「っ・・・」

苦痛に顔を蹙めながら起き上がる

全身に巻き付けられた包帯、既に見慣れた感のある天井や壁

1人、孤独を感じながら世界を見渡す・・・

世界、この隔絶された領域こそが・・・

「起きたんだ」

「・・・ああ」

長い朱髪の少女が話しかけてくる、名はアネット・・言うなれば、この世界を自分に与えてくれた人

自分の世界はとても狭いものだ。この小さな部屋・・・空は蒼く森は深緑、朝は眩く黄昏に朱に染まる

世界の理を知りながら、窓から身を乗り出すことも出来ない自分はそれを確かめることも出来ない

・・・全身に巻き付けられた包帯が、己の行動を阻害し

「傷の具合はどう?」

「まだ・・動けそうにない」

全身に至る深い打撲傷と裂傷が身体を縛り付ける

・・・死を免れたことが奇跡に等しい怪我、回復魔法を用いても完治には数ヶ月はかかるそうだ

だから、まだ自分はベッドから起き上がることも出来なくて

自分の知る世界はベッドから見渡せるこの小さな部屋の中だけで

「そっか・・でも、大丈夫」

「何が?」

嬉しそうなアネットの顔

その笑顔に自分は救われている、いつかはもっと世界を知ることが出来ると、何も知らない自分に微笑みかけてくれ

「ロナルド達と一緒に作ってみたの」

木造の椅子を見せてくれる、大きな車輪が付けられたそれは・・移動も楽そうで

「これでスレインも外に出られるよ」

言って、スレインの身体を引きずるアネット

・・・激痛が身を苛むが、嬉しそうなアネットの顔を崩そうとも思わず

「ありがとう・・」

華奢な身体のわりに力がある、1人で半死半生だったスレインをここまで運んだのも彼女なのだ

スレインを椅子に乗せると、ごとごとと車輪を転がす

振動は多少つらいものがあるが、扉から外に出ることで世界が拡がる・・・知らない世界を知るたびに楽しくもなる

そして

「・・・」

怒りが沸き上がる

理由のない激情、心が軋む

「?・・どうしたの?スレイン」

晴天だ・・・雲1つ無い晴れやかな世界・・・けれど

「・・・・陽が、弱いな・・・・」

アネットも顔を暗くする

自分は世界を知らない。知っているはずがない。自分には過去がないのだから。生きてきた半生を失ったのだから

・・・記憶を、亡くしたのだから

だから世界を知らなかった、基礎的常識として残っていたこと・・記憶を失ったにしてはおかしなものだが・・空は蒼く、森は深緑

そして陽は・・・暖かく、全てを育む

「・・私達が、戦ってるのは知ってるよね」

知っている・・ベッドに伏しながら何度も剣戟の音を耳にした、だから回復魔法の使い手も存在した

「隣国が・・アグレシヴァルが攻め込んできてるの、食料を奪いに・・太陽が光を失って、どの国も凶作だから。キシロニアは多少の余裕があるから」

陽の光が奪われたせいで人が互いを傷つけ合う・・愚かな行い。けれど・・それを戒める者も居ない

・・誰も知らないのだから、何が原因なのかを知る者は

そして自分も知らない。何故こうなってしまったのか

・・ただ、陽の光が弱いことが・・・自分にはひどく哀しく感じられる

「・・あまり外にいても、怪我が治らないもんね・・戻ろうか」

何も出来ない・・・今の自分には

満足に動くことも出来ない。戦うことも・・・無力だ

「ああ・・」

生かされている・・助けられている

そのことを悲しみながら、スレインはベッドに己が身を縛り付けた。一時でも早く動けるようになれと。早く戦う力を取り戻せと

窓から射し込む陽の弱さを嫌悪しながら

・・・スレインは小さな世界で数カ月を過ごした
 
 
 
 
 
 

