又もや、瑠璃零な(の)(9月12日(火)00時16分36秒)
瑠璃色の零戦(2)
<空想デート用、改作>
報告!帰還機1機!被弾している模様・・・救急班、待機ー!
”飛ぶ”その為だけに必要な要素すら放棄するように、
機体のあちこちに被弾した瑠璃色の零戦は、
まるで糸が切れて墜ちるように、滑走路に着陸、、、
(それが着陸と呼べるのであれは)した。
滑走路に土埃を舞い上げて舞い下りた、
その零戦のコクピットから降り立った少尉は
「報告、第○次特別攻撃隊12機・・・・・・」
ドサッ
それだけを告げると大地に突っ伏してしまうと、
飛行帽から襟元にかけて、被弾によるおびただしい出血が見て取れた。
「おい、大丈夫か?三代目!報告は後回しだ!衛生兵ー・・・・・」
戦局は、ますます悪化し、秋之助の配属されている航空隊も、
名目上は、沖縄方面の制圧部隊として、すでに本土から移動していた。
「司令、衛兵所からの報告で、陸軍憲兵隊が文句をつけに来ている
との事であります。いかがいたしましょう。追い返しますか?」
「構わん、ここに通せ。陸さんの文句の理由は想像がつく、
ちょうど良い機会でもある。療養の暇つぶしだ。三代目も同席させてやれ。」
司令の許可によって、「憲兵」と書いて「空威張り」と読ませる、
そんな風説にピッタリの三名の陸軍憲兵が司令室に姿を見せた。
「いかがですかな、海軍名物の”カルピス”でも。」
司令の計らいによって、出されたカルピスを一目見た憲兵は
「ほほう、海軍では、この様な子供の飲み物を飲んでおるですか。」
と、露骨に嫌味を言うのだが、司令は歯牙にもかけず
「なるほど。だが、その子供の飲み物を、御自分が大好きだから。
と官品指定されたのは、時の総理でしたがな。
本官も先日、首相官邸で御馳走になったが、
総理閣下におかれては、3杯もおかわりされていた。」
カラン、コロロン
言葉に詰まった「空威張り」に替り、グラスの中で氷が踊った。
「うむ、だが貴官のご意見もごもっともかも知れん、
後日、必ず総理のお耳にお入れしておこう。
おい副官、次に総理とお会いするのは、たしか明後日だったな。」
「はっ、明後日13:00、
総理に海軍部として報告に上がる予定になっております。
憲兵大尉のご意見、本官もしかと承りました。」
「あっ、いやいや、これは、、、その、、、いや」
もとより海軍と陸軍の折り合いは良くない。
否、はっきり言って犬猿の仲ですらある。
それが「憲兵」という陸軍管轄の特殊警察であれば、
海軍が、なおさら牙をむいてもなんら不思議ではない。
「で?ご用の趣旨は?カルピスが問題とおっしゃられるなら、それは明後日・・」
「あ、いや、うぉっほん、、実はですな、
こちらの航空隊では「特別攻撃隊」の乗員に落下傘を支給しておるとか。
はたして司令はいかなるお考えをお持ちなのか?
と、それをうかがいにまいりました。」
ゴッ
恫喝するかの様に、両腕をさし伸ばし、軍刀を床に叩き付ける憲兵に
「おい、三代目、聞いての通りだ。
落下傘がけしからんとお怒りのご様子だぞ。
貴様、何か言い分があるか?」
司令は憲兵達に解らぬよう、秋之助に目配せしながら、
わざとらしくそう尋ねた。
(この狸オヤジが・・・)
三代目は腹の奥底では、そう思いながら、口を開いた。
「落下傘について、なぜ特別攻撃隊に装備したのか?
憲兵隊は、そう御質問でありますか?」
「そうだ、この物資不足の現状で・・・・」
「おきやがれー、この「偽」憲兵どもー!」
「そこになおれ。
万一、抵抗すれば、この天下の妖刀”長船”のサビにしてくれるわ。」
「衛兵、衛兵はおるか!
