「アルデリカ ―あるでりか―」

 

 アーレスブルグ王国第二王女、ラン・アルデリカ・アーレス…と、かつてその少女は呼ばれていた。

 だがそれは過去の栄光。今の彼女は王女ではなく、ただの奴隷でしかない。

 薄暗くすえた臭気が立ちこめる地下牢が、「使用」されている時以外は常時鎖で手足を繋がれている、今の彼女の住処だ。

 ここに繋がれ転がされて、もうどのくらいの時間が経過したのだろう。考えたところでどうなるものでもない…が、アルデリカは考えてしまう。

 精液と排泄物の臭いが染み込んだ身体。吐く息さえ、排泄物の臭いを纏っている。だがそれも、仕方のないことだ。なぜなら彼女は、ここに繋がれてから排泄物以外の「食物」は、ゲジ虫(ゴキブリのような虫だが、脚が九対ある)やマルト(淀んだ一つ目がついた、大きなミミズのような生物)を「躍り食い」で採っているだけだ。

 もちろん、かつては王女と呼ばれていたアルデリカが自ら望んでそんなものを食べているわけはなく、「糞姫(くそひめ)さま」という「称号」を彼女に与えた、「糞奴隷アルデリカ」の所有者である、グラーゼ帝国の傭兵たちが無理やり口腔内に押し込むのだ。

 この時代、敵国に支配された国の王女の末路としては、アルデリカのこの状況はさほど珍しいものではない。

 アルデリカの姉、第一王女ラン・クールデリカ・アーレスも、妹とそう相違ない状況に置かれている。それをアルデリカが認識することは、物理的距離に阻まれて不可能だったが。

 ガサガサッ。

 湿った腐りかけの藁に手足を拘束されて身を横たえるアルデリカの目の前を、一匹の大きなゲジ虫が通り過ぎる。彼女はなんの感想もなくそれを見送った。

 最初の頃はゲジ虫を見るだけで悲鳴を上げていたが、もうそのような気力もないし、今のアルデリカにとってゲジ虫はただの食料だ。よく噛んで食べなければささくれ立った脚が咽に引っかかるが、マルトのように舌が痺れるほど苦い目があるわけでもなく、傭兵たちの糞便ほど臭くもない。

 ジャラ…と、十一歳にしては幼い肢体を拘束する鎖を鳴らし、寝返りをうつアルデリカ。彼女には理解できていないが、アーレスブルグ王国が陥落してからまだ二節(一節は30日)ほどしか経っていない。なので彼女は、ここに閉じこめられてもう数巡り(一巡りは339日)が経過したようにも感じていたが、王国が陥落した時と同じ十一歳のままだ。

 とはいえ彼女たちの「世界」は、さきほども述べた通り一年(一巡り)の長さが「この世界」とは異なっている。十一歳といっても、アルデリカはこの世界の年齢に換算すると十歳そこそこといったところだろう。ちなみに一日の長さも22.87時間と、「この世界」とは違っている。

 アルデリカの王女の印である(あった)足首まで届く長い髪は、今でもそのままの長さを保っているが、精液と小便以外では一度も「洗浄」されていないため、異臭を放つまでに汚れきっている。

 そのアルデリカの自慢だったミク花色(桜色とでもいえばわかり易いだろうか)の髪が、染み込んだ汚物に変色して、くすんだボロ布のような外見で彼女の幼い肢体にへばりつく。だが彼女にとっては、少しでも身体を温めるのに役立つ重要な髪だ。

 髪で身体を温めるなど、ここに来るまでの彼女は想像もしたことがなかった。

 だが元王女の奴隷とはいえ、寒さと飢えには敵わない。少しでも身体を温めるためには汚れた髪をも使うし、飢えれば「無理やり押し込まれた」と自分にいい訳をして、排泄物や虫をも食べる。

 死ぬのは…恐い。死にたくない。

 この奴隷としての状況下にあっても、やはりアルデリカにとって「死」は恐怖だった。

 まだ十一歳の少女。彼女の人生は、これからが本番のはずだった。なのに…。

「おい。糞姫さま」

 左目が潰れた大きな男が、アルデリカの顔を踏みつけた。踏みつけられるまで、アルデリカは住処への男の進入に気がつかなかった。自分では意識していなかったが、眠っていたのかもしれない。

