目を開ければアネットが不思議そうに覗き込んでいた
どうやら傍目には自分は眠っていただけのようだ。この地に遺されていた亡霊の残留思念と絡み合っていたなどと説明する気にもなれず
立ち眩みがして休んでいたとだけ答えると。街への帰路に着く…アネットに拾われてから暮らしている街。過去の無い自分にとっては故郷のように捉えてしまう街に帰り着き
そのままアネットの自宅に向かう。ここで部屋を貸して貰っているのだ
屋敷の中でアネットと別れると宛われた部屋へ戻り
「…亡霊相手はコレが駄目だな」
べっとりと汚れた下着を脱ぎ捨てる。メイドに洗わせるのも気が滅入る・・処分してしまった方がいいだろう
スレインは女…十中八九アネットの母親、との逢瀬を思い出しながら息を吐く
繋がり合うことで大量の生命力を補充することが出来た。食事などより遙かに高純度で強力な力が
つまりは、自分が記憶や力を取り戻すことを願うなら…ああ言ったことを続ける方が効率的で
自分の身の回りの女、アネットやメイド達の顔を思い出す。あれらを犯すことで記憶を取り戻す鍵となる
…世話になってる家の者をどうやって犯すかなどと考えつつ。スレインは時の流れに任せて身体を休め
評議長。今のスレインの雇い主のような存在に呼ばれて部屋にはいる。そこでは既にアネットが待ち
…小競り合いを前に。他国と同盟することを伝えられるスレイン
そのために書簡を届けることを託される。同伴者はアネット…評議長の娘を特使として派遣することでこちらの誠意を示すつもりだろうか。それにスレインを付けさせるのは。それほどに信頼されているのか
…寸前までその信頼を裏切ることを考えていたスレインにとっては複雑なことだが
外に出れば周りの風聞を気にする必要もなくなる。他国でなら多少の無茶は可能で
「分かりました・・命に代えて、アネットを護ります」
約束する。護る過程で多少の代価は要求するかも知れないが。命を護る報酬と思ってもらうことにし
数十人の護衛と共に街を出る。さすがにスレイン1人にアネットを任せるというわけではないが。これらの護衛は途中で別れることになっている
他国へ入ってからは結局、スレイン1人に全ては任せられ
…多くの犠牲を孕みながらシェルフェングリフ帝国への進軍は始まる
キシロニア連邦とシェルフェングリフ帝国とを結ぶ関所、シュワルツハーゼへ近付くアネット達一向、その途中…アグレシヴァルの妨害を受け、スレイン達はほとんどの護衛を失いながらシュワルツハーゼへ転がり込むこととなる
本来の予定とは異なるが、アネットと2人、行動を制限されることになり、そのアネットは別行動をとった
独り取り残されたスレインは周りを伺いながら獲物を探し
「…」
聞き覚えのない声に耳を傾ける
声に覚えはない。けれど感覚が警鐘を鳴らす
…そちらに目をやれば。視界を掠める小さな影
「?…・」
くりくりと瞳を動かす小さな影、それに指を差し伸ばす
「あなた、私が見えるんですか?」
「精霊…か」
何とはなしに理解する。自分のことにはまだはっきりと思い出せないが…精霊の在り方については何となく頭の隅から記憶が蘇り
「従え」
便利なアイテムを前に命じる。それはしばらく震えた後で…抵抗の無駄を覚ったのだろう、スレインの影響下に置かれる
それを無視し、闇の精霊が居た辺りを漁るスレインは…死体と、手紙を手にし
「…ふぅん」
どうやら恋人に宛てた手紙らしい。開封して中身を読んだスレインは…手紙を元に戻すと、アネットと合流するために歩き出した
…次の目的地はファルケンフリューク
「…王都か」
ファルケンフリュークまでの道中は大した事件もなく過ぎ去っていった
親書を届けるため、王城に向かうアネットを見送りながら。スレインは手元の手紙を弄び
…辺りを見渡す
恋人を遺しながら逝った戦士、さぞかし無念だったろう…その無念を晴らすために、スレインは拳を握り
…城門を見上げ、何かを祈るような仕草をする女を見つける
…美人だ、その瞬間スレインの中で何かが弾ける。それを…喰らってみたいと願う。飢えに似た感情が身体を支配する
「メアリーさんですか?」
こくりと頷く女に…戦士の無念を晴らすためにも。グローは自らの飢えに従うこととした
「こちらです…」
手紙を胸に哀しそうに歩く…街からは随分離れた平原地、そこに僅かに盛られた土
…ちょうど見つけたのがそれだ、ひょっとしたら他の誰かが埋められているかも知れないし…或いは、大きい岩が埋もれているだけかも知れない
…十中八九後者だろうが、スレインにしてみればそう見えればいいのだから、人気のない草原で僅かながらに膨らんだ土壌は有りがたい物だ
メアリーは疑いもせずにスレインに従い
「…この下に、彼を埋めました」
…泣き伏し、土に頭を垂れるメアリー…
当然の話だが、この下に男など埋まってはいない…
全ては、人気のない場所へ女を連れてくるための虚言で
「………」
気配は何も感じない、誰も居ない…
ここで喰らおうと。誰も邪魔には入らず…
首を掴み、それを締め上げるスレインは。苦痛に満ちた女の声すら聞こえず
「ひっ、何を」
「…」
精を啜る、生命を喰らう。命を我が身に移らせる
人が獣を喰らって生きるが如く、自分は人を喰らって生を得て
「…」
『…』
「これが…今の俺の生か」
零した呟きは、自嘲に満ちていた