ただちに、この「偽」憲兵を逮捕し、重営倉に放り込め。
かまわん抵抗すれば手足の2、3本へし折ってやれ。オレが許す。」
「なななな、なんだと、貴様、気でも違ったか。貴様こそ抵抗すれば・・・」
「ほざくんじゃねぇや、このすっとこどっこい。
てめえらが「偽」憲兵でなけりゃ、
帝国皇軍の搭乗員心得、知らねえとは言わせねえ。」
「オイこら、皇軍の軍務規定では、いったい何時から、
航空機搭乗員に落下傘の装備を禁止したんでい。えぇ?」
卓上に投げつけられた一冊の「提要書」、秋之助はそれを指しながら
「これのいったい何処にそんな改定が書かれてるってんだ。
そんな事も知らねえ、憲兵がどこの世界に居るってんだ。」
「てめえら、どうせ、どこかの古着屋でかっぱらった軍服でも着て、
海軍にタカリにでも来やがったんだろう。」
「はぐ、うんむ、むむむむ」
「船宿のオヤジ」仕込みの、
秋之助の「憲兵イビリ」は、益々磨きが掛かっている。
吹き出しそうになるのを必死で堪える、司令と副官を横目で睨みながらも、
憲兵隊の連中はグウの音も出なかった。
「三代目、その辺でよかろう。
陸さんも、まさか軍法違反して「落下傘」を廃止しろ。
などと言いに見えたわけではなかろうからな。・・・・ですな!」
「あ、うむ、むぅう、無論である。
内規の乱れがうんぬんされる現状、軍法に遵守した行動、、、
うむむむ、実にあげたものである・・・むうくくく・・・しかしながらぁ」
「しかしながら?」
「近年、どこかの航空隊において、「おかま」、「男娼」と称される輩に、
事もあろうに恐れ多くも陛下から拝領された戦闘機を勝手気侭に使用させ、
しかも軍法に定められたる「軍事塗色」と異なる、派手な塗装を施している。
との噂がありましてな。
本官達は、その捜査を行なっておるのですわ。
ん?司令、いかがされました。」
副司令は、我が意を得たりとばかり、ソファにそっくりかえる、
その憲兵大尉をこれ又、歯牙にもかけず
「失礼、お話しの途中で失礼ですが、
<ア>列島守備隊の壮行式の時間です。
よろしかったら憲兵殿も御列席下さいませんか。どうぞ。」
我が意を得たり!といわんばかりの憲兵達を伴なって
海岸にせり出した船着き場に向った航空隊関係者は
全員、笑顔を隠さなかった。
「どうぞ、我が海軍が世界に誇る「2式水戦」による飛行隊であります。
塗色は【戦時要領】に指示されているように、
現地における保護色に塗装済みでありましてな。なあ、副官」
おおうぅぅ、
あ、こ、これは・・・・
「はっ、いささか派手に見えましょうが、
何分、現地は極めて濃密な、熱帯性の霧霞の為、
この方が保護迷彩色としては効果が発揮されるのであります。」
「すでに先見隊からの報告に基づき
海軍省からも認可されている「戦時:戦闘色」であります。
一部、陸上機にも実験運用されいおります。
ほれ、ちょうど滑走路に見えるアレですな。」
むむ、ただ唸るしかない憲兵達、
その理由は彼らの目の前に整列した二式水戦と、
滑走路で離陸準備中の数機の零戦だった。
それらの機体は、皆、機体上部をアリューシャン列島に配置される為の
<藤色>に塗り直されていた。
秋之助の乗機も滑走路で暖気運転する一機に含まれていたのは言うまでもない。
ただ憮然とするしかない憲兵達に、さらに司令は追い討ちをかけた。
「どうされた?顔色が悪いですぞ。
・・・・おお!そうですか!いや、これは見上げたものだ。
