薬を売りさばき、少女をビデオに数本出演させた帰り
…時間的にはもう夜半過ぎていると言ったところだ。ようやく家に帰り着いたルミナはゆっくりと周囲を見渡し
「…隕石でも落ちたか?」
「どうしたの?ルミナ」
背後には銀之助、邪魔の入らない道場で組み立てがしたいというから連れてきたが…目の前の惨状を視ても動じない胆の強さはさすがにルミナの親友である
ルミナの家系は古流武術の道場を構えこの辺一帯を統治していた頃もある名家だ…今は没落して甚だしいが。先祖の遺産を食い荒らすだけで十代程度は遊んで暮らすだけの資産がある
当然家も古くはあるがそれに見合って広く。庭も広々としたもので
「…何の穴だと思う?」
「地盤沈下じゃないの?下にトンネルでも掘ってたのかな」
庭に開いた大穴を前に頭を抱える…コレを視て平然としている銀之助が信じられないくらいだが。巨大な穴は紛れもなく本物で
試しに小石を落としてみるが。少し後に音がした…かなり深いらしい
「とりあえず明日業者を呼んだら?庭なら落ちる人も居ないだろうし」
「…まぁ、そうだな…」
実際、資産はあるのだ…薬を売りさばいた金もある。運が悪かったとさえ思えば大したことではなく
「…じゃぁなぁ、銀之助…家の中の気配は何だと思う?」
迷うことなく銀之助が銃を握る。日頃の行いが行いだ…敵はいくらでもいる
銀之助はデリンジャーを掌に隠しながら辺りを見渡し
「とりあえず捕まえて聞けば早いんじゃ?」
「…1人はともかく、もう1人はかなりの手練れなんだがな」
若いとは言え実戦経験は大した者だ。気配だけでもそのぐらいのことは分かる
ルミナは僅かに緊張しながら銀之助に合図を送る。手練れの方は自分で相手しようと言うことだ。指で弱いのが居る方を指してやると銀之助はそちらへ向かい
ルミナは本堂へ足を踏み入れる。薄暗いそこには確かな気配が感じられ…拳を握ったままずかずかと入り込み
「お礼参りか泥棒か知らないが、さっさと出てこいよ」
声をかける…泥棒ではないようだ、気配はゆっくりとルミナの方へ歩み寄り
「泥棒とは言われたものね…勝手にお邪魔したのは謝るわ、少し休ませてくれない?」
その姿を見せる…・
顔に見覚えはない。だが美人だ…金髪の、絞り込まれた体躯を持った美女と言っていい部類の人間で
全身の血の痕とおびただしい傷痕がその異常さを物語っている
思わず眉を蹙めるルミナは拳を緩め
「きゃぁぁぁっっ」
聞こえてくる声はルミナにとっては聞き慣れた、十代の少女の悲鳴
…声の内容は聞き慣れてはいても、抑揚には聞き覚えがない。最もそれはルミナだけのことのようで
「ルリ様っ」
駆け出す金髪…その尻を見送りながら。慌ててルミナも尻を追って駆けだし
(…たぶん、あの駄々漏れ気配の方だろうな)
引き締まった尻の後を着いていく。やがて…金髪は茂みの前に辿り着くと
「ルミナ…捕まえたよ」
…少女に抱きついたまま離さない銀之助の前でぴくぴくと震え
「貴様、ルリ様を離せぇぇ」
「っと」
殴りかかる金髪と銀之助の間に慌てて割って入る、そのまま金髪女の拳を受け止め…
「っ…」
身体が地面に押しつけられるような感覚、沈み込む
女とは思えない威力で振るわれた拳はルミナをして受け止めるのが精一杯の威力で
「ああっ…」
頭から血を吹いて倒れ込む金髪女に息をつく
…とんでもない威力の拳。怪我がなければやられていたかも知れない。懐に拳銃はあるがそれが効いたかも疑問で
「どうするかな」
無力な少女と、異常ではあっても既に倒れた女を眺めながら呟く
薔薇色の高校生活に僅かながに希望も見え…
まぁ最悪、薬漬けにして売り飛ばせばいいやという単純な構図を持って…ルミナは事情を聞くことにした
「アンダーグラウンドねぇ…」
地下に拡がる大空洞、能力者、龍。様々なことが語られるが…眉唾物としか思えない
常識的に考えてそんな物が地下にあるとは思えず
…かと言ってルリが嘘を言っているようにも見えない。先程の金髪…チェルシーとか言うらしいが…のパンチも気にかかり
後で情報屋に確認でもさせようと決め。視線をルリの周りで彷徨わせるルミナ。チェルシーの視線がきつい物になるが