「咽乾いただろ」

 男の意図が、アルデリカには十分過ぎるほど理解できた。男は、小便をしにきたのだ。

「…はい」

 公定の返答。ウソではなかった。事実だけ述べると、確かに彼女の咽は乾いていた。

 のそりと上半身を起こすアルデリカ。男は二ヤリと嗤い、力はないがそれでも二グラス(約十七センチ)はあるペニスをズボンから出し、片手を添え彼女に向けた。

 アルデリカは後ろ手に鎖で縛られいるため、口だけでそのペニスを喰わえて固定する。ペニスを喰わえないと、身体にかけられるかもしれない。そうすると一時は温かいが、時間が経つと体温を奪われることになるし、布かれた藁を濡らすことにもなる。

 そしてなによりこの状況下に置かれても、アルデリカは髪を汚されることに抵抗があった。彼女たちの世界では、髪を汚されるというのは女性にとって最大の侮辱だと考えられている。

 なので傭兵たちは、アルデリカの身体を拭うことはあっても、けして髪を洗うことはない。そうすることによって「お前は糞奴隷だ」と、無言で彼女に教えているのだ。

 ペニスに歯が当たらないように気を配り、アルデリカは「どうぞ」という意味を込めて、一度男の尿道口を舌で舐め上げた。

 その途端、咽の奥に注ぎ込まれる生暖かい小便。アルデリカはゴクゴクと咽を鳴らして、放出に負けない早さで器用に嚥下する。それでも少量が唇の隙間から溢れ、顎を伝って未成熟な胸元に零れ落ちた。

 その薄い胸の突起で鈍く光りを反射する、傭兵たちから「糞姫さま」に献上された左右のリングピアス。まるで「誓約の証」のように、アルデリカを「呪って」いる。

 飲尿を終えたアルデリカが、男のペニスから口を離そうとする。と、

「おいコラッ! なに勝手に離してんだッ」

 男がアルデリカの前髪を鷲掴みにして怒鳴った。どうやらこのまま、「おしゃぶり」をしろということらしい。

 アルデリカは再びペニスに吸いつき、今度は丹念に舌を動かしてペニスをこねる。こね始めて間もなく、彼女の口腔を埋めるように膨張するペニス。とてもではないが、アルデリカの口腔内に収まる大きさではない。

 もし歯で擦ってしまうことにでもなれば、殴られ蹴られるのは教え込まれている。アルデリカは慎重に顔を動かすと、なんとか口に含める先端部分だけに唇を張りつかせ、「んくんく」と鼻で鳴きながらおしゃぶりを続けた。

 顎が疲れ、息苦しさに頭がクラクラし始めた頃。男は掴んでいたアルデリカの前髪を手放し、

「おら、糞姫さま。お化粧してやるよ」

 腰を引いてペニスを引き抜き、数回自分でしごいてから、アルデリカの顔面に白い欲望液をぶちまけた。

 アルデリカは瞳を閉じ、顔中に当たりへばりつくそれをじっとして受け止める。ドロリと頬から顎を伝い顔だけでなく、身体にまでも施される白い化粧。彼女は男の放出が終わったのを見計らって、

「ありがとう…ございました」

 床の藁に額を押しつけ、男に土下座の姿勢を見せた。

 男が彼女の住処から出ていくまでアルデリカは土下座を続け、再び一人きりになるとパタンと身体を藁に倒して横になる。小便を飲まされ精液を化粧された嫌悪よりも、少しでも咽の乾きが癒えた喜びのほうが彼女には大きかった。

 次は、誰が来るのかしら…?

