戦場を風が吹く、それで流れるのは砂と血と肉。そして死の気配

寸前まで戦っていた戦士があっけなく死んでいくそんな世界。ヴァリスとマーモの戦争はやはり苛酷な物となり……マーモのペースで流れていく

ヴァリスの内情はスエイン達によって全てマーモに流され。かつマーモの情報は彼等を通していびつに歪んで蔓延した

体力的にも完調と言える者は少なく、スエインが呼んだ雨雲はあらかじめその覚悟と準備をしていたマーモはともかく晴天と信じていたヴァリスの騎士達には苦戦を強いる

傭兵隊に参加したパーン達はヴァリスの騎士達が敗れ去っていく様をただ眺めていればいい

……それでも、さすがは屈強なる騎士達と言うことか

あるいは<聖戦>でも使っているというのか、マーモの被害も過去にない激しさとなっている

カシュー率いる砂漠の戦士達は体調の優れないことを微塵も見せぬまま縦横無尽に戦場を駆け回り

パーン達もそれに引きずられる形でマーモの妖魔達を駆逐していく、戦場に出たのなら仲間と言えど容赦は出来ない

同胞達と剣を交えながら、パーンは戦場を見渡し。そして……信ずるべき主と、ファーンとを眼にした……

「カシュー様…あれを」

「…ベルドッ!」

さすがにカシューも6英雄の顔は知っているようだ

戦場にざわめきと緊張が走り抜ける、戦場の一角でのファーンとベルドの遭遇…それは1つの答を導き出す

乱戦はマーモ有利で進んでいる、けれどそれすらも覆す……一騎打ち

6英雄として共に魔神王と戦ったからこそ、何処かで戦うことを望んでいた2人だ……老いたりとは言えファーンも戦士。考えることは同じで

ベルドとファーンが共に馬から降り、剣を持って近付く

その様子をカシュー達は黙って見守るしかなく

「……」

パーンの眼が知人を捉える……黒衣の騎士アシュラム

剣を競い合った男は近衛騎士としてベルドのすぐ側に控え。戦場に一瞬静寂が満ちた、妖魔すらその気配を感じたように全ての視線がファーン達に集まり

…剣と剣とが噛み合った

「くっ……」

気迫に押される。さすがはベルド…そしてファーンと言うべきか。その死闘を見ているだけだというのに圧迫感を感じる

白銀の剣と漆黒の刃。共に強力な魔力を秘めた剣とがぶつかり合う……そのたびに火花散り。死と紙一重のところで打ち合う

斬撃はどちらも衰えを知らぬ強力な物。それらのぶつかり合いは僅かなミスでも見逃さないだろう

歴史に名を残す騎士として、ベルドとファーンは刃を噛み合わせ

「……」

パーンが心中で安堵する

これでベルドが敗れるようなことが有ればマーモの敗戦は濃厚だが。魔神王の剣を手にするベルドは齢の重ねが周りよりも遅い

ファーンよりも確かな体力を残して打ち合っている、先に力衰え、敗れるのはファーンだ

……それを覚ったからこそ、カシューの側を離れない

この男の強さもおそらくはファーンに匹敵しかねない。ならばこそ横槍を入れるような真似をすれば止める必要があり

同じように、危なげを見せ始めたファーンに騎士の1人が駆け寄ろうとし。アシュラムに阻まれている

やがて、決着はあっけなく訪れた

「かはっ……」

齢による絶対的な体力の不足、力及ばなかった……剣を弾かれたファーンはその胸を漆黒の刃に貫かれ……

「ファーン様」

ベルドの名を叫びたくなる歓喜を抑え。悲痛な呻きを漏らす

……これでマーモの勝利は決まった。柱を失った騎士団は容易く打ち崩れるはずで

「ベルド、私とも戦ってもらおうか」

カシューが剣を手に前へ出る。死闘の後に再び戦いを挑もうというのだ

集中力を途切れさせていないとは言え、その疲労は溜まっているだろう。実力が伯仲しているとすればベルドに分が悪い

