| サリ姫南遊記 |
轆轤首（ろくろくび）の巻
| さり姫が従者である、金玉童子、小便小僧、悪食の豚八とともに 日の本を旅立ち海を渡って高砂の地を遍歴しているときのことである。 とある岩山の間で日が暮れた。そこで一行は恰好（かっこう）な場所を見つけて、笈（おい）をおろして 横になった。 横になる間もなく月が出た。その月の光があたりに拡がったかと思うと、その光の中から湧いて出たよう に黒い影が現れた。木樵（きこり）らしい男だった。その男はあわてたようにしてさり姫の傍に近づいた。 「御女人、此処（ここ）で野宿なさるおつもりか、とんでもないこと、此処は恐ろしい魔所でござるぞ」 サリ姫はおちつきすましていた。 「それは面白い、狐（きつね）が出るか、狸（たぬき）が出るか、それは知らぬが、左様な妖怪変化（へ んげ）の出る場所へ野宿してこそ、諸国行脚の甲斐があろうと申すものです、かまいません、わたしにか まわず、そうそう往かっしゃい」 男はサリ姫の顔を咎（とが）めるようにして覗（のぞ）きこんだ。 「大胆にも程のあるお方じゃ、此処へ野宿などされたら、それこそじゃ。さいわい近くにわしの住いがご ざる、荒屋（あばらや）ではあれど、此処よりはましじゃ、それに若い御女人とあれば更なる災いもあり ましょう、御女人は貞操を守られるべきお誡（いまし）めのはずではござらぬか」 サリ姫は立ち上がって笈を肩にした。 「それでは一つ厄介になりましょうか」 「では足元に気をつけて、おいでなされませ」 一行は岩山の間の道を攀（よ）じのぼって、やがて唯（と）ある頂上の平べったい処へ出た。 そこに草葺の家があって家の中から明るい灯が漏れていた。男はサリ姫たちをを案内して裏手へ廻って往 った。其処にすこしばかり野菜をつくった畑があり、畑の向うに杉の林があって、其処から筧（かけい） の水を引いてあった。 金玉童子、小便小僧、悪食の豚八はその筧の水で足を洗って内へ入った。 炉（いろり）の附近（まわり）に四人の男女が控えて為（い）た。男はサリ姫らを上座（じょうざ）へ請 （しょう）じてから四人を揮（ふ）り返った。 「旅の御女人をお伴れ申したのじゃ、御挨拶申せ」 四人の者は交る交るサリ姫の前へ出て挨拶した。いずれも言葉は上品で態度もいやしくなかった。その後 で女達は怪量に粥（かゆ）の膳をすすめた。 サリ姫は無造作に粥を啜（すす）って、終ると口を拭（ぬぐ）い拭い主人の方を見た。 「御主人、先刻（さきほど）から御容子を伺うに、どうやら世の常の木樵衆とも見受けられぬ、以前は一 花（ひとはな）咲かした侍衆が、よくよくの仔細あっての山住いと睨んだが、いかがですか」 「それをお訊（たず）ねなされるか」 男は当惑したようにしていたが、やがて思いきったように顔をあげた。 「これも何かの縁、罪障消滅のたしになるかも判り申さぬ、それでは聞いて頂こうか。お察しの通り、以 前はさる酋長に仕えた武人でござったが、ふとした事から酒と女に心を奪われ、結局（あげく）の果は何 人かの者に手をかけて、この地に隠れておる者でござるが、時が経つにつれて浅間しく、邪慾のために、 祖先を辱かしめたるこの身が恨めしゅう、此の比（ごろ）では、つくづくと後世（ごせ）のほども案じら れてなりませぬわい」 「どうやら床しい御仁体と見受けましたが、さてはそうでしたか」 サリ姫は凝（じっ）と対手（あいて）の顔を見た。 「いや、若気の誤（あやまり）は人間の常ですわ、それにしても早くそれに気が注（つ）かれたは、まだ 御仏の助けの綱の断（き）れぬ証（しる）しでしょう。昔のことは昔のこと、此上は御仏にすがって、再 び花咲く春を待たれるのがよろしくございますわ」 「身に沁みてのお言葉、忝（かたじ）けのうござる」 山上の夜は更けた。 女達は次の間へサリ姫たちの衾（ふすま）をのべた。すすめられるままに一行はその部屋へ入った。 「一夜のお礼です、せめて読経して、主人（あるじ）の苦悩をお助けしましょうか」 枕頭（まくらもと）に端座して低声（こごえ）で読経をつづけたが、やがてよして窓を開けた。静な月 の下に筧の水音ばかりが四辺（あたり）の静寂を破っていた。 「咽喉（のど）が渇いたわ、どなたか彼（あ）の水を汲んできてくれないこと」 従者の小便小僧は家（うち）の者を起さないように、そっと襖を開けて次の間へ出た。 その途端に小便小僧は棒立になった。其処には行燈（あんどん）の燈（ひ）に照らされて、 主人はじめ五つの首のない体がころがっていた。 すぐに戻ってサリ姫に告げた。 「はてな、すぐ隣りにいたのに、これは何としたことでしょう」 サリ姫は四辺（あたり）に用心しながらその傍へ近づいた。そして、一つ一つ首の附根を改めてみた。 首は合せ物が離れたように血の痕（あと）もなければ刃物の痕もなかった。 サリ姫の眼が光った。 「轆轤首だわ、さてはたばかって、わしをおびき寄せたんだわ」 ・・・・・続く |
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