私は21歳以上です。


エスニック
SF 予想外の未来世界
            
  
第2回 出迎え



 一体どうしたことだろうか。タカダは眼の前に展開する、荒れ果て変わり果てた宇宙港の姿に、驚きを隠せなかった。そう。たった80年前(地球時間)にここを飛び立ったとき、この宇宙港は繁栄の極みにあった。

 火星航路、木星航路の大型コンテナ船。軍用の物資運搬船。研究や観測のための無人探査艇の母船・・・、民間・軍事を問わず多用途の宇宙往還船が次々に打ち上げられ、また帰還してくる。旅客船こそ、約100qほど離れた第二港を使用しているが、旅客を除く貨物その他の宇宙船発着数では、ここが地球で最も大きい宇宙港だったはずだ。

 それがどうしたことだ。ターミナルビルにも、発着ポートにも人影すらなく、数年前にここを出発した頃には、忙しく行き来しているはずのカーゴなどの車両も全く走っていない。管制センターのビルにしても、どことなくうらびれた感じで、発着場の一番外れにある第8C番スポットには、着陸に失敗してそのまま放置されたとしか見えないような、朽ち果てた宇宙往還船の姿すらあった。

 宇宙港のコントロールセンターから送られてくる、誘導プログラムに着陸船の操縦プログラムをリンクさせ、コンピュータが指定した第5A番着陸スポットに機を静かに着陸させた。ディスプレイを通して映し出される、懐かしの宇宙港の変わり果てた姿をみて、驚きと共に大きな疑問が湧きだした。

 着陸船の降機リフトで地上に降り立ち、肉眼でその現実を確認できても、疑問は解決しなかった。何らかの事情でこの宇宙港が廃止になったということも考えられる。ではなぜ誘導プログラムはここへの着陸を指示していたのだろう。

 とにかくあの肉声で指示を送ってきた女性の声だけが頼りだ。タカダは出迎えのエアカーとてないまま、とぼとぼとファイバー舗装の上を歩いて、管制センターのあるビルに向かった。所々で舗装には穴が空いており、雑草がそこかしこから生えている。使用されなくなってから、もう50年以上も放置されてきたような印象だ。照りつける太陽がいやにまぶしい。

 20分ほど歩いてから、ようやく管制センターに着いた時には、体中から汗が噴き出していた。1階から最上階までのエレベータは、永らく使われていなかったような、かび臭いニオイがしたが、幸いなことに機能だけは生きていた。最上階までの移動が異常に長く感じられた。

 ドアが左右に開いた。予想されたとおりここもまた静寂が支配していた。彼の知っている管制センターの最上階は、この宇宙港の中枢センターだった。エレベータの前にはものものしく警備員が常駐し、センサーで不審者の進入がないかをチェックしていた。そして24時間喧噪が絶えることのない場所だったはずだ。それが、全く信じられない。

 突然横合いから出しぬけに声をかけられた。
「タカダ・スワロウテイル。認識番号C345−BB2113だな」。
 思わず身構える。しまった銃は安全装置をかけたままだったっけ・・・。腰をかがめて振り向くと、そこには連邦宇宙軍の制服を着たひとりの女性が立っていた。若干の警戒心を残しながらも、いくぶんはホッとする。少なくともグロテスクなエイリアンの出迎えなんかではなさそうだった。

 「通信をくれたのはキミかい?」。
  「もう一度言う。タカダ・スワロウテイル。認識番号C345−BB2113だな」。
 どうやら、軌道上でのやりとりと同じで、こちらが相手の質問に答えない限り、何もいってくれそうにないようだ。タカダはあきらめて、まるで上官の前に立ったときのように、直立不動の姿勢をとって、答えることにした。

 「報告。タカダ・スワロウテイル。認識番号C345−BB2113。ただいま任務の失敗により、やむなく地球へ帰還しました」。 
 「地球への帰還を歓迎する」。
 全く愛想も何もあったものではない返答だったが、久しぶりの生身の人間、しかもうら若い女性の出迎えとあって、別に腹は立たなかった。

 あらためてしげしげと眺めると、彼女はタカダの好みにピッタリの、理想的な女性だった。年齢は多分25ぐらいだろうか、はち切れるばかりの若さというのではないが、成熟した女性の魅力にあふれていた。黒く大きな瞳、抜けるように白い肌、栗色の髪が肩までかかり、軽くウェーブがかかっている。張りのあるバストは決して巨乳ではないけれど、いい形にピンと張りつめている。そして宇宙軍女性士官のタイトスカートの間からのびる すらっと長い足。

