私は21歳以上です。


エスニック

     女子寮のペットくん

              その1

   わたし、田原ゆかり、19歳。
 富山県にある県立高校を卒業して、今東京の看護学校に通っています。将来の白衣の天使を目指して、日夜勉強にいそしむ毎日。

 看護婦の仕事は少女の頃からのあこがれの職業。ただ看護婦になるだけなら富山県でもおとなりの新潟県でも良かったんだけど、できるなら都会の病院でナースになりたかった。たぶんに観月ありさが出ていたテレビドラマの影響だろうけど、どうせナースをするのなら東京でと決めていた。それで父と母を根気よく説得して、ついにこの学校にはいることが出来たというわけ。

 うちの学校は全て全寮制。地方出身の子も、都内に家のある子も、みんな病院の近くのこの女子寮に入ることになっているんです。女子寮というと、男性はすぐに秘密の花園というようなイメージで考えちゃうようだけど、実体はひどいものです。

 築40年ほどのボロボロのマンション風の建物に、食堂とお風呂そして集会室兼談話室がついているんですが、壁にはあちこちに落書きやシミがあるし、各部屋の窓には鉄格子状の柵がついているのです。今時こんなのってあります?。寮生みんながここを「監獄」ってよんでるのも、十分にうなずける話でしょ。

 その監獄に収容(?)されているのが、1年から3年までの約100人の看護学生達。もちろん女子寮というぐらいですから、男性はいません。お年頃(?)の女の子ばかりが詰め込まれています。以前は管理人のご夫婦が住んでいたんだけど、3年前にご家庭の事情で引っ越しされてからは管理人なしで、寮生だけで運営されています。

 でもね、あまり言いたくはないけど、女ばかりの世界というのは、女の嫌らしさや汚さが全て露呈した、男の人には絶対に見せたくない恥ずかしい世界なんですよ。男の目がないだけに、だらしない格好していても平気だし、悪口やイジメまがいのことも多いし、食堂やお風呂の使い方のマナーなんてそれはヒドイものなんです。

 まっ、そんな話はどうでもいいか。

 これからお話をするのは、そんな醜い女だけの世界に闖入してきた、あわれな男の子のお話。それは、わたしがこの寮に入寮してきて半年ほどが経った、ある秋の日の出来事なんです。

 その日は、朝から実習があって、私たちみんながくたくたになって帰ってきた日のことでした。夕食も終えて、お風呂で汗を流して、自分の部屋へ入ろうとしたときのことです。突然誰かの悲鳴があがったのです。

 「キャーーッ、だれか来てぇーーーっ!」。

どうやら声は二階の方から聞こえたようです。
 「えっ?」。ルームメイトの加奈と一緒にお風呂から上がって、部屋に入ろうとしていた私達は、思わず顔を見合わせた。根っからの野次馬根性旺盛な私は、気がつくとだっとその声のした方向に向かって、廊下を走りだしていた。

 「だ、だれかーっ、捕まえてーっ!」。
 続く第二声。どうやら声の主は同級生の香澄ちゃんのようだった。彼女の部屋は2階の221号室。目の前の2階に下りる階段を駆け下りながら、その「捕まえて」という言葉に、わたしはいたく好奇心をそそられた。

 ここ1カ月というもの、2階のベランダに干してある下着が盗まれるという事件が続いていた。どうやら寮の近くに住む変態が、深夜に寮に忍び込んできては、壁と塀の間から二階までよじ登っては、盗んでいくらしいのだ。

 たしかに女の子の下着って、女のわたしから見てもとてもかわいいものだと思う。男の子の下着と違って、カラフルでおしゃれだし、自分が女の子だということを、毎朝、下着を選ぶたびに再確認することのできる存在だと思う。

 でもそれをなぜ男の子がほしいと思うのか。いったい私たちの下着を盗んで、何が楽しいのだろう。よく人から聞くように、下着を頭からかぶってオナニーでもするのだろうか。ヘンタイ男が何を考えているのか、きっと私たちには想像もできない思考回路を持っているのでしょうね。

 でも、ドロボウだけは絶対に許せない。下着ってこれでけっこうお金がかかっている。スーパーの安売りも買うけれど、今日こそはという日のために、少ないお小遣いを工面して、お気に入りの下着も買い込んでいる。ワコール製品や外国製の有名ブランドになるとまとまった金額がかかることになる。

 それが頭のねじのゆるんだヘンタイ男に盗まれたとあっては、乙女の意地にかけても、絶対に許すことは出来ない。その犯人を絶対に自分たちの手でとっつかまえて、ぼこぼこにしてやりたい。警察に突きだして、二度と人前に出られないように、社会から追放してやりたい。そんな寮生みんなの総意の下に、私たちは数日前から警戒態勢をひいていたのだ。

 後ろから加奈が息を切らしながら追いついてきた。
 「ねっ、ゆかり、例の下着ドロかな?」。
 「さあね。でもその線が濃厚なようね」。
 「そうよね、でもわたしちょっとこわいなぁ・・・」。

 わたしたちは走りながら211号室に飛び込んだ。そこにはすでに先客がいて、みんな窓際で窓の下を見下ろしていた。3年生の瞳先輩と遥香先輩、そしてこの部屋の持ち主である香澄ちゃんだった。

 「ねえ、香澄ちゃんどうしたの?」。
 「ねっ、あいつが現れたんかなぁ」。
 
私たちの声に振り向いた香澄ちゃんは、おろおろしながら泣きそうな声で言った。
 「あ・・・、ゆかりちゃんと加奈・・・・・、ど、どうしよ・・・」。
 「えっ?、どうしたの」。
 「落っちゃった・・・・」
 「えっ?」。
 「あの・・・ヘンタイさん・・・落っちゃったの・・・」。
 「ええーーーっ?」。

 思わず窓際に駆け寄り、窓から下を見下ろすと・・・・・。
 そこには寮と外壁の間にある狭い空間の地面に、小柄な男性が一人横たわっていた。ぴくりとも動かず、どうやら頭かどこかを強く打って、だらしなく気絶しているみたいだ。

 「間抜けな下着ドロたぜ、本当に。香澄の悲鳴に動転して、逃げだそうとして、ここから落ちたみたいだな」。瞳先輩がおなじみの男言葉で、私たちを振り返って言った。
 「大丈夫ですか?」。心配そうな香澄ちゃん。この子って本当に心根の優しい素直な子なんだ。自分の下着を盗られそうになったというのに、その犯人の身を案じている。

 「おい、おまえら、そんなところに突っ立ってないで、早く犯人をひっつかまえてきなよっ。のびてる今のうちなら暴れる心配がないし、ロープか何かで縛り付けて、1階の食堂か談話室にでも連れ込むんだよっ」。瞳先輩の声が飛ぶ。
 「はっ、はいっ」。思わず答える私たち。

 「ねえ、いくらのびてるったって、相手は男なんだからさ、みんなで行くのよ。もし目を覚ましたときのために、モップとかなにか武器になるようなものも忘れないでね」。

 これはもう一人の先輩、遥香先輩の声だ。乱暴で男みたいな口を利く瞳先輩に比べて、この遥香先輩は女らしくて、とても後輩を大事にしてくれる。ふたりは大の仲良しだけど、性格は正反対。口の悪い寮生は二人がレスビアンだなどと噂しているけれど、本当のところはだれも知らない。

 それから10分の後。私たちは寮の一階にある談話室の中にいた。


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