私は21歳以上です。


エスニック
アマゾネス軍団の休日

                                               その1

 「やれやれ、また77連隊から例のものの依頼が来ているぞ」。
 「えっ、またかよ・・・・。今月になってからこれでもう10人目じゃないか」。

 アルメニア帝国陸軍中央軍の補給連隊に属する二人の兵士は、第77連隊から入電した通信文を手にして毒づいていた。この補給部隊とは、中央軍に所属する全師団、連隊への武器弾薬から、食料、機材、燃料など、作戦行動に必要なありとあらゆる物資を調達し、そして送り届けるのがその任務である。

 現在のように戦線が膠着し、一進一退を繰り返しているときには、前線に配置されている部隊よりも、むしろ彼等の補給部隊の活躍こそが、前線の士気を大いに高める効果を果たす。だから彼等は朝から晩まで、各部隊から送られてくる補給要請の電文の処理に、ほとんど休む暇なく忙殺されていたのだ。

 彼等とて自分たちが、直接に敵軍と交戦することはないにしても、その役目の重要性は十分に認識しており、それがたとえ不足気味の物資であったとしても、八方に手を回してなんとか短期間でその要請に応えてきた。それこそが彼等の部隊の誇りであり、最高の名誉であると考えていた。

 ただ、この第77連隊からの要請、暗号名「ブルー・ピンク」だけは、いつも彼等プロの補給兵たちを、いらいらとした、そしてやるせないような気持ちにさせてしまうのが常だった。

 ブルー・ピンクとは・・・・。
その説明をする前に、まずこの要請を送ってきた第77特殊連隊のことを説明しなければならない。中央軍に属するこの第77連隊は、アルメニア帝国の陸軍の中でも、ことさらに異色の連隊だった。戦歴について言えば、過去における有名なナヒチェハンの会戦を始め、セバストポール要塞攻略戦、さらには宿敵トルコ軍との第三次国境紛争まで、数々の武勲を立ててきた歴戦の連隊である。

 連隊長のインガ・S・ミルゾヤン大佐は、長い金髪のよく似合う、長身の女性だった。年齢はすでに40歳は越えているはずだが、その美貌は衰えを知らず、肌のつやといい、りんと引き締まった腰つきといい、まだまだ女としての魅力を十分に兼ね備えていた。男勝りの上に男嫌い。その年になっても未だに独身を通していた。

 たぐいまれまれなる才能で、男社会の軍隊の中でめきめきと頭角を現し、若い頃にはアルメニアのジャンヌダルクとの異名をとった。そしてついに皇帝陛下の計らいで、彼女を終身連隊長とする特別連隊が結成された。つまりそれが第77連隊なのだ。

 男嫌いの彼女が創設した連隊、それは何から何まで、従来の軍隊の常識を覆すものだった。まず彼女をとりまく幕僚達、そしてそれを支える将校達、さらに下士官、そして一兵卒に至るまで、この連隊の構成員はそのすべてが女性のみで作られたのだ。

 正式名称はアルメニア帝国陸軍 中央軍集団所属 第77特別連隊という。女の軍団ということで、口の悪い他の連隊からは、当初「ハーレム連隊」などといわれていたが、彼女たちの軍団が上げていく数々の武勲、戦功の名声が上がるに従い、いつしか敵軍からは恐怖と、自軍からは畏敬の念とが入り交じり、いつしか「アマゾネス軍団」などと呼ばれるようになっていた。

 しかし女だけの軍にとって、ひとつだけ泣き所があった。軍隊とは異常な世界である。激戦をくぐり抜け殺し合いにうち勝つた時、人は猛烈に人肌が恋しくなるもののだ。男の軍隊ならばそんなとき、売春婦のいる慰安所や後方の色街に遊びに行って、その生理的な欲求を満たすことが出来る。しかし女達にはその手段がない。

 性欲は男にも女にもある。直線的で開放的な男の性欲にたいして、女のそれは普段から押さえつけ抑圧されてきているだけに、その欲求するものは実は男以上なのだ。戦闘の後の異常な精神状態の中で、女達はその欲求を様々な形で噴出しだした。

 男のいない寂しさを紛らわすために、部隊内でレスビアンに走り、それが三角関係、四画関係にもつれたあげく刃傷沙汰に発展したこともあった。またある占領地の村で、若い少年を無理矢理に拉致監禁し、何人もの女兵士達によってレイプまがいに犯し続け、そしてついに発狂させてしまった事件まで起こった。

 これらの不祥事は全て表沙汰になることなく、闇から闇へと葬り去った。しかし続発する事件に、いつまでもこの欲求不満状態を放置しておくわけにもゆかず、そこで軍の上層部によって考え出されたものが、このブルー・ピンクの制度なのだ。



 「おい、起きろ。おまえだ」。
 カムランは粗末な寝床から無理矢理に引き立てられた。
両手を後ろに回し、手錠をかけられた。逃亡しないように後ろからヒゲだらけの兵士が油断なく銃を構えている。そんなことしなくたって今さら逃げようなんて考えるものか。カムランは思った。

