●ウイッチハンター・ロビン● 捕われた烏丸美穂 編
その1

 

 

「やはり、能力が弱く成っているの? そうなのかしら? 」

人気の無いミーティングルームで美穂は自問をくり返す。ファクトリー襲撃の際

のどさくさで亜門が残していった革の手袋から、なんの思念も感じ取れない彼女

は苛立ち、目の前のコンソールを素手で一つ、力を込めて殴りつける。

乾いた音が室内に響くが、美穂は身じろぎもせずに、茶色の皺のよった手袋を見

つめていた。本部の部隊から襲撃をうけてからこちら、亜門とロビンの2人の優

秀なハンターを欠いた体制では、烏丸の力の衰えは深刻な問題である。

榊の足の怪我が治るまで、この組織の実質的な戦闘は、彼女と堂島がメインで取

り組まなければ成らないのだ。本部が送り込んで来た新任のハンター2人が、姿

を見せる事もなく消息を断った事も、美穂の焦りを誘っていた。

(いま、もう一度強力な敵に遭遇すればSTNJは、もたない… 亜門… ロビ

 ン… ああ、いったいどう成っているの? 私はどうすれば良いの? )

あらゆる状況で情報が決定的に不足している中で、彼女の懊悩は深まるばかりな

のだ。

 

「あの〜、烏丸さん… 」

遠慮勝ちに顔を出したのは事務方の服部だった。なにやら不穏な空気を感じ取っ

ている小役人は、STNJきってのウイッチハンターの一人である烏丸美穂を、

コーナーの外から怯えた様に見つめている。

「あっ… はい、なに? 」

弱気な自分を見せる事を嫌う気丈なハンターは、何ごとも無かった様に振るまい

立ち上がると、今どき珍しい黒の袖当て姿の事務要員に歩み寄る。

「あの、お忙しいところを、申し訳ございません… その、今、下に管理官がお

 越しに成りまして… その… 烏丸さんを、お呼びなのですが…  」

ミーティングルームでの美穂の緊張した横顔を見ていた服部は、彼女の思考を邪

魔した事を心底申し訳無さそうに振る舞う。

「ボスが? 今頃何かしら? あら… 小坂さんは何処? それにマイケルも… 」

美穂はその時、初めてオフィスに服部と2人きりだった事を知った。

「あっ… はい、署長は、本庁に呼ばれまして、警備部の方に出向かれています。

 えっと、それからマイケルくんは、昼食ですから、多分地下の方へ行っている

 んじゃ無いでしょうか? 」

まるで2人の居ない事がまるで自分の落ち度でもある様に、服部は自信の無さそ

うな表情を浮かべる。

「そう、それなら良いの。そうねぇ… もうすぐ榊と百合香も現場から戻ってく

 る頃合だから、2人が帰って来たら、私は管理官に呼ばれていると伝えてちょ

 うだい」

「はい、分かりました。必ずお2人には伝えておきますね」

服部の復唱に頷いてから、実直な小役人の傍らを通り過ぎて、美穂はエレベータ

ーホールに向かう。彼女はこの先、ファクトリーで待ち受けている恐ろしい行為

の事を、知る由も無かった。

 

「あれ? 服部さん… 烏丸さんは? 」

STNJの頭脳中枢とも呼べる天才ハッカーは、昼食を終えて席に戻ると美穂の

姿を求めて視線を左右に注いでいた。

「ああ、マイケルさん。あのね、烏丸さんは、管理官と一緒なんですが、どうや

 ら、お出かけに成られるみたいなんですよ。いったい何の用事で、何処に行く

 のでしょうね? 」

自分で入れた熱いお茶をひと啜りしてから、服部は事も無気に答えた。

「烏丸さんが… ボスと… 」

マイケルが不安を覚えて、鉄の格子越しに窓の外を眺めた頃には、烏丸を乗せた

黒のセダンは建物を後にしていた。

 

 

「こ、これはいったい何の真似なんですか、管理官! 」

鬱蒼とした森の奥に鎮座する本部の地下へ連れ込まれた美穂は、いきなり身柄を

拘束されて狼狽える。両脇に護衛が控えた椅子に、彼女は腰掛ける様に命じられ

ていた。

「君も知っての通り、オルボは実用化まであと一歩の所に漕ぎ着けている」

財前はケースから葉巻を取り出すと、火を付ける前に鼻先に持ち上げて芳醇な

香りを楽しむ。ここでは絶対的な支配者である彼は、忌むべきウイッチの一人で

ある部下を冷たい瞳で見つめた。

「だが、問題なのは、その副作用なのだ。多くの実戦部隊の人間が、この副作用

 により廃人に成り果てた」

初老の管理官はデスクの引き出しからカッターを取り出し、葉巻きの吸い口に刃

を当てると、手慣れた様子で切り落とす。

「事態を憂慮した我々の懸命の努力が実を結び、改良型オルボの開発には成功し

 たのだが… これにも思わぬ副作用の存在が明らかに成ったのだよ、烏丸君」

不安げな面持ちの美穂の前で、財前は葉巻きに火を付けた。紫煙と共に濃密な香

りが、さして広く無いオフィスに充満する。落ち着いた管理官は、煙りを吐きな

がら彼女を探る様に見つめる。

「新型オルボの副作用は前作とは違い、けして人を廃人にする様に劇的な代物で

 は無かった。しかし、ある意味では、非常にやっかい極まりない症状が出てし

 まったのだ」

「やっかいな、症状? 」

怪訝な顔で呟く美穂を、財前の視線が射竦める。

「そう、新型オルボを投与された実戦部隊の要員の内の50パーセントに発症し

 た副作用は、男性ホルモンのバランスの崩壊、すなわち、異常性欲の虜と成り

 、理性を失い異性を求めてしまうのだよ。この症状は、副作用発生から3〜4

 0時間は継続するが、幸いな事に、いったん性欲が治まれば、次の任務への支

 障は無いのだ」

新型オルボの開発すら知らされていなかった美穂は、その副作用を説明されても

ピンとは来ない。彼女は何故自分がわざわざ本部に呼ばれてこのような事を知ら

されるのか分からずに困惑を深めてしまう。

 

 

 

 


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