 誰でも同じだ。しかしアルデリカの脳裏に、「糞姫さま」でははく「アルデリカさま」と自分を呼ぶ青年傭兵の、傭兵にしては穏和な作りの顔が浮かんだ。

 アルデリカは下唇をキュッと噛み、強く瞼を閉じてその顔を消し去ろうと試みたが、

『アルデリカさま』

 幻聴と共に、その顔が照れた笑顔になっただけで、消え去ってはくれなかった。

 

 アルデリカが払い下げられたのは、グラーゼ帝国黒使騎士団に所属するある傭兵小隊である。被支配国の王女が下級の者に報償として与えられるという「仕来り」は、それなりに古いものであり、この時代には当然に行われていた。

「どうだ? 旨いか、糞姫さまよぉ」

 床に置かれる木皿に盛られた五人分の排泄物を、アルデリカは裸体を晒し這いつくばって口にしていた。後方から彼女を眺めると、小さな性器にも肛門にも、二穴を目一杯に押し拡げる特大の張り型が埋め込まれているのが明らかになるだろう。

 アルデリカは口の中の排泄物を咀嚼して嚥下すると、

「は、はい…とても、お、おいしゅうございます」

 感情のない声で答えた。その答えに、四人の傭兵たちが下卑た嗤いを発する。

「なら、もっとガツガツ喰らいなッ」

 そう広くはない、質素な室内。唯一椅子に腰掛ける小隊長…いわば、アルデリカの所有権を持っている男が告げた。

 室内にいるのは、小隊長を含め五人の傭兵とアルデリカだ。小隊には全部で八人の傭兵が所属しているが、残りの三人は外で見張りをしている。アルデリカが脳裏に浮かべた青年傭兵も、見張りについているらしく室内にいない。

 というより、彼がアルデリカを陵辱したことはないし、このような小隊長が好む「歪んだ宴」に顔を見せることもない。

 彼は「歪んだ宴」が終わるとその後始末をするのが仕事らしく、室内を清掃し、陵辱で汚れたアルデリカの身体を清める。

「ご不自由でしょうが、髪はこのままでお許しください」

 排泄物や嘔吐物という汚物に染まるアルデリカを壊れ物のように丁重に扱い、いつも本当に申し訳なさそうにいう青年。

「…構いませんわ。サーベルさま」

 サーベル。青年の名。彼の名を口にする時、アルデリカは不思議な温かさに包まれるのを否定できない。王宮で暮らしていた頃には、言葉も交わしたこともないような姓も持たない平民。それなのにアルデリカは彼の名を、とても好ましい響きの名だと感じていた。

「…さまは、お止めください」

「でもあなたさまは、わたくしの所有者のお一人です。そのようなわけにはまいりません。それよりも、あなたさまのほうこそ、わたくしなどアルデリカで構わないのではありませんか? それとも…く、糞姫…でも」

 汚れきった自分。正に糞姫だ。糞尿を喰らい、虫を喰らい、精液を飲む。命令されるがままに自らの幼い身体に塗糞し、股を開き腰を振る。

 最低な自分。唯一の救いはサーベルに、陵辱される自分の姿を見られたことがないということだけ。

 それでもサーベルは、

「自分を貶めるのは、お止めください」

 きつくはないが、いい含めるような口調でいってくれた。アルデリカはその時のサーベルの悲しそうな顔を、どうしても忘れることができない。

 その時は、

「はい…そういたします」

 と答えはしたが、だからといって、自らの行く末に希望が持てないのはなんら変わっていなかった。

「わたくしはこのまま、糞姫として一生を終えるのでしょうね…このような生活が、長く続くはずもない。わたくしは、あとどれだけの時間を生きていられるのかしら…」

 拭えない思い。狂えてしまえれば…と、考えなくもない。だがアルデリカは、狂気に支配されることはなかった。

 小隊長の命令通り、木皿に顔を突っ込んで排泄物を貪るアルデリカ。ニチャヌチャと咀嚼音を立て、ちゃんと噛んで食べていることを男たちに示す。

 胃がムカムカとして、油断すると嘔吐してしまいそうだ。しかし嘔吐してしまうと、せっかく食べたのにまた食べなければならないし、一度吐いてしまうと極端に気力が失せてしまう。

