第九話「貪欲な魔王編」

 

「いやぁあっ!!やめてぇえっ!?」

 年端もいかない少女に、淫欲を滾らせた悪魔が襲いかかる。白いお尻の間から覗くピンク色の割れ目。そこからはゆらゆらと少女の甘い体臭が漂っていた。

 少女を最初に組み伏せたのは巨大な蛙だった。勿論、ただの蛙ではなく、ぬめぬめと光沢を放つ肌のあちらこちらから無機質の機械部分が露出し、頭から張り出した巨大な眼球は人の頭であった。

『オオ、オオ、オン、ナハァア……』

 左右に張り出した人の顔がそれぞれ少女の身体を視姦する。巨大な蝦蟇口からは涎を垂らし、でろりと舌を垂れ下げる淫魔。ねっとりと絡み付く視線に、少女は恐怖に顔を引きつらせ、細い喉から声を絞り出す。

「こ、来ないでぇ…」

 恐怖に腰を抜かした少女はじりじりと後ずさるが、蛙は下腹部の陰茎をいきり立たせて少女に飛びついた。

 細く華奢な腰にしがみつき、でろでろと舌を這わす蛙。少女は嫌悪のあまり何とか淫魔を離そうと手で不気味な頭を押しのけようとするが、蛙はまるで意に介さず、鼻を鳴らして少女の陰部に顔を埋めた。尖った鼻で淫核を押し上げ、肉塊のような舌が小さな花弁を舐めあげる。

「いやぁああっ!き、気持ち悪い…ぃ。は、放してぇ」

 ずるずるぺちゃぺちゃと、はしたない音を立てて少女の粘膜を舐め回す巨大蛙。少女は淫魔に無理矢理性的な快楽を呼び覚まされ、嫌悪感を抱きつつも、下半身を満たす甘い感覚に次第に足を開いていった。

 やがて、そんな少女の幼い身体に他の機械魔達も群がり始める。小さな身体に無数の舌が這い回り、陰茎が押しつけられる。そして少女の下腹部に顔を埋めていた蛙は上半身を起こし、その突き出た腹の下で反り返る、巨大な陰茎を少女の小さな花弁にあてがった。

「いや、……やめてぇ……そんなの、壊れちゃうっ!!いやぁああああぁぁっ!!」

 蛙の太い逸物が、ぐいぐいと小さな花弁を掻き分け、幼い産道へと侵入していく。怪物の愛撫に十分ぬかるんでいたとは言え、怪物のモノはあまりにも太く、深く入り込んで来るに連れ内臓が圧迫され、息苦しさを感じる。

 足を突っ張らせ、荒淫に耐える少女。しかし、群がっていた淫魔達がその行為に興奮し、空いている孔に陰茎を殺到させた。

「いがぁあ、はぶぅうっ!!?」

 悲鳴をあげようにも亀頭がそこに押し込まれ、少女は目を剥いた。そして肉棒は菊座にまで及び、既に蛙魔の唾液でぬるぬるになっていたそこへ太くて長いものがずるずると押し込まれていった。

 幼い淫花も菊門も、今や穴という穴に肉の棒が激しく出入りしていた。涎を飲み下すこともできない口元からは唾液と怪物の体液がずるずるとこぼれ落ち、下半身も少女自身の体液と怪物の精とで今や淫液まみれとなっていた。そしてあぶれた魔物達はすこしでもおこぼれに預かろうと膨らみかけた小さな乳房を舐め回し、はち切れそうな陰茎をさもしくも擦り付ける。

 やがて、小さな口に余るほどの大量の精液が吐き出されるが、続けざまに別の肉棒が押し込まれた。そして、せわしなげに腰を動かしていた蛙も、幼い胎内に大量の精液を吐き出すが、やはり、入れ替わりに別の肉棒が押し込まれ、少女は激しすぎる行為に悶絶し、がくがくと小さな身体を痙攣させた。もはや、少女の精神は悲鳴をあげ、限界状態であったが、薄れゆく意識の中、ふと、目の前にゆらゆらと陽炎が立ち上るのを見た。それは、次第に黒い霧となっていったが、その事に気が付いたのは、少女一人であった。

