バシャ、バシャ、バシャ……
「くそっ、ツいてないぜ。こんな雨に降られるなんてよぉ……」
激しい雨の中、傘も差さずに全力で走る男。本人はツいていないとぼやいていたが、道を歩く者はみんな普通に傘を差して歩いている。色とりどりの傘の花が開く間をすり抜けるように先を急ぐ男の長い後ろ髪はチョンマゲのように束ねられ、男が足を動かすたびに小さく揺れて雨の雫を散らしていた。
「ん? あれは…………」
小さな川の上に架けられた橋を渡っていたとき、男――キンタは、橋の下に見知った人物がいるのが視界の端に入って足を止めた。橋のほぼ真下、上からではほとんど死角となってしまうような位置で自分同様傘も差さずに岸ギリギリに立って、川の中に向かって手を伸ばしているのは、団探偵学園(DDS)Qクラスのクラスメートのキュウだった。顔は見えないが、着ている制服や背の低さ、そして前髪の一部分だけ白くなった頭といい、間違いはない。
「キュウの奴、あんなところで何やってるんだ?」
奇妙に思ったキンタは、少しでも雨に濡れないように学園までの道を急いでいたことを忘れてキュウの元へ向かう。コンクリートの岸壁は雨に濡れて滑りやすくなっていたが、運動神経が卓越しているキンタは難なく下までおりることができた。
「おい、キュウ! こんなところで何やってるんだ?」
橋の下に来てみると、キュウは傘を持っていないわけではなかった。キュウの右手には一本の傘が閉じられたまま、しかも先の方を掴んで握られていた。岸ギリギリに立って伸ばされたその右手は、川の中ほどにあるコンクリートの橋脚の辺りにある何かを取ろうとしているようだった。
「あっ、キンタ! ちょうどいいところに!」
キンタの声を聞いたキュウは、真剣な顔で、だが少しほっとしたように振り向いた。その手はまだ川の方に伸ばされたまま、首だけを振り向かせて口を開く。
「大変なんだ! 猫の入ったダンボール箱があんなところに!」
その言葉にさらに近寄って川の方を見てみると、なるほど確かに“誰か拾ってください”と紙が貼られたダンボール箱が橋脚に引っかかっていた。雨のせいでやや勢いを増した川の流れによってゆらゆらと揺れ、いつさらに下流へと流れていってしまうかもわからない。しかも、その箱はすでに濡れて浸水も始まっているようだった。
「なるほど……ありゃマズイな。放っといたら中の猫は溺れて死んじまうぞ」
状況を把握したキンタも、表情が変わる。
「だから、こうやってなんとか傘の先に引っ掛けようとしてるんだけど……」
キュウは精一杯手を伸ばすが、背が低いのが災いして、あと少しのところがなかなか届かない。
「キュウ、代われ。俺がやる」
キュウよりも頭一つ分ほど大きいキンタが、自分ならば届くと判断して力強く言う。
「う、うん………………うわぁっ!」
うなずいて川の方に伸ばした手を戻そうとしたキュウだったが、いつ流されてしまうかと焦っていたために雨に濡れた地面に足を滑らせてしまった。
ザッパーン!
大きな水音を立ててそのままキュウは川の中に落ちてしまう。
「お、おい! キュウ!」
慌ててキュウの名を呼ぶキンタ。
しかも、落ちたときに傘の先が当たってしまったのか、キュウが落ちたときの波のせいか、今までかろうじて橋脚に引っかかっていたダンボール箱も流され始める。
「ちぃっ!」
ドッパーンッ!
