運命の修正


「ふふっ…………兄くん……知ってるかい……?
私と兄くんは……前世からずっと……繋がっているんだ…………強い絆でね……」

 夜、電気も点けずに千影は自室でそんなことをひとりつぶやいていた。そこに兄の姿があるというわけでもなく、自然と洩れてしまったつぶやき。

 ついそんなつぶやきが洩れてしまったのは、目の前にある物のせいかもしれない。人の頭ほどの大きさの水晶球。転がってしまわないよう何枚も重ねられた布の上に鎮座しているそれは、今日入手したばかりのものだ。だが、まだ何の力も与えられていないそれは、自分を見つめる千影の顔をその表面に映し出している。

 これがあれば、兄くんのことをより詳しく知ることができる。もし危険なものに魅入られてしまいそうになっていても、事前にそれを防ぐこともできる。もちろん、そんなことはそうそうあるはずもないのだが、念のためだ。

ボゥ……

 水晶球に手をかざし、千影が念じると同時に、水晶は淡く輝き始めた。

 その光は徐々に強さを増していったかと思うと、しばらくしてまたゆっくりと光が弱まっていく。そして、光と入れ替わるようにして水晶球の表面に兄の運命が浮かび上がってきた。

「…………えっ…………?」

 しかし、そこに読み取れるものを、千影は信じられなかった。

ガタッ

 慌てて席を立つと、タロットカードを取ってきて、パタパタと水晶球の前に並べていく。だが、

「……………………」

 タロットが指し示したのは、千影の信じたくない思いを裏切り、水晶が映し出したものを裏付けるものだった。


『別離』


 それが、タロットが示した暗示だった。

 

 前世では結ばれない恋人同士だった。

 現世では兄妹。12人もいる妹たちの1人。そして、彼には前世の記憶など全く思い出す様子はなかった。

 それでも、千影には大きな不満はなかった。なぜなら、このまま仲のいい兄妹で終わってしまっても、また来世があったから。

 来世でも再び兄の近くに生まれてくる。千影は兄との絆に確信があった。

 だが、水晶球が映し出した運命は千影の確信を打ち砕いた。

 誰かが近い将来に兄と結ばれ、兄とその少女との結びつきが千影と兄との絆を断ち切ってしまう。

 とても信じたくはなかったが、水晶球には確かにそう映し出されていた。

「そんな……」

 千影は愕然とした。

 肝心の、自分と兄との絆を引き裂く人物。それは千影や兄に近しい人物のようだった。すなわち、千影を除く他の11人の妹たちの誰か。わかるのはそこまでで、具体的にそれが誰なのかということまでは特定することはできなかった。

「…………兄くん…………」

 千影は衝撃のあまり、冷静な判断力を失ってしまっていた。

 考えるのは、どうすればこの運命を修正して再び兄との絆を確かなものにできるのかということだけ。兄に術を使えば虜とすることもそんなに難しくはないが、それでは逆に術の力が兄との絆を歪めてしまうかもしれない。

「……そう、か…………」

 そのとき、“術”ということを浮かべた千影の頭にある考えが閃いた。それは、悪魔の囁きかけとも言えたが、千影の思考を支配しているのは兄との絆を修正することだけだった。

『障害の排除』

 そう。

 兄を奪い、兄と自分との絆を引き裂こうとする妹が、兄の前から消えてしまえば、何も問題はない。

 もっとも、さすがに命まで奪ってしまうつもりはない。兄に近づかないよう、近づく気がなくなるようにしてしまえばそれでいい。それで、この狂ってしまった運命を修正することができるはずだ。そのためには……

「……“あれ”……かな…………? やっぱり……あれが一番…………」

 小さくそうつぶやくと、千影は立ち上がって部屋を出た。

 他の妹を兄から遠ざける方法。千影はこのことを閃いたときに同時にその方法も浮かべていた。ただ、そのために必要な準備を行うのにこの部屋は少し狭かった。

 千影は廊下に出ると、すぐ隣りにあるもう1つのドアの前に立つ。そこは、儀式等の広い空間を必要とするときのために用意してある部屋だった。


 だが、千影はすぐそのドアを開けて部屋の中に入りはしなかった。

 この屋敷にいるのは千影1人で、千影の姿を見る者はいるはずはないのだが、もしそれを見ている者がいたとすれば仰天していたであろう。千影はドアを前にして服を脱ぎ始めたのだ。