さすが憲兵隊。全皇軍の鏡でありますな。
さっそく隊員達に伝えてやるとしましょう。」
「隊員諸君、聞け!これより諸君の壮行に
ここにおられる憲兵隊の諸兄が、模範飛行を見せて下さるそうだ。
各自、憲兵殿の模範飛行をしっかり見ておくように!」
「さっ、どうぞ憲兵殿、あちらの零戦に、何、大丈夫、ダイジョウブ。
複座練習機ですから航行については熟練パイロットが引き受けますので、
憲兵殿は遊覧飛行のつもりで。」
しり込みする憲兵どもに、さらに副司令が駄目押した。
「いゃ、さすが憲兵殿だ。
あれこれ口実をつけて、その実、壮行式に華をそえて下さるなど。
いや感服の至りですわ。おい、ちょうど良い機会だ。
各パイロットは憲兵殿から操縦の模範をご指導いただくんだぞ。
三代目、解ったな。」
最後には胴上げのようにしてコクピットに投げ込まれた憲兵達が、
固定帯を装着する間もなく、秋之助の零戦を先頭にして、
3機の零式複座練習機は滑走路を疾走していた。
カルロロロロロロオォオオウゥウゥゥン
グウロオォオゥウウウゥゥゥウウンンンン、、、
≪ザザザ、こちら地上指揮所、これより模擬空中戦を行なう。
三代目を仮想敵機とみなして、各個にこれを攻撃、模擬撃墜せよザザザ≫
≪!、、、三代目、了解、こちらから攻撃もありや?≫
≪無論だ、許可する。実践のツモリで大いにやれ≫
≪練習機1号機、了解!これよりご指導を頂戴する!≫
≪練習機2号機、了解!我、これより特攻す。≫
≪練習機3号機、了解!万一、空中接触の場合もあり!≫
≪了解!骨は拾ってやる、全機、思う存分やってこい。≫
地上では、その4機の繰り広げる壮大な戦技に、
しばし見惚れ声を出すものは皆無だった。
秋之助はもちろんの事、3機の零式複座練習機のステックを握るのは
いずれも、この航空隊で1.2を争う空中戦の猛者ばかりなのだ。
クオオオォォォォオオオォォォオオォォォン、、、、、、、
カヴオ゛オ゛オ゛オォォォォオオォォォォンンンンンン、、、、、
「ぎゃ、ぎややゃあぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁ、、、、」
「死にたくないぃぃぃぃぃいいいぃぃぃぃぃ、、、」
その技量を惜しみなく使い、繰り出される
「インメルマンターン」や「木の葉落し」などの奥義
軽快な発動音の合間に、聞こえるのは、かの憲兵諸兄の絶叫であった。
その奥義はおくられる者にとって最高の壮行の言葉であったろう。
「敵機来襲〜敵機来襲〜、双発機、数機、湾岸より進入中」
≪模擬戦中止、模擬戦中止、双発機、数機、湾岸より進入、、、
練習機はただちに着陸せよ。くりかえす!模擬・・・・・≫
≪我、憲兵殿の支援を得て、ただちに敵機の迎撃に向う。以上≫
≪空中無線、傍受不能、我、敵征圧にむかう≫
「やっぱり、やりやがった・・・あの悪ガキども・・・・」
「司令?よろしいんですか?少しやり過ぎでは?」
「ん?副司令?貴様、、それ本気で言っているのか?」
「イエ、その一応、形式上は、、、ぶっ、、、くくくくく失礼を。」
「うわははははは、それでこそ、この航空隊の副司令だ。うわははははは」
海上に出て、すでに増槽を捨てた
4機の戦闘機に届きそうな程の大声で笑う司令達?
はて・・・・・
「目標を視認!『DC−3輸送機』を含む”双発爆撃機”
・・・・・各機、増槽を捨てよ!、、攻撃用意
・・・・?待て!あ、あれは、友軍機だ。全機、攻撃中止!