 

 指揮官であるターヤとグレースを欠き、今やラシュミラ・サキヤの兵士達は崩壊、背走していた。少なからず、機械魔達に反抗する者もいるが、やがて無数の機械魔に群がられ、変身を解かれて陵辱されていく。今や、戦場は既に淫欲の宴と化し、白い街は少女の悲鳴、嬌声、淫らな甘い吐息で溢れ返っていた。

 そんな中、少女達の頭に一様に浮かぶ一つの疑問。何故、ラシュミラは現れないのか。何故、これまでのように悪魔の軍勢を打ち払ってはくれないのか。怪物達に犯されながら、少女達は未だに僅かな望みを抱いていた。

 そして、その事は魔軍の司令官ベリアルにも晴れぬ疑問であった。街の上空で自分の戦果を満足げに見下ろしはしても、呆気ない少女戦士達に首を傾げ、未だ姿を現さないラシュミラを警戒していた。

 ところが、眼下ではそれとは違った別の事態が起こり始めていた。ラシュミラの街全体が巨大な魔法陣で包まれ、黒い霧が覆い始めたのだ。

「なんだ、これは?!」

 炎の戦車の上で、驚きの声を上げる黒い悪魔。一瞬、ラシュミラが新たな策謀を巡らせたかとも思ったが、この黒い霧は悪魔の波動を内包していた。

「サンダルフォンの仕業か?この僕も見限られたと言うことか!?」

 吐き捨てるように呟くベリアル。このまま此処に留まっていれば手遅れになる、そう確信したベリアルは、魔法陣の外へ向けて戦車を駆った。

「これほどまでの大きな魔法陣と、そして生け贄が必要な悪魔とは一体……」

 黒い霧の浸食は思ったよりも早く、ベリアルは焦った。しかも、今まで軽快に走っていた戦車が急に重くなり、見ると戦車の後ろ半分が黒い霧に喰われかけている。そして、その背後では霧の本体が巨大に膨れ上がり、ベリアルのすぐ側まで迫っていた。

「……ちぃっ!?」

 舌打ちをして、戦車から飛び出すベリアル。しかし、その時、何者かがベリアルの片足を掴んだ。

「助けてぇっ!!」

 女の悲鳴に振り返ると、そこには半身を霧に捕らわれたウジアルがいた。

「お前……」

 迫る霧に焦りながらも、ベリアルは驚いてウジアルを見た。霧は見る間にウジアルの身体を這い上がり、じわりじわりと爪の間や毛穴から浸食していく。

「助けて下さいっ!ベリアル様ぁっ!!」

 蒼白な顔をして懇願するウジアル。ベリアルはそんなウジアルを邪険にあしらおうとはせず、ただ、小さく息を吐き出した。

「その霧に捕らわれたら、もう二度と逃れられないさ…。その霧は、この世のどんなモノよりも貪欲で、底無しの悪魔なのだから」

「そ、そんなぁっ!!!」

 絶望するウジアルに、ベリアルは冷徹に、淡々と告げた。そして、そうする間にも、ウジアルの身体は黒い霧に包まれていく。

「だが安心したまえ、愛おしい人。無に帰すにも僕が一緒だよ」

 そう言って、微笑みを見せるベリアル。

「ああ、本当ですか……。本当なのですか?……私は、本当にあなたに愛されていたのですね」

 ベリアルの言葉に、少なからず心打たれるウジアル。小さな猜疑心が芽生えない訳ではなかったが、その小さな疑いの芽も、ベリアルの慈愛に満ちた瞳にかき消されていく。そして、冷酷な黒い霧がウジアルの身体を完全に覆い尽くそうとするその時でも、ウジアルは悲鳴一つあげることはなかった。

 

『怖れることはないっ!!全てのモノは私と一つとなる。私は全てを飲み込み、同化し、やがては新たな一元宇宙へと成長するであろう。全ては無に帰すっ!全ては始まりに帰すっ!全ては我となり、我は全てとなるのだっ!!!』