 だらしのない態度をとると、惨いことをされる。痛いことをされる。汚物プレイを好む小隊長によって躾られたアルデリカは、汚いことより痛いことのほうが恐い。

 棒で小突かれ叩かれるなら、お腹がプックリと脹れるまで、胃の中に排泄物や虫を詰め込まれるほうがいい。ヴァギナに何匹のゲジ虫が入るか試されるほうがいい。

 汚いのは、もう…いい。もう馴れた。だが痛みには馴れない。馴れていない。

 乳首にリングピアスを通す穴を空けられた時の激痛。忘れたくても忘れられない。

 アルデリカは、夢中で排泄物を胃の中に詰め込む。男たちの嘲笑は聞こえないふりをして。

『アルデリカさま』

 サーベルの声が聞こえた気がした。

「大丈夫…わたくし、負けませんわ」

 なにに対しての敗北なのか、自分でもそれが把握できていないまでも、アルデリカは心の中で呟いて山盛りの排泄物を攻略する。

「今のわたくしは、アルデリカではありません。わたくしは糞姫。排泄物を食べるのが大好きな糞姫…ですから、大丈夫ですわ」

 思い込む。思い込んで食べる。

「おいしい。なんておいしいのでしょう…」

 吐き気。気のせいだ。なぜなら彼女は、糞姫なのだから。

 アルデリカは五人分の排泄物を全て胃の中に納め、木皿まで舐めてきれいにした。

「はぁ…はぁ…あ、ありがとうございました。とても…おい、おいしゅうございました」 

 食事を終えたアルデリカ。食事の次は運動だ。どこまで耐えられるかはわかない。だが、耐えぬいてみせる。

 運動…陵辱が終われば、サーベルに身体を拭いてもらえる。サーベルに会える。

「サーベル…さま」

 アルデリカは無造作に引き抜かれた二本の張り型の代わりに、張り型にはない熱を帯びた肉棒を同時に二つの穴に埋め込まれ、激しく身体をシェイクされた。

 胃の中身が飛び出しそうだ。蓋をしなければ。

「お、お願いいた、いたしますぅ…おチンポさまを、糞姫のお口にも、お、おチンポさまをお与えくださいませぇ」

「ハッ! こりゃいいや。コイツ、糞姫さまらしくなってきたじゃねぇかッ」

 小隊長がいい、取り出したペニスをアルデリカの前に垂らす。アルデリカは二人の男に挟まれ挿入されながらも、懸命に小隊長のペニスに吸いついて口に蓋をした。

 

「…さま。アルデリカさま」

 目を開けると、そこには心配そうな顔をしたサーベルがいた。アルデリカはいつものように、陵辱に耐えきれずに気絶してしまっていたようだ。

「…サーベル…さ、ま」

 自分の身体に目を向ける。見事に塗糞がなされていた。

 アルデリカは両腕で、身体を隠すように抱きしめる。汚された身体をサーベルに晒すことが、いつにも増して耐えられなかった。

「身体をお清めます」

 サーベルが濡れた布で彼女の顔を拭う。一拭きで、布は排泄物色に染まっていた。

 桶に張った水が、見る見る間に汚水と変わる。アルデリカは身体を清められている間中、零れそうになる涙を堪えなければならなかった。

 泣けない。泣くと「終わって」しまう。

 もし泣いてしまえばこれまで張りつめてきた糸が切れ、彼女はサーベルにすがってしまうだろう。

 だがそれは、サーベルを困らせることにしかならない。

 サーベルは部隊の中で一番の下っ端だ。アルデリカにもそれはわかっている。しかしアルデリカにすがられると、サーベルは「なんとかしたい」と思うだろう。そして「なんとかしよう」と行動するだろう。

 サーベルとはそういう青年だ。

 彼は今もアルデリカの不遇に心を痛めている。口にはしないが、サーベルのを見れば誰にもでわかる。もちろん、アルデリカにも。

「アルデリカさま…」

 なにを口にしようとするサーベル。アルデリカは思い詰めたようなサーベルの顔にハッとなり、

「いいのです。これでいいのです、サーベルさま。わたくしは糞姫…わたくしは今、とても…幸せでございます。大好きな排泄物をたくさんいただけて、本当に…本当に、幸せ…」