膝を曲げ、伸ばす

軋む身体を鼓舞し。全身を動かす

「もうそれだけ動けるんだ」

・・・実際には、まだ完治にはほど遠いのだが。何とか動けるようにはなった

ろくに歩くことも出来なかった数ヶ月前に比べれば格段の進歩だろう。スレインは自分の脚で小さな世界を踏みしめることが出来

・・・包帯に滲む血を隠しながらアネットに微笑みかける

「ああ・・何とか動けそうだよ」

実際、ミイラ男のような風貌は否めないが何とか動くことまでは出来る・・・もっとも、数ヶ月ベッドに縛り付けられていた身体が何処まで動くかは疑問だが

外を出歩くことも出来るようになった

・・・ここで気になったのが自分の扱いだ、半ば戦争状態の隣国を抱えながら正体不明で記憶喪失という怪しいことこの上ない自分が何故こうまで自由を許されたのか。そもそも何故手厚い看護を受けられたのか

「良かった・・・」

全てはアネットのおかげ・・どうやらアネットはここではかなり信頼されているらしい、父親が議長を務めているのと、良い人と悪い人を直感的に見抜くのに優れているとか

そのアネットが連れてきたのだからアグレシヴァルとは無関係なのだろうと言う、ある意味お人好しの集団だろう

さすがに、怪しい素振りを見せれば厳しい眼が向けられるが

指にはめていたリンヴウェポン・・・自分の武器をアネットに預け、小さな世界でじっとしていれば。怪しい素振りなどできるはずもなく

「よっ・・と」

軽く身体を動かしてみる・・・よく身体が覚えていると言うが。何らかの経験があってそれに特化している者は。それに見合った筋肉の付き方をしているものだ

腕や脚の動かし方、体重移動のバランス・・最も楽な体勢を選べば、自然と身体も動き

ピンと、一本筋を通したようなスレインの立ち居振る舞い・・けれど、それはすぐに前屈みになり

「・・難しいな」

色々と身体を動かしてみる、けれど・・こうだと言えるような身体の動かし方は出来ず

・・・より正確に言うならば、身体とは別に・・記憶の奥底からも身体の動かし方が思い出せる

そして、一番楽な体勢・・身体が最も動きやすい体勢は前屈みになり体重移動の反動を極力消し去る状態になる。これなら足音も満足にしないだろう

けれど、それとは別の感覚で・・背筋を伸ばし、体重を軸足に傾ける体勢も取りうる。これもアネット達の体重移動とは微妙に違っている

「・・まだ、巧く動かないな・・」

リングウェポンを持っていたのだから戦闘経験はあるだろう、だからこそ戦うための形を取っているが

・・・・ふと、リングウェポン以外に持っていた物を思い出し

「そう言えば・・コレもあったな」

短剣を取り出す・・

細い柄と全体を合わせてアネットの手首ほどしかない短剣・・武器としてはあまりに頼りない。投擲用なのかバランスは絶妙に作られているが

・・・スレインの腕では振るうことも難しく

けれど、指に挟んで投げてみる・・・窓から身を乗り出し。人が居ないのを確認してから木に向かって投げるが

・・途中で失速し、回転しながら地面に落ち

「ああ・・」

舌打ちしながら窓を乗り越えようと

「ああもう、少しはじっとしてなさい」

・・色々動き回るスレインを見て心配を重ねていたのだろう、アネットはスレインの腕を掴むとベッドに突き倒し・・

・・短剣を拾ってきてくれる

スレインが倒れていたとき持っていたのはその短剣とリングウェポン・・後はぼろ屑のようになった衣服だけだ

記憶を失う前の自分を取り戻す役には立ちそうで

「?・・」

ふと、短剣をしげしげと眺める・・・

「アネット・・俺は、短剣をどう持っていたって?」

「刃の部分を握りしめてたわよ」

・・あぁ、確かに指の内側に傷がある・・・けれど

服はぼろ布のようだった、半死半生の打撲傷や裂傷を負い・・奇跡的に命を取り留め

・・・何故、短剣には傷すらないのだろうか

「何で・・だろうな」

・・・急に身体を動かしたせいだろうか。意識が急激に遠のき

意識は闇に閉ざされた
 
 
 

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