 まず最初に、自室で兄の運命を見る時に羽織っていた黒のローブを脱ぎ落とす。それから首の赤いタイを解くと、ブラウスのボタンを一つ一つ外していった。前がはだけるとそのまま袖も腕から抜いてしまい、程よく膨らんだ胸を覆うブラが完全に露わになる。

 下半身のロングスカートも、千影の手が留め具を外してしまうと重力に従ってふわりと足元に落ちる。その下からは当然、少女の大切な部分を覆い隠す小さな布が出てくる。誰もいないとはいえ、廊下の真ん中で千影は下着姿になってしまった。

プチッ

 しかし、千影の手はまだ止まらなかった。

 後ろ手に手を回し、ブラのホックまでもが外れた。留め具が外れて緩くなった下着の肩紐もあっさりと抜き取ってしまう。そして、風呂場で服を脱ぐのと同じような自然さで千影の手は最後の一枚も引き下ろしてしまった。適度に膨らんだ胸に、薄い茂みの生えた女性の部分。千影はそうするのが当然のように廊下で全裸となった。

 だが、全裸を廊下に晒していたのはわずかな時間だけのことで、千影は最初に脱いだ漆黒のローブを直接裸の上に纏っていった。布が薄いために、押し上げる胸の膨らみがはっきり布に浮かんでいたが、千影は特に気にする様子もなく、ようやくドアを開けた。

 部屋の中に広がっているのは闇。千影がドアのすぐ近くにある燭台を手に取ってドアを閉めてしまうと、光のまるでない闇の世界がそこにあった。

ボゥッ

 千影が手元の燭台に火を灯すと、千影の周囲だけが明るくなる。それを頼りに燭台の火を部屋にある別の燭台に移すと、そこから次々に伝播していって、部屋の中心を囲むように配置されたいくつかの燭台が闇を晴らした。

 とはいえ、蝋燭の火だけでは光量が不足していて、まだまだ明るいとは決して言えなかった。暗い部屋の中には棚などの家具らしい家具は何もなく、全方位の壁に暗幕が張られて完全に外界の光を遮るようにしている。燭台は部屋の中心を囲うように並べられていて、その中心には直径数メートルの大きな真円が描かれていた。

 儀式に必要な小道具などは入り口に近い部屋の隅の辺りに置かれていて、千影はまずそっちへ向かった。

「これも…………兄くんとの絆のため…………必要なんだから…………」

 廊下で全裸になったときにはまるで見せていなかった恥じらうような表情をなぜか今は浮かべ、自らに言い聞かせるようなつぶやきを洩らしながら千影は一つの香炉を取り出した。それと一緒に、床の円の中身を描くための長い柄の付いた白墨を手にして、千影は部屋の中心に進んでいった。

コトッ

 円の中心に香炉を置くと、中の香を焚き始める。香炉から薄い煙が溢れ、部屋の中に広がっていく。その煙を胸に吸い込みながら千影は白墨を手にした。

「……v……gh………zw………nn……xc……」

 呪を口にしつつ千影は円の中に幾何学的な図形と、それに組み合わせて今ではほとんど使われていない言語で何事かを記していく。香の効果か、作業を続けながら、千影の顔は徐々に赤みを帯びていった。

「…………っ」

 白墨を持つのとは反対の手が、本人も知らないうちに胸の上に伸びていた。香には強力な媚薬効果があり、少女の胸の頂きは布の上からでもはっきり形がわかるほどに充血していた。そこを知らず知らず自分の指が触れて、千影は快感の電流に思わず息を詰まらせてしまった。