なんだぁ?あれは「零式輸送機に・・・・一式陸攻じゃねぇか!」
【出迎えご苦労!元気そうじゃな。三代目。
ん?なんじゃ、その練習機につんであるボロ布は?】
「あの、くそオヤジ・・・・さては、、、古狸の司令も一枚噛んでやがったな。」
≪こら!三代目、くそオヤジとは、誰のコトじゃ?≫
≪こちら古狸、よーく聞こえてるぞ、練習機のお客サンはどうしてる?≫
≪模擬戦の途中から気絶でもしたらしく、大人しくなってますが、
なんなら途中で、海にでも、こぼしちまいますか≫
≪やめておけ、魚が迷惑する。≫
「どこのどいつだい!恐れ多くも陛下から拝領した戦闘機に
ションベン漏らしちまう非国民は?
ひっつかまえて憲兵隊に引き渡してやれよ。」
「ぷっ、、、くっくっぶふわっはははははははははははは」
思いもしない、長官機の露払いを勤めながら
無事、着陸した零戦を点検する整備兵は口々にそう言って大笑いしている。
そんな整備兵の遠慮会釈のない歓迎に、
軍袴の股をグッショリ濡らしほうほうの体で、逃げ去る憲兵達も知らず、
秋之助は、司令室にいた。
「悪ふざけが過ぎませんか、、、、それに、何ですか?あの零式輸送機は?」
「あれか?ありゃ「敷布」じゃ。」
「敷布?」「しきふ・・・・」「・・・?」
「そうじゃ、今となっては何の慰めにもならん事は良く承知しておる。
じゃが、この航空隊には、必要じゃろ。」
「もっともな、こっちも手が足りない。
「敷布」にするには、少々加工してもらわにゃならん・・・・・・
それは司令!お前サン達に任す。」
「入ります。司令、ただいま、海軍部より、
かなりの量の”落下傘”が届けられましたが、
需品倉庫に入りきらんのですが・・・・・」
直立のまま、そう申告する当直下士官に、司令は
「落下傘?・・・・・!、、、敷布、、、ははぁ、敷布、、、
長官、ありがたく頂戴しましょう。
ですが、あの零式、全部、「敷布」ですか?」
「おい、この物資不足の折り、大切な「敷布」だ。
格納庫の奥にしかるべき場所を用意して保管するように。」
「はっ、大切な「敷布」。
格納庫の奥にしかるべき場所を用意して保管いたします。」
当直下士官の退室を待っていたかのように、長官はいたずらっぽく笑うと
「いや、もう一機はな、、、、、」
「入ります。司令、内地からの「慰問団」の責任者が司令に、ご挨拶を。と。」
「長官!それでは、、いよいよ、、ですかな。、、、、」
「うむ、もう誰にもどうする事も出来ん。、、、、、
今更「陸さん」をからかっても、な、、、、。」
緊張・・・・だが、それは充分に解っていた筈・・・・
本土決戦・・・の決定だった。
「しかし、あんな老朽機で、、、、いったい何が、、、、」
「それはわしも解っておる、、、」
司令室に居合わせた者はみな、零式輸送機から吐き出される慰問団
”秋之助一座”のむこうに整列する”飛行機”を見ていた。
”白菊”
”赤トンボ”
”96艦戦”
けして古典機の展示会などではない。
すでに旧式となった零戦ですら新鋭機に見えてしまう、
かっては時代の先端にあった”名機”は冗談でもなんでもなく、
名称だけは立派な”総力攻撃”の為に用意された”兵器”なのであった。
「長官!搭乗員達の技量をご存知か?