舌打ちすると、自らキンタも川の中に飛び込んだ。川の中に入ったキンタはまず手を伸ばして下流に流されかけたダンボールを確保する。続いて、先に川に落ちたキュウの方に声をかけて反対の手を伸ばす。
「キュウ! 大丈夫か!?」
キンタはもちろん、キュウの身長でも十分に足が届くほどの水深だったが、雨のせいで多少流れが強くなっている上、以前キュウ自身の口から“究極のカナヅチ”だと聞いていたために、心配だったのだ。
「ゲホッ、ガボッ……!!」
案の定、キュウはパニックを起こして溺れかけていたが、キンタが伸ばした腕にしがみついてなんとか事なきを得た。
「あ、ありがと……キンタ」
「……ふぅん。それで、2人揃ってこんな季節に川に入ってずぶ濡れになったわけだ」
その後、ずぶ濡れになって周囲から奇異の目で見られながらDDSに急いだ2人は、Qクラスの教室にいた。話を聞いたQクラスのクラスメートの小学生、カズマは椅子に腰かけたまま冷ややかな目で2人を見た。そして、視線をタオルで頭と身体を拭く2人から、その足元に置かれた箱に移す。
ミャー
箱の中では、小さな白い仔猫が鳴き声を上げる。橋脚の陰になっていたため、幸いにもあまり雨に打たれることもなく、元気なものだった。
「で、どうするの? その仔猫?」
「そりゃあ…………誰か飼い主探すしかないだろ」
「アテはあるの?」
濡れた髪をタオルでがしがしと拭きながら答えるキンタの言葉に、その水滴が飛んで来ないよう椅子をずらして距離を取るカズマ。その膝の上にはいつものようにノートパソコンがあった。
「う……」
「なんなら、ボクがネットで飼い主募集してみるけど……」
ガラッ
そこへ、キンタとキュウがびしょ濡れで教室に入って来たのを見るなり席を立っていたリュウが戻って来た。その手には何か抱えられている。
「キュウ、キンタ、先生に頼んで着替えを用意してもらった。これだ」
言って、抱えていたものをキンタとキュウの机の上に置く。それは2人それぞれのサイズに合わせて選んで来たらしい着替えの服だった。丁寧なことにアンダーシャツはおろかパンツまで用意されていた。
「さすがにまだこの季節に濡れた服を着たままでは、まず風邪を引いてしまうだろうからね。早く着替えた方がいい」
「あ、ありがと、リュウ! 助かったよ。実はオレ、パンツまでビショビショでさぁ……」
「じゃあ、俺も遠慮なく……」
リュウの言葉に、2人はそれぞれに言葉を返しながら濡れて貼りついた服を脱ぎだした。キュウは濡れたパンツがよほど気持ち悪かったのか、下から脱ぎ始める。一方、キンタはさっさと全て脱ぎ捨てると、服の下になって拭けていなかった部分をタオルで拭き直していた。
「わっ……! 少しは隠そうとしなよ。みっともない……」
さらけ出されたキンタの一物が視界に入って、カズマはイヤそうに顔を歪める。
「いいじゃねえか。メグはまだ来てないんだし、ここは男しかいないんだから」
カズマの文句も全く気にする様子もなく、キンタは平然と濡れた身体を拭いていく。
「……たしかに、メグにこんなところを見せるわけにはいかないな。僕は外に出て、メグが来たらドアの外で待っていてもらうようにするよ」
キンタたちの様子を見たリュウは、再びきびすを返して教室を出て行こうとした。
ガララッ
「えっ……!?」
リュウの口から驚いたようなつぶやきが漏れる。取っ手に手をかけようとしたドアが、その直前に勝手に横にスライドして開かれたのだ。
「きゃっ……!」
扉の敷居を挟んだすぐ目の前からも、同じような驚きの声が発せられる。そこに立っていたのは、少し茶色がかった髪を両側に束ねた愛くるしい顔立ちの女子中学生。Qクラスの残り一人のメンバー、メグだった。
「ビ、ビックリした……リュウくんこんなトコに立ってるんだもん。どうし………………」
至近距離にリュウの顔があったせいで頬を少しだけ紅潮させながら、メグはひょいと教室の方を見て…………
時間が凍りついた。
キンタはまだ全裸で身体を拭いている最中。キュウは下を全部脱いで、ちょうど替えのパンツに手を伸ばしたところだった。つまり、教室の中を見たメグの視界には、2本の男性器が映っていた。ドアの声に顔を上げたキュウはもろにそのメグと目が合ってしまい、そのまま硬直してしまっていた。
「……き、
その止まっていた時間を再び動かしたのは、
きゃあああああああああああああああ!」
Qクラス全体に響き渡るほどのメグの大きな悲鳴だった。
(…………眠れない……)
その夜、メグは姉と2人暮らししているマンションの自室で寝付けずにいた。
その原因は明白。Qクラスの教室で見た光景だった。瞬間記憶能力者であるメグは、あの時見てしまったモノを忘れたくても忘れることができなかった。硬直した時間は長く感じられたが、実際は数秒にも満たないほどのわずかな時間であったにもかかわらず、メグの能力はそのときの様子を鮮明に頭の中に焼き付けてしまっていた。
幼い頃にもハプニングから大人のその部分を目にしてしまうということがあったが、そのときはまだ性的な意識もまるで芽生えていないような頃だったのでどうということはなかったが、今度はそれとは違う。男のその部分が性行為に用いられるモノであることはもちろんもうわかっているし、しかも見てしまった相手はこれからも親しく言葉を交わし、ともに事件に挑む仲間だった。
かぁっ
目を閉じて眠ろうとすると、その仲間たちの見てはいけない部分が目の前にあるかのように鮮明に浮かんでしまい、顔が熱くなる。スポーツ万能、各種武術合わせて十段を越えるキンタの想像以上に引き締まった上半身。さらにそのへその下の黒い剛毛の茂みに囲まれてぶら下がった、メグの記憶にある大人のモノに勝るとも劣らない威容の一物。そして、その隣りでパンツを取ろうとしていたキュウの下半身は、キンタのそれとは違いその平均以下の身長相応にまだ大人のモノにはなりきってはいなかった。股間に生える毛もまだ少しまばらで、性器も二回りほど小さく、先端まで皮が袋状にそれを包んでいた。
(あ、あれがキュウの…………)
同い年の少年の一物の形状を鮮明に思い出しながら、メグはベッドの中でますますその頬を赤く染めていった。昔に見た大人のモノとほとんど変わらなかったキンタのモノより、キュウのそれの方が未知への好奇心とどことなく愛嬌のようなものを感じられて、興味を抱かせていた。
(でも、アレはたしか普通の状態で、エッチなこと考えたりするともっと大きくなって、キンタのみたいな形になって……)
かああぁ〜っ
(あ、あたしってば、何考えてるの……?)