けれど、それを自分が言うわけにはいかない。アシュラムも言わない

自分に出来るのは信じることのみ、魔神王さえ打ち倒した暗黒の島の王を

砂漠の傭兵王とは言えベルドに勝てるとは想えない、彼を信ずる者は皆、黙ってそれを見守れば良く……

幾合も打ち合う2人、けれど、やはりベルドが優勢だ……ファーンとの戦いの疲労など微塵も感じさせず剣を振り上げ

ドスッ

息を飲む音が誰からも漏れた……そして、その瞬後にはベルドの胸に深々と剣が突き刺さり

「馬鹿な……」

飛来した一本の矢、それが戦いに結末を与えた。流れ矢に撃たれたベルドは魔神王の剣を落としながら倒れ伏し

「卑怯なっ」

アシュラムが叫ぶ……剣を拾い。カシューを睨み付け

それでも戦いは終わったのだ。一気に戦いの流れがこちら側……いや。カシューに向く

戦意を失って逃げ去っていく妖魔を叱咤しながらアシュラムはベルドの遺骸を拾おうと

「……」

「邪魔だて…する気か?」

その前に立ちふさがる。アシュラムを睨み付けながら……ベルドの遺骸へ目をやり

……すぐにアシュラムが背を向ける。自分の名を覚えておけとカシューに叫びながら軍を退かせ

「エト……敵軍の将とはいえ。6英雄の1人だ……祈りを」

多くの騎士達が詰め寄っているファーン、それとは対照的なベルドにエトが跪く。その胸に手をやりながら顔を蹙め

そして……

「……」

エトは、騎士達の目に留まらないようにしながら暗黒神へ祈りを捧げた

それが効果があったかは分からない、その直後に天空から飛来した流星がほとんどの視界を奪い去ったからだ

その、誰が放ったかも分からぬ流星雨によってベルドの亡骸は焼き尽くされ

そして戦は終わった。どちらも将は失ったが、カシューという英雄を立てたヴァリスの側に勢いはあり

マーモの闇は全て、流し尽くされたかに見えた
 
 
 
 

「カーラだ……」

それを呟いたのが誰だったか、それすらも分からない。ディードはただ恐怖に打ち震えるままに4人を見つめる

パーン、スエイン、ギム、エト……自分の飼い主達は殺気を迸らせながら一本の矢を見つめる

戦場に飛来した矢。飛来し……ベルドの胸を貫いた。クロスボウの矢

それさえ無ければ暗黒の島の領主は砂漠の英雄王を討ち取っていたはずだった

「エト……暗黒神は?」

「数人の処女を生贄に祈りを続けさせています。目覚めるかどうかは五分……暗黒神は癒しの秘技は不得手ですから」

ファリスの神官戦士。それも上玉の処女ばかりを生贄にしたのだ、その加護も厚いだろうが。ベルドは魔神王の呪いを受けている、一度天界へ呼び寄せられれば帰ってこられるかどうか……

そもそも、ベルドはかつて失った女神官を愛しても居たはずだ、下手をすればそのまま死を望むかも知れない

……今、ベルドは死の淵にある。放っておけば数秒もしないうちに朽ち果てる命だ。それを魔法によって繋ぎ止めているが

「……俺達に出来ることはないか」

エトには及ばずとも、僧正の地位にある暗黒神官達がヴァリスの隠れ家で一心不乱に祈っている、生死の境を彷徨う彼がどちらに傾くか……それはまさに。神に委ねるしかなく

「……わし達に出来ることをしようかの」

ギムが重い腰を上げる。スエインが杖を取る………カーラ、全ての元凶となったあの女の首を取る

「女として耐え切れぬだけの恥辱を与えてくれる」

既にスエインはカーラの隠れ家に自らの使い魔を放っている。その視界を使うことで容易く奇襲をかけられるはずで

「……我が身は空を翔る」

……5人の姿はかき消えた
 

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