 「・・・あのぉ、・・・・」。
 「全ての報告は、本部に着いてからだ。以後、一切の私語を禁止する」。
 この魅力的な女性士官の口からでたのは、官僚的というか事務的というか、その容姿から想像もできない、なんともアンバランスなことばだった。

 「ちょっと、何だよそれ・・・。俺は長い宇宙旅行から帰ってきたんだぜ。もっと他にいいようってモンがあるんじゃないの?。しかもキミは、任務とはいえボクを出迎えに来たんだろ。だったら・・・・」。
 「私語は禁止すると言ったはずだ。そしてむやみに私に話しかけないでもらいたい。私はゲストを迎え、本部まで連行する任務を命じられてはいるが、任務の必要がない限り、ゲストと話をすることは許されていない」。
 「・・・・・」。

 全く開いた口がふさがらない。とりつく島のない返答に、タカダは反論することをあきらめた。これ以上何を言ったところで、答えは同じように「私語を禁ずる」だろうし、どうせその本部とやらにさえ着けば、全ての疑問も解けるだろう。

 それにしても「連行」とはひどい言い方じゃないか。それが出迎えを任務とした、士官の言う言葉だろうか。画一的というか何というか、まるでそう、アンドロイドとしゃべっているみたいだ・・・・。アンドロイド?。そうかひょっとしたら彼女は、生身の人間ではなくアンドロイドかもしれないな。そうだきっとそうなんだ。

 そこまで、考えてなんとか納得しかけたタカダの思考は、すぐに彼女の発した一言で中断されてしまった。
 「これよりただちに本部へ向けて移動する。タカダ・スワロウテイル。認識番号C345−BB2113は、身の回りの所持品を持って、私についてくるように」。
そう告げると、先に立って長い廊下を歩きだした。苦笑しながらも、タカダが後に続く。

 薄暗い照明の中、何度か右に左に曲がりながら長い廊下を歩き続けた。建物の中は空調すらもかかっていないようで、どんよりとした空気が身体中にまつわりつく。どうやらこの管制センターのビルは最近全く使われていないようだった。10分後、ようやく着いたところは、ビル内のエアカーの発着ポートだった。

 自動ドアが開くと、ただっ広い発着ポートには、古びたエアカーが1台だけ留まっていた。女性士官は、何も言わずにそのエアカーにさっさと乗り込むと、タカダにむかって、早く乗れと目で合図をした。タカダは言われるままに乗り込んで、シートベルトを締めた。

 とたんに何の合図もないままに、エアカーがスタートした。ぎゅーんと、加速のGがかかり、シートに押しつけられる。
 「おいおい、スタートするならするで、何とか言ったらどうなんだよっ」。
 そのタカダの言葉に対しても、女性士官は依然として無表情のまま。一事の詫びどころか弁解さえも口を開こうとしない。タカダはチュッと舌打ちをしながらも、彼女のその態度に、次第に不安ばかりが増幅していくのだ。

 宇宙港の敷地を抜け、しばらく無人地帯を走り抜けると、急に視野が広がった。エアカーが町中には入ったのだ。走行路のチューブレインを通して、色とりどりのビル群が視界に入る。数は少ないが他のエアカーも走っている。街には色とりどりの服装をした人々の姿も見える。見覚えのあるポートシティの風景に間違いはない。懐かしさに、胸が締め付けられる思いだ。ようやくにして、地球に戻ってきた実感が湧いてきた。

 エアカーは次第に速度を落とし、そしてメインチューブからサブレーンへとルートを選択し、正面にそびえるクリーム色をしたビルに吸い込まれていった。タカダの記憶が正しければ、ここは確か宇宙軍の外惑星生物研究センターのビルだった。土星の衛星の一つタイタンで史上初めての、地球外生物(といっても昆虫に似た下等な生物だったが)が、発見されたことを記念して作られた研究所だ。

 てっきり宇宙軍の本部か、行政府の担当部署に行くものと思っていたが、これは意外だった。タカダはまた質問をしようとして、やめた。どうせ「私語は・・・」などと何度も繰り返された答えが返ってくるだけだろうから。どうせすくにその謎は解けることだろうし、多分このビル自体の使用目的が、自分が地球を飛び立った頃とは、全く違うものに使われているのだろう。