この捕虜収容所に入れられてから、今日で1ヶ月になる。九死に一生を得て捕虜になった時には、これからどうなることかとビクビクしていたものだが、いったん落ち着いてみると、ここの生活もまんざら悪いものではない。食事も寝床も粗末ではあったが、少なくとも寒さに打ち震えたり、空腹に苦しめられることはない。

 年齢18歳の少年兵に、尋問したところでたいした軍事情報があるわけでも無し、今さら銃殺されることもないだろう。カムランはそのヒゲモジャゃの兵士の警戒ぶりに苦笑しながら、素直に指示に従い通路を歩いていた。

 ヒゲモジャに連れられて来たのは、なんとこの収容所の入り口だった。そしてそこには馬車が一台止まっていた。いわゆる囚人護送用の檻の付いた馬車だ。
 「えっ? ひょっとして釈放ですか」。思わずカムランは聞いた。

 ヒゲモジャは不機嫌そうにジロッとカムランをにらむだけで、イエスともノーともいわない。しかしその動作から、決してそれが釈放を意味するものでないことだけはわかった。

 「のれっ」。
 ヒゲモジャが銃で背中をこずき、カムランはしぶしぶ檻の中に入った。
 がちゃがちゃ・・・・
 ヒゲモジャは檻の鍵をかけ、その鍵を御者台に座っている兵士に渡した。

 御者台には二人の兵士が乗っていた。ひとりは明らかに馬車を運転するだけの役目の、輜重隊の兵士。そしてもう一人は・・・今回の護送の責任者らしい軍曹の階級章をつけた小柄な男・・・・だった。

 「確かに引き渡したぜ。おい坊やせいぜいかわいがってもらいなよ。まっ・・・とはいえ、命あっての物種だがね・・・」。
 ヒゲモジャはその軍曹を見ながら、誰に言うともなくつぶやいた。

 ジロッ、軍曹がヒゲモジャをにらむ。
 「なんだ貴様、何か文句があるってのかっ。そんなにうらやましいんなら、おまえが代わってやってもいいんだぜっ?」。
 軍曹の口から飛び出してきたのは、その乱暴な言葉づかいとは裏腹に、意外と甲高い声だった。思わずカムランも振り返ってしげしげと軍曹を見た。

 女? そういえば胸のあたりといい、腰にかけてのラインといい、確かに女の下士官のようだ。しかしなぜこんな所に女の下士官がいるんだろう。いつ逃亡するかわからない敵軍の捕虜の護送に、わざわざと非力な女の兵隊を使わなくてもいいだろうに。

 「おおこわ・・・・。いえいえ、軍曹殿、私はその任務だけはごめんこうむらせて頂きやす。へっへっへ・・・・」。
 軍曹はそのヒゲモジャの無礼な言動を黙殺したまま、御者の兵士に目で合図を送って、馬車を発車させた。

 馬車は勢いよく走り出し、下品で礼儀知らずのヒゲモジャも、敬礼をしたままその馬車を見送った。しだいに遠ざかっていく馬車を眺めながら、ヒゲモジャはぽつりと独り言を口にした。
 「かわいそうになぁ。しかしほんと、罪作りなことするぜ・・・」。
 


 ガタゴト、ガタゴト・・・。馬車に揺られること1時間余り。
 高原地帯を抜けて、いつのまにか馬車は谷間にキャンプをはっている、見知らぬ部隊の野営地に入っていこうとしているところだった。
 
 野営地の入り口には、歩哨が立ってた。注意深く眺めていると、なんとその歩哨もまた、女性の兵士のようだった。カムランはことのなりゆきに、だんだんといいしれない不安がもたげてくるのを隠しきれなかった。

 歩哨は野営地の入り口で馬車を止めた。女軍曹がそこで馬車を降り、ひとことふたこと御者をつとめていた兵士に手短かに声をかける。そしてそのまま馬車の後方へ移動し、檻の鍵穴に鍵を差し込みながら、カムランに一言告げた。

 「おりろ。ここからは歩きだ」。
 歩哨の二人は油断なく、銃をカムランの方にむけている。後ろ手に手錠をされているので、思うように身体が動かない。カムランはぎこちない動きで起きあがり、素直に命令に従うことにした。反抗すれば即座に銃殺されても不思議ではないからだ。

 「よし。役目ご苦労であった。このままかえってよし」。カムランが檻から外に出たことを確認すると、軍曹は御者役の兵士に声をかけた。
 「・・・・・・・・」。
 さきほどのヒゲモジャのような露骨な態度ではないにしても、御者の兵士の表情にも、どことなくこの女軍曹に対しての、嫌悪の表情が見て取れた。そしてカムランの方に視線を移すと、一転して哀れみの表情を浮かべた。