 薄明の地下世界に、黒い霧の大音声が響きわたる。

 綺沙羅達がその声に空を見上げると、そこには巨大な黒い霧が、次第に大きな虫へと変貌していくのが見えた。禍々しい、悪意に満ちた波動に、綺沙羅の肌がびりびりと総毛立つ。

「あの大きな物も悪魔なの?…、あの、大きなのも悪魔になるの?」

 街を覆い尽くす黒い影に圧倒され、身を縮ませて綺沙羅は呟いた。そしてそうする間にも膨れ上がった黒い霧ははっきりと実体化し、やがて、それは巨大な蠅となった。小刻みに羽音を立てる硝子質の羽と不思議な光を放つ巨大な複眼、毛のびっしりと生えた黒い脚。そして、巨躯の表面には取り込まれた無数の人の顔や悪魔の顔が見えた。遠くからではっきりとは分からないが、それは苦悶に顔を歪ませ、それぞれが怨嗟の言葉を吐き出している。

「分からない、分からないよっ!!」

 突如、上空に現れた巨大な悪魔に、綺沙羅は取り乱し、悲鳴を上げた。

「何だって私達がこんな目に遭うのよっ!!私達が何をしたって言うのよっ!?こんな訳の分からない所に閉じ込められて、変な化け物に襲われて…。それが一体何の意味があるのよ!?分からない、分からないよ……。澪…早く戻ってきてよ」

 踞り、嗚咽を漏らす綺沙羅。むつみと羅瑠が心配そうに綺沙羅を覗き込むが、心の支えを失った綺沙羅はひたすら涙を流すばかりであった。

 不安と悲しみにその小鳩のような小さな今にも張り裂けそうになる。絶望と無力感に打ちひしがれ、顔を上げることの出来ない綺沙羅。しかし、その時、一瞬誰かが綺沙羅の頭に直接話しかけてきた。途切れ途切れの、小さな声であったが、その声は次第に大きく、やがてはっきりと聞こえてきた。

『あなたは目を閉じてはいけない…。あなたは耳を塞いではいけない…。あなたは見なくてはいけない…。あなたは感じなくてはならない…。この世界を…。この宇宙を…』

 綺沙羅はその声に顔を上げ、周囲を見回した。しかし、綺沙羅の回りには声を発せない少女むつみと、そして首を傾げる羅瑠だけである。

「誰ッ!一体何なの!?どうして私がこの歪んだ世界を見なくてはいけないのっ!?どうして私なのよ?」

『それは、あなたが見ることの出来る存在だから。あなたが感じることの出来る存在だから…』

「勝手なことを言わないでよっ!!私はこんな世界を見たくないっ!何も見たくない!こんな世界から早く抜け出したいっ!澪、早く戻ってきてよぉぉ…。私一人じゃ耐えられない…」

『あなたはもう、澪がどうなったか知っている筈です…。目を背けてはいけない。全てを見るのです…』

「うるさい、うるさい、うるさぁあいっ!!!何も知らないくせに勝手なことを言うなっ!!私の心に土足で踏み込むなっ!!あなた、一体誰なのよぉっ!?」

『私はナンバーゼロ…。この惑星で最初に覚醒した人間…』

 ナンバーゼロを名乗る謎の声にヒステリックに泣き叫ぶ綺沙羅は言葉を飲み込んだ。

「ナンバーゼロ?つまり、この世界に一番最初に来た人?なら教えて、ナンバーゼロ。此処は一体何処なの?あの悪魔は何なの?此処からはどうやって抜け出せばいいのっ!?」

 勢い込んで問い掛ける綺沙羅。その問い掛けに、ナンバーゼロは静かに応じる。

『此処は地球の地下です。あなたは此処へくる前、翼を持った異形の者が街を破壊するのを見た筈です。あなたはその異形の者達を見ることが出来た…。だから此処へ連れてこられた。そして、今のあなたの力では此処から抜け出すことは出来ません。また、仮に抜け出せたとしても、廃墟となった地上を見るだけでしょう…』