 だからサーベルが心を痛める必要はない。アルデリカは、糞姫は幸せなのだから。

「アルデリカさまッ!」

 これまで聞いたことないような、サーベルの激しい口調。アルデリカは心臓を鷲掴みにされたように感じた。

「ボクは、ボクはもう…耐えられない。あなたが汚されること、あなたが辛い思いをなさ れること、全部…全部耐えられないのですッ!」

 堰を切ったように、これまでの思いを吐き出すサーベル。

「ボクはただの傭兵だッ。家族も、帰る家もない。生きるために人を殺した。殺さなければ自分が殺されていた。気がついたら傭兵だッ。最低の人殺しだッ!」

 サーベルの双眸。怒りを宿しながら滴を零していた。

「それでも…それでもボクは、一目見てしまった瞬間から…あなたに、心を奪われてしまったのです…あなたを、愛してしまったのです…」

 突然の告白。アルデリカは声も出ない。

「許されることでないのはわかっています。ボクは…人殺しなのですから」

 人を殺し、それを仕事として生きている自分。とてもアルデリカに相応しい男ではない。それにサーベルはこれまで、アルデリカが陵辱されているのをただ傍観していただけだ。

 アルデリカは、グラーゼ皇帝エファリンクの命によって小隊に払い下げられた。よって小隊の頭である小隊長が、アルデリカをどう扱おうとサーベルには異論を鋏むことは許されない。

 傭兵部隊とはいえ、軍の一部だ。そして今、サーベルが雇われているのはグラーゼ帝国であり、皇帝エファリンクにである。

 皇帝の意に反抗を見せる。それは即、サーベルの死を意味していた。

 だがもう、我慢できない。愛する少女を汚され、それでも沈黙を守っているようなクズにはなりたくない。いや、自分のことはどうだっていい。アルデリカを助けたい。この状況から、この腐りきった悪夢から。

「ボクに一つ…そう、一つだけ策があります。必ず成功させてみせます。そして、あなたを自由にしてあげたい。ここから、解放してさしあげたい。だ、だから…」

 サーベルは言葉を句切り、ゴクッと咽を鳴らして唾液を飲み込んでから、

「もし…もし、全てが巧くいったのなら、あなたの唇をボクに…ボクにください」

 唇が欲しい…それは使い古され、だが今でも廃れていない、一般的な求婚のセリフだ。男性に「唇が欲しい」と告げられた女性は、受けるなら無言で唇を差し出す、断るなら男性の左手の薬指を軽く噛む。それには「いずれ貴方に、よい出会いが訪れることを願います」という意味が込められているといわれているが、あまりに古くから伝わる「儀式」のため、その真偽は定かでない。

 アルデリカはサーベルを見つめ、

「…はい。あなたさまにこの唇を捧げることができるのを、心より…お持ちさせて、いただき…ます」

 言葉の最後。アルデリカは初めてサーベルに涙を見せていた。

 だが、アルデリカがサーベルの死を知らされたのは、それから二日後のことだった。

 

「もう…どうでもいいわ」

 サーベルの死を知らされてから数日が経過したが、アルデリカの時間は彼の死を告げられた瞬間から止まったままだ。排泄物や虫を口に詰め込まれようが、糞まみれで陵辱されようが、もうなにも感じない。

 望むのはただ一つ。

「サーベルさまに逢いたい」

 だがそれは、二度と叶えられることのない望み。

 叶えられないと、そう…決められてしまったはずだったのに。

 いつもの部屋。いつもの男たち。全身に塗糞され、性器からもポタポタと排泄物を溢れさせるアルデリカは、肛門に突き刺さった張り型を自らの手で激しく動かし、男たちに向かって塗糞自慰を繰り広げていた。

 男たちがはやし立てるままに喘ぎ声を発し、卑猥な言葉を発するアルデリカ。

「あっ、あんっ! みて、みてくださいませっ。糞姫のこ〜もん、ぐちゃぐちゃですごくいいですうぅ。ウンチ、ウンチさいこうですう〜ぅっ!」

 長い髪をパサパサと振り乱し、時折床にこびりついた汚物を舐め取る。

「おちるまでおちるのも、いいのかもしれない。わたくしはもう、終わっているのですから…」

 ならば、本物の「糞姫さま」になろう。糞姫として一生を終えよう。

「あはっ、ウンチ、うんちいぃいいぃ〜っ!」

 ウンチと口にする度、彼女の精神は「糞姫さま」に近づいていく。心が溶かされ、汚されていく。

 でもいい。サーベルはもういないのだから。

 だがアルデリカが肛門の張り型を引き抜き、それにこびりついた排泄物を舐め取ろうと舌を伸ばしたその時、

 バンッ!