最低飛行時間は予科練、全盛の頃とは比較にもなりません。
離着陸途中での事故すら日常茶飯事なんですぞ。」
「解っておる、解ってはおるがどうにもならんのだ。
後、わしにしてやれるのは・・・・・・」
ウウゥウゥゥゥゥウウウゥゥゥゥゥゥ、、、、、、
ウウウウゥウウゥゥゥゥゥゥウウウウゥゥゥゥ
<洋上より進入する機影多数、洋上より進入する機影多数、>
「来たか・・・・・」
<警戒解除・・・警戒解除・・・・友軍だ!、、、撃つな!友軍機だ・・・>
次々に飛来する友軍機、、、零戦、、、、
だが垂直尾翼に描かれている所属も、
良く確認すると、塗色も、まだ艶のある濃緑色の機体もあれば、
強烈な陽射しに焼かれて濃淡まだらになってしまった機体まで、
実に様々であった。
ドカドカドカドカ
「入ります。司令に報告、○○航空隊、訓練用飛行機の受領にまいりました。
”白菊”練習機1機、受領。代用機として零戦1機、輸送してまいりました。」
「司令に報告、◇◇航空隊、訓練用標的機の受領にまいりました。
”96艦戦”1機、受領。代用機として零戦1機、輸送してまいりました。」
「司令に報告、◇◇航空隊、飛行訓練機の受領にまいりました。
”赤とんぼ”1機、受領。代用機として零戦1機、輸送してまいりました。」
次々に申告に訪れる飛行服姿の武士達に、
「長官?これは・・・・?」
「許せ。わしに、わしにしてやれる事は、もうこれくらいしかない。」
・・・・・・こいつらを、むざむざ敵の標的にさせてはならない。・・・・・・
若鷲、、、そう言うにはあまりにも幼い、少なくなった熟練搭乗員にとっては
弟というより、我が子のような年齢の”特別攻撃隊”要員に、
みずからの機体を提供しようとするのは、
長官の命令というより、親心に近かった。
「そうか!貴様、俺と隣村の出身か!
よし、今日から貴様と俺は、兄弟だ。
何かあったら、俺になんでも相談するんだぞ。いいな。」
「は、ありがたくあります。」
『いいか、ここだけの話だが、この零戦はな「福の神」がついておるんだ。
開戦当初から、こいつに乗って死んだ奴は1人もおらん。
貴様もその仲間入りだ。』
『ほ、本当でありますか』
空中輸送を終えた熟練飛行兵は、
すぐに立ち去る事なく自分の愛機を通して若鷲のヒナを慈しんだ。
そんな、急ごしらえの兄弟が、そこここで誕生していた。
<全、兵士に通達する。
本日18:00より、格納庫において、臨時教練を行なう、
輸送任務を完了した各航空隊の所属搭乗員も全員参加。
これは長官の命令である。>
臨時教練?
それはすぐに飛来した零戦の所属航空隊に、
長官直々の指令として通達された。・・・・
「酒保を開け!
手の空いている者は酒保にある、すべての糧食を格納庫に移動しろ。
炊事班は、他の航空隊の搭乗員諸君に、当部隊の腕前を披露してやれ。」
帝国海軍と書いて「粋」と読ませる。
そして18:00、その海軍を統率する長官主催の”臨時教練”は
定刻通り開催された。
「とざい、とうざ〜い、ここもと御覧に入れまするは〜・・・・・・」
余聞な事はなにも言わない、何も考えない。
召集によって見習いの相方を相手にしたシドロモドロの漫才、
最初にタネを見せてしまった手品・・・・・・
そんな稚拙な出し物にも、将兵達は腹を抱えて笑い、歌った。
「長らくお待たせいたしました〜。
これより当、秋之助一座、座長公演でございます・・・・・・」
チョーン、チョーン、チョーン、チョン、
チョンチョンチョンチョン、、、チョーーン
拍子木が鳴り、
緞帳替りにいったん落とされた格納庫の照明がパッと付いた。
凄艶なまでの美しさを振りまく秋之助の舞姿に、
息を呑む音だけが格納庫を占領した。
芝居の物語よりも、変わり身に重点を置くように工夫された演目に