「…そんな。だったら、私達はこれからどうすればいいの?」

 ナンバーゼロの言葉に、意気消沈する綺沙羅。

『見ることです。そして、感じることです…。それに、あなたにはまだ守るべきものがあるでしょう?』

 言われて、綺沙羅はハッとした。自分がずっと嘆いていては幼い二人の少女を悲しませることとなる。澪の代わりに、この二人を世界の残酷な運命から守ってやらなければならない。

「でも、この世界はどうなるの?私達はこれから…」

『…あ、…あなたは私の』

 その時不意にナンバーゼロの声が遠くなり、途切れ始めた。怪訝な顔で耳をそばだてる綺沙羅。しかし、ナンバーゼロの声はどんどん聞き取りにくくなっていく。

『あなたは…私の…声を聞くことが出来た…。だから…あの子もその事に気が付いて…』

「なに?あの子って誰のこと?ちょっと待って!?」

 綺沙羅は小さく悲鳴を上げるが、しかし、そのままナンバーゼロの声は聞こえなくなってしまった。

「これから、私はどうすればいいの…」

 陰鬱な表情で深い溜息を付く綺沙羅。しかし、羅瑠とむつみが心配そうな表情で自分の顔を覗き込んでいることに気が付き、無理矢理な笑顔を見せる。

「綺沙羅、何処か痛いの?」

「ううん、何でもないよ…」

 綺沙羅は何とかそれだけ言うと、二人を引き寄せ、腕の中に抱え込んだ。二人の身体の温かな感触が今はそれだけが心地よい。

 

 ベルゼブルあるいはバールゼブル。ベル(バール)は王を示し、その意味は高き館の王。天の神。堕天したセラフィムの君主にしてルシファーに次ぐ者。

 

 顕現した巨大な悪魔、黒い蠅の化け物は耳障りな羽音を立てて黒い瘴気をまき散らし、周囲にある物を巻き込みながらどんどんと成長を続ける。

 そこへ、建物の影から突如して眩いばかりの光が溢れ出し、今まで何処へ姿を隠していたのか、ラシュミラが光の巨人となって現れた。

「宇宙を再生するのはお前ではないっ!!」

 これまで、正常な精神状態ではなかったラシュミラが、これまでにないはっきりとした意思を込めて蠅の王に告げる。

『むうっ、グリゴリの裔か…。我を否定するなどとおこがましい。我は霊羅万象、有象無象、全ての事象を飲み下し一元宇宙へと成長を遂げる。我は機械の神をも飲み下し、新たな宇宙を形成するのだ。完全ではないグリゴリ如きがいかほどのものか!』

「お前は夢見る者ではない。お前は宇宙を作れない。お前では機械の神には敵わない…。ただ闇雲に全てを飲み尽くし肥大化するだけ。そのような者に、新たな宇宙を創造出来る筈はない………」

 ラシュミラを取り込もうとベルゼブルは黒い霧を発するが、ラシュミラの体を包む霊光が霧を弾き、ちりちりと蒸発させる。

「私の体とお前の体は霊質の対極に位置するもの。お前が私を取り込もうとするのなら、お前も私も莫大なエネルギーと共に瞬時にこの世界から蒸発することだろう…」

 そう言うとラシュミラは拳を固く握りしめ、歯噛みするベルゼブルの頬に渾身の一撃を放った。

『ぐあぁっ!?』

 虚を突かれ、瓦礫の中に叩き落とされる蠅の王。ラシュミラの拳は光を失い、光子が僅かに霧散しているが彼女はそれを気にも留めず、突然、敵を目の前にしながら別の誰かを呼ばわった。

「聞こえるか、真なるグリゴリよっ!見ているか、夢見る者よっ!私はお前に見せなければならない。そしてお前は目を背けずに見なければならない。全ては神によって仕組まれたことなのだっ!悪魔は踊る。そして私も踊る。全てはお前に見せる為に…。だから見るのだ。過酷な運命に立ち向かえ、聖なるグリゴリよっ!!」

