妖魔の棲まう森。ターシャスの森だ。そこから杖の材料となる枝を持っていけばいい
険悪な雰囲気のままに四人は街道から外れ、その森へ近付いていく…妖魔の跳梁跋扈する森という不穏な情報しかない陰鬱な森だ
さすがにメリッサ達の顔も強ばっている。今回は杖ではなく剣を携えるリウイはむしろ平然とした物だ
魔術師としての技量よりも剣士としてのそれの方が勝っているのだから。以前の冒険よりもむしろ覚悟が決まり
「行くぞ」
平然とした様子で森へ足を踏み入れていく。それに慌てて他の3人が続き
「ちょっと、あんた少しは気を付けなさいよ」
「別に良いだろうが、たいした妖魔が出るわけでもなし」
「この間ゴブリン相手に苦戦してたのは何処の誰よ」
ミレルと口論を交わす、実際いつもの状態ならゴブリンなど物の数ではない。リウイは緊張する様子もなく足を踏み出し
「…枝も小枝も、この間の女魔術師に渡せばそれなりの稼ぎになるんだぞ」
女盗賊の食指を動かせてやる。金銭をちらつかせられると弱いようだ……ミレルはぶつくさ言いながら森を歩き回るリウイに続き
「妖魔と遭遇したらどうするのですか?少しは落ち着きを持って行動したください」
今度は神官…メリッサがぶつくさ言ってくる。リウイが勇者であるという託宣を受けた割にはリウイに対して敬意どころか敵意に似たものを抱いている女だ。その口調は荒く
「せいぜい気を付けるさ」
憤慨している……女戦士の方はそれほど気にはしていないようだ
何でもない様子で森をかき分けるリウイはふと、気配を感じながら……ずかずかと進み
「これだ…」
するすると木に登ると一本をへし折る。杖になりそうなサイズの物を一本手にすると……それを折り
「止まれ、何か居る」
女戦士……ジーニの言葉に腕を止める
すぐに臨戦態勢を取る3人、リウイはそれでも気にすることなく立ち尽くし
「…人間?」
長い耳を持った痩身の者が現れる……エルフ、人と異なる生活習慣を持つ美貌の種族はリウイ達を前に立ち尽くし
「怪しいものじゃない、枝が欲しいだけなんだ」
言葉通り、リウイは杖程度の大きさの枝を握っている……エルフはしばらくそれを眺めると
リウイの言葉に、迷った末に集落へ案内してくれる
……古木ならたくさんあると、リウイ達を誘い出し
「やれやれ…」
軟禁されて寝転ぶリウイ、周りには仏頂面が3つ並んでいる
言いたいことは分かるが……何も聞かないでおく。ここに軟禁されているのは着いてきた彼等の責任でもあるのだが、どうせ聞きはしないだろう
こうなった全ての原因は
「あんたのせいでとんだ目だわ…」
「不本意です…」
リウイにあるわけだ。それに関してはもう諦めた……幸い壁は木造だ、力一杯殴りつければ壊れないこともないだろう
魔法の発動体さえ手に出来れば逃げ出すことも不可能ではなく。実を言えば懐には魔法の発動体である指輪がある
……リウイの実力をもってすれば逃げることは難しくなく……
「……あんたっ」
ミレルが叫んでいる……ようやく来たようだ
「じゃ、ちょっと話してくるわ」
鍵を開けるエルフに、リウイはひょこひょこと起き上がるとそれに付き従い
……事情を聞いた
自分達が妖魔同然に扱われていること、妖魔と違うことさえ示せば自由も手に入ること
自分達の勝手な理屈を色々と話してくれるエルフに適当に相づちを打ちながら。リウイは手元の荷物を確かめ始めた……
「……スリープクラウド」
ぼそっと呟く、念のためだ…
時刻は既に深夜。リウイは一人きりで牢屋で寝かさせられている
あの3人の女達がリウイと同じ牢屋で寝ることを拒んだためだ、仕方ないためリウイは別の牢屋に放り込まれ
……見張りは居ないようだが、念のために死角に眠りの雲の呪文を放つ
これで、隠れて見張っていても眠ってしまったはずだ
「後はと……ポリモルフ」
高レベルの魔法を使って自らの姿を妖魔に変える……妖魔達の中でも屈強な腕力を誇るゴブリンロード。それに姿を変え
マジックアイテムを取り出す……妖魔の呼び子、周囲の妖魔を呼び出す魔法のアイテムだ、呼び出した妖魔を自由に扱えるわけではないが、この姿をしていればコントロールは容易い
「……テレポート」
まずは牢屋から飛ぶ、念のために鍵を壊してからだが……次の瞬間にはリウイは妖魔の森の片隅に現れ
人の耳には聞こえぬ呼び子の音が周囲の妖魔を呼び寄せる、集まり…騒ごうとするそれに
「ゴフッ…」
ゴブリンロード…妖魔達を統べる一種の王としての威厳有る声を聞かせる
騒ぐ数匹を叩きのめしてやれば妖魔達は大人しくなり、ゴブリン語で話しかける
「エルフの集落を襲う、この火が消えたらエルフの集落を襲撃しろ。遅すぎても早すぎてもいけない」
数本の蝋燭に火を点ける……十分ほどで燃え尽きるくらいの短さだ
「他にもたくさんの同胞が参加する、エルフの肉が喰いたければ言うことを聞け」
それほど賢いわけではないが、強い者には媚びへつらうゴブリンの習性をリウイはよく分かっていた
それに、多少の時間のずれは許容できる
「出来る限り生きたまま捕らえろ。その方が面白い……特に女のエルフは殺すな」
意味は理解できるのだろう、妖魔達が笑う…それに満足するとリウイはテレポートで再び姿を消し、別の場所でも妖魔を呼び集める
エルフの集落を包囲するようにして妖魔を呼び集めると。襲撃の手筈を整えて再び集落へ戻り、木に登ると時を待つ
……やがて、五分ほどしただろうか。にわかに森が騒がしくなり始める
「やはり10分は待てなかったか……」
それも許容できる範囲内のことだ、既に集落を囲むようにして千を越える数の妖魔を配置してある……エルフ数百人が暮らすこの集落を蹂躙するには十分な数だ
もっとも、エルフ族は優秀な精霊使いであることが多い、だからこそ
「痺れの雲よ、全ての動きを奪え」
発動体である指輪を振りかざしながら叫ぶ、集落中を包み込む巨大な痺れの雲の魔法
隠していた魔晶石が砕け散り、疲労が身体を襲う……それを代償として、集落一帯の空気が全て麻痺効果を持つ毒物へ変わる
森のざわめきに眼を醒ましたエルフが次々に倒れ込み
「ハハハッ」
笑いながら集落へ飛び込む……女の精霊使いは強力な癒し手だ。それらは見つけるとすぐに縄で縛り上げる
この後で飛び込んでくる妖魔達の先陣を切るようにしながら縛り上げたエルフを転がし。痺れて動けぬものはそのまま……数十人に1人の確率で抵抗したエルフは殴り倒して縛り上げ
……牢獄へ飛び込む、幸い。冒険者達は痺れて動けないようだ……それらを縛り上げ、やがて……襲撃してきた妖魔達によってエルフの集落は蹂躙され、宴が開かれた