ロードス島異聞録 9
エピローグ
儀式の準備は順調だった。
彼の大願であった、死を超越した存在への飛躍が、いままさに成ろうとしている。
邪神カーディスの力を借り、この身に力を与えるのだ。
・・・・彼は、カーディスを復活させるつもりはない。
呼びかけ、力を借りるだけだ。ニースの赤子・・・・まだ、名前もない・・・・は、そのための贄ともいうべきものだ。
「いざ・・・・」
手馴れた手つきで、儀式がはじめられた。
祭壇の上には布に包まれた赤子が捧げられている。
長い、長い呪文。
マーモの地下に、ひときわ怪しげな・・・・力が満ちはじめた。
「・・・・カーディスよ、我が求めに答え、その声を聞かせたまえ・・・・」
詠唱が終わった。
永遠の沈黙があたりをつつんだ。
「な・・・・なに?」
さしものバグナードがうろたえた。
反応がない。
魔法の手順にあやまりは・・・・なかった。
扉を開く鍵である、生命の杖と魂の水晶球はそなえてある。
この赤子が、扉としての機能を持っているのも間違いない。
邪神に、声がとどかないなどということがあるだろうか?
「なぜ・・・・?」
『我はカーディス・・・・』
「!?」
声が響いた。
だがおかしい。声は・・・・別の場所から聞こえてくる。
自分が召還した、その呼び声への返答では・・・ない。
どこだ? どこからこの声は・・・・
マーモ全土に響こうかという、この大きな声が流れているのだ?
バグナードは、部屋を出た。
・・・・そして、ようやく、理解した。
高位の司祭は、その身に神を降臨させるという力を持っている。
例えば、偉大なる大ニースが魔神との戦いでその身に大地母神を降臨させたように。
本来、その降臨に、道具は必要ない。
バグナードがカーディスの降臨に生命の杖や魂の水晶球、そして扉を求めたのは、彼がカーディスの信者でないからだ。
真にその神を信ずる身であれば、高位の司祭であれば、祭器はなくとも神の降臨は可能だ。
・・・・神が、現世に降臨すれば。
神への呼び声がとどかぬのも当然だ。
バグナードは、震える頭でようやくそのことを理解した。
目の前の少女・・・・ニースは、その身に神を降臨させたのだ。
大地母神マーファではない。
破壊の女神・・・・カーディスを。
『我は破壊の女神カーディスなり・・・・』
再び、言葉が響く。
ニースの唇は、その言葉に合わせて間違いなく動いていた。
彼女は、その身から邪悪な気を発し、見るものを圧倒する威厳をそなえ、バグナードにゆっくりと、歩み寄ってきていた。
ニースの身に宿る、カーディスの高司祭ナニールの魂。
ニースの精神が壊れようとする際に彼女を支えた、女神カーディスの声。
大地母神への信仰はカーディスへの信仰にすりかえられていたのだ。
彼女が、最後の最後に祈ったのは、邪神であった。
ニースは、呪ったに違いない。
自分の運命を。邪悪な身体に堕した魔術師を。・・・・この、呪われた島を。
カーディスは、そのもとめに応じ・・・・彼女に身をもって、この世に降臨したのだ。
(いかん・・・・)
カーディスは破壊の女神だ。
放置すれば、ロードスだけではない。世界の破滅にかかわる。
バグナードは、魔法を唱え始めた。
・・・・攻撃ではない。
彼一人で、神にかなうはずがない。
逃げて、助けを求めるのだ。黒衣の騎士と、フレイムの傭兵王にこのことを伝え、協力をあおぐのだ。
「・・・・我が双脚は、時空を越える」
『転移』。無限の距離をワープする、魔術師の技だ。
だが、それも完成しなかった。
詠唱が終了してさえ、バグナードの身は依然ニース・・・・いや、カーディスの前に鎮座していた。
「な・・・・・」
魔法が、効かぬ。
バグナードは、呆然と娘の顔を見つめた。
魔術師の顔が、恐怖にゆがむ。
魔法を失った魔術師に、いったいなにができよう。
・・・・数瞬後、神になった少女が、人間を越えようとした男の身体を握りつぶした。
『わが名はカーディス・・・・・』
『ロードスを滅ぼし・・・・世界に終末を導くもの・・・・』
・・・・ロードスという名の、島がある。
アレクラスト大陸の南に浮かぶ島だ。
人は、そこを『呪われた島』と呼ぶ・・・・・。
今なお、邪神が宿る恐るべき大地・・・・。
ロードスは、呪いからは逃れられぬのか・・・・・。
ロードス島異聞録 完