 

 ラシュミラの大音声は彼女の砕けた国だけでなく、地底世界全体に響き渡ったようだった。そしてその声は地底世界の中心にある塔にまで届いていた。世界のことになど無関心に、ただ人間の作った蓄音機の音に耳を傾けていたサンダルフォンであったが、ラシュミラの声が耳に届いたのか、小さく眉根を動かし、そして閉じていた瞼を大儀そうに持ち上げた。

「…グリゴリに、真なるグリゴリに覚醒した者がこの世界にいるというのか?」

 呟くサンダルフォン。そこへ、ほとんど誰もいなくなった筈の塔を、何者か奇妙な音を立てながら歩く音が聞こえた。ぺたぺたと裸足の足音であったがそれは途切れ途切れで、何か粘着質の物を引きずるような音と共にゆっくりと近付いていた。そして、やがてそれはサンダルフォンの部屋の前で止まった。

 そして足音の主はノックもせずに部屋にはいると、肩で荒い呼吸をしながらやっとの事で声を絞り出す。

「なかなか楽しめるイベントだった…」

 サンダルフォンの部屋に現れたのは凄惨な笑みを浮かべた悪魔、美しい魔獣ベリアルであった。見ると足首が千切れ、引きずったその傷跡からはずるずると血の線が続いていた。

「足萎えの悪魔か…、ちょっとした冗談だな。それで一体、何をしに戻った?恨み言でも言いに来たか?」

 脂汗を滲ませ、壁により掛かるとベリアルは自嘲気味な顔をした。

「悪魔の恨み言?それこそ冗談ではないよ…。まだ色々と趣向を凝らしたイベントが続くのだろう?それを見逃す手はないからね」

 しかし、ベリアルの言葉にサンダルフォンは応じない。

「ああ、聞こえているかい?天使の羽音を…。神の戦列から飛び出した天使達がけたたましい叫びをあげてこちらへ向かってきている…。恐らくこの地下世界で戦っているベルゼブルとあのグリゴリとの波動が呼び寄せたのだろう。今の状態でのベルゼブルでは体力的に敵わない。大切な隠し玉だ、もっと成長させてから送り出してやりたかったね。そうすれば質量で勝る貪欲の魔王はたかがグリゴリ如きに手こずることもなかった…」

 額に脂汗を滲ませながらも、不適な笑みを崩さないベリアル。それに対し、サンダルフォンも顔色を変える事もなく、独り言の様に呟く。

「…ベルゼブルはあのグリゴリに勝つ」

「ああ、勿論そうだろう。蠅の大将は常に周囲を吸収して大きくなっているからね。だけど辛勝だ。天使共は相手に出来るかな?このままだとグリゴリと天使、同時に相手をする羽目になる…」

「だから私を嘲笑いに来たか?」

 ベリアルの揶揄に、サンダルフォンはようやくに視線を向ける。寡黙な表情であるが、どこか怒気を含んでいるようにも見え、ベリアルは苦笑を漏らした。

「さっきも言わなかったかい。僕はイベントを見に来たんだよ。宇宙最後の娯楽をね…。遅かれ早かれこの惑星は機械の神によってぺしゃんこだ。これまで数を減らしてきた悪魔も反撃する力は残らないだろう。下手をすれば全滅だ。宇宙は巻き戻され、再びシャーレの上で実験は繰り返される。…或いは」

 水を向けるベリアルにサンダルフォンは憮然と言葉を引き継ぐ。

「真なるグリゴリが覚醒して機械の神を消滅させる、か?今の状態では望み薄だな」

「僕は悪魔だからね。望みや希望なんて言葉にはかなり懐疑的なんだよ。だけど楽しむことはする。此処にはまだお楽しみが残されている。だから戻ってきたんだ。君のその陰鬱な顔を見るのも捨てがたい娯楽だしね…」