顔だけでなく、身体全体が真っ赤に染まって熱を帯びる。中でもひときわ熱くなっているのは、太もものつけ根の辺りで、まだ肌寒い季節だというのにじっとりと汗ばんで来ているようだった。
(う、うそっ! こんなことって……)
メグは今のこの感覚におぼえがあった。中3のメグはまだ数えるほどのほんのわずかな回数だが、自慰の経験があった。メグの今の身体の状態は、その自らを慰める行為のやり始めのときに似ていた。左を下にして横向きに寝ていたメグは、その態勢のまま右手をおそるおそる下の方へと下ろしていく。熱を持つその部分に到達し、パジャマの上から探ってみると、かすかにだがたしかにそこは湿り始めていた。
(キ、キュウのこと考えて……あたしエッチな気分になっちゃうなんて……)
自分に戸惑いながらも、あそこに押し当てたメグの手はそのまま動き始めた。おへその下からパジャマの中へと潜り込み、寝る前にお風呂に入って穿き替えたばかりの白い下着の上から熱くなった部分に触れていく。
「んっ……んんっ…………!」
体奥からわずかに滲み出した雫が下着の中心に小さな染みを作っている。その染みを広げるように指を割れ目に沿って上下に動かしていくと、思わず声が漏れそうになる。だが、遅い時間とはいえ声を出せば隣りで寝ている姉が起きて恥ずかしいことをしていたのを見つかってしまうかもしれない。メグは声を押し殺したまま右手の指を動かし続けた。
(キ、キュウ…………)
指を動かしながら頭に浮かんだのは、鮮明に映像が残るキュウの男性器だった。メグの自慰は自分の性器を下着の上から指で擦り上げるだけのものだ。空いている左手は、声を殺すために人差し指の腹の部分を口に咥えていた。そうして声を出さないための対策を施した上で、右手の指は割れ目の上の小さな突起に触れていく。
「んんっ……!」
敏感すぎる部分だが、それゆえにかえって下着の上からの方がちょうどよい刺激となってメグの快感を高めていた。
(キュウのを見てあたしはこんなことしちゃってるけど、もしキュウがあたしのここを見たら…………?)
快感の高まりとともに、メグの想像は実際に見た映像から飛躍していった。いま自分が顔を赤くして擦り上げている部分をあの少年が見たらどんな反応をするだろう。そして、見られた自分はどうするだろうか。メグは、普段の自分なら絶対に考えないであろうとんでもなく恥ずかしいことを考えていた。その妄想が性感を掻き立て、指の動きも激しさを増していき、快感は加速度的に高まっていく。そして、これまでの数度の自慰行為では感じたことのなかった未知の感覚が身体の奥から湧き上がってきた。
(えっ? な、なに…………?)
その未知の感覚に頭は若干の恐怖を抱いたが、しかし指の動きは止まらなかった。身体の奥から浮かんできた光のようなものが熱量を持って大きく膨れ上がっていく。
そして、
「ん! んんん――っ!」
咥えた指に血が滲みそうなほどの力でかろうじて声が溢れるのをこらえ、メグは生まれて始めての大きな絶頂に達した。パジャマの中で下着をまさぐっていた指が硬直し、全身が痙攣するように小さく震えた。そして、その震えが収まると、指を咥えていた口の力が緩み、ばたっと腕ごとベッドの上に沈んだ。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
興奮で上気したピンク色の顔で、メグは長い時間荒い息を吐き続けた。
翌日。Qクラスの教室にて。
ガララッ
メグが教室に入ると、キュウたちはもう先に来ていた。
「や、やあ、メグ……」
やはり昨日の今日ということで、挨拶するキュウやキンタの顔や声はぎこちなかった。入って来たメグも、入る前から少し頬を上気させていたが、キュウの顔を見るとさらに赤くなって心臓がドクドクと激しい鼓動を打つ。だが、メグはふるふると頭を振って昨日の映像と顔の熱を振り払うと、なるべく自然な笑顔を作って口を開いた。
「うん。今日もよろしくね、キュウ」