清楚な美少女の姿に妄想も膨らむ…この時点で平凡な学校生活よりも何も知らない少女への調教の方へ思考が偏っている時点で彼の野望が実現不可能であることが知れるが
(高校に行ってないんじゃ彼女は無理だしな)
変な納得をしていたりする、それらを考えながら
「とりあえず、部屋は空いてるから使えよ」
空き部屋に2人を案内するルミナ…そこには調度品も並び、暮らすのに不自由は無さそうだ、ルミナが女を住まわせるための部屋、盗聴や盗撮の準備は整っているため、隠し事があればすぐに知れるはずで
「さて…どうしようかな」
金髪女の異常な力など思い出しながら、ルミナは頭を悩ませ考え込み
「……随分客の多い日だな」
溜息を付きながらあの大穴の方へ身体を向ける、ふと見れば既に金髪女が向かっているようだ。その後に続くようにして本堂から外へ出て
…手品師と相対した
腕から炎をくり出す奇術師。ルミナは油断と共にそれに近付き…・
数秒後には地面に伏せることとなった
(し…くじった)
アンダーグラウンドという荒唐無稽な話。能力者。炎…常識からかけ離れた状況に判断を誤った
男の確かな殺気も。その身のこなしにも目をやることなく大規模な悪戯か何かだと思ってしまった、喧嘩のレベルで近付いたルミナを待っていたのは殺し合い
「赤っ」
金髪が炎に囲まれながら何か叫んでいる
…が、生き残ることが先決だ。周囲を気にする暇など無い
何とか血を止めようとする…が、どてっ腹に幾つも背中へ抜ける穴を開けられては止血のしようなどない。内蔵も幾つかやられているだろう
唯一の幸いは相手の武器が炎を纏っていたこと…臓腑を灼かれたが。そのかわり炭化した肌が多少ながら血の流出をとどめてくれる
(考えろ…生き残るには。病院へ行かないといけない…まずは)
ポケットから薬を取り出し噛み砕く。痛み止め等という生易しいものではないが、少なくとも痛みは消える…それと引き替えの後遺症は後回しだ、訪れるだろう禁断症状に辟易しながら神経が冒されていくのを待ち
「…ほぅ、まだ生きているのか」
男の顔に砂を投げかける…相手は実戦での戦闘巧者だ。当然避ける、が…回避運動を取りながらさらに避け続けることは戦闘巧者でも難しい。特にそれが突拍子のないものなら
(油断したな)
掌の中にはデリンジャー…ポケットに忍ばせておいた改造拳銃
ルミナが目の前の男を奇術師か何かだと捉えたように。男はルミナをただの子供と侮っている
だからこそ、撃ち出された弾丸を慌てて避ける男は肩に銃弾を喰らいながら愕然とし
「ちっ、上はどうなっているんだ」
少なくとも下ではルミナ程度の子供が銃を持ち歩くのは珍しいらしい
部下らしき男達に牽制しながらルミナは離れようとし
「…!」
足が灼かれた
手に纏わせるだけではなかったようだ、火球が幾つもルミナの身体を焼き尽くし
(やばい…死ぬ…)
死を覚悟した瞬間……暖かな温もりがルミナを包み込んだ
唇に触れる確かな感触。自分からすることは何度でも、また強要したことも何度か有る感触。稚拙で、性の経験に乏しい少女の唇…それを感じ
「……」
一気に立ち上がる
原因は不明。けれど痛みもぎこちなさもかき消えた…燃え尽きる前の蝋燭の揺らめきかも知れないが、今は目の前の男の事が最優先で
思考を喧嘩から殺し合いへシフトする。背中へ手を伸ばすと上着の中。ベルトに挿してある特殊警棒を引き抜き
「喰らえっ」
…先端には殺傷用に鋭利な刃物を備え付けてある。それを振り切る
さすがに相手も凄腕だ、間合いを見きりながらそれを避け…踏み込もうとしたルミナの眼前で風の圧力が産まれた
「くぅっ…」
風に圧され、吹き飛ぶ男…それを見ながら
「銀之助、モニターしとけっ」
原因の究明を後回しにして踏み込む、元々は鋭利な先端を突き出すつもりだったが…今と同じ感覚で振り上げ…普段にない感触を感じながら振り下ろす
風が渦を巻き。周囲の気圧が変動する、手応えはひどく重たいもので
「う…ああぁっぁぁぁっっ」
男が風に巻き込まれ壁に叩きつけられる…同時に極度の疲労が全身を襲い
…ルミナは意識を失った