「ふん、戯れ言を…。だが君の言う通り、どういう結果であれ我々の戦いは此処で終わりだ…」

「ああ、そうだ。この塔最下層にいる可愛い子ちゃんがまだ残っているからね。とびきりの可愛い子ちゃん、惑星と意識を繋いだグリゴリの少女がね……」

 

 一方でラシュミラとベルゼブルの格闘は続いていた。ベルゼブルに馬乗りになり拳を叩きつけるラシュミラ。ラシュミラを覆う光がベルゼブルの黒い霧と反応し、まるで水が蒸発する様に音を立てて消滅する。

 一見、ラシュミラの攻勢に見えたが、意外にも先に疲弊し始めたのはラシュミラの方であった。拳を叩きつける度にラシュミラを覆う霊光が次第に弱まっていく。

『無駄だ、お前がいくら攻撃しようとも、我は周囲の物を取り込んでいくらでも回復すること出来る。それに比べ、お前の力は消耗するばかり。その程度の力では、我を抑えることはできん!』

 今まで一方的に殴られていたベルゼブルであったが、怒号を上げるとラシュミラを蹴り飛ばし、今度は逆にベルゼブルが襲い掛かる。

「言った筈だ。貴様のような悪魔に宇宙を再編する事は出来ない。お前も、私も、悪魔も、天使も…」

 そう言ってラシュミラはベルゼブルの振りかざした腕を掴んだ。ベルゼブルはその手をふりほどこうとするが、何処にそんな力が残っているのかラシュミラは固くベルゼブルの腕を掴んで放さなかった。

『いつまで無駄なことを続ける気だ…。最早お前の霊力ではこの我の力を相殺することは出来ないぞ』

 ベルゼブルはラシュミラの振り絞る力に怪訝な顔をした。それに対して、圧倒されている筈のラシュミラは苦悶の滲んだ顔をしながらも、不敵な笑みを浮かべる。

「私一人では、な…。だが、天使の霊質もお前達悪魔のそれと対極に位置するものではないのか?」

 ラシュミラの言葉に、ベルゼブルのふりほどこうとしていた腕の力が弛む。

『…天使…だ、と?』

 今まで戦いに夢中であったベルゼブルであったが、ふと冷静になって集中してみると、無数の天使の波動が近付いていることが分かった。それは既に気配ではなく、地響きと共に知覚できるほど近くまで来ていた。

「お前に、あれだけの天使の霊力を相殺できるのか?私の力も含めてな!」

 次の瞬間、天を突き破って白い鳥人の群が押し寄せた。巨大な悪魔の波動に本能を刺激され、神の戦列を離れた天使の群が。

『ぬう、おのれ。貴様、我と共に心中するつもりか?我と貴様が消失すれば、その波動はこの狭い地下世界を一瞬の内に滅ぼしてしまうのだぞ?仲間もろとも、消滅しようと言うのか!?』

 必死に藻掻くベルゼブル。しかし、ラシュミラはベルゼブルの腕を頑なに放さなかった。そこへ、飛来した天使達が、炎に群がる羽虫のようにベルゼブルの身体目掛けて飛び込んできた。

 断末魔、凄惨な笑い声を上げるラシュミラ。

「この陰鬱な地下世界が滅びるなら、それは私の本望だっ!!悪夢の世界よ、消失せよっ!!」

 飛び込んできた天使達の霊光がベルゼブルの黒い霧の中で反応し、光の爆発となって膨れ上がっていく。渦巻く聖と魔の拒絶反応が莫大なエネルギーを生み出し、ベルゼブルの身体が数倍にも膨れ上がる。

『おのれぇえええええっ!!グリゴリめぇえええっ!!!』

 やがて、それは臨海点を超え、巨大な黒い悪魔は閃光を放って破裂した。

 