ぎゅっ

 慌てて千影は太ももを重ね合わせる。ローブの下で女性の部分が熱く火照り、大量の分泌液が溢れ始めていた。

 ももを重ねたのはそれが溢れ出すのをとどめようとしたのだが、逆にその刺激がさらに快感を呼んでしまい、重ね合わせたももの上を溢れ出した粘液が伝っていく。

「……っはぁっ…………」

 千影の口から熱い吐息がこぼれた。

 この召喚のためには必要な香なのだが、この強烈な媚薬作用にはたまらなかった。特に何もしなくても、どんどん身体が熱くなってくる。少し身体を動かせば、それだけで刺激となって全身に激しい快感がもたらされる。

 思うまま快感を貪りたくなってくるが、千影は理性を総動員してその衝動を抑える。

 快感に溺れた状態で“あれ”を召喚してしまえば、“あれ”を支配するどころか逆に“あれ”に取り込まれてしまう。胸に置いた手がそのまま胸を激しく揉もうとするのを必死に意志の力で押しとどめていた。

 それでも魔法陣を完成させるための身体を動かすたびに、ローブの布地が乳首や敏感になって全身が性感帯のような肌に擦れて小さな絶頂を迎え続けていた。

ぽたっ……ぽとっ……

 ローブに隠された女性の部分から絶え間なく愛液が溢れ続け、千影が魔法陣を描いて過ぎた後の床に雫が滴っていた。

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

 全身を快感で真っ赤に染めた千影は、身体を震わせながらもなんとか魔法陣を完成させていく。

 そして、

ボゥ……

 ようやく魔法陣が完成すると、白墨で描かれたそれが淡い輝きを放ち始める。

ブワッ……!

 閉めきった部屋の中心で風が巻くように起きて、燭台の炎を大きく揺らす。そして、その風は部屋に充満していた媚薬の香の煙を魔法陣の中心に集めていった。おかげで千影の身体からは快感の熱が少し去っていったが、集まった煙はだんだんと魔法陣の中で人に似た形を取りつつあった。

「私を召喚したのは……?」

 煙が全て消えたとき、そこには淫魔が存在していた。千影の心を映し出しているのか、その姿は背中の翼を除いて兄と瓜二つだった。魔法陣の傍に立つ千影の姿を認めると、

「契約により、私はあなたのあらゆる命に従いましょう」

 と、深く礼をした。

「え…………?」

 多少は熱が去ったとはいえ、まだまだ快感の余熱が残っている千影は、兄そっくりなその淫魔の瞳に思わず魅入られそうになってしまった。

「…………っ!」

 辛うじて淫魔に身を任せたい衝動を抑え込むと、千影は淫魔から視線を外した。

 危ないところだった。淫魔を召喚・支配をすることはできたが、淫魔は決して完全に服従しているわけではない。命に従順に従いはするが、機会があれば逆に千影を淫魔の快楽の虜にしようともしている。召喚に必要な媚薬の影響が残っている今の状態では危険だ。

「とりあえず……そこで待機して…………少し……考えを纏めたいんだ…………」

 そう告げると、千影は淫魔に背を向けて儀式の部屋を出て行った。

 

「……ふぅ……」

 元通り服を身に纏って自室に戻った千影は大きく息を吐き出した。机の引き出しに入っていた薬の影響を打ち消す薬を飲んだため、身体に残っていた熱が徐々に冷めてくる。

 十分ほどしてかなり落ち着いてくると、千影はこれからのことを考え始めた。淫魔を使って兄との絆を引き裂こうとする妹を快楽に狂わせる。それが千影の考えだった。薬の影響があったとはいえ、千影でさえ危うく魅惑されるところだったのだ。魔力に抗する術を持たない他の妹なら確実だろう。

 問題は、千影と兄の絆を引き裂く妹というのが誰なのかということだった。だが、それもすぐに1人浮かび上がる。

 咲耶。

 日頃から兄に対して兄妹以上の感情を露わにしてはばからない彼女こそが、やはり最有力だろう。

 千影は咲耶を標的とすることを決め、立ち上がった。媚香の影響はもうほとんど残っていない。この状態ならもう淫魔にしてやられる心配はないだろう。契約の確認と、咲耶を陥れるよう命令するために、千影は淫魔の待つ部屋へと向かった。

続く


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