私は21歳以上です。


エスニック
SF 予想外の未来世界
            
  
第1回 帰還



 とうとう地球の周回軌道に入ることができた。ついに懐かしの地球に戻って来ることができたのだ。地球を出発してから、船内時間にしてはや10年たっていた。出発時にはまだ20代の見習士官だったタカダもいまや34歳。中年とは言わないまでも、もう青年とはいえない年齢にさしかかっていた。

 彼はコントロールパネルのコンピュータに、必要データの入力を終えて、ゆっくりと着陸艇の地球降下の準備を進めた。相棒のマックスは、まだ人工冬眠機の中で眠ったままだ。はたして彼がこのまま目を覚ましてくれるかどうかの確信は持てない。ただ、今の自分に彼を蘇生させる術がないかぎり、全ては地球に帰還してからということになる。

 思えば確かに不運な計画だった。人類始めての恒星間宇宙旅行の結果が、こんな結果に終わろうとは、当時の研究者達も、そして我々自身だって想像だにしなかった。電波望遠鏡による調査でも、事前にとばした無人探査艇から送られてきたデータでも、この計画の失敗を予測するようなものは0.01%すらも考えられなかった。

 だからといいって、全く人類が足を踏み入れたことのない、未知の領域への旅立ちというにしては、あまりにも楽観的な空気が宇宙センター全体を覆っていた。まるで火星までの新婚旅行に出発するが如きの。、その時点で誰が今回のミッションの失敗を予測していただろうか。それも隊長以下の隊員がたった2名だけを残して、大半が未生還となるような大失敗になることなど・・・。

 突然の流星群の嵐による機体の損傷、そしてワープ装置のコンピュータの予備システムまでを含めた暴走事故、それに続くシステムダウン。さらにそこへ人工冬眠機の故障が追い打ちをかけ、隊員の大半が死亡。地球から3光年を隔てた宇宙空間で、隊長は苦渋の選択を下した。今ミッションの中止、そして地球への帰還。

 しかしこの帰還の道中もまた、往路以上の苦難の連続となる。まさにこのミッション自体が、呪われているとしか言いようのない不運が続いた。そしてようやく太陽系に戻ってきてすぐ、冥王星軌道上で探査艇に乗ったまま、ついに隊長すらも帰らぬ人となってしまい、とうとう機内に残ったのは、タカダと、そして人工冬眠機に入ったまま目を覚まさないマックスの2人だけになってしまったのだ。

 着陸艇は母船を離れて、次第に周回軌道を離脱して、降下コースをたどっている。あとはコンピュータ任せの操作とはいえ、今ミッションの不運の数々を考えれば、一瞬とて目を離すことはできない。ここまで戻ってきた限りは、何が何でも地球に戻り、そしてこの失敗の原因を徹底して糾明しなければならない。たくさんの隊員達の無念さを思うと、ここでの失敗は許されないのだ。

 高度2万メートルを切り、いよいよ機は大気圏内着陸用のブースターを全開にする。青い海と褐色の大地が眼下に広がっている。もうすぐ。いよいよ着陸だ。ところがおかしなことに、宇宙港からの呼び出しが相変わらず全く聞こえてこないのだ。機は自動操縦に移っており、周回軌道を離れる時点から、何度も自動的に管制センターへの呼び出しを続けているはずだ。

 ワープ装置の故障により、地球に帰還する予定時期が大きく遅れての帰還とはいえ、ミッションの失敗と帰還の連絡は亜空間通信によって、地球には間違いなく伝えられていたはずなのだ。そもそも冥王星軌道で隊長が遭難することになった原因も、地球からの通信が全く途絶えた状態の中で、強力な磁波を使った通信を試みていた矢先に起きた事故がその引き金になったのだ。

 一体地球はどうしたというのだろうか。なぜ我々に対して一切の通信を送ってこないのだろうか。一瞬おろかにも戦争などで地球が壊滅してしまった可能性も考えた。しかしセンサーによる調査では、地上では活発な電波による交信が飛び交っており、また宇宙空間における宇宙ステーションや人工衛星も、一部を除いて機能しているようなのだ。

 高度1万メートルを切った。いよいよ着陸態勢にはいる。着陸艇のコントロールは正常だ。つまり宇宙港の管制センターからの誘導電波は正常に機能をしているということだ。次第に高度が下がり、分厚い雲の層を突き抜けた。

 突然、さっきまで沈黙を守っていた、受信用のスピーカーから聞き取りにくい雑音まじりの声が漏れだしてきた。
「こちらは管制塔。現在の高度を維持して、着陸コースに入られたし」。
まぎれもなく人間の声だった。しかも若い女性の声だった。
「もしもしっ、聞こえますか。こちらロンギヌス13号。隊員のタカダです。聞こえますか」。
 
 宇宙からの交信に「もしもし」はないようなものだが、太陽系に戻ってからも、全くこちらからの交信に対して、返答を返してくれない地球からの、待ちに待った交信が入ってきたのだ。タカダは思わず送信マイクに顔を近づけ、返事を待った。

「こちらは管制塔。現在の高度を維持して、着陸コースに入られたし」。
スピーカーからは再び同じ言葉が繰り返された。
「おいっ、お譲さん聞いているのかい。こちらは長い旅を終えて、満身創痍で帰ってきたんだぜ。お帰りなさいとか、なんとか、もっとマシな答えはないのかい」。
 ところがスピーカーからは、同じ答えが返ってきた。

「繰り返す。こちらは管制塔。現在の高度を維持して、着陸コースに入れ。」。
「ちぇっ、はいはい、了解。本機はこれよりコース指示、0−2−5より着陸コースに入ります。これでよろしいか」。
「了解。通信終了」。

 ぶつぶつ言いながら、通信装置を元に戻したタカダは、それでもコンピュータ合成音声ではない、生の人間の声を聞くことができたことで、さっきまでの陰鬱な気分が、晴れ晴れとした気分へと変化していた。ようやく、本当に地球へ帰ってきたんだ。既に自分の知っている人たちは全て他界しているにしても、確かに懐かしい地球へ戻ってきたのだ。

 というのは、宇宙船内の時間ではたった10年間しかたっていないが、地球時間ではその8倍、すでに80年が経過していたのだ。これは恒星間飛行が限りなく光速に近い速度で宇宙空間を移動することによって、空間と時空の相対変化が生じた結果起こる現象で、SFなどでは「ウラシマ効果」としてよく知られている。

 彼ら恒星間宇宙船の乗組員は、そのことを覚悟の上乗り組んでいたわけで、本来ならば、宇宙船打ち上げから220年後の地球に戻って来ることになっていたのだ。80年ならば、自分が出発したころに生まれた赤ん坊でも80歳。うまくいけば、まだ知っている人間の一人や二人は、よぼよぼで生きているかもしれない。

 彼は帰還後のことに期待を抱きながら、着陸操作に集中した。


第1回 終わり

第2回につづく

予告編  さてなつかしの地球に降り立ったタカダが見たもの。それはあまりにも変わり果てた地球の姿だった。謎の美少女の案内に従って、宇宙港から市内に一歩踏み入れた彼を待っていたのは・・・、そして驚くべき未来世界の姿。


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