「な、何アレ??」

 膨れ上がったベルゼブルを見て、驚きの声を上げる羅瑠。何かよからぬ気配を感じ、綺沙羅は羅瑠とむつみをぐっと抱き寄せた。

 澪がいなくなった今、二人を守るのは綺沙羅しかいない。

「二人とも、私から離れないで…」

 自分に何が出来るわけでもなかったが、死の間際に二人に怖い思いをさせたくはなかった。

 しかし、ふとむつみが綺沙羅の腕から逃れ、ベルゼブルの方に立ちはだかった。

「むつみ、一体何を!?」

 綺沙羅の問い掛けに振り返り、笑顔を見せるむつみ。そして次の瞬間、言葉を失った筈のむつみの口元が動いた。

「いつか、羅瑠が言っていた。綺沙羅が仲間に加わって、お母さんが出来たみたいだって…」

「むつみ、あなた言葉が…」

 むつみの口から言葉が出たことに、驚きの声を上げる綺沙羅。しかし、むつみは綺沙羅の動揺を余所に、言葉を続ける。

「だから、澪がいなくなった今、綺沙羅が羅瑠を守って上げてね…。ね、綺沙羅お母さん」

 むつみはそう言うと綺沙羅達に背を向け、膨張したベルゼブルに向かって両手を拡げた。すると、それに合わせたかのように肥大化したベルゼブルは爆ぜ、爆風と閃光がむつみと綺沙羅達を襲う。

 しかし、気が付くと綺沙羅達の周りには光の球体が現れ爆風から身を守っていた。信じられないことだが、むつみの仕業だろうと言うのか。しかし、むつみは球体の外にいて、まるで球体を守るかの様に手を広げ、爆風に晒されている。

「ちょ、なんでむつみがっ!!」

 綺沙羅は慌ててむつもを球体の中に引き入れようとするが、時既に遅く、爆風と共に溢れ出した光の奔流がむつみの姿を一瞬の内にかき消し、絶叫する綺沙羅も激しい衝撃の中、意識を失った。

 

「もはや、これまでだな…」

 太陽の塔最上階で事の成り行きを見守っていたサンダルフォンが呟く。その周りにはテチアルとグミアル、そして片足を失ったベリアルが控えていた。

「塔の最下層に向かい、この空間の崩壊に備えよ」

 その言葉に恭しく返事をするテチアルとグミアル。対してベリアルは薄笑いを浮かべたまま未だ外を眺めていた。

「いよいよ惑星兵器のお出ましという訳か。規模としてはベルゼブルを遙かに凌駕しているが、それでも神の軍勢を相手にするにはやや荷が勝ちすぎていると思うが?或いは、此処にいる我等だけで天使共を食い止めるとか?」

 ベリアルの言葉に、冷たい視線を向けるサンダルフォン。

「ああ、貴様が惑星兵器の露払いをしてくれると言うのならそれに越したことはないが、今の貴様ではメタトロンはおろか、天使数十人を相手にするのがやっとだろう。ベルゼブルを完全に成長させることが出来れば、メタトロン如き、物の数ではなかったのだがな…」

「おいおい、ベルゼブルが自滅したのは私の責任ではないだろう」

 そう言って大袈裟に肩をすくめてみせるベリアル。

「誰も貴様の責任とは言っていない。それに貴様の助力など、当てにもしていない」

「そりゃあ、そうだろう。私が生き残っていること自体、計算外なのだからな。おっと、皮肉じゃない。そんな怖い顔をしないでくれるかい?誰も君のことを恨んじゃいない。他人を陥れる、それが悪魔の本性という物だからな。まあ、私が計算外なのはありがたいことだ。気楽に君の最後のあがきを拝めるというものだからね」

 そう言って下卑た笑いを浮かべるベリアルを、サンダルフォンは最早相手にしなかった。

 

 

−ああ、そうだ。なんで今まで忘れていたんだろう?

あの日、天使が世界を襲った日、私は学校をサボって、ビルの屋上から空を眺めていたんだ。

私の意識は何処から始まって、何処まで続くんだろって、とりとめもなく考えていた。

だけど、空はとても青くて、光っていて、そんな私の考え事なんて笑っているように見えたんだ。

青い空は美しくて、そしてとても憎らしく思えた…−

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