 ビル内のポートに着地すると、再び女性士官が先導して、ビルの中に一歩足を踏み入れた。管制センターと違って、ぴかぴかに磨き上げられた廊下とまばゆいばかりの照明が、ここが間違いなくチャンと機能した組織の一部であることを実感させる。

 自動ドアが開くと、そこには銃を持った二人の女性歩哨(警務官)が立っており、士官とタカダに対して、宇宙軍式の敬礼をする。あわてて答礼を返しながらさらに進んでいくと、再び歩哨に出くわした。なぜかすごく警戒厳重な印象を受ける。それは歩哨達の緊張した表情からも十分に読みとれる。彼女たちは銃を固く握りしめながら、タカダの動きを目で追っていた。しかしそれはまるで初めて宇宙人を見たかのような・・・。

 「はいれ」。
 士官が示したのは、廊下の突き当たりにある、大きなドアのある部屋だった。いつの間にかさっきの歩哨達が、銃を持ったまま後ろについていた。有無を言わせない威圧感があった。屈強の男の兵士でないだけにソフトな印象ではあるが、銃を突きつけられたことが、すごくショックだった。

 緊張しながらドアの前に立つと、ドアが静かに開いた。と・・・、そこには何の変哲もない、まるで応接室のような小部屋があるだけだった。思わず振り返る。当然誰かが中で待っているのかと思ったのだ。ここへ入れと言うことか?。

 しかしあのアンドロイド風士官も、女性歩哨達も、一様にこわばった表情でじつとタカダを見つめているだけだ。気まずい沈黙が支配する。

 「タカダ・スワロウテイル。認識番号C345−BB2113。何をしている。早く中には入れというのが聞こえなかったのか」。
 まただ。どうしてこのようなものの言い方しかできないんだろう。
 「はいれば・・・いいのか」。
 「そうだ」。
 「中でどうするというのか」。
「待てばよい。時間が来れば、連絡がある」。
 「どれぐらいの時間か」。
 「答えられない。時間まで待てばよいのだ」。
「報告はどうなるのか。責任者に会わせてもらいたい」。
 「答える権限がない。待てばよいとだけ言われている」。

 一体全体どうなってるんだろう。次第にじれ始めている自分の気持ちを抑えながら、タカダはもうしばらく我慢を続けることにした。

 「分かった。中で待てばよいと言うのだな」。
 「そうだ」。

 タカダは、部屋に入って待つことにした。部屋の調度は別にとりたいいどうというものでもない。低いテーブルがひとつとソファーが2つ。窓はない替わりに、埋め込み式の大きなスクリーン型ディスプレーがあり、画面ではリラクゼーション映像が流れていた。

 タカダがどっかりとソファーに腰を降ろすのを見届けると、士官と歩哨が敬礼をしてから、出ていった。このソファー、思ったよりクッションがいい。思わずタカダはリラックスした気分になってきた。心地よい音楽、そしてリラクゼーション画像の放送。部屋中にはかすかに甘い香りが漂っている。そして・・・・、しだいに訪れる猛烈な睡魔。

 !!!っ。
だめだっ、あわてて起きあがろうとするタカダ。しかし既にからだが言うことを聞かなくなっていた。睡魔が身体を犯し始めている。そうか、この香り・・・・、そうだこの香りこそは、睡眠誘発剤と神経麻痺の両方の性格を持ったモルへリンガスだったんだ。

 しかしどうしてモルへリンを・・・、地球に到着して以来の数々の疑問が、頭の中を駆けめぐるが、既に猛烈な睡魔に襲われたタカダの脳細胞は、正常に機能することなく、急激に夢の世界へと旅立とうとしていた。わずかに腰を浮かして、立ち上がろうといていたが、手足が思うように動かない。バランスを崩したままどうっと床に倒れてしまい、そしてそのまま、起きあがることなく静かに寝息を立てだした。


 部屋のスクリーンの裏には、もう一つの部屋があり、この応接室をモニターしていた。暗がりの中に人影が二人。
 「どうやら気づかれないまま確保ができたようね」。
 「はい。成功したようです。ただちに次の段階に計画を進めますが・・」。
 「よし。楽しみだな」。
 上官らしい方の女が、モニターを見ながらにこっと笑みを浮かべた。




第2回 終わり

   つづく


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