 大きな音を立て、部屋の扉が開いた。

 そしてアルデリカの目に飛び込んできたのは、

「アルデリカさまッ!」

 思い焦がれたあの人。死んだはずの、死んだと聞かされたはずの、自分に求婚してくれた愛しい人。

「サーベル…さま…?」

 頭部に血の滲んだ包帯を巻いてはいるが、それ以外はあの日からなんの変わりもないサーベルの姿。

 サーベルは室内に飛び込み、身体中に塗糞を施したアルデリカをなんの躊躇いもなく抱きしめると、

「遅れて、申し訳ございませんでした。アルデリカさまッ」

 信じられない。でも、自分を抱きしめるこの力は現実。

「…サーベル…さま? 生きて…生きて、おられたのですね…?」

「約束いたしました。あなたの唇を頂くと。それまでは、死ねません」

「…よかった。本当に…」

 熱い感情に、アルデリカの双眸から涙が零れる。サーベルが生きていた。それだけで、彼女を閉じこめていた絶望という黒い壁が脆く崩れ去った。

「アルデリカさま」

 彼女の名は、「糞姫さま」ではない。彼女の名は「アルデリカ」。それが、愛しい人に呼んでもらえる資格を持った名だ。

「あ、あぁ…サーベルさまぁ」

 二人の視線が重なる。強く、そして確かに。

 やがて近づくサーベルの顔。アルデリカは瞳を閉じ、唇を差し出すように顎を上げた。

 

 目の前で重ねられる。サーベルとアルデリカの唇。

 それよりも、

「なぜサーベルのヤツが生きているッ!?」

 小隊長の脳裏に崖から転げ落ちるサーベルの姿と、その時の悲鳴が思い出された。

 サーベルは、小隊長の弱みを握っていた。それは小隊長が、軍規で禁じられている一般人への暴行を働いたということだった。

 それを大隊長に知らせれば、小隊長は処分されるはずだ。証拠と呼べる証拠はないが、調べればすぐにわかることだ。

 小隊長さえ処分されれば、アルデリカの境遇は少しでも改善されるはずだ。もちろん、それだけで全て収まりがつくというわけにはいかないだろうが、だが最初の一歩を踏み出さなければ、なにも変わることはない。

 これまでサーベルが小隊長の軍規違反を黙認していたのは、こういう「告げ口」が傭兵業界では「許されない」と考えられているからだ。裏切り者と呼ばれ、傭兵としては生きていけなくなる。いや、廃業で済めばいい。考えるまでもなく、「傭兵仲間」の報復を受けることになるだろう。

 現在では考えられないほど腐敗した傭兵業界だが、この時代はそれが当然だった。

 大隊長がいるはずの、旧アーレスブルグ王国王都ブルクス。走れば三日でつくことができるだろう。

 闇に紛れて部隊キャンプ(徴収されたアーレスブルグの兵士詰め所)を飛び出したサーベル。しかしキャンプを出て半刻(約50分)、

「サーベルッ! どこに行くつもりだ」

 立ちふさがったのは、小隊長と二人の傭兵だった。サーベルの考えは、小隊長に読まれていたらしかった。どこまで読まれ知られていたのかはわからなかったが、

「傭兵の事故死なんて、そう珍しくないもんだ。なぁ、そうだろ? サーベル」

 小隊長は、サーベルを「処理」することに決めているらしかった。そして三対一。サーベルは抵抗も虚しく、小隊長の手によって崖下の闇に転げ落ちた。

 そう、落ちたはずだった。そして、死んだはずだったのだッ!