 「なんだ。まだ何か用事でもあるのか」。
 軍曹が早く帰れと言わんばかりの口調で、御者役の兵士に告げる。
 「いえ・・・。何もありません、軍曹殿・・・・。これにて原隊に戻ります」。
 もうとっくに除隊していてもおかしくはない、初老のその兵士は、もう一度カムランの方を見て、ひとこと告げた。

 「少年、頑張るんだよ。耐えられるだけ耐えるんだ。そうしたら、ひょっとしたら・・・・」。
 「やかましいっ!」。突然すごい剣幕で女軍曹が、言葉をさえぎった。

 「おまえら男に、私ら女の気持ちは分からないんだよっ。へっ、なんだかんだいったって、おまえら男は恵まれてるじゃないか。私らだって、たまには好きなことさせてもらう権利があるんだよっ。この権利は皇帝陛下も元帥閣下もお認めになった、わたしらの権利なんだからねっ。わかったらさっさと帰んなっ」。

 初老の兵士は、若い女軍曹の痛烈な言葉に対して、ひとことも反論することなく、ただ悲しそうな表情をしたまま、無言で敬礼をし、そして馬車を返した。

 カムランはしだいに不安がどんどんとふくれあがってきた。ヒゲモジャのいった言葉、「坊やせいぜいかわいがってもらえ」、「命あっての物種」。これはいったい何を意味するんだろう。そして御者の兵士が言った、「頑張るんだよ。耐えられるだけ耐えるんだ」という謎の言葉。

 さらに女軍曹の「私らだって、たまには好きなことさせてもらう権利があるんだ」という言葉。この三人の言葉が意味することが、きっとこれから自分を襲うはずの、多分決して好ましくはない状況を暗示しているのだろう。

 カムランは今すぐにでもこの場から逃げ出したくなった。しかし二人の歩哨はまったく隙を見せることなく、銃の筒先を正確にカムランに向けたままだ。

 「歩け!」。
 軍曹が命令し、カムランはしかたなく彼等が指し示す方向、つまりその部隊の野営地の中央部に向かって、足を踏み入れた。

 「!!」。
なんだ?。この部隊って・・・・・・・・。

 ほんの数分、そう野営地の中に足を踏み入れ、テントが立ち並ぶエリアに入ったとたんに、この野営地にいる部隊がいかに他の部隊と異なっているかがよくわかった。なにが違うかって、それは・・・。

 野営地にいるのは、女・女・女・・。目に入るのは右も左も女ばかり。何千人にも上る女兵士達の集団だったのだ。軍曹に促されて歩を進めるに従い、あちこちのテントから続々と女達が顔を出し、そしてまるで珍しい動物を見るかのように、続々と彼の周りに集まってきた。

 彼女たちはまるで品定めをするかのように、無遠慮に彼を眺め、そして恥ずかしげもなく卑猥な言葉を投げかけてきた。カムランは心の底から恐怖を覚えていた。疑問は解けた。しかしもうどうすることも出来ないくらいに手遅れなのだろう。

 ピンクブルー。それは彼女たちアマゾネス軍団が、部隊の兵士達の欲求不満を解消する目的で、捕虜収容所に収容されている敵軍の捕虜のうちから、若くて健康な美少年だけをピックアップし、定期的に補給させることを意味していた。

 アマゾネス軍団の性の問題は、実はその創設期からあった。ただしその頃は一部将校だけの楽しみであり、秘密厳守の意味合いから、「特別任務」と称し自軍兵士の中から若い士官を選抜して、一定期間の出向を命じていた。

 ところが女達の有り余る性欲によって、若い士官達はボロボロにされてしまい、ほとんどが原隊に復帰してからも、使い物にならなくなることが多くなった。兵隊としても、そして男としても。さらには精神に異常を来す者まで現れるしまつだ。

 そこで考え出されたのが、敵軍の捕虜を活用するというアイデアだった。これだと女達がいかに無茶をしようと、味方への影響はほとんどない。この案は早速実行に移され、それと共に今までの将校だけの楽しみから、下士官や一般兵士達の欲求不満の解消にも一役買うことになった。

 最初は半年に一人ぐらいのペースだった「補給」は、戦線の拡大と共に、どんどんとエスカレートをしていき、いまや月に十数人のオーダーにまでなっていた。もはや
明らかに「消耗品」と化していたと言っても良い。

 ただ哀れなのは、このピンクブルーに指名された捕虜の少年達の運命だった。いったんここに放り込まれたが最後、今までに生きたまま解放された者はいない。彼等がその後どうなったかは誰も知らないのだ。アマゾネス軍団の秘密のベールに守られたまま、飢えた女たちの性欲のエジキとして、とことん精を絞ぼり尽くされ、さながらセックスの生き地獄を味あわされているのだろうか。

 そして今、また新しいエジキとして指名された男がひとり、この生き地獄に足を踏み入れようとしていた。

その2につづく

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