格納庫の、そこここからは溜め息が漏れ聞こえてくる・・・・・・
彼らが目指す終末とは、けして、【勝利】をかけていたのではなく、
いかに被害を最小にしてに終末を迎えるか。
それを最も重要視したものだった。
翌朝、滑走路から次々に飛び立つ機影は不思議な約束の上に成り立っていた。
ヨタヨタと零戦が滑走すると、その横で見守るように滑走する旧式機、
2機1ついになって飛翔するそれは、
言うまでもなく、若い搭乗員に付き添う熟練搭乗員の姿なのだ。
≪ザザザッ、いいか、そんな飛行機、いくらぶち壊しても構わん。
ジジジッ、男の約束だぞ。必ず帰還して俺に戦果を報告せいよ。
貴様が帰還するまで、俺は待ってるからな!≫
≪解りました。必ず帰還してご報告に上がります。≫
いかに技量の差はあっても、零戦と老朽機の速度差は否めない。
かすかに翼端を振って応えるその姿が、
だんだんと遠くなるのを熟練搭乗員達は
涙に霞む眼をこらしていつまでも見守っていた。
≪彩雲偵察機より入電。敵、主力艦隊を確認す≫
≪護衛戦闘機は警戒を怠るな≫
!、その声を聞いて、秋之助の脳裏に昨夜の事がマザマザと思い出された。
公演を終え、壇上から降りた秋之助を、
真剣に見詰めてした少年飛行兵達の事を。
「何か?」
「は、、、いえ、、、」
「どうした?何かあたしに言いたい事でもあるんじゃないかえ?
遠慮しないで言っとくれよ。
今のあたしゃ、あんたの上官なんかじゃぁない。
あんたはあたしの大事なゴヒイキさんなんだ」
「は、、、で、では、、、あの、三代目、、
あの、手、、、手を握らせて、、、いえ!申し訳ありません、、、」
「手?、、あたしの手、、、かまやしないけど、、又、どうして、、、」
「三代目、俺からも頼む。こいつは変な意味で言ってるんじゃないんだ。
こいつオフクロが早くなくなっちまって、
オフクロの暖ったか味、知らないんだ。
こいつに、教えてやってくれないか。こいつに・・・・」
生きる事を執着させてやりたい。
・・・その飲み込んだ言葉を秋之助は理解した。
「お安い御用だよ。
アンタのおっかさんより、ぶさいくで悪いけど、カンベンしとくれよ。」
暖かかった、
熱かった、
そして生きていた。
少年の生への脈動が、その幼い手から伝わり
秋之助は、落涙を袂で隠していた。
「男だって、泣いて良いんだよ。いんや、男だから泣く時だってあるんだ。
おっかさんに全部話しとくれよ。アンタの心んなかに、しまってる事・・・・・」
「おっかぁ
「オフクロ
「お母さん
「かあちゃん
死にたくなんかない・・・・・かろうじて押し止められた言葉の替りに、
口々にそう言って秋之助に駆け寄る少年飛行兵達・・・・・・
見慣れてしまった光景・・・・
だが、それでも三代目は彼らの望む「女」を、時には母、時には婚約者
あるいは新妻をそして少年飛行兵が、まだ見ぬ恋人を、、、、、
自分の手が握手でいくら腫れ上がっても止める事はなかった。
だが、この夜は、少し事情が違う。
その集団には加わらず、唯一、兵舎で三代目を待つ少年飛行兵の姿があった。
少年・・・・たしかに首から上は青々と剃りあげた坊主頭と
訓練で日焼けしたあどけなさの残る男子の顔がある。
だが、首から下は、、、、、
首から下は、若愛色の振り袖に身を包んだ可憐な少女、、、はて
ガララ、、、ピシャン
「待たせてしまったね。」
振り袖に身を包んだ少年は言葉もなくただかすかにうなづいたのみである。
「三国一のベッピンさんにしてあげるから、
あんたの為に、零戦を運んで来てくれた甥っ子さんとの思い出を作んなさいよ。
何も恥ずかしいこっちゃないんだから。ホラ、こっちをお向きなさい。」
鮮やかな手さばきで、刷毛を使いまわす三代目、