 混乱する小隊長は、その一歩をサーベルに進めようとした…が、

「止めておけ」

 小隊長の首筋に、いつの間にか彼の傍らに佇んでいた青年騎士が手にする、長い両刃の剣が添えられた。

「な、なんだテメぇはッ!」

 驚くほど背の高い騎士。鎧の形状から、蒼使騎士団の騎士らしかったが、胸部のプレートに小隊長の知らない紋様が施されている。

「それは、名を知りたいということか? それとも階級を知りたいということか」

「こんなことして、生きて帰れると思ってるのかッ」

「陳腐なセリフだ。もう聞き飽きている」

 青年騎士は手にする剣よりも鋭利で凍えた視線を小隊長に突き刺し、

「俺の名はクラフト。クラフト・ミルナードだ。皇帝陛下より、上級騎士の位を賜っている」

「じょ、上級騎士だとッ!?」

 現在帝国の上級騎士の総数は十三人。帝国と敵対する国々からは、「タルク・グライゼ・マキナス(グラーゼの十三魔騎将)」と呼ばれ恐れられる存在でもある。

 ということは、彼、クラフトと名乗る青年騎士は、蒼使将軍ということになる。当然、一介の傭兵でしかない小隊長が、蒼使将軍を見知っているわけもない。

「確かめてみるのも悪くはない。皇帝陛下以外の何者であろうと、俺は引く剣を持っていない」

 冷たい視線のままでクラフト。小隊長は格の違いを思い知らされた。

 クラフト・ミルナードが、アベリナと名乗る鮮やかなミク花色の髪を持つ少女と共に帝国に反旗を示すのは、これから約二十巡り後のことである。が、今、取り立てて重要なことではない。

 アベリナはまだ産まれてもおらず、その父と母はこの瞬間、初めて唇を重ね合っただけなのだから。

 小隊長が折れたことを悟り、剣を鞘に納めるクラフト。

「小細工をしたのはキサマか?」

「なんのことだ」

 …とは、小隊長は口にしなかった。

「だが、サーベルを甘く見ていたな。ヤツはなかなかに面白い男だ」

 サーベルは死んだはずだ。確かに、自分が殺したのだから。

 小隊長は混乱していた。殺したはずのサーベルが、上級騎士と共に帰ってきた。なぜだッ! なにがどうなっているッ。

「サーベルの魔力、導師エミコ・コバヤシにも計り知れぬそうだ」

「ま、魔力だと…? なにをいっているッ。ヤツにそんな力など…」

「ないと思っていた…か。それはキサマが見抜けなかっただけだ。サーベルは確かに、導師レベルの魔力を持っている。見る者が見れば、すぐにわかることだ。俺には、どうしてあれほどの魔力保持者が野に埋もれていたのか…というほうが不思議だがな」

 クラフトは一度、抱き合い唇を重ね合う二人に視線を向け、すぐに小隊長に視線を戻すと、

「ラン・アルデリカ(アルデリカ姫)…いや、アルデリカは正式にサーベルの婚約者として認められた。よって奴属を解き、サーベルの管理下に置かれることになる。これは皇帝陛下自らがお認めになられたことである。俺はただの見届け人にすぎない。皇帝陛下のお許しが出ているのだ。わかるな?」

 クラフトの言葉に肯く小隊長。肯くしかなかった。

「サーベルとアルデリカにもしものことがあれば、今度は俺の剣が無言のうちにキサマを切り裂くと思え」

 クラフトはこれ見よがしに剣柄に手を添え、

「理解したのなら消え失せろ。恋人たちの逢瀬をのぞき見るのは、無粋なことだ」

 いい放つと彼は、今にも斬りかかりそうな表情で小隊長を睨みつけた。

 

 室内には、抱き合い見つめ合う二人だけになっていた。アルデリカは排泄物にまみれたままだが、二人共そんなことは気にしていない様子だ。

「あぁ…サーベルさま」

 零れる涙をそのままに、アルデリカが呟く。

「さまは、お止めくださ…いや、止めてくれないか?」

 やはりどこか照れたような顔でサーベルが返した。

「は、はい。サーベル」

「アルデリカ」

 再び近づき、そして重なる唇と唇。

 大陸暦百十八巡、蜜草の節九日。

 この日、かつてアーレスブルグ王国第二王女、ラン・アルデリカ・アーレスと呼ばれていた少女は、「王女」でも「奴隷」でもなく、ただの「アルデリカ」となった。

 愛する人にその名を呼んで貰えることが、泣いてしまうほどに嬉しいと感じる普通の「少女」に…。

 だからこれは、歴史に残らぬ、そして伝わることもなく忘れ去られた、「ありふれた物語」へのプロローグである。

 


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