていた。

 理性のタガが今、まさにはずれようとしたその時、とつぜんに場違いな携帯電話の着メロが鳴り響いた。
(ピーヒャラピーヒャラ・・・)
 チビまる子ちゃんのテーマ曲だった。

 はっと、理性がよみがえってくる。まるで魔法が解かれたかのように。事実、まさにこの場を支配する、理性を麻痺させている妖しい魔法が、その場違いな携帯着メロによって解かれたのだ。

 俺はまるで夢から覚めたかのように、目を見開いて周りを見渡した。マヤがチッと舌打ちをし、ものすごい目で俺の胸ポケットで鳴り続ける携帯をにらんでいる。周りにいる少女達もとまどいの表情を浮かべて、お互いに顔を見合わせている。

 「今すぐにこんな、訳の分からない儀式は中止だ。やめるんだ」。
俺は教師としての威厳を保つように、精一杯の虚勢を張った。それは今まで自分が勃起していた事実を隠すためでもあったのだ。

 「残念だわ、先生。もう少しだったのに・・・」。
 「なにがもう少しだ。こんなことは許さないぞ」。
 「わかりました。今日の所はこれで解散することにします。ただ・・・・」。
「ただ? ん? ただ何だ?」。

 マヤの表情はいつのまにかまた、妖しい人を小馬鹿にしたような表情に代わっていた。

 「先生はまだここの学園のシステムをご存じないようですから、教えておいてあげましょう。今日ここで見たことは決して誰にも話してはなりません。黙っておくことが、先生のため、きっといい結果を生むことになります。でも、もし誰かに話したりしたならば、それは先生、あなたの身の破滅につながりますわよ」。

 「身の破滅? 俺を脅迫しようと言うのか」。
 俺はマヤのものの言い方に次第に反発を覚えていた。
 「脅迫なんてしませんわ。ただ私としては、ご忠告をして差し上げただけですわ」。

 俺はマヤをにらみつけながら、理性で怒りを抑えつけた。教師に対してこんなナメた口をきく生徒には、今までの俺ならばがつんと一発見舞っているところだろう。それが男子校での俺なりのやり方だった(もっともそれが原因で「暴力教師」と呼ばれて、あちこちの学校を転々とさせられることになった原因ではあったのだが)。

 しかしここは女子校なのだ。女生徒に対してまさか暴力をふるうわけにも行かず、この生意気な態度に対して、どうすれば有効なのかという知恵も浮かばす、俺はぐっと我慢をして、マヤへというより、周りの女生徒達に告げた。

 「わかった、わかった、考えといてやる。だからさっさとここを片づけるんだ」。
 彼女たちは黙ったまま、おとなしく講堂内にちらばった、訳の分からない魔術グッズを片付け始めた。マヤは片付けもせずに、ぷいっとドアを開けて外へ出ていったが、俺はそれをどうしても止めることが出来なかった。



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