その7

 

 

 

 

「でも… それでも、俺は… 」

尚も言い募ろうとする若者の言葉を徹は途中で遮る。

「まあ、聞け。俺達は何も闇雲に妖魔の住処に踏み込んだり、隠れ家を暴き立

 てて狩る分けじゃ無い。それに、出動要請を受けて出ばっても、話の分かる

 妖魔であれば、無理に腕ずくで解決を図る事も無い。互いの妥協点を探すの

 も俺達の重要な仕事なんだ。でも、悲しいかな、話し合いのテーブルに連中

 を付かせるにも力は必要なんだよ」

徹はようやく微笑みを浮かべて若者を諭す。

「大半の妖魔は、俺達の力に対しては素直に反応してくれる。勝ち目が無いと

 判断すれば、連中は人間みたいに無駄な足掻きや、やっかいなプライドを振

 りかざす事も無く引き下がるものさ。俺達が手を下すのは対等か、それ以上

 に力があり、友好的な話し合いが無理な手合いに限られる。だからお前も、

 今は腕を磨く事に専念しろよ。妖魔に見下されるような実力では、話し合い

 も何も、あったもんじゃ無いからな」

徹の言葉に、少しだけ胸のつかえが取れた若者は素直に頷く。

「わかったか? それならばお前もポイント07へ急げ、おっつけヘリが来る」

「はい、徹さん、それでは失礼します」

ピョコンと頭を下げてから大柄な若者は振り返り、仲間の後を追ってジャング

ルに姿を消して行く。

 

 

「懐かしいわね、『見境の無い妖魔の抹殺は納得出来ない』って、言う台詞。

 まるで5年前のあなたを見ている様だったわよ、徹」

海岸での寸劇を見終えた美女が、身を潜めていた大木の影から姿を現して、頼

りに成る相棒をからかう。

「ああ… だが、あの台詞を吐くには、もう少し腕を上げなければ駄目だ。ま

 だ卓也には10年早い考え方さ」

照れ隠しの為に、わざと憮然とした態度を取る徹を見て彼女は苦笑いを浮かべ

る。日本政府が裏で認め頼る対妖魔戦闘部隊『紅』のリーダーである茜が、恋

人である徹にだけ見せる、なんとも柔らかな微笑みだ。だが、その笑顔は次の

瞬間には消えている。

「それにしても、使い物に成らないわね」

隊長である彼女の厳しい台詞に、徹は慌てて振り返る。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。確かに卓也は、まだ問題を抱えちゃいるが、そ

 う簡単に見捨てて良い奴じゃ無いぜ。だいたい… 」

同じ別格の家柄の若者を庇う徹の台詞を、茜は面倒臭そうに遮る。

「誰が卓也の話をしているのよ? あの子は放っておいても大丈夫。いますぐ

 実戦に出しても良い腕だし、切羽詰まればやる子だわ。大怪我をする事は無

 いでしょう。放っておけば、そのうちに何処かで化けるわよ。問題なのは雅

 則じゃない? 」

茜は厳しい目で徹を睨む。

「確かに技の切れは中々だけれど、あの程度の腕で天狗に成るようでは、先行

 きが思いやられるわ。それに今度の演習でも格下の連中を相手に狩りを楽し

 んでいるもの。一度試してみて、結果如何では実戦部隊から外す方が良いか

 もね? 」

戦いに淫する腕自慢の若者の短慮さが、茜にはなんとも忌々しい。苛烈な対妖

魔との戦闘において負傷者が相次ぎ、急きょメンバーの補充を強いられた『紅

』だが、今回外戚衆の若者から選りすぐられた4人であっても、茜の目から見

て合格ラインにあるのは、条件付きながら、かろうじて卓也ぐらいなものなの

だ。

「とにかく、私達もヘリに戻りましょう。一応、あの連中の腕前は分かったか

 ら、そのうちに何処かで試してみてから判断するわ」

茜の言葉に徹も頷く。しかし、彼女の言う『そのうち』は、意外に早くやって

きた。

 

 

 

「なんですって? まさか…… そんな……  どうして? ええ、分わかり

 ました。このまま現場に向います」

本部からの緊急通信を受けた茜は、受け取ったヘッドセットを付けたまま青ざ

める。

「聞いたでしょう? パイロット! このままヘリを箱根に向けてちょうだい」

彼女の命令に、ヘリを操縦する兵士は当惑する。

「あの… 燃料がもちません。一度何処かで給油しないと… 」

自分が乗せている客達の正体を知るパイロットは、額に冷や汗を浮かべて抗弁

する。

「それならば、横須賀で下ろして。のんびりと燃料補給を待っていられる状態

 じゃ無いから、海軍に代替えのヘリを用意させておいてちょうだい。もちろ

 ん燃料は満タンでお願いよ」

パイロットは彼女の命令を受けて、慌てて横須賀の基地に無線で呼び掛けた。

 

「どうしたんだ? 」

憮然とした顔つきの茜に向って、徹が事情の説明を求める。

「油山の結界が破られたわ」

軍用の簡易シートにもたれかかり、茜はうんざりとした顔で答える。

「油山って? あれは西の霊山じゃないか。たしか九尾の狐を封じてある祠だ

 よな。あんなに強固な結界が破れるのか? 」

遠い祖先が幾多の術者の命を費やして懸命に封じた妖魔が、再び野に放たれた

事を知り徹は驚き美しい相棒を見つめる。

「なんで1200年にも及ぶ封印が解かれたのか? まだ分からないけれど、

 とにかく希代の妖怪が一匹、現代に蘇ったのは事実だわ」

茜の言葉に大男は首を傾げる。

「でも、油山の霊山は西の管轄だろう? だったら俺達に出番は無だろうぜ。

 間違っても、あの西の連中が助っ人を頼んでくるはずも無いからな。放って

 おけば、勝手に何とかするだろうよ、まあ、余計な手出しは無用さ」

個々の資質や素養はさておき、東の物怪退治を司る新宮の一族に比べて、西の

衆は高度に組織化されていて、戦闘員の数だけならば、ゆうに茜達の数倍の規

模を誇っている。

「連中からすれば、箱根の山からこちらは蝦夷地扱いだからな。そんなところ

 で古式ゆかしく細々と妖魔狩りを行う俺達の手を借りようとは、絶対に思わ

 んだろうぜ。なにも厄介事にこっちから首を突っ込む事もあるまい、放って

 おけよ、茜」

たかが四百年あまりしか首都としての歴史を持たぬ東京を日本の中心地とは認

めず、あくまで京の都が大和の根幹と考えて、その周囲の怪異を治めるのを天

命と自負する西の衆は、同じ任を司る新宮の一族を東方の異端と見なし、その

力を認めつつも反目していた。

 

 

 

 

 


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