塗り広げられる水白粉が、その少年の顔から、男を消して行く。
・・・・消して行く。
マブタがひかれ、目尻に紅がおち、
かつらが被せられるまでにさほどの時間は必要ではなかった。
「いいかい!唇をこうね、、、あんたの目の前に蝋燭の炎があるとお思いな。
そらその炎、吹き消してごらんね。そう、フッって、、、、」
「ふっ」
三代目の言葉に操られるように唇を軽くすぼめてとがらした瞬間
「そう!そのまま!いいかえ。その今のあんたの唇のカタチ、覚えておおきよ。
それは女體が、殿方に口付を求める時の一番、
可愛いカタチなんだからね。さぁ紅を、、」
面相筆の筆先が、振り袖姿の少年の唇を走る度、
その唇には、今だ恋を知らぬ可憐な、女性の唇がカタチを成していった。
「出来たよ。ホラ、ようく見て、ご覧な」
三代目の差し出した鏡台を覗き込んだ少年は絶句して、
ただ全身を小刻みに震わせていた。
「こ、、、これ、これが、、、、自分、、、で、、、」
まさに可憐!まさに清楚!、、、、そして女體、、、、
男臭い兵舎に突如咲いた、一夜限りの怪華一輪
時代が時代であったなら、
もっと自由に逢瀬を紡ぎあう事も出来たであろう変則的な恋愛感情も、
秋之助は寛大に受け止め、自分の舞台の命である、
女形(オヤマ)の技術のすべてを、その少年飛行兵に注ぎ込んでいた。
「プッなんだいなんだい、
そんなベッピンさんが、自分って事はないじゃないか。せめて私とお言いな。
さぁ、時間もないんだ。こんな婆さん相手にしてる間があるんなら、
さっさと待ち人の所に急ぐがいいさ。
あんたの良い人は、私の執務室で、
あんたの来るのを首を長くして待ってるだろうさ。」
三代目が差し出してやった草履に
オズオズと差し入れる白足袋に包まれた少年の、
いいや、今だ汚れを知らぬ少女・・・・
その少女の背を戸口から廊下に押し出すと、
「ちょいと!もしも歩哨の兵隊さんに何か聞かれたら、
あたしに舞台を手伝うように命令されたって、そう言うんだよ。解ったね?」
ただ静かにうなづきながら
廊下の薄暗がりに溶け込んで行った振り袖姿の少女が、
その夜に開花したかどうか、、、
それは翌朝、三代目が目覚めた時に、
枕元にキチンと畳んで整頓された振り袖の下に
申し訳なさそうに隠すように置かれていた腰巻きの
先決とわずかにほつれたカツラによって、容易に推察する事が出来た。
≪敵、主力艦隊を視認、これより特別攻撃を開始する。≫
≪三代目・・・おっかぁ・・・・・≫
≪三代目、うれしゅうございました≫
途切れ途切れに雑音の間から聞こえてくる少年飛行兵の声、声、声、、、
開かない、、、、また、今回も、、、、いくら特攻機に、落下傘を積み込んでも
開花してほしい落下傘の白い花は、、、、、一輪も、、
だが、三代目には、落下傘搭載を止める気などはない。
絶対に止めてはならない。
瑠璃色の零戦の最後の飛行のその日まで、
その方針が変更される事はなかった。
時代の中に封殺された邪恋であろうと、
真摯にそれを抱きつづけた彼らを避難する資格はだれにもない・・・・・

瑠璃色の零戦
<完>
・・・・・・(の)は零戦はプラモデルしか知りません・・・念の為(^O^)




アニト(9月12日(火)23時31分50秒)
(の)=いわきのぞみさん、こんばんは。
三代目、無事生還したのですね、よかったよかった。
こういう人を死なせてはいけません。
どんな時代・いかなる場所であっても
救いの人がいるからこそ、希望が生まれるのですから。
プラモデルでしか零戦を知らないのぞみさんが
現代の「三代目」になってくださることを期待しています。


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